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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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13/17

逃走の闘争のすれ違い

 


 その日の夜…リナリアはふかふか秘密基地の中で膝を抱えていた。


「…絶対、飼育されてるよねこれ」


 ぽつりと漏れた声は震えていた。


 だっておかしいのだ、どう考えてもおかしい。

 布を増やされたし毛皮も増やされた。

 しかも、足りなければ言ってくれとまで言われた。


 完全に飼育環境の充実では!?

 リナリアは頭を抱えた。

 そのときふと、猫族の習性が脳裏をよぎった。


 そういえば猫族って気に入ったものや獲物を自分のテリトリーに隠すんだよね…

 ここって一応アシュヴァル様のテリトリーな訳であって…?!


 やっぱりどう考えても、どの角度から見ても、私は獲物じゃないのか?!


 しかも最後…初めて見る蜘蛛脚。

 あれがちょっと怖かった。


 もちろん見た目もびっくりしたが、それ以上に。

 すごく興奮してたよね…?


 だってなんか、そわそわそわそわ動いていた。

 今思い返してもかなり動揺していたように見える。


 猫族、犬族は耳や尾が生えるし、鳥系だと羽が生えたりするし…そりゃあ蜘蛛だと脚…はえるのかぁ…まぁ、糸でるし?当たり前なのかなぁ。


 リナリアはふかふかの布へ顔を埋めた。


 この世界は多種多様な種族がいて、リナリアの知らない種族も沢山いるだろう。

 リナリアだって猫族とか犬族しか見た事はない。

 いや、年に数回空を横断してる鳥族も見た事はあるな?


 基本的に他種族の領に行く理由は旅してるとか、なんかいいものあるかなーなんて買い物しに来るとかなのだ。


 異種族が混在してるのは王都ぐらいなのだ。

 まぁ、田舎の中の田舎に住んでるリナリアには遠い話なのである。 


 リナリアはアシュヴァルのことを思い出してみる。

 確かに怖い、怖いけど…嫌いじゃない。


「だって優しいんだよなぁ…」


 それが困る。

 怖いなら怖いだけでいいし、嫌な人なら嫌な人でいい。


 でも、リナリアにとってのアシュヴァルは違う。

 蜘蛛族は違う。


 優しいし、気遣ってくれるし、無理強いしない。

 逃げ場所すら許してくれた。


 だからリナリアの中では『怖い蜘蛛』と、『優しい蜘蛛』が共存してしまっている。


「うぅ…」


 リナリアは布の中でごろごろ転がった。


「もうっ!いみわかんないっ!」


 リナリアは行き場のない気持ちを持て余していた。


 


 


 一方その頃の執務室ではアシュヴァルがしんだ目をしていた。


「アシュヴァル様」


 そんなアシュヴァルを見て、ビートが真顔で言う。


「そろそろ寝てください」

「…無理だ、寝れないんだ」


 一点を見つめたまま、アシュヴァルは死んだ目をしていた。


 机には大量の書類、その横には空になった胃薬瓶。


 そして何よりアシュヴァルが困っているのは、脳内がリナリアでいっぱいな為である。


『なんか安心する』

『なんか安心します』

『アシュヴァル様、安心します』

『アシュヴァル様のそばは安心します』


 リナリアの言葉が脳内リフレインしていて仕事が手につかないのだ。

 だが、その言葉もだんだん形を変えてゆき、もう原型もなくなりつつある。


 勿論アシュヴァルは本気だ、本気で言われたと思い込みつつある。


 蜘蛛族にとって、

 巣で安心するという感覚は極めて重要だ。


 つまりその感覚は、ここに居たいといった意思表示に近い。


 いや待て、アシュヴァルは頭を抱えた。

 落ち着けと、やめろと、自分にブレーキをかける。


 だが、そうすると次に思い浮かぶのは布を運ぶリナリアの姿。

 ふかふか空間に包まるリナリアに、備蓄するリナリア。

 アシュヴァルの服を掴んで上目遣いでこちらを見てくるリナリア。

 アシュヴァルに抱きついて甘えてくるリナリア。


 全部脳内再生される。

 美しく、可憐な、可愛い可愛い愛しのリナリアの姿。


 可愛すぎるだろう…!と、アシュヴァルの理性が死にそうだった。


 勿論これも途中から妄想が入っている。

 そんなリナリアは現在この屋敷に存在していない。


「アシュヴァル様…蜘蛛脚が出ています」


 アシュヴァルは無言で蜘蛛脚を引っ込めた。

 …だが数秒後また出た。


「隠せてません」

「…」


 そんなアシュヴァルの様子を見て、ビートは深いため息を吐いた。


「もうさっさと求婚なさればいいのでは?」

「無理だ!むりなんだ、むりだ…」

「何故です?断られたらいっその事、リナリア様を捕獲して部屋から出さなければいいのでは?」


 アシュヴァルはしばらく黙った後、小さく呟く。


 


「…リナリアを怖がらせたくないんだ。出来ればのびのびと自由でいて欲しい。そして自分の意思で俺のことを好きになって欲しい…」


 アシュヴァルのその予想外の言葉にビートは少しだけ目を丸くした。


 そして、そんなビートに視線を移すことなくアシュヴァルは続ける。


「人族と蜘蛛族は違う、だから互いにゆっくりと知り合う必要がある。

 そして俺達の好意が、相手にとって恐怖になることもある」


 アシュヴァルのその言葉は静かに部屋に響いた。


「糸だってそうだ。俺達には特別でも、人族にはただ怖いだけかもしれない。

 あんなにか弱い種族だ、気をやりすぎても損は無いだろう。

 だから俺はゆっくり進めていきたい。」


 アシュヴァルは窓の外を見る。

 星の輝きがリナリアの笑顔に見えてきた。

 …もう末期である。


 ビートは少しだけ優しい顔になった。

 アシュヴァルがここまでリナリアの事を慮って居たとは思ってなかったのだ。


 確かにアシュヴァルに人族について書かれている本を渡したが、ここまで人族を理解し、寄り添う考え方をしだしているとビートは思って居なかった。

 

「なるほど」


 そして、そんなアシュヴァルの言葉を聞いたビートはにこやかに告げる。

 

「完全に恋ですね」

「違う」


 反射的にそう答えるが、だが今日はキレが無い。

 だって自分でも薄々気付いてきているのだ、これが恋だと。


 ただ、周りにそれを言われると否定をしてしまうのは男の何とやらだろう。

 

「では番愛ですね」

「…」


 アシュヴァルは顔を覆った。


 全部言い当ててくるコイツが嫌いだ!

 察しても言わないのが大人というものでは無いのか?

 

 アシュヴァルは羞恥で顔を上げることができない。


 その時ふと、脳裏で何かが引っかかった。 


「…いや?」


 低い声だった、それは世界の真理に気が付いたような声色だった。 


「そもそも、おかしいんだ。そう、おかしい!」

「何がです?」


 突然顔を上げて変な事を言い出したアシュヴァルにビートはちょっと引いていた。 

 今度は一体何なんだと半歩後ろへ下がり、距離を空けた。


 アシュヴァルは視線を落としながら話しだした。 


「リナリアは人族だ、蜘蛛族の番本能など理解しているはずがないのだ。

 何か学んでる様子など、そんな報告も聞いて居ない。」


 ふむ、と。ビートは静かにその言葉に耳を傾ける。


「俺にとっては番でも…リナリアにとって、俺はただの蜘蛛族の領主なんだ」


 その言葉は、どこか自分へ言い聞かせているようだった。


 「だから…あの巣作りも、俺とは関係ない可能性がある」


 神妙な顔でビートに顔を向け、そんな事を言い出すアシュヴァル。


 ひとときの沈黙。


 ビートは数回瞬きをした。


 「はい?」


 ビートは内心、何を当たり前な事を言ってるんだコイツと思った。

 けれどアシュヴァルは真剣だった。


「領民達は皆リナリアに好意的だし、年頃の男も多い」

「…?」

「料理人達とも仲が良さそうだったし、侍女達とも楽しそうに話している」


 ビートは察した。

 これはものすごく面倒臭い方向へ行ったな、と。


 そもそもビートは今の現状をほぼ完璧に理解している。

 ミーヤからの報告と照らし合わせることにより、リナリア様はそんなつもりがないままに行動を起こしている事は知って居た。


 領民達が勘違いで暴走していることも理解していたが放置していた。

 なぜならば、奥手どころか異世界にでも手がいってしまってるんじゃないかと言うほどにアシュヴァルは恋愛に対して消極的なのだ。


 寧ろ恋心に気づいたのも最近だと推測している。

 きっと本能が先に来て、やっと恋心に気付いて、その板挟みで苦しいんでいるのだろうとは思って居たのだが…。


 周りのお膳立てがあればアシュヴァルもやりやすいかと思えばコレだ。

 本人は悲劇かもしれないが、周りから見ればもう、一周回って喜劇である。


 そんなビートを気にせず、アシュヴァルは苦しげに話を続ける。


「もし、本当に巣作りを始めたのだとしたら…」


 ごくり。 


 ビートはアシュヴァルがどんな結果を出したのか、やや緊張しながら待つ。


「…誰か、気になる相手でもいるのかもしれない」


 沈黙。


 ビートは天井を見上げた、奇しくもその姿はリナリアの言葉を聞いた後のミーヤとそっくりであった。

 流石蜘蛛族。


「アシュヴァル様、流石にそれは考えすぎです。飛躍していますよ多分。」

「だが可能性はあるだろう!むしろその方が自然!」


 机を叩きながらそう言うアシュヴァル。

 兎にも角にもアシュヴァルは本気だった。

 寝不足もあると思う。

 

「人族には人族の価値観がある。番という概念も薄い。

 なら、俺だけが番だと思っていてもおかしくない。

 寧ろ、多分、そうなんだ!」


 言葉を切るたびに机を叩いて居たアシュヴァルだが、全てを言い切った時にはもう、蜘蛛脚がしょんぼり垂れていた。

 自分の言葉にダメージを受けているのである。


「つまりリナリアには…他に想う相手がいるのかもしれない」


 最後のその言葉を口にしたその瞬間、ずぅん…と、執務机がまた少し沈んだ。


「領主様!やめてください!!!」

「床!!床が!下の階の一部が狭くなります!」

「これ以上は開通してしまいます!」


 どこからかやってきた蜘蛛族達が慌てるが、だがアシュヴァルはそれどころではなかった。


 その時のアシュヴァルの脳内では。


 知らない蜘蛛族の男へ微笑むリナリア、楽しそうに話すリナリア、その相手のために巣を整えるリナリア。


 そしてリナリアはその蜘蛛族と手を繋ぎ、糸を手首に巻き付けてもらい、恥じらうような笑顔をその人に向けて…と、そんな最悪の妄想が流れていた。


 嫌だ!と、胸がざわつく。


 番を奪われる。

 その感覚に、本能が暴れそうになる。


 実際、アシュヴァルの蜘蛛脚がものすごい勢いで床を叩いている。


 …駄目だ。と、アシュヴァルはぎり、と拳を握った。

 怖がらせたくない、その気持ちだけは、本当だった。


 

 アシュヴァルが御乱心の最中、リナリアは秘密基地の中で真剣に地図を見ていた。



「えっと…ここが出入り口で、こっちも…」


 逃走経路の確認である。

 もしもの時に備えて、どこから逃げるかを考えていた。

 何があってもいいようにと必死だった。


「庭に降りて、それから木の影に…」


 その瞳は誰が見てもかなり真剣だとわかるほどに真剣だった。

 

 だが、隠れてゴソゴソしているリナリアに話しかけてくるものがいた。

 勿論蜘蛛族だ。

 

「番様」

「ひぃっ!?」


 今回は天井から声がした。


 リナリアは被っていた布団から顔だけ出して、声がした方を見上げる。


 やっぱり蜘蛛族がいた。


 リナリアは静かにその侍女を見つめた。

 天井からぶら下がっている侍女はリナリアへ優しく微笑む。


「屋敷の見取り図を持ち帰られたと聞きまして、なにかお困りのことがないかと話しかけましたの」

「えと、こ、これは、違うんです」


 こっそり持ち帰った事を知られて居たと知り、リナリアは顔面蒼白となる。


「避難経路ですか?」

「ち、ちちちちち違います!」


 そして自分の意図まで把握されていることに更に血の気が引いていく。


「完璧な母親ですね」

「うぇえ?!?!」


 次の言葉が予想外すぎてリナリアは叫んだ。


 だが、そんなリナリアの行動に蜘蛛族はとても感動していた。

 周囲の蜘蛛族は隠れて咽び泣いて居た。

 泣きすぎて蜘蛛脚が全員出る程に。 


「幼体の安全を第一にと避難経路までご自身で確認しておられるとは…」

「なんと献身的な愛でしょうか?人に任せない心意気、素晴らしい!!」

「領主様との未来を本当に真摯に、真剣に、番様は考えておられる…」


 リナリアは絶望していてその声は聞こえない。

 ただ、周りの蜘蛛族に自身の計画が筒抜けなのと、多分、それに対して悲しんでいる蜘蛛族の泣き声に罪悪感が酷い。


 あと、なんでみんな普通に天井いるのか?と、そっちも怖かった。


 リナリアが罪悪感に身を震わせているこの時だ。

 アシュヴァルの脚が床を打つ振動が屋敷を震わせたのは…


「ひゃあああ!」


 謎の振動にリナリアはびっくりして秘密基地へとまた隠れたのは。


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