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EP 12

『新名物ポポロ豚骨ラーメン誕生! 竜王が寸胴に頭を突っ込む日』

ニャングルの行動力は、控えめに言って異常だった。

俺が「村のおばちゃん連中を招集してくれ」と指示を出してからわずか一時間後。村長公邸の裏庭には、腕まくりをして割烹着を着込んだポポロ村の屈強な農家のおばちゃん五十名が、ずらりと整列していた。

「さあ、公爵様! 人員は揃えたで! 時給は破格の金貨三枚(三千円)や、みんなやる気満々やぞ!」

ニャングルがキセルを咥えながら、金算盤を片手にニヤリと笑う。

「よし。それじゃあ、まずは厨房のセッティングだ」

俺は魔法ポーチから、福岡の合羽橋出張所で買い占めてきた六十リットルの特大寸胴鍋四つと、業務用の強力なガスバーナーを取り出した。ドンガン地下帝国からポポロ村の地下へ引かれている天然ガスの配管に、俺の魔法でバーナーの規格を強制的に適合・接続させる。

「ボオォォォォッ!!」

点火した瞬間、青白い巨大な炎がバーナーから噴き上がった。

ルナミス帝国の一般的な魔導炉では絶対に出せない、安定した超高火力の炎だ。

「よし、完璧だ。おばちゃんたち、まずは材料の下ごしらえだ。ロックバイソンの拳骨(大腿骨)と、シープピッグの頭骨をハンマーで叩き割ってくれ。骨髄がスープに溶け出しやすくするためだ」

「任せときなさい公爵様! あたしら、毎日畑で人参マンドラを追い回してるから腕力には自信があるよ!」

おばちゃんたちが巨大なハンマーを振り下ろし、硬いロックバイソンの骨を次々と粉砕していく。ゴキッ、バキッという物騒な音が響き渡った。

砕いた骨を寸胴鍋に放り込み、なみなみと水を注いで強火にかける。

ここからが豚骨スープの勝負だ。水と油は本来混ざり合わないが、強火で長時間ガンガンと炊き続けることで、骨から溶け出したゼラチン質が乳化剤の役割を果たし、白濁したクリーミーなスープ(エマルジョン)が完成する。

「絶対に火を弱めるな。灰汁(アク)は徹底的に掬い取れ。水が減ったら継ぎ足すんだ」

俺が指示を飛ばしながら、隣の調理台で別の作業に取り掛かる。

「リアン君、私には何ができる?」

キャルルがエプロン姿でトテトテと駆け寄ってきた。

「お前には、一番重要な『麺打ち』を頼みたい」

俺は福岡の業務用スーパーで買った『かんすい(粉末)』を取り出し、村の特産である万能穀物『サンライス(米麦草)』の粉と、少量の水、塩を混ぜ合わせた。

「この粉を練り上げるには、相当な力が必要だ。キャルルのその脚力と腕力で、生地を限界まで踏み、捏ねてくれ」

「わかった! お任せあれ!」

キャルルは清潔なビニール袋に入れた生地を、タローマン特注の安全靴を脱いだ足でリズミカルに踏みつけ始めた。

トントン、ギュッ! トントン、ギュッ!

月兎族の規格外の脚力で練り込まれた生地は、かんすいのアルカリ成分と反応し、瞬く間に黄色みを帯び、恐ろしいほどの弾力(コシ)を生み出していく。

「よし、いいぞ。それをこの『業務用パスタマシン(製麺機)』にかける」

俺は練り上がった生地を機械に通し、極細の目盛りに合わせてハンドルを回した。

シュルルルルッ、と、見事な極細のストレート麺が次々と生み出されていく。これでバリカタの博多麺は完璧に再現できた。

次に、ラーメンの味の骨格を決める『カエシ(元ダレ)』の調合だ。

寸胴で豚骨を炊いている間に、俺はボウルに九州特有の『甘口醤油』をたっぷりと注いだ。そこに、ポポロ村の地下岩塩、海産物の出汁、そして――業務用スーパーで買った『純度百パーセントの旨味調味料(グルタミン酸ナトリウム)』を計算し尽くした比率でブレンドする。

(……フレンチの技法からすれば邪道かもしれない。だが、荒々しい獣の骨のスープをまとめ上げ、脳の快楽中枢を直接殴りつけるには、この『魔法の白い粉』が絶対に不可欠なんだ)

最後にトッピングだ。

「リーザ、キュララ、ルナ! お前たちも手伝え!」

「はいですわ! 私は何をすれば?」

パンの耳をかじっていたリーザが飛んでくる。

「肉椎茸(ニクシイタケ)を極厚にスライスして、甘辛いタレで煮込んでくれ。それがチャーシューの代わりになる。ルナとキュララは、ネギオの工房へ行って『ネギカリバー(薬味)』を切り分けてもらってこい! ディベートで負けるなよ!」

「任せて! 私の論破力でネギオを泣かしてくるから!」

キュララがルナの手を引いて駆け出していく。

数時間後。

村長公邸の裏庭は、完全なる『ラーメン工場』と化していた。

四つの巨大な寸胴からは、乳化したロックバイソンとシープピッグの濃厚な白濁スープがグラグラと煮えたぎり、周囲数百メートルに暴力的なまでの獣と醤油の匂いを撒き散らしている。

「公爵様! スープ、ええ感じに白うなってトロトロやで!」

灰汁取りをしていたおばちゃんが汗を拭いながら叫ぶ。

「よし……完成だ。まずは一杯、試作を作ってみる」

俺は平ザルを手に取り、沸騰した湯の入った別の鍋に、極細のサンライス麺を投げ入れた。

十秒。たった十秒で麺を引き上げ、チャッチャッ! と空中で完璧な湯切りを決める。

用意しておいた丼に、特製カエシと濃厚な白濁スープを注ぐ。

そこへ湯切りした麺を泳がせ、極厚の肉椎茸チャーシュー、大量のネギカリバー、そして福岡で買ってきた紅ショウガと白胡椒をトッピングした。

「――『元祖・ポポロ豚骨ラーメン』。完成だ」

立ち上る湯気から、脳を直接溶かすような凶悪な香りが漂う。

キャルルもリーザも、ニャングルでさえも、ゴクリと生唾を飲み込んでその一杯を見つめていた。

俺がレンゲを手に取り、味見をしようとした、その時だった。

ズドォォォォンッ!!!

突然、公邸の裏庭の木の門が、爆発したかのように木端微塵に吹き飛んだ。

「な、なんだ!?」

「敵襲!? 魔王軍か帝国軍の奇襲ですの!?」

もうもうと立ち込める土煙の中から、のっしのっしと巨大な影が歩み出てくる。

仕立ての良い暗色のコート。白髪混じりのダンディな顔立ち。そして、鋭い金色の竜の瞳。

ポポロ・コーポ一階(A101)の住人にして、マンルシア大陸の世界調停者――神話級ドラゴンである『竜王デューク』だった。

「デュ、デューク!? なんでここに……」

俺が身構えると、デュークはコートのポケットに両手を突っ込んだまま、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。

「……我は、アパートの自室で、己の屋台のための究極のスープの灰汁取りをしていたのだ」

デュークの声が、地響きのように重く響く。

「だというのに……昼過ぎから、風に乗って妙な匂いが漂ってきた。我がスープよりも濃厚で、甘く、それでいて暴力的な……獣の骨の匂いがな」

デュークの金色の瞳が、俺の手元にある一杯のラーメンをキッと睨みつけた。

「太郎の遺したルナミス帝国にも、こんな香りを出す料理はなかった。……小僧(リアン)。貴様、我の頭越しに、一体何を炊き出した?」

竜王のプライドが激しく刺激されたらしい。彼は自らの屋台ラーメンに絶対の自信を持っていた。それを凌駕するかもしれない匂いを嗅ぎつけ、居ても立っても居られずに壁をぶち抜いてやって来たのだ。

「……まあ、食ってみろ。言葉で説明するより早い」

俺はレンゲを丼に添え、竜王デュークの前にその一杯を差し出した。

デュークは無言で歩み寄り、丼の前に立った。

彼の鼻先がピクッと動き、白濁したスープから立ち上る香りを吸い込む。その瞬間、彼の金色の瞳がわずかに見開かれた。

デュークは無言のまま割り箸を割り、スープを一口、レンゲで啜った。

「…………」

静寂が落ちた。

おばちゃんたちも、嫁たちも、息を呑んで竜王の反応を見守っている。

デュークは次に、極細のバリカタ麺を箸で持ち上げ、ズズズッ! と一気に啜り上げた。

さらに肉椎茸のチャーシューを噛みちぎり、スープを追いかけるように流し込む。

ズズズッ、ズルルルルッ!!

丼に顔を突っ込まんばかりの勢いで、デュークの箸が止まらない。

神話級ドラゴンの威厳など完全に消え失せ、ただひたすらに、目の前のドンブリと一心不乱に格闘する一人の男の姿がそこにあった。

「ぷはぁっ……!!」

わずか一分。

最後の一滴までスープを飲み干したデュークが、丼を力強くテーブルに置いた。

カラクリと、空になった丼が音を立てる。

「……信じられん」

デュークが、震える声で呟いた。

「ロックバイソンとシープピッグの骨……素材そのものは我の屋台と変わらん。だが、この圧倒的な旨味の輪郭はどうだ。塩と醤油だけでは絶対に到達できない、舌に直接刻み込まれるような麻薬的快楽……。そして、この『極細麺』。我の打つ麺より遥かに細いというのに、恐ろしいほどのコシと弾力で、濃厚なスープを完璧に持ち上げている……!」

デュークが顔を上げると、そのダンディな頬に、一筋のツーッとしたものが流れていた。

神話の竜王が、一杯のラーメンの前で涙を流したのだ。

「……小僧。リアン・クライン」

「なんだ」

デュークは俺の前に進み出ると、なんと、深く頭を下げた。

「……負けた。このスープと麺の炊き方……我に、我に教えてくれ!!」

「ええええええっ!?」

周囲から一斉に驚愕の悲鳴が上がる。あの傲岸不遜な竜王が、料理の教えを乞うて頭を下げたのだ。

「……頭を上げろ、デューク。負けたなんて言うな。あんたのスープへの情熱があったからこそ、俺もこの味にたどり着けたんだ」

俺は笑いながら、彼の肩をポンと叩いた。

「レシピは全部教えてやる。その代わり、このラーメンを前線の兵士たちに売る『宅配ビジネス』の護衛と、スープの火力調整を手伝ってもらうぞ。あんたの竜の炎(ブレス)があれば、寸胴の温度管理がもっと完璧になる」

「……ふっ。安い御用だ。我の炎をスープの火加減に使うなど、貴様くらいのものだがな」

デュークが口元を拭い、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「っしゃああああ!! 決まりや!!」

一部始終を見ていたニャングルが、ガッツポーズをして空へ飛び上がった。

「公爵様と竜王の最強タッグ! 究極の味! これでルナミス、レオンハート、アバロンの三国国境軍の胃袋は、ウチらポポロ村が完全に掌握したも同然や! 儲かりまっせぇぇぇ!!」

ニャングルの金算盤が、狂喜の音を立ててパチパチと弾ける。

福岡の地で俺の心に火をつけたジャンクフードの結晶は、ポポロ村の特級食材と魔導技術、そして地球の化学調味料が融合することで、アナステシア世界に未曾有の『豚骨革命』を引き起こした。

村長公邸の裏庭からは、夜遅くまで濃厚な豚骨の匂いと、ラーメンを啜るおばちゃんたちや嫁たちの幸せそうな笑い声が響き渡っていた。

――だが、このラーメンが引き起こす経済的・軍事的な波紋が、やがて巨大な抗争へと発展していくことを、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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