EP 3
『中洲の屋台、長浜ラーメンの洗礼』
日が完全に落ち、博多の街はネオンサインの極彩色に染まっていた。
俺たちは博多駅からタクシーに分乗し(大人が七人もいるので二台に分かれた)、那珂川沿いに広がる西日本最大の歓楽街・中洲へと足を踏み入れた。
川面に映るビルの明かりが揺れ、どこからか聞こえてくる客引きの声や酔客の笑い声が夜風に乗って運ばれてくる。アナステシア世界のルナミス帝都もそれなりに発展してはいるが、この圧倒的な電力の暴力と商業の熱気は、現代地球の日本ならではのものだ。
「うおおおっ……! あっちもこっちもピカピカしてる! なにこの屋台の数!」
「リアン! 早く! 早くあの赤い提灯のところに行きましょう! ビール! 私の麦酒が待っているわ!」
「ルチアナ、引っ張るな! ジャージの襟が伸びる!」
キュララが目を輝かせて魔導スマホのカメラを回し、酒への渇望で瞳を血走らせた世界神ルチアナが俺の袖をグイグイと引っ張る。
川沿いの遊歩道には、色とりどりの暖簾を下ろした屋台がズラリと並んでいた。おでん、焼き鳥、餃子、そして――ひときわ強烈な、獣の骨を煮詰めた暴力的な匂いを放つ「ラーメン」の屋台だ。
俺は適当に見繕った、昔ながらの年季の入ったラーメン屋台の暖簾をくぐった。
中からモワッと、豚骨特有の白濁した湯気と熱気が押し寄せてくる。
「いらっしゃ……おわっ!? 兄ちゃんたち、何のイベントね? どんたくにはまだ早かよ?」
ねじり鉢巻をした大将が、ぞろぞろと入ってきた異世界美少女軍団(兎耳、人魚、天使、エルフ、魔王、ジャージ女神)を見て目を丸くした。
「ちょっとした慰安旅行でして。七人、入れますか?」
俺は愛想よく笑いながら、全員をL字型のカウンターにギュウギュウに座らせた。
「おう、詰めたら座れるたい。何にするね?」
「ラーメン七つ。麺は全部『バリカタ』で。あと、瓶ビール三本と焼き餃子を適当に見繕ってください」
「はいよっ! ラーメン七丁、バリカタね!」
大将が平ザルに極細麺を投げ入れ、手際よくチャッチャッと湯切りを始める。
屋台の狭い空間に、醤油ダレと化調、そして濃厚な豚骨スープが混ざり合う香りが充満した。前世の記憶が、胃袋の奥底から激しくノックしてくる。
「リアン様……なんて芳醇な香りなんでしょう……私、匂いだけでご飯が三杯いけそうですわ……」
リーザがカウンターにへばりつき、涎を垂らしながら鍋を見つめている。彼女の年収(数千円)では、普段は焦げたパンの耳が関の山だ。
「お待たせ! ラーメン七丁!」
ドンッ、ドンッ、と、カウンター越しに白い丼が置かれていく。
表面に細かい脂の泡が浮いた白濁スープ。その奥に沈むストレートの極細麺。薄切りの豚バラチャーシューに、たっぷりの青ネギとキクラゲ。
これぞ、博多の長浜ラーメン。完成されたジャンクの極致だ。
「うわぁ……! これがリアン君の故郷の料理……!」
キャルルが兎耳をピンと立て、割り箸を割った。
俺もレンゲを手に取り、まずはスープを一口すする。
――ガツンッ!!
脳天を殴られるような、強烈な旨味が口内を支配した。
俺は前世の三ツ星副料理長としての味覚と、『マギー キッチン・サイエンス』で培った料理の物理化学的アプローチで、口内のスープを瞬時に解体分析する。
(……豚の頭骨と拳骨を、文字通り粉々になるまで強火で炊き出し続けている。骨髄から溶け出したゼラチン質と脂肪分が、水と完全に『乳化』し、この白濁したクリーミーなスープを生み出しているんだ)
アナステシア世界――ルナミス帝国やポポロ村の料理は、確かに美味い。
肉椎茸にせよ、ピラダイにせよ、素材そのものが大気中のマナを吸って「バカみたいに美味い」からだ。だからこそ、向こうの世界の調理法は「ただ焼く」「煮る」といった原始的なものか、宮廷の無駄に飾り立てた見た目重視の料理に二極化していた。
だが、これは違う。
安い豚の骨という、本来なら捨てるような部位から、長時間かけて極限まで旨味を絞り出している。そこにキレのある醤油の『カエシ』と、舌の旨味受容体を直接ハックする化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)のブースト。
これらはすべて、「小麦の塊である麺を、いかに美味く食わせるか」という一点に向けて緻密に設計された、大衆食という名の『兵器』だ。
「美味い……!」
思わず声が漏れた。泥臭くて、繊細で、暴力的。俺が求めていた刺激がここにある。
「ズルズルズルッ!!」
隣で凄まじい吸引音がした。キャルルが、マッハ1の脚力を支える強靭な肺活量で、熱々の極細麺を一気に啜り上げている。
「おいひぃ!! なにこれ、麺が細いのにすっごいコシがある! スープがお肉の旨味の塊だよリアン君!!」
「ゆっくり食え、火傷するぞ」
「はむっ……ふふ、お野菜のシャキシャキ感が、こってりした汁によく合いますわ♡」
天然ハイエルフのルナが、おっとりとした手つきでチャーシューを口に運んでいる。完全菜食主義のはずの世界樹の民が、豚骨の魔力に早くも屈服していた。
「ヤバッ! この細麺めっちゃスープ絡む〜! はい、カメラ目線で〜、パシャッ☆ 『神も悶絶する地球の麺類』っと……よし、これで明日の配信のサムネは完璧!」
キュララは左手にレンゲ、右手に魔導スマホを持ち、器用に自撮りをしながら麺を啜っている。
「ふぅん……まあ、悪くないわね。アバロンの宮廷シェフが作る上品ぶったスープより、よっぽど魂に響く味だわ」
魔王ラスティアも、満足げに目を細めてスープを飲んでいる。
「ぷはぁぁぁーーッ!! やっぱこれよ! これなのよ! 狭い屋台で飲む冷えたビールと、肉汁たっぷりの餃子! 神の奇跡よ!」
一番端の席では、小豆色ジャージのルチアナが、瓶ビールをラッパ飲みしながら餃子を頬張り、完全に「仕事帰りのオッサン」と化していた。時空監査部が見たら一秒で懲戒免職の絵面だ。
「すいません、大将! 『替え玉』! バリカタで!」
俺は麺をあらかた平らげたところで、百円玉をカウンターに置いて叫んだ。
「はいよっ! 替え玉一丁!」
「えっ? なんですのそれ? 麺だけおかわりできるんですか!?」
リーザが驚愕の声を上げる。
「ああ。博多ラーメンの極細麺は伸びやすいからな。一杯の麺の量を少なくして、食べ終わる頃に茹でたての麺を追加するんだ。卓上にあるラーメンダレやゴマ、紅ショウガで味変するのもツウの食べ方だぞ」
俺が教えると、リーザは目を輝かせた。
「す、素晴らしいシステムですわ! これならお腹いっぱいになるまで無限に……大将さん! 私も替え玉お願いします! バリ……バリカタで!」
「私も! 替え玉三つ! あと餃子もう一皿!」
満月の夜に国境の駐屯地を単身で更地にする女、キャルルが猛烈な食欲を解放した。
結局、俺たちは屋台の豚骨スープが底を突く勢いでラーメンと替え玉を平らげた。
「ふうぅ……食った食った。ごちそうさま!」
五回目の替え玉を胃袋に収めたキャルルが、ぽんぽんと少し膨らんだお腹を叩いて満足げなため息をついた。
卓上に積まれた大量の丼を前に、俺も心地よい満腹感と、料理人としての確かな「手応え」を感じていた。
ポポロ村の霊土で育った超高純度の小麦でこの極細麺を打ち、ロックバイソンの拳骨とシープピッグの頭骨でスープを炊き出せば、これを超える一杯が作れるのではないか。そんなアイデアが脳内で次々と弾けていく。
キャルルが、残ったスープを飲み干した丼を両手で持ち、ルビーの瞳をキラキラと輝かせて俺を見上げた。
「ねえ、リアン君」
彼女の兎耳が、期待に満ちてピクッと動く。
「このラーメン……ポポロ村に帰っても、リアン君なら作れる?」
俺は立ち上がり、タローマンジャージのポケットに手を入れた。
換金した札束から代金を支払い、大将に「ごちそうさん」と軽く手を上げる。
「――作ってやるさ。いや、俺がこの味を……地球のラーメンを、超えてやる」
前世の三ツ星フレンチ副料理長としてのプライドと、異世界の特級食材。
その二つを融合させた時、どんな化学反応が起きるのか。俺自身の料理人としての血が、かつてないほど熱く滾っていた。
(……だが、そのためにはもう少し地球の『兵器』を視察しておく必要があるな)
「よし、お前ら。胃袋にまだ隙間はあるか? 次の店に行くぞ」
俺の言葉に、ポンコツ嫁軍団が歓声を上げて中洲の夜の街へ飛び出していった。
福岡グルメ遠征は、まだ始まったばかりだ。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




