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EP 29

 美食ギルドの襲来。超高級フレンチVS悪魔のガーリックバター唐揚げ

帝都への屋台出店から一週間。

第一行政区画の裏路地は、毎晩深夜になると【異様な光景】に包まれていた。

「大将! こっちに『背徳のニンニク豚野郎丼』特盛りで! あとイモッカ・ハイボールのおかわり!」

「こちらにはワンカップ・ラーメンを! スープに白飯をぶち込んでくれ!」

「うおォォッ! 今日の豚肉も脂が乗ってて最高だぁぁっ! 徹夜の書類作成で死んでいた脳細胞が蘇るゥゥッ!」

帝国の未来を担う超エリート官僚たちや、高位の貴族、果ては近衛騎士団の面々までが、高級な燕尾服や鎧を着たまま、パイプ椅子に座って一心不乱にジャンクフードを貪り食っているのである。

深夜の路地裏には、ニンニクと豚の脂、そして焦がし醤油の暴力的な香りが充満していた。

「ガハハハッ! まいどありーっ! リアンの旦那、今日も売上レコード更新やで! 帝都の金持ちはアホみたいに金払いエエなぁ!」

ゴルドスマイル銀行のニャングルが、屋台の隅で山積みの金貨を数えながら狂喜乱舞している。

「ふっ……。言っただろ、疲労とストレスが極限に達した社畜にとって、塩分と脂質と化学調味料は『合法の麻薬』だってな」

俺(リアン・クライン)は、巨大な鉄鍋を振るいながら、ニヤリと悪徳経営者の笑みを浮かべた。

オズワルド内務宰相を筆頭に、帝都の重役たちは完全にポポロ屋台のジャンクフード依存症に陥っていた。彼らはもはや、味の薄い上品な宮廷料理では満足できない体になってしまったのだ。

「リアン様ぁー! 豚バラ肉の仕込みが追いつきませんわーっ! ルナ、もっとお肉を解凍してちょうだい!」

「はいなーっ! 大地の精霊さん、お肉をいい感じに常温に戻してーっ!」

割烹着姿のリーザとルナが、戦場のような屋台の裏で必死に立ち回っている。

俺たちの帝都侵略(胃袋からのM&A)は、完璧な軌道に乗っていた。

――だが、出る杭は打たれるのが世の常である。

「……そこまでだ、下劣な厨房番ども!!」

突然、裏路地の入り口から、周囲の喧騒を切り裂くような甲高い怒鳴り声が響いた。

現れたのは、真っ白で糊の効いたコックコートに身を包み、背の高いコック帽を被った、カイゼル髭の男だった。背後には、同じく白い服を着た屈強な料理人たちを十数人も引き連れている。

「な、なんだアイツら……?」

常連客の官僚たちが、豚野郎丼を口に運ぶ手を止めた。

「ひぃっ!? あ、あの方は……帝都の飲食業界を牛耳る『美食ギルド』のトップ、三ツ星最高料理長のギュスターヴ様だ!」

客の一人が悲鳴を上げた。

ギュスターヴは、鼻の下にハンカチを当て、路地裏の匂いを嗅いで露骨に顔をしかめた。

「おお、神よ……! なんという下品で、暴力的な悪臭だ! ニンニクと脂の臭いで吐き気がする! おまけに、高貴な帝都の紳士たちが、こんな薄汚い屋台で豚の餌のようなドンブリを貪っているなど……帝都の食文化に対する重大な冒涜である!」

ギュスターヴは、ツカツカと屋台の前に歩み寄り、俺を鋭く睨みつけた。

「貴様だな、最近帝都の貴族たちをたぶらかしているという悪徳屋台の主は! 私は美食ギルドの権限において、このような下劣な店の営業を即刻停止……」

「あー、ちょっと待て。営業停止って、あんたにそんな法的な権限があるのか?」

俺は鉄鍋を置き、冷たい声で遮った。

「うちの屋台は、帝国内務省から正式な『深夜特別営業許可』をもらってるんだが? なぁ、オズワルド宰相?」

俺が視線を向けた先――屋台の隅の特等席で、顔を隠すようにして豚野郎丼をかきこんでいたオズワルド宰相が、ビクゥッ!と肩を揺らした。

「さ、宰相閣下!? なぜあのような高貴なお方が、こんな屋台に……っ!?」

ギュスターヴが驚愕の声を上げる。

「げふんっ! い、いや、これはその……民の生活水準を調査するための、極秘の視察であってだな……」

口の周りをテカテカに光らせた宰相が、目を泳がせながら言い訳をした。

「宰相閣下がお許しになろうと、私の料理人としてのプライドが許さん! このような油まみれのジャンクフードなど『料理』とは認めない! 美食とは、繊細な出汁(フォン)と、芸術的な盛り付け、そして素材の味を生かす薄味の調和にあるのだ!」

ギュスターヴはバンッ!と屋台のカウンターを叩いた。

「ならば勝負だ、屋台の主よ! 貴様が本当に客を満足させる腕があるというなら、私の舌を唸らせてみせろ! 私が作る『至高の芸術料理』と、貴様の作る『下品なエサ』、どちらが真に優れているか……ここで白黒つけようではないか!」

「……俺が勝ったら?」

「二度と貴様の営業の邪魔はせん! だが私が勝てば、即刻この屋台を畳んで帝都から立ち去れ!」

売り言葉に買い言葉。

俺は、ニヤリと唇を歪めた。

「いいぜ。その勝負、買ってやる。……ただし、審査員はあんた自身だ。あんたが俺の飯を食って、『美味い』と一言でも漏らしたら、俺の勝ちだ」

「ふんっ! この三ツ星シェフである私が、そんな油まみれのエサを認めるはずがなかろう!」

かくして、深夜の路地裏で、帝都最高峰のフレンチシェフと、ブラック企業の社畜飯クリエイターによる、異例の料理対決が幕を開けた。

◆

「……完成だ。これぞ帝都の美食の頂点、『幻影鳥のコンソメスープ〜トリュフの泡を添えて〜』だ!」

三十分後。

ギュスターヴが自信満々に差し出したのは、金縁の純白の皿に注がれた、恐ろしいほど透明なスープだった。その上には、高級食材であるトリュフの香りを閉じ込めた繊細な泡が乗っている。

「おお……! なんという上品な香り……」

「雑味が一切ない、澄み切った黄金色だ……」

ギャラリーの官僚たちが感嘆の声を漏らす。

俺も一口味見させてもらったが、確かに美味い。素材の味を極限まで引き出し、何日もかけてアクを抜いた、まさに職人技の結晶だ。

だが――『深夜の社畜』の胃袋を満たすには、圧倒的にパンチが足りない。

「貴様の番だ、屋台の主! この究極の芸術品を前に、手も足も出まい!」

ギュスターヴが勝利を確信して高笑いする。

「芸術品ねぇ。……悪いが、俺が作るのは芸術じゃない。人間の『本能』を直接殴りつける、純粋な【暴力】だ」

俺は、ボウルに山盛りの『鶏のもも肉』を用意した。

そこに、すりおろした大量のニンニク、生姜、そして特製の濃口醤油、酒をドバドバと注ぎ込む。

「ここからが魔法(ブラック)だ」

俺は懐から、小さな瓶を取り出した。

中に入っているのは、真っ白な粉末。前世の叡智の結晶たる化学調味料――【うま味調味料(MSG)】である。

「な、なんだその怪しげな白い粉は!? まさか毒薬では……」

ギュスターヴが眉をひそめる。

「毒じゃないさ。ただの『旨味のブースト薬』だ」

バサバサバサッ!

俺は、致死量(※比喩)のうま味調味料をボウルに叩き込み、鶏肉に力強く揉み込んだ。

そして、たっぷりの片栗粉をまぶし……魔導コンロで限界まで熱した、超高温のラード(豚脂)の海へと一気に放り込んだ!

ジュワァァァァァァァァァッッ!!!

「うおっ!?」

「な、なんて暴力的な音と油はねだ!」

裏路地に、鶏肉が揚がる豪快な音と、醤油とニンニクが焦げる強烈な匂いが爆発的に広がる。

一度揚げて取り出し、数分休ませた後、さらに高温の油で【二度揚げ】を行う。これにより、衣の水分が完全に飛び、石のように硬くザクザクとした究極のクリスピー食感が生まれるのだ。

「まだ終わりじゃないぞ」

俺は、揚がりたての唐揚げを別の鉄鍋に移し、そこに『黄金のブロック』を放り込んだ。

「ば、馬鹿な! それは丸々一個のバターではないか! 揚げ物にさらにバターを絡めるなど、狂気の沙汰だ!!」

ギュスターヴが絶叫する。

「カロリーは美味さの戦闘力だ。カロリーが高いほど美味い、それが真理だ」

ジュワワワワッ!!

溶けたバターが唐揚げの衣に染み込み、さらに追い討ちの『フライドガーリック』を山盛りにふりかける。

「お待たせしました。ポポロ亭特製、【悪魔のガーリックバター唐揚げ】だ」

ドンッ!とカウンターに置かれた皿。

茶色一色。彩りなど皆無。ただひたすらに脂とニンニクと醤油が輝く、暴力の化身。

「ひぃぃっ……! な、なんだこの品性のカケラもない物体は! 見ているだけで胃もたれがしそうだ!」

ギュスターヴは顔を引き攣らせ、後ずさりした。

「どうした? 食わないなら、あんたの負け(不戦敗)だぞ?」

俺が挑発すると、ギュスターヴは「くっ……!」と呻き、震える手でフォークを握った。

「こんなもの……こんなゲテモノ、私の洗練された舌が受け付けるわけがないのだ! 一口食べて、すぐに吐き出して……っ!」

彼は、バターとニンニクまみれの唐揚げにフォークを突き刺し、覚悟を決めて口に放り込んだ。

ガリッ!! ザクゥッ!!

一口噛んだ瞬間。

ギュスターヴの脳内に、雷が落ちた。

「……っっっ!!?」

二度揚げされた極厚の衣が砕ける、脳内に響き渡るような圧倒的な破砕音。

その直後、衣の中に閉じ込められていた鶏もも肉の肉汁(肉脂)が、熱々の滝となって口の中へ溢れ出した。

さらに、致死量のうま味調味料(MSG)が、彼の舌の味蕾を直接ハッキングし、「美味い」という信号を脳の報酬系へ強制的に送り込む。

繊細な出汁? 芸術的な盛り付け?

そんな高尚な理屈は、ニンニクと醤油とバターが織りなす【ジャンクフードの暴威】の前に、たった一瞬で粉砕された。

「……あ、あ、ああ……っ!」

ギュスターヴの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「な、なんだこれは……っ! 味が、味が濃すぎる! 脂が重すぎる! 下品だ、最悪だ、私の料理哲学の全てを否定するような邪悪な味だ……!」

彼は泣きながら叫んだ。

しかし、その手は止まらなかった。

「……だが! なぜだ!? 咀嚼をやめられない! 飲み込んだ瞬間に、もっと塩分を、もっと脂を、もっとこの強烈な旨味を体が求めてしまうぅぅっ!」

ザクッ! ジュワッ! ザクッ! ジュワッ!!

「あふっ! ほふっ! 美味い! 下品なのに美味すぎる! コンソメスープの繊細な香りなど、この圧倒的な暴力の前には風の前の塵に過ぎない! 私は……私は今まで、なんて薄味で物足りない料理を作っていたのだぁぁっ!!」

もはや、美食ギルドの最高料理長の威厳など微塵もなかった。

ギュスターヴは、指にべっとりとついたバターとガーリックを舌で舐め取りながら、山盛りの唐揚げをたった数分で完食してしまった。

「……お粗末様。で、勝負の判定は?」

俺が冷笑を浮かべて尋ねる。

ギュスターヴは、油まみれの口元を拭うこともせず、その場にガクンと膝をついた。

「……私の、私の完全なる敗北だ。この『悪魔の食べ物』の前には、どんな高級フレンチもひれ伏すしかない……っ!」

彼は涙と鼻水と油で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺を見上げた。

「た、頼む、屋台の主よ! 私の全財産を払うから……この、この唐揚げのレシピを教えてくれ! いや、いっそ私をこの屋台の弟子にしてくれぇぇっ!!」

「えぇ……。三ツ星シェフが、屋台の弟子入り志願……」

キャルルとルチアナがドン引きしている。

「フッ。弟子は取らねぇ主義だが……『業務提携』なら考えてやってもいいぜ? 美食ギルドのネットワークを使って、うちのジャンクフードを帝都全土に流通させる気があるならな」

俺は、完璧なフランチャイズ展開の足がかり(美食ギルドの乗っ取り)を確信し、悪魔のように微笑んだ。

帝都の夜は更けていく。

最高級のフレンチシェフすらも堕落させる、ポポロ・コーポレーションの『背徳のジャンクフード』。

その中毒性(引力)は、もはや帝国の誰にも止めることはできなくなっていた。

読んでいただきありがとうございます。

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