EP 11
『業務用スーパーを買い占めろ! 魔法ポーチが火を吹く朝』
翌朝、福岡・天神のビジネスホテルの広めのファミリールーム。
遮光カーテンの隙間から差し込む朝日が、床に散乱する大量の買い物袋と、その間で死んだように眠る異世界の天災たちを照らし出していた。
「……起きろ、お前ら。出発の準備をするぞ」
俺はすでに身支度を整え、タローマンジャージのジッパーを首元まで引き上げながらパンパンと手を叩いた。
「うぅ〜ん……リアン君、もうちょっと寝かせてぇ……」
ベッドのど真ん中で、キャルルが等身大の人参抱き枕(天神の雑貨屋で一目惚れして買わされた)を抱きしめながら、兎耳をパタパタと動かして寝返りを打つ。
「ああっ、月人君……私のためだけに新曲を……尊い……尊みで世界樹が枯れる……」
床に敷いた布団の上では、漆黒の法被を着たままのルチアナとラスティアが、朝倉月人の公式うちわを胸に抱いて幸せそうな寝言を呟いていた。昨夜の料亭での『推しからの直接ファンサ』の致死量オーバードーズにより、神と魔王の脳内は完全にピンク色のお花畑へと移行しているらしい。
「起きないと、朝飯の特製サンドイッチは抜きにするぞ」
俺のその一言で、部屋の空気が一変した。
「「「起きます!!」」」
全員がバネ仕掛けのように跳ね起き、洗面所へ向かって猛ダッシュの争奪戦を繰り広げ始めた。
朝食を済ませ、ホテルをチェックアウトした俺たちは、ジャンボタクシーに乗り込んで博多区の郊外へと向かった。
ルチアナがこじ開けた因果律のゲートの制限時間は、今日の昼過ぎまでだ。それまでに、ポポロ村で『本物の豚骨ラーメン』を再現するための器材と食材を、この現代日本から根こそぎ調達しなければならない。
「到着したぞ。まずはここだ」
タクシーを降りた俺たちが見上げたのは、巨大な倉庫のような店舗だった。
看板には『厨房機器・店舗用品総合センター』と書かれている。東京でいう合羽橋道具街を一つの巨大な店舗に凝縮したような、飲食店のプロ御用達の卸問屋だ。
「わぁ……お鍋やお皿がいっぱい! リアン君、ここで何を買うの?」
キュララが目を輝かせて店内を覗き込む。
「ポポロ村の鍛冶技術は優秀だが、ラーメンを作るための『専用設計』された機材はないからな。ここで一気に揃える」
俺は店内に入るなり、巨大な寸胴鍋のコーナーへと直行した。
「すいません、このステンレス製の六十リットル寸胴鍋、在庫あるだけ……四つください。あと、この木製の特大しゃもじ(スープ撹拌用)と、ラーメン用の平ザル、てぼ(深型ストレーナー)を十個ずつ」
店員が目を丸くして俺の顔を見た。
「よ、四つですか!? かなりのかさばりになりますが、お車で来られていますか?」
「ええ、外に停めてあるんで大丈夫です。……ああ、あとあれも買っておかないとな」
俺が次に目をつけたのは、業務用の強力なガスバーナー(鋳物コンロ)と、パスタマシンを巨大化させたような『小型の業務用製麺機』だった。
豚骨を強火で二十四時間炊き続けるには、ポポロ村の魔導炉だけでは火力の微調整に不安が残る。ドンガン地下帝国から天然ガスは供給されているから、この地球のバーナーをドワーフの技術で接続・改造させれば完璧な火力拠点が作れる。
「リアン様……こんなに大きなお鍋、どうやって持って帰るおつもりですの?」
リーザが六十リットルの巨大な寸胴鍋を見上げて首を傾げた。
「こうするんだよ。店員さん、支払いは現金で。領収書は『ホープ・クローバー』で頼む」
俺は会計を済ませると、店の裏口の搬入口へ商品を運んでもらった。
周囲に誰もいないことを確認し、腰に下げた魔法ポーチの口を開く。
「『収納』」
俺が魔力を流し込むと、四つの巨大な寸胴鍋も、重たい製麺機も、シュガァン! という音と共に光の粒子となって、四次元拡張された小さなポーチの中へ次々と吸い込まれていった。
「おぉ〜! さすがリアン君! これなら引越し業者いらずだね!」
キャルルがパチパチと拍手をする。
「さて、次は食材だ。ここからが本番だぞ」
厨房機器店を後にした俺たちは、すぐ近くにある『業務用スーパー』へと乗り込んだ。
一般客も入れるが、基本的には飲食店向けの巨大なロットで食材を販売している、魔境のようなスーパーマーケットだ。
自動ドアをくぐった瞬間、リーザが「ひっ!?」と短い悲鳴を上げて後ずさった。
「ど、どうしましたのここ!? お肉がキロ単位で積まれてますわ! しかも、この『もやし』……一袋十九円!? 金貨どころか、銅粒(一円)十九個で買えるんですの!? 神です! このスーパーの店長は絶対に慈愛の神ですわ!!」
極貧人魚姫の金銭感覚が、地球の大量生産・大量消費の暴力的な価格設定に直面して完全にバグを起こしていた。
リーザは「このもやし、百袋買いますわ!」とカートに突っ込もうとするのを、キャルルが必死に羽交い締めにして止めている。
「もやしは日持ちしないからやめろ! 今日買うのは、アナステシア世界では絶対に手に入らない調味料だ」
俺はリーザを無視して、調味料の巨大な棚へと歩を進めた。
「まずはこれだ。九州特有の『甘口醤油』の一升瓶。これをベースにカエシを作らないと、本場の味は出せない」
俺は一升瓶が六本入った段ボール箱を、躊躇なくカートへ三箱放り込んだ。
「次に『旨味調味料』……業務用の一キロ袋だ。ルナミス帝国にも塩やスパイスはあるが、この純粋なグルタミン酸ナトリウムの結晶だけは、まだ向こうの科学技術じゃ精製できない。ジャンクフードの脳を焼くような中毒性は、こいつが鍵を握っている」
白い粉が詰まった巨大な袋をカートに積む。
「そして白胡椒、すりゴマの特大袋、おろしニンニクの1キロボトル。……さらに、長浜ラーメンには絶対に欠かせない『紅ショウガ』と『辛子高菜』の業務用パックだ」
次々とカートが山盛りになっていく。
ルナが不思議そうに、カートの中の白い粉の袋を指差した。
「リアン様。そちらの『かんすい』と書かれたお粉は、一体何に使うのですか?」
「よく気づいたな、ルナ。それが、ラーメンをラーメンたらしめる最大の魔法の粉だ」
俺は『かんすい(粉末)』の1キロ袋を手に取り、得意げに笑った。
「アナステシア世界には『米麦草』という素晴らしい穀物がある。だが、それをそのまま粉にして麺を打っても、うどんのような白い麺にしかならない。小麦粉にこの『かんすい(アルカリ塩水溶液)』を加えることで、初めて麺に独特の黄色みと、あの強い『コシ』、そして特有の風味が生まれるんだ。これがないと、極細のバリカタ麺は絶対に作れない」
「まあ……! お野菜(小麦)の性質を根底から作り変える、恐ろしい錬金術のお粉ですのね……!」
ルナが畏れおののくように袋を見つめている。
「よし、これで必要なものはあらかた揃ったな。……キュララ、お前、さっきからカゴに何を入れてるんだ」
俺がふと横を見ると、キュララのカートには地球の駄菓子、大量のポテトチップス、カップラーメン、そしてエナジードリンクが山のように積まれていた。
「えへへ〜、配信の時の夜食! ポポロ村の健康的な野菜もいいけど、たまにはこういう体に悪そうなジャンクが食べたくなるんだよね〜」
「お前なぁ……まあいい。昨日の金塊の換金分がまだ少し残ってる。カートに乗る分だけなら買ってやる」
俺がそう言うと、ルチアナとラスティアも「なら私も!」と、地球の缶ビール(発泡酒ではない本物のプレミアムビール)の箱と、箱入りの高級チョコレートを次々とカートへ放り込んできた。
結局、業務用スーパーのレジを四台ほど占拠し、カート八台分の爆買いを敢行した。
店長らしき男性が「あ、ありがとうございます……文化祭の仕入れですか?」と引きつった笑顔で聞いてきたが、俺は「ええ、そんなところです」と適当に誤魔化し、店の裏手の死角で全てを魔法ポーチへと飲み込ませた。
時計を見ると、時刻は午前十一時を回っていた。
ポーチの中に残っていた日本円の札束は、見事に数枚の千円札と小銭だけになっている。簿記一級の計算能力と予算管理が、一円の無駄もなく機能した結果だった。
「よし。買い出しは完了だ。ミッション・コンプリートだな」
俺が宣言すると、嫁たちは満足げに大きく頷いた。
「リアン、そろそろ時間よ。ゲートの因果律の座標固定が限界に近いわ」
缶ビールを大事そうに抱えながら、ルチアナが空を見上げて言った。
俺たちは人目を避けるため、博多港の近くにある使われていない古い倉庫街の裏手へと移動した。
周囲に監視カメラや人の気配がないことを確認し、ルチアナがエンジェルすまーとふぉんを操作する。
「それじゃあ、開けるわよ。……『空間座標逆探知・強制帰還』!」
ルチアナがコマンドを叫ぶと、空間が再びガラスのようにバキバキとひび割れ、七色の光を放つ巨大なゲートがぽっかりと口を開けた。
ゲートの向こう側には、博多の近代的なビル群とは全く違う、ポポロ村の青々とした山々と、澄み切った空気が広がっているのが見えた。
「ああ……なんだか、たった一泊二日なのに、すっごく長い冒険をした気分ですわ」
リーザが少しだけ名残惜しそうに、博多の空を振り返る。
「地球の服も買えたし、美味しいものもいっぱい食べられたし! 最高の遠征だったね、リアン君!」
キュララが背中の翼をパタパタと揺らしながら、俺にウインクをした。
「月人君のライブ……忘れないわ。ポポロ村に帰ったら、魔皇国の領土に月人君の巨大な黄金像を建立する計画を立てなきゃ……」
「賛成よラスティア! 神殿の御神体も月人君の等身大パネルに差し替えるわ!」
「お前らは帰ったら俺の説教が待ってるから覚悟しておけ」
魔王と女神の恐ろしい国家予算・神界予算の私物化計画を即座に却下し、俺はキャルルの手を引いた。
「さあ、帰るぞ。俺たちの日常へ」
「うんっ!」
キャルルが満面の笑みで頷き、俺の手にギュッと力を込めて握り返してくる。
俺たちは次々と光のゲートの中へ足を踏み入れ、現代日本・福岡の街に別れを告げた。
最後に俺がゲートをくぐり抜けると、背後でパチンッと空間が弾ける音がして、七色の裂け目は跡形もなく消え去った。
吹き抜ける風が、潮の匂いから、ポポロ山の火山灰と世界樹のマナが混ざった独特の土の匂いへと変わる。
目を開けると、そこは間違いなく俺たちの本拠地――ポポロ村の村長公邸の裏庭だった。
「ふぅ……無事に帰還できたな」
俺が深く息を吐き出した、その直後だった。
「――公爵様ァァァアアアッ!!」
公邸の縁側から、血走った目をし、頭の猫耳を逆立てた男が、物凄い剣幕で飛び出してきた。
ゴルド商会プラチナ直轄ゴールドランク商人にして、ポポロ村最高財務責任者(CFO)のニャングルだ。
彼の手には、バキバキにひび割れ、煙を吹いている特注魔導金算盤『十露盤』が握りしめられている。
「お前ら、二日も無断でシマ(村)を空けてどこほっつき歩いとったんや!! 村長と公爵が揃って消えおって! その間に国境で魔族と帝国の小競り合いが起きて、ウチがどれだけ帳簿の調整で冷や汗かいたと思とんねん!! 答えんかいボケェ!!」
コテコテの関西弁で怒鳴り散らすニャングルの剣幕に、嫁たちは「ひぃっ!」と一斉に俺の背後に隠れた。
「まあ落ち着け、ニャングル。土産話より先に、お前が狂喜乱舞する最高の手土産を持って帰ってきてやったぞ」
俺は慌てることなく、魔法ポーチから業務用スーパーで買い込んだ『九州甘口醤油』の一升瓶と、寸胴鍋を一つ、ドスンと縁側に置き、さらに一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、昨夜ホテルで書き上げた『ポポロ豚骨ラーメン・村落経済特化型原価計算書』だ。
「……なんやこれは」
ニャングルが怪訝な顔で羊皮紙を受け取り、その数値を視線でなぞる。
「原価の安いロックバイソンの骨と、村で余っている米麦草を使った新しい兵站食のレシピと原価試算表だ。味は俺が保証する。国境で睨み合っている三大国の兵士たちに、このラーメンを一杯銀貨一枚で売り捌けば……」
ニャングルの視線が、原価率と想定利益率の項目でピタリと止まった。
その瞬間、彼の頭上で逆立っていた猫耳が、ピーンッ! と垂直に直立した。
「…………これ」
ニャングルの震える手が、壊れかけた算盤の珠を弾く。
パチッ、パチパチパチッ!
「……これ、原価率一割切っとるやないか……! しかもこの中毒性の高い味付けのカラクリ……リピート率は九割を超える……! こ、こんなもん前線で独占販売したら、ルナミス帝国の国家予算の一部を合法的にポポロ村へ吸い上げられる……! 一国を買い叩ける利益が出るがね!!」
ニャングルの瞳が、怒りから『黄金の輝き』へと完全に反転した。
「分かったら、村のおばちゃん連中を招集してくれ。俺は厨房に入る。……この村に、究極の豚骨ラーメン革命を起こしてやる」
俺がジャージの袖をまくり上げると、ニャングルはよだれを拭いながら「ガッテン承知や!!」と叫び、村の広場へと猛ダッシュで消えていった。
神界の予算を横領してまで赴いた福岡の味が、今、アナステシア世界の大地で新たな伝説を生み出そうとしていた。
公爵様とポンコツ嫁軍団のグルメ遠征は、ポポロ村の胃袋と金庫を満たすための、完璧な大勝利で幕を閉じたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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