EP 5
『天神地下街の狂乱! メガGTキュララの爆買いと特定班』
ジャンボタクシーが渡辺通りを北上し、福岡最大の繁華街・天神のど真ん中に到着した。
「うわぁ……! なにここ、人がゴミのようにいるわね!」
窓の外を見下ろした魔王ラスティアが、物騒なジブリ的感想を漏らす。
車を降り、地下鉄の入り口からエスカレーターを下ると、そこには薄暗くも温かみのある照明に照らされた、長大な地下空間が広がっていた。
19世紀ヨーロッパの街並みをイメージしたという石畳とレンガ造りのアーチ。南北に約600メートル続くその通路の両脇には、おびただしい数のアパレルショップや雑貨店、カフェが立ち並んでいる。
天神地下街――通称『てんちか』だ。
「すっご……! 帝都のデパートなんて目じゃない規模の地下迷宮じゃん! しかも売ってる服、ぜんぶデザインが最先端! 神! 地球神すぎる!!」
キュララが背中の純白の翼を震わせ、アメジストの瞳を限界まで輝かせた。
月収二億円を稼ぐメガゴッドチューバーである彼女は、ルナミス帝都の最新トレンドを取り入れた量産型地雷系ファッションを好む。しかし、アナステシア世界の服飾技術はドワーフの魔導繊維に頼っている部分が多く、デザインの多様性においては現代地球に遠く及ばない。
「リアン君! リアン君リアン君リアン君! 軍資金! 早くあの札束の入った封筒を私に貢ぎなさい!!」
キュララが俺のタローマンジャージの胸ぐらを掴み、ガクガクと前後に揺さぶってきた。
「待て! 落ち着け手羽先天使! 渡すから、翼とヘイロー(光輪)の出力を落とせ! 周りの客が『すげぇ光るコスプレだ』って見見てるぞ!」
俺は魔法ポーチから、昨日換金した一万円札の束を取り出し、キュララに一部を渡した。
「……使い切るなよ。今日の夕飯代とホテル代が残ってるんだからな」
「ありがとー! 愛してるよリアンきゅん♡ さぁ、経済を回しに行くわよー!」
札束を握りしめた瞬間、キュララの目の色が『拝金主義の配信者』から『暴走する物欲の権化』へと変わった。
彼女は地下街から直結しているファッションビル『福岡パルコ』へと突入し、若い女性向けの地雷系・量産型アパレルショップを次々と蹂躙し始めた。
「これとこれとこれ! あ、色違いも全部! マネキンが着てるやつ一式、サイズMでお包みして!」
店員が「えっ、あ、はい! かしこまりましたぁ!」と悲鳴のような声を上げながらレジを打つ。
フリルのついたブラウス、リボンの編み上げスカート、厚底の地雷系ブーツ。キュララは試着すらろくにせず、目についたものを片っ端から一万円札で叩き落としていく。
「ちょっ、キュララさん! そんなヒラヒラした布切れ一枚に、一万円(金貨十枚)も払うんですか!? 牧のうどんが二十杯は食べられますわよ!?」
極貧生活が骨の髄まで染み付いている人魚姫リーザが、値札を見て泡を吹いて倒れそうになっていた。
「アハハハ! リーザちゃん、服ってのは防具じゃないの! 自分を最高に可愛く見せるための『兵器』なんだよ!」
キュララは笑い飛ばし、両手いっぱいに紙袋を提げている。
「ねえ、リアン君」
不意に背中をツンツンと突かれ、振り返ると、キャルルが店の鏡の前で白いワンピースを胸に当てていた。
「これ……似合うかな?」
頬をほんのりと赤く染め、上目遣いで聞いてくる。スポーティな服が多いキャルルだが、清楚なワンピースも抜群に似合っていた。兎耳とのギャップがまた破壊力を増している。
「……ああ。すごく似合ってる。買ってやるよ」
「えへへ……ありがとう! リアン君の隣を歩くのに相応しい女になるからね♡」
キャルルの瞳の奥に、少しだけ重たい情念の火が灯った気がしたが、見なかったことにした。
「リアン、私はあの黒いレザージャケットがいいわ。あと、向こうの店にあった赤いドレスも」
ラスティアもすっかり地球のファッションが気に入ったらしい。魔王の威厳に相応しい、ハイブランド系の店を物色している。
「あわわ……ルチアナ様! こちらの化粧品、お肌に塗るとキラキラ光りますわ!」
「ルナ、それはハイライトっていうのよ。私くらいになると、そんなもの塗らなくても神気で発光できるんだけどね……でも、この美容液は良さそうね。オリン星区リーダーの小言で最近肌荒れが酷いから……リアン! これ買って!」
嫁たちの物欲が爆発し、俺の軍資金がみるみるうちに減っていく。
だが、トラブルは金銭の減少ではなく、予期せぬ方向からやってきた。
「みんな見て〜! 地球の服に着替えてみたよ〜! 聖なる光よ、私に力を! ホーリー・メイクアップッ☆」
ふと気づくと、試着室の前の全身鏡に向かって、キュララが魔導スマホを構えていた。
彼女は新しく買った地雷系の服に着替え、自らの背中の翼と頭上のヘイローを全開に発光させながら、クルッとターンを決めている。
天使の神気がキラキラとエフェクトのように舞い散り、完璧な変身動画が撮影されていた。
「よし! この服めっちゃ盛れる! 早速GodTubeのショート動画と、地球の『ティック・トック』ってやつに同時アップしちゃおーっと☆」
「……は?」
俺の思考が一時停止した。
「ちょ、ちょっとキュララ!? あなた、地球の通信網に接続してるの!?」
ルチアナが顔面蒼白になって叫ぶ。
「うん! さっき駅前で、なんか拾ったWi-Fi?ってやつの電波の波長を、私の魔導スマホの回路と同期させてハックしたの! これで地球のSNSにも私のアカウントが作れる――」
「バカヤロウ!!」
俺は叫んだが、遅かった。
キュララの指が『投稿』ボタンをタップしてしまう。
ピロリン♪ という軽快な音と共に、動画がアップロードされてしまった。
しかも、彼女の持つ数千万人のフォロワーを抱える神界ネットワークのブーストと、地球のアルゴリズムが謎の化学反応を起こしたらしい。
数秒後、キュララのスマホの画面が、滝のように流れる通知で埋め尽くされた。
『え、なにこの子!? 超絶可愛い!!』
『CG!? エフェクトすっげえ!』
『てかここ、天神のパルコじゃね?』
『背景の柱の形、絶対パルコの◯階だわ』
『今から行けば会える!? 凸るわ!!』
「……マズい!」
俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
地球の『特定班』の速度を甘く見ていた。キュララが普段やっている「公開デジタルタトゥー処刑」の逆バージョンだ。このまま地球のSNSで拡散されれば、大宇宙管理局の時空監査部のモニターに異常なトラフィックとして検知される。
「ルチアナ、監査部にバレるまでどれくらいだ!?」
「わ、分からない! でも地球でこんなバズり方したら、十分もしないうちにヴァルキュリアのドナドナ班が飛んでくるわ!」
「えっ……ウソ!? やば、通知が止まんない! 動画削除のボタンが固まって押せないよぉ!」
キュララも事態の深刻さに気づき、顔を青くしてスマホをタップしているが、莫大なアクセス過多で端末がフリーズしていた。
「貸せ!」
俺はキュララから魔導スマホをひったくった。
デジタルで消せないなら、物理で通信を遮断するしかない。
俺は天極流の呼吸法で体内の闘気を練り上げ、雷属性の魔法回路を指先に集中させた。
「『サンダー・スプラッシュ』……極小・電磁パルス(EMP)モード!」
バチッ!!
俺の指先から放たれた微弱だが高密度の紫電が、魔導スマホの基盤に直接流し込まれた。
ショートしたスマホがプスンと黒煙を上げ、画面が完全にブラックアウトする。
「ああっ!? 私の商売道具がぁああ!」
「騒ぐな! まだだ!」
俺はさらに、周囲の大気中を漂うWi-Fiの電波(マイクロ波)に対し、微弱な氷属性魔法『ブリザード・シュート』の冷気を干渉させ、局所的な電磁波の乱反射を引き起こした。
周囲の一般客のスマホが一時的に圏外になり、「あれ、電波悪いな」「動画が見られない」とざわめき始める。
その隙に、俺は通信が途絶したキュララの魔導スマホからSIMカード(に相当する魔導石)を引き抜き、粉々に砕き割った。
さらに、ルチアナのエンジェルすまーとふぉんを奪い取り、管理権限で「今アップロードされた動画を因果律ごと削除」するコマンドを叩き込む。
「……ふう。これで、元の動画も拡散の元栓も消えたはずだ」
俺は黒焦げになったスマホをキュララに押し付け、深い溜息をついた。
「リアン君……ごめんなさい……」
キュララが、翼をションボリと下げて涙目で謝ってくる。
「お前なぁ……自分がどれだけヤバい橋を渡ったか分かってんのか。慰安旅行の横領がバレたら、お前もルチアナもマグローザ漁船送りだぞ」
「うぅぅ……だってぇ、地球の服が可愛すぎたからぁ……」
「キュララ、反省しなさい! 私のボーナスまで消し飛ぶところだったのよ!」
ルチアナが便乗して説教するが、お前がそもそも横領したのが原因だろうが。
「まあ、大事に至らなくてよかった。……目立たないうちに、ここを離れるぞ」
俺が周囲を見渡すと、何人かの客が「さっきの羽の子、どこ行った?」と探し始めていた。パルコの紙袋を大量に抱えた一行は、逃げるようにして天神地下街を後にした。
地上に出ると、西の空がオレンジ色に染まり、夕暮れ時を迎えていた。
ビルの合間に沈む夕日が、中洲方面のネオンと入れ替わるように街を照らしている。
「はぁ……買い物の荷物持ちとトラブル処理で、一気に腹が減った」
俺がぼやくと、キャルルが俺の腕にギュッと抱き着いてきた。
「お疲れ様、リアン君。……それで、夜ご飯はどこに行くの?」
俺は魔法ポーチから、あらかじめ地球のネット(ルチアナの端末)で調べておいた店の予約画面を確認した。
「……夜のメインイベントだ。博多に来たからには、これを食わずには帰れない」
「ラーメン、うどんと来たら、次はなんですの?」
リーザが期待に満ちた目で涎をすする。
「『もつ鍋』だ。牛の内臓と、大量のニラとニンニクを煮込んだ、悪魔の鍋だよ」
俺がそう告げると、菜食主義のはずのハイエルフ・ルナがなぜかビクッと肩を震わせた。
神界の追手を間一髪で躱した俺たちは、福岡グルメの真骨頂へと向けて歩き出した。




