悪夢、逆夢
最近悪夢ばかり見ていたリナリア。
今日もしっかり悪夢を堪能した後である。
昨日はやることなすこと全てが悪い方向…いや、空振りしてしまった。
もう、次にどうしたらいいかわからなくなっていたリナリアは深いため息を吐く。
その時。コン、コン。と、窓が鳴った。
「ひっ」
もう、これは完全に反射だった。
おはようと言われたらおはようと返すのと同じである。
リナリアは恐る恐る窓の方へと顔を向けた。
そこには…珍しくアシュヴァルがぶら下がっていた。
最近は侍女がいることが多かったので、今日もそうだろうと身構えていたのだけれど、違ったようだ。
…いや、みんな地に足つけてよね!?
「…」
「…」
何か話し始めるのかと思い、リナリアは待っていた。
沈黙が部屋の中を支配する。
最近この沈黙多いなー?とリナリアは思った。
例えるならばこの沈黙はあれだ、道を歩いているときに他人とぶつかりそうになり避けたら相手も同じ方向に避けてきた時のような。
そしてもう一度避けたらまた同じ方向に避けてきたみたいな。
…いや、アシュヴァル様が話し出さないから脳内語りが長くなっちゃったよ!?
リナリアは、ずっと無言でいるアシュヴァルのことを観察してみた。
…なんだかアシュヴァルの様子が変だ。
妙に真剣。
…あ、今日も蜘蛛脚も出てる。
しかも落ち着きなく、さかさか…もじもじ、と動き続けてる。
「すまない、入っても…いいだろうか?」
リナリアの視線に耐えきれなくなったのか、話す気になったからなのかはわからないが、珍しく今日は部屋の中に入ってくるようだ。
低い声が今日はなんだか弱々しく感じるのは気のせいだろうか?
そんなアシュヴァルの様子に、なんだかリナリアは緊張し始めた。
「は、はい」
アシュヴァルは静かに部屋へ入り、そして…部屋の端にあるふかふか秘密基地を見た瞬間…蜘蛛脚がぶわっと広がった。
完全に不可抗力である。
「ひっ」
その姿を見たリナリアは震えた。
自分が必死に作った避難場所、命名 秘密基地 を見てそんな反応をされたのだ。
怖いしかなかった。
そんなリナリアのことを見て、アシュヴァルは数秒黙った後、静かに口を開いた。
そして閉じた。
また開いた。
そして閉じた。
「…」
「…」
なんだか気まずくなってきた。と、リナリアは思った。
それと同時に、話し始めるタイミングはどうしたらいいかと、アシュヴァルも考えていた。
互いに無言でソワソワすること数分。
やっとアシュヴァルが話し始めた。
「き…聞きたいことがある」
ついに話が始まる!と、リナリアの背筋が伸びる。
これはきっと、最終確認だ。
私の出荷前面談かもしれない。
きっとこの話で私の命運が変わるはずだ。
リナリアは臍の辺りにグッと力を入れ、アシュヴァルの話に返事をした。
「ひ、ひゃい!」
緊張しすぎて、力も入れすぎて、リナリアの声が裏返った。
「…」
「…」
「ん、んん!…はい」
気を取り直してもう一度返事をするリナリア。
さっきのは無かった事にしてみた。
ちらりとアシュヴァルの表情を伺ってみたのだけれど…なんだか彼の方もかなり緊張しているようだった。
もう、早く終わらせてほしい。
リナリアは切実にそう思った。
「この巣は…誰のために作ったのか、教えてもらえないだろうか?」
予想外の質問に、初めから躓くリナリア。
質問の意図がわからず、リナリアは困惑しかできない。
誰のためにってそんなの…自分が食べられた時に少しでも生き残るためだけど!?
そんなこと、口が裂けても言えるわけがない。
リナリアは誰がみてもわかる程に視線を泳がせていた。
隠し事が苦手なタイプである。
そしてその反応を見たアシュヴァルの胸は激しくざわついていた。
やはり…いるのか!
誰か好きな相手が。
この巣はその人のために、未来を考えて。
巣を!
完全に勘違いである。
リナリアの返事を聞く前に、アシュヴァルの蜘蛛脚がしょんぼり垂れた。
リナリアはそれを見て顔を青ざめさせた。
えっ怒ってる!?
アシュヴァル様の縄張り内で勝手に隠れ家作ったから!?
隠れようとしたから!?
何か弁解をと必死に頭を働かせるリナリアに、アシュヴァルが低く呟く。
「…その相手は、お前のことを、大切にしてくれるのか?」
顔を俯かせ、床を見ながらそう呟くアシュヴァルの声音は寂しげで、リナリアは困惑した。
「…はえ?」
アシュヴァルは真剣に言っているのだろう。
なぜか苦しそうですらある。
リナリアは口を半開きにしたままアシュヴァルを見ている。
「人族と蜘蛛族では色々と違う、だが、お前が誰かを想っているなら…俺は」
そこで言葉が止まった。
苦しい、言いたくない。
本当は囲いたいし、閉じ込めたい。
誰にも見せたくない。
でも…怖がらせたくない。
そんな自分自身の心の葛藤を経て、アシュヴァルは震える声で話を続けた。
「…お前が、幸せなら、それが一番だ」
その言葉を聞いた瞬間、リナリアの脳が停止した。
いや、もうかなり前から停止していたのだが。
えっ?なにそれ?えっ?食べる話じゃないの?え?
リナリアの脳内でいくつもの疑問符が跳ね回っていた。
まるで疑問符の舞踏会である。
「…え?」
リナリアはぽかんと口を開けたまま。
そろそろ何か飲みたくなってきそうである。
食べる話じゃない?え、じゃあ何の話?
ひたすら混乱するリナリアを前に、アシュヴァルは辛そうな表情を隠しつつ話を続けた。
「無理にとは言わない、俺の気持ちがお前にとって重荷になる可能性も理解していた。人族は番を理解しにくいのも知っていた…」
リナリアは瞬きを繰り返していた。
気持ち?
その単語に脳が引っかかる。
え?これ一体なんの話してるんだっけ?
アシュヴァルは話を続ける。
リナリアのことは置き去りであった。
互いに余裕がないのである。
ぎり、とアシュヴァルが拳を握る音が部屋に小さく響く。
「他の誰かのために巣を作っているのだと思ったら…少し、いや、かなり苦しかった。…悲しくなったんだ」
リナリアの脳内で時が止まる。
へ?他の誰か?誰?
リナリアはシュヴァルの方へ視線を移した。
知らないうちにアシュヴァルはひどく苦しそうになっていた。
なんで!?
そこにはいつもの冷静な領主ではないアシュヴァルがいた。
蜘蛛脚は不安げに揺れているし、視線も落ち着かない。
まるで何かにひどく怯えているみたいだった。
「…だから、確認したかった。お前が…想って、いる、相手が…いるのかを」
リナリアは数秒固まった後。
「いませんけど!?」
なぜか反射で叫んだ。
大きな声に驚いたアシュヴァルが止まる。
背後の蜘蛛脚も驚いたのかピンと伸びて固まっている。
「…い、ない?」
「いません!!」
リナリアはぶんぶん首を振った。
不純異性交遊を疑われていると思われていたと知ったリナリアは激しく否定した。
この秘密基地に蜘蛛族の男を隠してると思われてるなんて心外である。
私は多分、そんなに安い女ではない。
「え、いや、そんな人いませんし!?」
「だが巣を…」
「これは違います!!」
オロオロとするアシュヴァルに向かってリナリアは顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
でも、なぜと言われても困る。
食べられた時に備えてましたとは流石に言えないし。
だが沈黙が長すぎると変に誤解されるし、どうしよう。
そう、リナリアの脳が高速回転した結果…
「ぼ、防災です!!」
「…防災?」
聞き間違えかと思ったアシュヴァルが聞き返す。
「そ、そうです!備えは大事なので!はい…はい!えと!もしもの、時のために!」
アシュヴァルは黙った。
流石に嘘だろうと思った。
いや、むしろ一周回って真実かもしれないと悩み始めた。
そう言えば胡散臭い商人から、人狼ゲームといったものが王都で流行っていると聞いたが、まさかもう始まっているのだろうか?




