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【一章完結】運命の糸~蜘蛛族の王の番らしいです〜  作者: 猫崎ルナ


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3/17

侍女とは一体?




 リナリアは困っていた…非常に困っていた。


「…どうしてこうなったの?」


 ぽつりと呟き、自室を見回す。


 領主館で与えられた部屋は、初日から十分すぎるほど立派だった。

 だが問題はそこではない。

 いや、たかが人族の侍女に与えるには過分な部屋ではあるのだが…そうじゃない。


 リナリアを悩ませる一番の問題は日に日に増えていくアシュヴァルからの贈り物だった。

 高待遇にも程がある…!


 チラリとリナリアは部屋の中へ視線を巡らせる。


 机の上には果物や焼き菓子、棚には宝石や装飾品、窓辺にはとても綺麗な花、部屋の隅には高級そうな布。

 そして昨日は追加の家具まで運び込まれた。

 しかも全部、領主アシュヴァルからである。


「侍女に必要かな?これ…」


 リナリアはそれらを見る度に何度も首を傾げてしまう。

 まぁ、人族の貴族社会でも主人が使用人に褒美を与えることはある。

 …だが、ここまでではない。


 絶対に違う、明らかに違う。

 しかし、どう考えてもリナリアには理由が分からない。

 その時義弟の言葉が蘇る…『食べられそうになったら逃げるんだよ!噛み付くんだよ!』


 リナリアはアシュヴァルに噛みついて逃げる自分を想像してみた…その後糸で捕まるとこまで想像できた。

 だめじゃん、逃げれてない!!



 そんなことを考えていると、部屋の扉が控えめに叩かれた。


「はいっ」


 突然のノック音に気を引き締めるリナリア。

 そんなリナリアの様子など知らない蜘蛛族の女性…ミーヤさんが部屋へと入ってくる。


 ミーヤさんはこの領地へ来た日にリナリアへと話しかけて来てくれた蜘蛛族の女性だ。

 白銀の髪と薄桃色の瞳、目の下にある宝石は瞳の色と同じ桃色でとても可愛い印象の蜘蛛人である。


 そんなミーヤさんはリナリアを見て柔らかく微笑み、話しかけて来た。


「リナリア様」

「はい?」

「領主様がお見えです」

「えっ」


 リナリアは思わず姿勢を正した。

 これからやってくるのは雇い主であるアシュヴァル様なのだ、侍女として失礼があってはいけない。


 慌てて立ち上がったところで扉が開く。

 思ったよりも早くこの部屋へと現れたのはアシュヴァルその人だった。


 相変わらず整った顔立ちと標準装備の無表情、更に威圧感もある。


 なのに、そんな雇い主が、蜘蛛族の領主様が、なぜか、両腕いっぱいに花束を抱えていた。


「…」

「…」


 部屋に沈黙が落ちる。


 アシュヴァルはしばらくリナリアを眺めていたが、リナリアの視線が花束からアシュヴァルへと移動していくのに気がつくと、ぎこちなく花束を差し出してきた。


「咲いていた花がとても綺麗だったから見せようかと…」

「あ、ありがとうございます?」


 目の前に差し出された花束を、リナリアは反射的に受け取る。

 受け取った花束をよく見ると、とても綺麗で可愛らしい花がこれでもかと並んでいた。

 その中でも特にリナリアの目を引いたのは、白い花弁が繊細で可愛らしい一輪の大きな花。


「お前に似合うと思ったんだ」

「え?」


 その瞬間、廊下の向こうで何かが倒れる音がした。


「言った……」

「言ったぞ……」

「領主様が……」

「返事を聞くまで俺は寝れねぇよ」


 何故かアシュヴァル様にいつもひっついている蜘蛛族達がざわついている。


 リナリアは首を傾げた。

 花を贈るのは別に変なことではないだろうが…なぜ私に?と。


 アシュヴァル本人はというと、耳を真っ赤にして視線を逸らしている。


「…忘れろ」

「何をです?」

「俺が言ったことを全部だ」


 無茶苦茶だった。

 蜘蛛族から見た人族は、都合よく記憶を消せる一族だと思われているのだろうか?

 だが主人の言葉に深く追及するわけにもいかない。

 なので一先ずリナリアは素直に頭を下げた。


「ありがとうございます。大切に飾ります」


 するとアシュヴァルが固まり、リナリアへと向けられていた視線がゆっくりと明後日の方向へとズレてゆく。


「…そうか」


 それだけ言う声が少しだけ柔らかく聞こえたのは多分、気のせいでは無いだろう。


 もう用は済んだとばかりにアシュヴァルがリナリアへと背を向け去ってゆく。

 その後ろ姿を見ながらリナリアはもう一つの懸念事項を思い出していた。


 そう、問題は贈り物だけではなかったのだ。

 もっと、本当にもっと深刻な問題がある。


「…仕事がない」


 そう呟いたリナリアは遠い目をした。


 そう、蜘蛛族領へ来て三日、つまり…侍女として赴任して三日。


 なのに、未だに一度も仕事をしていない。

 一度もだ。

 …本当に一度も。


 普通なら掃除や洗濯、給仕や書類整理など何かしらあるはずだ。

 こんなに大きくて豪華な屋敷なんだ、絶対何かしらの仕事はあるはずなのに誰に聞いても何もさせてくれない。


 朝起きる、食事が出る、ミーヤさんが来て屋敷を散歩する、部屋へ戻る、何故か部屋に花が増えている、食事が出る、入浴など寝支度をする、終わり。

 このルーティンが繰り返されている。


「あぁ…このままじゃ駄目だ…」


 完全にただ養われている。

 私は侍女としてこの領地へやって来たはずなのに。


 働いていないのはまずい、非常にまずい。

 リナリアは意を決して立ち上がった。





「何かお手伝いをさせてください!」


 決意を新たに部屋を飛び出したリナリアは、館の廊下で出会った蜘蛛族の女性へ頭を下げる。

 すると女性は固まった。


「え?」

「私、侍女として来ているので」

「侍女…?」


 何故かとても困った顔をされた。

 蜘蛛族の女性の視線は周囲へ泳ぎまくっている。

 誰か助けてとその目が語っている。


「掃除でも洗濯でもします!」

「いえ、掃除係がいますし…」

「お茶淹れます!」

「給仕係がいますし…」

「書類整理は!」

「秘書がいます」

「…」

「…」


 どうしよう、仕事がない。

 私のできる事がここには何もない。


 リナリアは青ざめた、この屋敷でリナリアはタダ飯ぐらいでしかないと痛感させられたのだ。


 そんな彼女の反応を見た女性は慌てた。

 それはもう、自分が言った言葉で主の番様を傷つけてしまったと慌てに慌てたのだ。


「だ、大丈夫です!」

「何がですか!?」

「リナリア様はそこにいてくだされば!」

「侍女ですよ私!?」


 結局リナリアは意味が分からないまま、慌てた蜘蛛族の女性へと部屋へ戻されてしまう事になった。


 …全く意味が分からない。


 次の日の昼、聞いてもダメならばとリナリアはついに自力で仕事を探し始めた。


 まずは掃除だと思い、部屋の棚を拭こうと布を手に取った瞬間…


「何をしている」


 誰もいないはずの部屋で、突然後ろから声がした。


「ひゃっ!?」


 リナリアが恐る恐る振り向くと…何故かそこにはアシュヴァルが立っていて、コチラを訝しげに見ていた。


「掃除を…」

「掃除が行き届いてなかったのか?」

「い、いえ、違います!」

「じゃあ、何故?」


 …。それは、私が侍女だからである。

 私が掃除をしようとする事は至極当然、ごくごく自然、当たり前の行動なのある。


 しかしアシュヴァルは本気で理解ができないらしい。


「汚れていないなら必要ないかと」

「でも仕事ですし」

「…必要ないと思うが」

「いえ、あります」


 段々とアシュヴァルの眉間には皺が寄っていく。

 それでもリナリアは負けずに言い返してゆく。


「ない」

「あります」

「ない!」

「あります!」


 …何故か侍女の私と雇い主であるアシュヴァル様で言い争いになってしまった。


 そこへどんどんと蜘蛛族達が集まってくる。

 廊下に面した扉からコチラを見ている蜘蛛人、窓からぶら下がってコチラを見ている蜘蛛人。


「どうした?」

「番……リナリア様が掃除を」

「何故!?」

「仕事だからだそうです」


 集まった蜘蛛人達が状況を把握すればするほど場が騒然となってゆく。


 ただリナリアだけが訳が分からない。


「仕事なら俺達がやるだろ」

「そうだそうだ」

「何でリナリア様が」

「仕事したい本能?」


 蜘蛛人達の会話が耳に飛び込んできたリナリアは即座に言い返す。


「いや侍女なので」


 場が痛いほど沈黙してしまった。


 蜘蛛人達が顔を見合わせ、そして口々に話し出した。


「あぁ、そういえば侍女だったな」

「そういえば」

「確かに言われてみれば、忘れてた」


 忘れるな、リナリアはそう叫びたかったが、気付けばミーヤが側へとやって来ていて「もうすぐおやつの時間だ」とリナリアへ言ってきた。


 あれよあれよのうちにテーブルセットされ、気付けばアシュヴァルと2人紅茶を飲みながら菓子を食べ、気付けば食べ終わったアシュヴァルは仕事へと戻ってしまっていた。


 その後、リナリアの部屋から掃除用具類が全て撤去されている事に気がつき、大きなため息を吐くこととなった。


 そしてその後もリナリアはめげずに仕事を探し回ったのだったが、夕方になっても仕事は貰えず。


 結局今日も何もしないまま1日が終わってしまったと、肩を落としながら部屋へと戻った。


 …部屋へ戻ると知らない間にまた新しい花が届いていた。

 仕事は貰えなかったが、花は貰えた様だ。


「…違うそうじゃない」


 リナリアは思わずそう呟いた。


 その後、寝支度を終えたリナリアはベッドに潜り込んで天井をぼうっと見つめていた。


 …なかなか眠れない。


 理由は単純だ、侍女としてここへやって来たのにも関わらず仕事がないからだ。


 リナリアは幼い頃から『働かざる者食うべからず』として生きて来たのだ。

 全く働いてないのに三食とお菓子まで出されてしまっているこの状況に落ち着けないのである。


 誰に聞いてもここにいるだけでいいという。


 …もしかして私は侍女という名目の人質なのかもしれない。

 そう考えれば色々と辻褄は合う。


 リナリアが私は人質かもしれないと考えがまとまって来た所で、ふと、本当に何となくだけれど何処かから強い視線を感じる気がした。


「…?」


 不思議に思ったリナリアは視線だけを周りに走らせた。

 もちろん部屋には誰もいない。当たり前だ。


 安心したリナリアは最後にふと、何の気無しに窓を見た。


 そして固まった。


 窓の外に逆さまになったアシュヴァルがいた。

 赤い瞳が月明かりに照らされて不気味に光っている。


「ひっ」


 思わず声が漏れた。

 何故か窓の外に逆さまになった領主がいる。


 リナリアは思った。

 何故そんな所に?どうして逆さまで?こんな夜中に私を見ているの?。


 目を見開き固まっているリナリアを見たアシュヴァルは少し眉を下げた。


「…すまない」


 窓の外で逆さまになっている領主様に意味がわからないまま多分今、謝られた。

 リナリアは小さく深呼吸をした後、ベットから体を起こし、窓を開け話しかける事にした。


「領主様…?」

「アシュヴァルと呼んでくれ」


 リナリアは思った、それ今言う事なのだろうかと。


「あ、アシュヴァル様…?」

「すまない、起こしてしまったな」

「い、いえ…眠れなかったので」

「驚かせてしまっただろう、本当にすまない」


 まあ、驚いた、確かにかなり驚いた。


 …だが言わないでおく。

 本気で申し訳なさそうにしているアシュヴァル様に追い打ちをかけてしまうだろうから。


「館に慣れていないからか?大丈夫か?」

「…はい」


 アシュヴァル様は少し目を瞑った後、真剣な顔をして「不安はないか」と聞いて来た。


 その言葉にリナリアは瞬きをした。


 この人は私の事を心配してくれているのだろうか?わざわざ夜中に様子を見に来るほどに。


 アシュヴァルの不器用な優しさを感じたリナリアは薄く微笑み、返事を返した。


「大丈夫です」

「そうか」


 短い返事。

 それだけなのに、どこか安心したように見えるアシュヴァル様にリナリアは少しだけ好印象を抱いた。

 …夜中に乙女の部屋を逆さまでのぞいている領主だとしてもだ。


 その時ふと、リナリアは思った。


「領主様」

「アシュヴァルだ」

「アシュヴァル様、夜は冷えます」


 アシュヴァルが居るのは窓の外だ。

 今日は風も強いく、見ているだけで寒そうだった。


「風邪を引きますよ」


 リナリアがそう言った瞬間、アシュヴァルが固まった。

 そして遠くから夜中にも関わらず、蜘蛛族達の悲鳴が聞こえてきた。


「まずい!」

「心配された!」

「領主様落ち着いてください!」

「素数を数えて領主様!!」


 リナリアが「もしかして?」と思った次の瞬間…大量の糸が周囲へ溢れ出した。

 同時に、周囲の木々が軋み、夜の森がざわめきだす。


「アシュヴァル様!?」


 リナリアは慌ててアシュヴァルへと声をかけるが、その声は届いていない様だ。

 大量の糸を周囲に撒き散らしながらもアシュヴァル本人は全くそれに気がついてない様子のまま、片手で顔を覆ってなにかブツブツと言っている。


「…無理だ、可愛い、閉じ込めたい、可愛い、閉じ込めたい」


 リナリアは風が強く、周りがうるさいのでアシュヴァルの声が聞こえず焦る。


「え?何ですか?どうしたんですか??!」


 必死に話しかけるも、それに返事はない。


 やがてアシュヴァルは何とか平静を取り戻したらしく、リナリアへ就寝の言葉をいいながらゆっくりと上へと上がってゆく。


「…すまなかった、もう寝るといい」

「…はい」

「戸締まりはしてある」

「ありがとうございます」

「窓はすまないが自分で締めてくれ」

「はい」

「結界も張ってあるから大丈夫だ」

「え?」

「館の周囲も警戒中だ」

「え?」


 リナリアが瞬きを繰り返す、何だか少し物々しくないかと思うが、もうアシュヴァルの目元しか見えないので聞くのは明日にしようと考えた。


 アシュヴァルの赤い瞳が真剣にリナリアを見ていたから、言葉が出なかったのもある。


「何かあれば呼べ」

「は、はい」


 満足したのか、アシュヴァルは小さく頷くと夜の闇へ消えていった。


 残されたリナリアは窓を閉めつつ、首を傾げた。


「心配性なのかな…」


 そう呟きながら布団へ潜り込んだ。


 全身が温かな毛布に包まれる、窓の外では先程の喧騒が嘘の様に森が静かに揺れている。


 ...蜘蛛族領へ来るまでは不安しかなかった、本当に怖い種族だと思っていたし、どんな扱いを受けるのかと怯えていた。

 けれど実際に来てみれば、皆優しかった。


 少し変わっている蜘蛛人ばかりだけれど。

 少なくとも噂で聞くような悪い蜘蛛人達ではないと思う。

 ...侍女なのに仕事は全然させてもらえないけれど。


「明日は頑張って仕事を見つけよう…」


 そんな決意を胸に、リナリアはゆっくりと目を閉じた。


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