EP 30
女帝のダイエット宣言。極悪カロリー爆弾『チーズバーガー・ウェリントン』の罠
「……よし。帝都の飲食市場、完全制圧完了だ」
俺は、執務室のデスクに積み上げられた莫大な売上金と、右肩上がりのグラフが描かれた帳簿を見て、深くドス黒い笑みを漏らした。
美食ギルドの最高料理長ギュスターヴを『悪魔のガーリックバター唐揚げ』で物理的(カロリー的)に屈服させてから二週間。
ギュスターヴは自身の三ツ星レストランを休業し、なんと自らポポロ・コーポレーションのフランチャイズ一号店『ポポロ・フライド・チキン(PFC)』の店長に就任してしまった。
「アッハッハッハ! 揚げろ! 揚げるのだ! カロリーこそが正義! 脂と化学調味料(MSG)こそが、人類を導く至高の福音なのだァァッ!」
今やギュスターヴは、純白のコックコートを脱ぎ捨て、赤と白のストライプのエプロン姿で、毎日狂ったように鶏肉を揚げ続けている。
美食ギルドのネットワークを掌握したことで、帝都中の貴族や富裕層がジャンクフードの虜となり、俺たちの屋台には連日連夜、金貨が滝のように流れ込んでいた。
「リアン様ぁー! 本日もオズワルド宰相から『豚野郎丼、会議室へ出前三十人前』のオーダー入りましたわーっ!」
リーザが嬉鳴りを上げながら伝票を振り回す。
「順調そのものね。帝都の連中、完全にうちの脂と塩分がないと生きていけない体になってるわ」
黒エプロン姿のラスティア(現役魔王)も、呆れたように笑いながら豚肉を仕込んでいる。
「ああ。これで帝国の経済は実質的に俺たちが握ったも同然……」
バンッ!!!
俺が勝利の余韻に浸っていたその時。
屋台の店舗兼厨房のドアが、重武装の近衛騎士たちによって蹴り開けられた。
「ポポロ・コーポレーションの代表、リアン・クラインだな! 皇帝陛下の勅命である! 貴様を『帝都の風紀および健康を乱した罪』で即刻連行する!」
「……は?」
◆
帝都の中心にそびえ立つ、豪奢な白亜の宮廷。
その最奥にある謁見の間で、俺は数名の花嫁たちと共に、冷たい大理石の床に膝をつかされていた。
玉座から俺たちを見下ろしているのは、帝国の絶対権力者である若き女帝、エルフリーデ・フォン・アナステシアであった。
プラチナブロンドの髪を美しく結い上げ、氷のように冷たいブルーの瞳を持つ、息を呑むような美貌の持ち主。しかし、その表情は極限まで険しい。
「……オズワルド宰相。そして、ギュスターヴ料理長」
エルフリーデ女帝の冷ややかな声が、謁見の間に響き渡る。
俺の隣には、なぜか一緒に連行されてきた常連客(VIP)の二人が、滝のような冷や汗を流して平伏していた。
「ここ数週間、貴様らの働きぶりは異常であった。深夜まで政務をこなし、会議では異様なまでの熱気を放っている。……だが、同時に貴様らからは、常に『ニンニクと焦げた脂の悪臭』が漂っているのだ!」
ビクゥッ!!と、宰相と元三ツ星シェフが肩を震わせる。
「それに、そのだらしなく膨らんだ腹は何だ! 帝国の重鎮たるもの、常に野菜中心の健康的な食事を摂り、洗練されたプロポーションを保つのが義務であろう! 貴様ら、一体何を食っている!」
「ひ、ひぃぃ……っ! 陛下、これはその……」
「か、カロリーは……カロリーは裏切らないのです、陛下……っ!」
ギュスターヴがうわ言のように呟く。
「ええい、黙れ! 全て調べはついている!」
女帝エルフリーデは、扇子でビシッと俺を指差した。
「そこの田舎商人! 貴様が『ジャンクフード』なる下劣な毒物で、我が帝国のエリートたちの脳と胃袋を破壊している主犯だな! 私は油っこいものとニンニクがこの世で一番嫌いなのだ! 貴様の営業を即刻停止し、帝都から永久追放処分とする!」
「リアン君……これ、大ピンチじゃないですか……?」
キャルルがウサギ耳をペタンと寝かせて囁く。
「皇帝陛下に逆らったら、今度こそ国家反逆罪で首が飛びますよ……」
だが、俺は内心で(チョロいな)と舌を出していた。
健康志向で、油物とニンニクを憎む若き女帝。前世のブラック企業にも、こういう『意識高い系のワンマン社長』は腐るほどいた。
こういう手合いを堕落させるのは、実は非常に簡単なのである。
「……恐れながら、皇帝陛下」
俺は、静かに頭を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「私の提供する食事が『下劣な毒物』であると断じる前に、一度その舌で確かめていただくのが、帝国の主たる者の公正な裁きというものでは?」
「なんだと? この私に、その豚の餌のような臭い飯を食えと言うのか! 無礼者め!」
「いいえ。私が陛下に献上するのは、宮廷の晩餐会に並べても遜色のない、極めて【洗練された芸術品】です。……もし私が、陛下の『美意識』を満足させつつ、同時にこれまでの料理の常識を覆す一皿を作れたなら……帝都でのポポロ・コーポの独占営業権を、正式に国として認めていただきたい」
「ほう……?」
女帝エルフリーデの眉がピクリと動いた。
「面白い。私の美意識と健康志向を満足させつつ、極上の味を提供するというのだな? よかろう、その勝負受けて立つ。だが、もし私の舌を微塵も満足させられなかった場合……貴様を市中引き回しの末、極刑に処す!」
「交渉成立ですね。では、厨房をお借りします」
俺は立ち上がり、花嫁たちを引き連れて宮廷の厨房へと向かった。
「り、リアン様……大丈夫なのですか? あんなに油とニンニクを嫌っている陛下に、一体何を作るおつもりで……?」
リーザが不安そうに尋ねる。
「決まってるだろ。見た目は美しく洗練された宮廷料理。だが、その中身はカロリーと脂とチーズが凝縮された『極悪カロリー爆弾』だ。……意識高い系の女のストッパー(理性)をぶっ壊す、禁断のメニューを作ってやる」
俺は、宮廷の冷蔵庫から最高級の『牛ミンチ肉』と『厚切りベーコン』、そして『四種類のチーズ(チェダー、モッツァレラ、ゴルゴンゾーラ、パルメザン)』を取り出した。
「まずは、牛ミンチに塩胡椒と『うま味調味料(MSG)』を致死量ぶち込み、肉厚の巨大なハンバーグ(パティ)を作る。その中央に、四種のチーズを拳ほどの大きさに丸めてブチ込む!」
「うわぁ……すでにカロリーがヤバそうですわ……」
「さらに! その巨大なチーズイン・パティの周囲を、カリカリに焼いた厚切りベーコンで何重にも巻きつける!」
「肉を! 肉で巻いたわよこの男!」
ラスティアがツッコミを入れる。
「仕上げだ。この圧倒的なジャンクの塊(暴力)を……宮廷料理の象徴である、美しく繊細な『パイ生地』で完全に包み込む!」
そう。俺が作るのは、英国の伝統的な高級料理『ビーフ・ウェリントン』のガワを被った悪魔の食べ物――【チーズバーガー・ウェリントン】である。
「パイ生地の表面に卵黄を塗り、美しい格子状の飾り包丁を入れる。これをオーブンでじっくりと焼き上げれば……匂いも脂も完全にパイの中に密閉される。見た目は完全に『上品なパイ包み焼き』だ」
オーブンから漂うのは、バターと小麦が焼ける高貴な香りだけ。
だが、そのパイの内部では、牛肉の肉汁、ベーコンの燻製脂、そしてドロドロに溶けた四種のチーズが、逃げ場を失って極限まで圧縮・融合しているのだ。
「……完成だ。皇帝陛下の理性を吹き飛ばす、トロイの木馬(カロリー爆弾)の出来上がりだぜ」
◆
謁見の間。
純白のテーブルクロスの上に、美しく焼き上げられた『パイ包み焼き』が恭しく置かれた。
添えられているのは、彩り鮮やかな温野菜と、トリュフの香りが漂う上品な赤ワインソース。どこからどう見ても、最高級の宮廷料理である。
「……ほう」
女帝エルフリーデは、その美しい見た目と、バターの芳醇な香りに、わずかに警戒を解いた。
「あのニンニク臭い男が、これほど洗練された料理を作るとはな。見た目と香りは及第点だ。だが、問題は味だぞ」
女帝は、優雅な手つきでナイフとフォークを手に取り、パイの中央へと刃を突き立てた。
サクッ……。
極上のパイ生地が切れる、心地よい音。
そして、ナイフが中心まで到達し、パイを左右に切り開いた、その瞬間だった。
ブワァァァァァァァッッ!!!
「なっ……!?」
パイの内部に高圧で閉じ込められていた熱気が、爆発的に噴出した。
それは、上品なバターの香りを一瞬で駆逐する、牛肉の暴力的な肉汁の匂いと、スモーキーなベーコンの脂の香り。
そして、切り開かれた断面からは――。
ドリュゥゥゥゥッ……!!
限界まで熱され、ドロドロのマグマと化した『四種の濃厚チーズ』が、決壊したダムのように皿の上へ溢れ出したのだ。
「な、なんだこれはぁっ!? 肉の中から、黄色と白の粘性液体が大量に溢れ出して……っ!」
女帝エルフリーデが、その圧倒的な視覚の暴力に目を見開く。
「さぁ、冷めないうちにお召し上がりください。これが私の『美意識』です」
俺は、営業スマイルで促した。
「くっ……! 見掛け倒しのゲテモノめ! こんな脂っこそうなもの、一口食べてすぐに吐き捨ててくれるわ!」
女帝は、フォークにたっぷりのチーズと、肉汁を吸ったパイ生地、そしてベーコンを絡め取り、大きく口を開けてパクリと放り込んだ。
「……っっっ!!?」
その瞬間。エルフリーデの脳天を、前代未聞の落雷が直撃した。
サクサクのパイ生地の食感の直後、噛み締めた牛ミンチから、暴力的なまでの旨味(MSG)と肉汁が津波のように押し寄せる。
そこに、塩気と燻製の香りを放つベーコンが追い討ちをかけ、最後は四種のチーズの暴力的なコクとまろやかさが、全ての味覚を強制的に支配した。
「あ……あ……ぁ……っ」
女帝の氷のようなブルーの瞳が、トロンと潤み始めた。
「な、なんだこれは……っ! 味が、味が強すぎる! 脂が重い! チーズの塩分が脳を直接殴りつけてくる! こんなもの、健康に良いわけがない、皇帝の食べるものじゃない……っ!」
彼女は必死に理性を保とうと首を振る。
だが。
「なのに……なのに、フォークが止まらないぃぃっ!」
ザクッ! トロォッ! ハフッ! ジュワァァァッ!!
「あふっ! んふぅっ! 美味い! 美味すぎるぞ! 野菜だけの生活で干からびていた私の細胞一つ一つに、圧倒的なカロリーが染み渡っていくゥゥッ!!」
もはや、冷酷な女帝の面影はどこにもなかった。
エルフリーデは、宮廷の作法など完全に忘れ去り、皿の上に溢れ出したドロドロのチーズをパイ生地で拭い取りながら、無我夢中で極悪カロリー爆弾を貪り食っていた。
「ああっ! ベーコンのカリカリと、チーズのトロトロが合わさって、もう思考が真っ白に……っ! これだ、私が本当に求めていたのは、この『背徳感』だったのだわぁぁっ!!」
ものの数分。
巨大なチーズバーガー・ウェリントンは、女帝の胃袋へと完全に消え去った。
「……ふぅぅぅぅ……」
顔を真っ赤に紅潮させ、額に汗を浮かべた女帝エルフリーデは、玉座に深く寄りかかり、完全に『昇天』した顔で天井を見つめていた。
「……お粗末様でした。で、判定はいかがでしょう?」
俺がわざとらしく尋ねる。
女帝は、ハッと我に帰り、コホンと咳払いをして威厳を取り繕おうとした。
だが、その口元にはまだチーズがべっとりと付いている。
「……み、見事だ。貴様の料理は、私の美意識を満足させつつ、これまでにない『力強さ』を持っていた。……よって、ポポロ・コーポの独占営業権を認める!」
「ありがたき幸せ」
「そ、それと……」
女帝は、モジモジと身をよじらせながら、上目遣いで俺を見た。
「明日の夜も……いや、今夜の夕食にも、これと同じものを三十人前、宮廷に配達してくれないか? ……もちろん、特別国費(税金)で支払うゆえ……っ!」
「毎度ありっ!」
俺は、ついに帝国の頂点(女帝の胃袋)すらも陥落させた事実を噛み締め、誰にも見えない角度で、極上の『悪徳経営者』の笑みを浮かべた。
「り、リアン君……皇帝陛下までジャンクフード依存症にしちゃった……」
「この国、もう長くないかもしれないわね……」
キャルルとラスティアが、憐れむような目で玉座の女帝を見つめている。
健康志向の女帝すらも堕落させる、圧倒的なカロリーと旨味の暴力。
ポポロ・コーポレーションの帝国完全支配は、今、ここに絶対的なものとして完成したのである。
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