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EP 15

 広島弁の極道神と、地獄の残飯マナブロック

 オリハルコンの鉄格子が、青白い神聖雷光をパチパチと爆ぜさせている。

 その向こう側、薄暗い特級独房の石造り長椅子から、黒スーツを着崩した男――反乱神デュアダロスが、ドスの利いた眼光でこちらを睨みつけていた。

「おうおう、誰かと思えばルチアナの姐御やないかい。シノギの邪魔しに来たんか、それともワシのタマでも取りに来たんか、えぇコラ?」

 低く濁った、完璧な広島弁。

 煙管(キセル)を指先でくるりと回し、白いネクタイを緩める仕草は、どこからどう見ても昭和の東映ヤクザ映画の若頭そのものだった。

「誰が姐御よ! 私はアンタの妹分でも組長夫人でもないわよ!」

 ルチアナが格子越しにキーッと爪を立てて叫ぶ。

「だいたい何なのよその格好! 神界大監獄にブチ込まれてる囚人のくせに、なんでオーダーメイドのヤクザスーツなんか着込んでんのよ!?」

「あぁん? ナメた口利いとったらケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるぞ、ワレ。……男がシャバから隔離されたところで、仁義と一張羅を捨てたらお終いじゃろうが。こちとら天界のシマを追われた身ぃじゃが、性根までサツのイヌ共門前払いにされとらんのじゃ」

「完全に影響され切ってるじゃないのよぉぉぉッ! やっぱりあの時、刑務所の差し入れに任侠映画全集のDVDボックスなんて持ってくるんじゃなかったわ!」

 頭を抱えて地団駄を踏むルチアナに対し、デュアダロスはフンと鼻を鳴らした。

 そして、視線をルチアナの背後にいる俺たちへと滑らせる。

「……で、後ろのガキどもは何者や。ルチアナ、おどれ組員(若い衆)を増やしたんか? 特にそこのウサギ耳の娘、えらい殺気を孕んどるのう。どこのヒットマンじゃ」

「ヒットマンじゃありません!」

 キャルルがトントンと安全靴を鳴らし、人参ハンカチを握りしめて胸を張った。

「私はポポロ村第四十三代村長キャルル・ムーンハート! リアン君の専属ボディーガードです! リアン君に指一本でも触れたら、通常時百二十馬力、いざとなったら一万馬力オーバーの鉄拳で、そのスーツごとミンチにして差し上げます!」

「ほう、威勢だけは極道顔負けじゃのう……」

「あらあら、怖いですわね★ お兄さん、そんな物騒なことを言うと、世界樹のトゲトゲのツタでお口を縫い合わせて、お庭の肥料にしちゃいますわよ♡」

「ルナ、初対面の神相手に笑顔で猟奇殺人を予告するな」

 俺はルナを押し留めると、一歩前に進み出てデュアダロスと視線を合わせた。

 男の瞳の奥には、ヤクザの凄みとは裏腹に、隠しきれない濃密な「疲弊」と「飢え」の色が滲んでいた。

「初めましてだな、デュアダロス様。俺はリアン・クライン。ルナミス帝国公爵にして、ポポロ村の領主をやってる。……元三ツ星フレンチの副料理長で、簿記一級持ちのただの人間だ」

「……人間、じゃと? 人間公爵が、なんでこんな神界の最果てのムショまでノコノコやって来とるんじゃ」

「そこの駄女神に『免税特権パス』の利権をチラつかされて、無理やり引っ張ってこられた被害者だよ」

「カカッ! なるほど、ルチアナの口車に乗せられた哀れなカモか。同情するわい」

 デュアダロスは煙管をカチリと鳴らし、自嘲気味に笑った。

 その時だった。

 ――ガラガラガラ……。

 重苦しい金属の車輪の音が、静かな廊下に響き渡った。

 先ほど一番搾りとポテチで買収した獄卒長バルバトスが、黒鉄の配膳ワゴンを押してやってきたのだ。

『デュアダロス受刑者、本日の夕食支給時間である。……料理神の御使い様、ご歓談の邪魔をして申し訳ありません』

 バルバトスは俺に対してだけペコペコと腰を低くしながら、特級独房の受け渡し口に銀色のトレイをガチャンと差し入れた。

「おう、サツのイヌが。今日のエサは何じゃ」

 デュアダロスが忌々しそうにトレイを引き寄せる。

 そのトレイの上に乗っていたものを目にした瞬間――俺の視界が凍りついた。

「……なんだ、それは」

 トレイの上にあったのは、料理と呼べる代物では断じてなかった。

 灰色の、コンクリートの塊のような直方体の物体が二つ。

 立ち上る湯気はゼロ。匂いもゼロ。光沢もツヤもなく、ただただ濁った泥のような神聖マナの搾りかすが、無機質に固められているだけだ。

『大監獄標準食、第一号圧縮マナブロックであります』

 バルバトスが胸を張って説明する。

『反乱神の暴徒化を防ぐため、一切の味覚刺激・油分・糖分を排除し、生命維持に必要な純粋マナのみを極限圧縮した完全栄養食! 無味! 無臭! 咀嚼感は濡れた粘土に極めて酷似しております!』

「誇らしげに語るな! 完全に家畜のエサ以下じゃねぇか!」

 俺が思わず叫ぶと、デュアダロスがガタッと椅子を蹴倒して立ち上がった。

 その顔は憤怒と絶望で歪み、目には涙すら滲んでいる。

「見ぃ! 見ぃやルチアナ! これが毎日じゃ! 朝も昼も晩も、この味も素っ気もない粘土ブロックを喉に詰まらせながら胃袋に流し込むんじゃ! こんなもん食い続けとったらなぁ、神性どころか脳ミソまで腐ってカタギのゾンビになっちまうわいッ!!」

「ひ、ひえぇ……想像以上に悲惨だったわね……」

 ルチアナがドン引きして一歩引く。

「ワシが求めてんのはなぁ! シャバの脂っこい飯なんじゃ! 舌が痺れるような塩気! 鼻腔を突き抜けるニンニクと醤油の香り! カリッと揚がった肉のジュワッとした肉汁じゃあッ! おいルチアナ、手土産は持ってきとるんじゃろうな!? シャバのブツを早う出さんかいワレェッ!!」

 檻を激しく揺らすデュアダロス。

 ルチアナはビビり散らかしながら、背中に抱えていたタローソンのビニール袋を鉄格子の隙間から押し込んだ。

「も、もちろんよ! ほら、タローソンの缶ビールとポテチよ! これでも食って落ち着きなさいよ!」

「おおっ……! これじゃ! この卑俗極まりないジャンクの輝きよぉぉッ!」

 デュアダロスは飢えた猛獣のように袋を破り、缶ビールを怪力で握り潰すように開けて一気に喉へ流し込んだ。

 さらにポテトチップス(コンソメパンチ)の袋を引き裂き、鷲掴みにして口の中へ放り込む。

 バリバリバリッ、ゴキュッ、ゴキュッ、プハァッ!

「ぶ、ブチ美味いぃぃぃッ! 五臓六腑に染み渡るわい! ……じゃがのう!」

 男は空になった缶と袋を床に投げ捨て、血走った目でルチアナを睨みつけた。

「こんなもん、突き出しにもならんわボケェッ!!」

「ひゃんっ!?」

「ポテチ三袋とビール数本で、大人の男の腹が膨れると思うとんのか!? 余計に腹が減って胃酸で胃壁が溶けそうじゃわい! もっとガツンと来る『本物の飯』を寄越さんかい! 肉じゃ! 米じゃ! 熱々の油で揚げた重厚な主食を腹一杯食わせんかいコラァッ!!」

 怒号と共に、特級独房のオリハルコンがメキメキと軋む。

 ヤクザ神の暴走に看守のバルバトスが慌てて斧を構え、リーザが「ひぃぃ、タダ飯どころかヤクザのトス煽り現場ですわー!」と頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 だが――。

 俺の心の中に渦巻いていた感情は、恐怖でも混乱でもなかった。

 ――怒りだ。

 純粋にして猛烈な、料理人としての憤怒。

(……前世で三ツ星の厨房を死に物狂いで仕切ってきた俺の前で)

(客――いや、囚人とはいえ、生きている者にこんな泥の残飯マナを喰わせるだと……?)

(しかも、せっかくの酒の後に、極上のメインディッシュも用意されてないだと……!?)

 ふつふつと湧き上がるプロの矜持。

 さらに言えば、俺の脳内の簿記電卓が高速で弾き出していた。

(……こいつの胃袋を完全に掌握すれば、『初代創造神の免税特権パス』の正確な保管場所と、宝物庫のセキュリティ解除方法を確実に吐かせられる)

(投資費用は食材代のみ。得られるリターンは、神界プラットフォーム手数料九十五パーセントの永久免除……!)

 勝算は百パーセントだ。

「おい、デュアダロス」

 俺は冷徹な声で呼びかけた。

「あぁん? なんや小僧、ワシに説教でも垂れる気ぃか?」

「ポテチごときで騒ぐな、みっともねぇ。……あんた、本物のシャバの味を食いたいんだろ?」

「当たり前じゃろうが! 熱々の、脂と出汁が米に染み込んだ極上の肉飯が食えるんなら、ワシの組のシノギ……いや、神界の利権の半分でもくれてやるわい!」

「言ったな? その言葉、帳簿にきっちりツケとして記録したぞ」

 俺は不敵に口角を吊り上げると、バルバトスを振り返った。

「おい、看守長」

『は、はいッ! 何でありますか、料理神の御使い様!』

「この特級独房の面会室、換気結界と魔導コンセントはあるか?」

『は? え、ええ、処刑用の雷系コンセントと、毒ガス排気用の換気ダクトなら天井に完備されておりますが……』

「上出来だ。――ここを臨時厨房にするぞ」

「「「「はぁぁぁぁぁッ!?」」」」

 ルチアナ、キャルル、ルナ、リーザの四人が同時に素っ頓狂な声を上げた。

「り、リアン君!? アンタ正気!? ここ神界最凶の大監獄タルタロスの最深部よ!? 厨房にするって何考えてんの!?」

「うるせぇ、料理人(オレ)の辞書に『不味い残飯を放置する』って文字はねぇんだよ」

 俺はすかさず、ユニークスキル【ネット通販】を全開で起動した。

 視界に展開される青白い半透明ウィンドウ。

 前世の地球に存在するあらゆる業務用卸サイト、スーパー、厨房機器メーカーのデータベースが、俺の思考速度に合わせて超高速でスクロールしていく。

(購入:業務用卓上電磁フライヤー、出力二〇〇V!)

(購入:家庭用カセットコンロ&専用ガスボンベ箱買い!)

(購入:極厚プロ仕様打ち出し雪平鍋、親子鍋、木蓋!)

(購入:最高級ラード一斗缶!)

(購入:岩手県産特選三元豚ロース肉・極厚スライス二キロ!)

(購入:契約農家直送・新潟県産コシヒカリ炊き立て保温ジャー特大!)

(購入:有機栽培玉ねぎ、産みたて濃厚赤玉卵三パック!)

(購入:老舗蕎麦屋秘伝・特選かえし醤油、本枯節極上出汁パック!)

「購入確定――一括決済(ポチッとな)!」

 ――シュンッ! シュンッ! ドサドサドサッ!!

 空間が激しく歪み、面会室の頑丈な石造りテーブルの上に、銀色に輝く最新鋭の厨房器具と、地球の一流食材たちが山のように具現化した。

「な、なんじゃこりゃあぁぁぁッ!?」

 デュアダロスが目を丸くして顎を外す。

「空間魔法で……調理器具と生肉を召喚したじゃと!? ワレ、一体何者なんじゃ!?」

「元三ツ星フレンチ副料理長にして、ポポロ村のブラック厨房の支配者だ」

 俺は腰のポーチから愛用の包丁を取り出し、清潔な白前掛けをキュッと腰に巻き直した。

 その眼光は、もはや温厚な村の領主ではない。

 何百人もの怒号が飛び交う戦場の如き厨房を、完璧な冷徹さで支配していた『料理の鬼』のそれだった。

「おい、ヤクザ神。席についてヨダレ垂らして待ってな。――警察の取調べ室、そしてシャバの男の魂を叩き直す、究極の【大盛りカツ丼】食わせてやるよ」

 フライヤーにラードが注ぎ込まれ、パチパチと油の温まる音が静寂を破る。

 神界大監獄タルタロスを揺るがす、史上最大の飯テロの火蓋が切って落とされた。

読んでいただきありがとうございます。

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