EP 2
『博多駅前に降臨した天災たちと、金塊ロンダリング』
七色に発光する因果律のゲートを抜けた瞬間、俺たちの全身を、生温かいビル風とけたたましい喧騒が包み込んだ。
「おおおっ……! これが、これがリアン君の故郷……!」
いち早くアスファルトの地面に降り立ったキャルルが、頭上の兎耳をピンと立てて周囲を見渡した。
俺たちが降り立ったのは、現代日本――九州最大のターミナル、JR博多駅の博多口広場だった。巨大な駅ビルのガラス張りの壁面、ひっきりなしに行き交う西鉄バス、そしてスマートフォンを片手に足早に歩く大勢の通行人。アナステシア世界の長閑なポポロ村とは対極にある、圧倒的な人工物のジャングルだ。
「す、すごいですわ! 石でできたお城が天まで届きそうです! あっちにはピカピカ光る魔法の板(大型ビジョン)がいっぱい……!」
リーザが健康サンダルをペタペタと鳴らしながら、口をぽかんと開けて駅ビルを見上げている。
「わぁ〜、電波がいっぱい飛んでる! さすが地球、通信速度が天界の八倍は速いじゃん! 早速この駅前でダンス動画撮ってGodTubeにアップしよっと☆」
キュララが背中の純白の翼をパタパタと動かし、自撮り棒を取り出してウインクを決めた。
「待て馬鹿、やめろ!」
俺は慌ててキュララの魔導スマホをひったくった。
「ここで配信なんてしたら、一発で時空監査部に居場所がバレるだろうが! ルチアナがマグローザ漁船に乗せられるだけならともかく、俺たちのグルメツアーまで中止になったらどうするんだ!」
「ひっ!? 漁船はやめてぇええ! 今月のリボ払い終わってないのよおおお!!」
小豆色の芋ジャージを着た女神ルチアナが、道端で頭を抱えてガタガタと震え出した。創造神の威厳など微塵もない。
「それにしても……」
俺は周囲を行き交う地球人たちの視線が、痛いほど俺たちに突き刺さっていることに気づいた。
『ねえ、あれ何のコスプレ?』
『すっごいクオリティ高くない? あの羽根、動いてるし』
『てか顔面偏差値エグッ。どっかの地下アイドルのゲリラライブ?』
無理もない。銀髪兎耳のスポーティ美少女、青銀髪のジャージ人魚、発光するヘイローを乗せた地雷系天使、フリフリのドレスを着たハイエルフ(ルナ)、そして圧倒的なカリスマを放つ銀髪赤眼の魔王。俺はただのタローマン製のジャージ姿だが、腰には打刀『白雪』を隠し持っている(魔法ポーチの中に一時避難させたが)。
「リアン、早くお店に行きましょうよ。私、お腹が空いたわ。それとも、月人君の聖地巡礼が先かしら?」
ラスティアが俺の背中を小突く。
「焦るな。だが、その前にやらなきゃならないことがある。……お前ら、日本円持ってるか?」
俺の問いに、嫁たちは一斉に首を傾げた。
「え? お金なら、ホラ! ゴルドスマイル銀行の小切手ならありますけど?」とキャルル。
「五円玉ならここに三枚ほど!」とリーザが鼻の穴から硬貨を取り出そうとする(即座に止めた)。
「ここでは金貨も小切手も使えない。ルナPayも非対応だ。美味いラーメンを食うには、地球の通貨が必要なんだよ」
俺はため息をついた。事前に準備できればよかったが、ラスティアとルチアナの暴走で急遽ゲートを開いたため、手持ちの現金がない。
「あら、お金なら私がお出ししますわ」
おっとりと微笑んだのは、世界樹の次期女王ルナだった。
彼女はフリフリのドレスの袖から、ゴトッ、と無造作に黄金の延べ棒を取り出した。
「今月の世界樹からのお小遣いですわ。これなら使えますわよね?」
「バカッ! しまうんだルナ!!」
俺は光の速さでルナの手を覆い隠し、延べ棒を魔法ポーチに押し込んだ。博多駅前で純金1キロブロックを裸で振り回すなど、強盗を呼んでくれと言っているようなものだ。
しかし、この純金は使える。
俺は前世の記憶――日商簿記一級の知識と、日本の税制、および金融法務の知識を脳内でフル回転させた。
「よし。ルナ、その金塊、少しだけ削らせてくれ」
「ええ、構いませんわ。リアン様のためなら腎臓でもお譲りしますのに」
「腎臓はいらん! 怖いこと言うな!」
俺は一行を駅近くの人気の少ない路地裏へ誘導し、魔法ポーチの中で『白雪』を使って純金のインゴットから数百グラムほどを精密に切り出した。
「お前たちはここで少し待ってろ。絶対に騒ぎを起こすなよ。キャルル、ルナとキュララが暴走しないように見張っててくれ」
「うん、分かった! でもリアン君、五分以内に戻ってこないと、心音を探知して壁を蹴破って迎えに行くからね♡」
「……善処する」
俺は切り出した金塊をポケットにねじ込み、博多駅周辺にある大手の貴金属買取店へと足を向けた。
カラン、とドアベルを鳴らして入店すると、カウンターの奥からスーツ姿の鑑定士が現れた。俺はタローマンジャージの胸元を正し、極めてビジネスライクな、冷静な声を作り出す。
「金の査定と、買取をお願いしたい」
俺がカウンターに無造作に置いた金の塊を見て、鑑定士は目を丸くした。
「こ、これは……刻印がありませんね。少々お待ちください、比重計とX線検査機にかけさせていただきます」
数分後、裏から戻ってきた鑑定士の顔には、隠しきれない驚愕が張り付いていた。
「お客様……これ、フォーナイン(99.99%)を完全に振り切る、異常なほどの高純度です。不純物が一切検出されません。一体どこでこれを……?」
「エルフの……いや、変わり者の祖父の遺品でしてね。趣味で精錬していたようです」
俺はポーカーフェイスを崩さずに嘘をついた。世界樹から生成されたマナ純度100%の金塊なのだから、地球の科学力で見ればオーパーツレベルの純度だろう。
「買い取っていただけますか?」
「は、はい! もちろんです。本日の相場ですと……こちらの重量で、およそ百九十八万円となります」
俺は内心でガッツポーズをした。
計算通りだ。日本の法律(犯罪収益移転防止法)では、二百万円を超える貴金属の現金取引にはマイナンバーカードなどの厳格な本人確認書類の提示と、税務署への支払調書の提出が義務付けられている。異世界人の俺にマイナンバーなどあるわけがない。
だからこそ、意図的に『二百万円のラインをギリギリ下回る重量』に切り出して持ち込んだのだ。簿記一級の知識と、前世での税務処理の経験がここで活きた。
「現金でお願いします」
「かしこまりました。それでは、こちらの身分証確認シートにサインだけお願いいたします」
適当に前世の名前を記入し、手続きを終える。
数分後、俺の手元には分厚い一万円札の束が握られていた。これだけあれば、嫁たち全員の胃袋を高級店で満たしても十分にお釣りが来る。
店を出ると、路地裏で大人しく(リーザが鳩の餌を狙おうとするのをキャルルが羽交い締めで止めていたが)待っていた一行と合流した。
「お待たせ。資金調達は完了だ」
俺が札束の入った封筒をパラパラと弾いて見せると、リーザが「ひゃああっ! 紙のお金がこんなに! 神です! リアン様は神ですわー!」と地面にスライディング土下座を決めた。
「リアン、それで? どこへ連れて行ってくれるの?」
ラスティアが楽しげに唇を舐める。
日が傾き始め、博多の街にネオンの明かりが灯り始めていた。
風に乗って漂ってくる豚骨と醤油、そして炭火の匂いが、俺の料理人としての魂を激しくノックしている。
「地球の……日本の暴力的なまでの旨味を教えてやる」
俺は札束の封筒を魔法ポーチにしまい、夜の街を指差した。
「まずは中洲へ向かうぞ。屋台のラーメンだ」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




