EP 28
帝都進出。深夜の屋台と、過労宰相を堕とす『背徳のニンニク豚野郎丼』
特許査察官アーノルドが自滅(パンツ一丁で発狂し、強制送還)してから二週間後。
ポポロ村の村長室こと、俺の執務室に、帝都の特許庁から分厚い封蝋が押された公式書類が届いた。
「ガハハハッ! リアンの旦那、見ろやこれ! 『ワンカップ・ラーメン』と『芋酒イモッカ』の専売特許、無事に認可下りたで!」
ゴルドスマイル銀行のニャングルが、黄金の算盤をバチバチと弾きながら歓喜の声を上げた。
アーノルドの失態が上層部に報告された結果、帝国側はポポロ・コーポレーションへの謝罪の意味も込めて、異例のスピードで特許申請を受理したのだ。
「これで大陸中どこを探しても、お湯を注ぐだけのラーメンと、度数40%のイモッカを合法的に販売できるのはウチだけだ。他国が類似品を作ろうものなら、帝国の法務部が自動的に潰しにかかってくれる」
俺は、完璧な利益計画が記された帳簿を閉じ、ニヤリと笑った。
「だが、卸売り(問屋業)だけで満足していては三流だ。中間マージンを中抜きし、一番利益率の高い『直営の小売業』を帝都のど真ん中で展開する。……ニャングル、帝都への『出店』の準備はできているな?」
「もちろんどすえ! 帝都の超一等地、行政区画のすぐ裏手に、小さな店舗用の土地を確保してあるで!」
俺の次の狙いは、大陸最大の人口と富が集まる中心地『帝都』の胃袋を直接掌握することだった。
◆
数日後。帝都・第一行政区画の裏路地。
深夜零時を回った石畳の通りに、怪しげな赤提灯をぶら下げた一台の『屋台』がポツンと店を出していた。
「うぃ〜……なんで私がこんな夜更けに、屋台の客引きなんてやらなきゃなんないのよ〜……」
「文句を言わないのルチアナ! リアン様の帝都進出の第一歩ですわよ! さぁ、お賽銭箱掃除機で通りをピカピカにして、お客様をお迎えしますわ!」
屋台の裏では、割烹着姿の女神ルチアナがジョッキでイモッカの水割りをあおり、リーザが掃除機をかけている。
「リアン君、こんな人通りのない裏路地で、本当にお客さん来るんですか? 帝都の貴族様たちは、こんな屋台のジャンクフードなんて見向きもしないんじゃ……」
ウサギ耳を帽子に隠したキャルルが、不安そうに周囲を見回した。
「ふっ、素人はこれだから困る」
俺は、屋台の魔導コンロで巨大な鉄鍋を熱しながら、冷たく笑った。
「いいか。ここは帝都の『行政区画』の裏手だ。つまり、この国を動かすために連日連夜、サービス残業と書類仕事に追われている【国家公務員(超エリート社畜)】たちの巣窟ってことだ。奴らは今頃、ストレスと疲労で胃袋が限界を迎えているはずだぞ」
前世でブラック企業の社畜だった俺には、痛いほどよくわかる。
深夜まで残業した体に本当に必要なのは、お上品で味の薄い宮廷料理などではない。
脳髄を直接殴りつけるような、強烈な塩分と油分、そして炭水化物の暴力なのだ。
「クンクン……なんだか、すごく強烈な匂いがしてきたのだけど……」
黒い割烹着を着たラスティア(魔王)が、鼻をヒクつかせた。
俺が鉄鍋に放り込んだのは、分厚く切った豚バラ肉、そして『すりおろしニンニク』と『刻みニンニク』のダブルパンチである。
ジュワァァァッ!!という爆音と共に、特製の焦がし醤油ダレが熱せられ、路地裏一帯に暴力的なまでの食欲をそそる匂い(テロ)が充満し始めた。
「さぁ、撒き餌は完了だ。そろそろ『大物』が釣れる頃合いだぜ」
俺がそう呟いた、まさにその直後だった。
「……おい、そこの屋台」
暗い路地の奥から、フラフラとした足取りで一人の初老の男が現れた。
仕立ての良い最高級の燕尾服を着ているが、その顔には死相(過労)が浮かび、目の下には真っ黒なクマができている。手には分厚い決裁書類の束が握られていた。
「いらっしゃいませー。深夜のポポロ屋台へようこそ」
俺が営業スマイルで迎えると、男は屋台の丸椅子にドカッと腰を下ろし、深いため息をついた。
「……私は、帝国の内務宰相を務めるオズワルドだ。……すまんが、何か『腹にガツンとくるもの』を出してくれないか」
「宰相様ですか。それはそれは、毎日のお勤め(激務)、お疲れ様でございます」
オズワルド宰相は、頭を抱えるようにして呟いた。
「……もう嫌なのだ。連日連夜の会議に次ぐ会議。出される食事は、金箔の乗った白身魚のポワレだの、味のしないコンソメスープだの……そんな上品な見掛け倒しのエサでは、私のすり減った精神は回復しないのだ……!」
「なるほど。ストレスで塩分と脂質を渇望していらっしゃる。……お客様にぴったりの、極上の『薬』がございますよ」
俺はニヤリと笑い、どんぶりに熱々の白米を山盛りに叩き込んだ。
その上に、先ほど鉄鍋で暴力的なまでに炒め上げた『特製ニンニク豚バラ炒め』を、これでもかと乗せる。
「仕上げだ、ルナ」
「はいなーっ! 大地の精霊さん、ネギをドバーッとお願いしまーす!」
ルナが魔法で生成した新鮮な青ネギを山のように盛り付け、最後に中央へ『半熟の温泉卵』を落とす。
「お待たせいたしました。当屋台の裏メニュー、【背徳のニンニク豚野郎丼】でございます」
ドンッ!とカウンターに置かれたそれは、帝都の洗練された食文化に対する完全なる冒涜であった。
ツヤツヤと輝く豚バラ肉の脂、焦がし醤油の香り、そして目に染みるほどのニンニクの刺激臭。
「な、なんだこれは……! 品性の欠片もない、まるで山賊の飯ではないか!」
オズワルド宰相は、貴族としての矜持から一瞬顔をしかめた。
「ですが、お腹は正直なようですよ?」
俺が指摘すると、宰相の腹の虫が『ギュルルルルルッ!!』と雷鳴のように鳴り響いた。
「くっ……! ええい、毒食わば皿までだ!」
宰相は木製の匙を鷲掴みにし、半熟卵を崩して、ニンニク豚肉と白米を一緒に大きくすくい上げた。
そして、それを一気に口に放り込む。
「……っ!!?」
瞬間、オズワルド宰相の目が見開き、時が止まった。
彼の脳内で、何かが物理的に弾ける音がした。
「な……なんだ、この暴力的なまでの旨味はぁぁぁっ!?」
宰相は、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで絶叫した。
「分厚い豚肉から溢れ出す濃厚な脂! それを迎え撃つ、焦がし醤油の圧倒的な塩気! そして、脳髄を直接突き刺すような強烈なニンニクの刺激! それらが白米という無限のキャンバスの上で、信じられないほどの一体感を生み出している……っ!」
「お仕事でお疲れの体に、塩分とカロリーが染み渡るでしょう?」
「ハフッ! むほぉっ! ズルズルズルッ!!」
もはや宰相に、大貴族としてのプライドなど微塵も残っていなかった。
彼は取り憑かれたように匙を動かし、山盛りの豚野郎丼を、まるで数日間絶食していた野犬のように貪り食い始めた。
「美味い! 美味すぎるぞ! 宮廷のシェフが三日三晩かけて作るコンソメスープなど、この一口のニンニク醤油の前にひれ伏すレベルだ! ああ、私の、私のすり減った精神が……満たされていくゥゥッ!」
「お食事のお供に、こちらもどうぞ」
俺は、氷をたっぷり入れたグラスに、あの度数40%の『芋酒イモッカ』を注ぎ、強炭酸水とレモンで割った【特製イモッカ・ハイボール】を差し出した。
宰相は、油まみれになった口でグラスを受け取り、一気に喉に流し込んだ。
「……ッッッ!! ぷはぁぁぁぁっ!!」
強烈な炭酸とレモンの爽快感が、口の中の豚の脂を完璧に洗い流す。しかし、その奥に潜むイモッカの強烈なアルコール(度数40%)が、疲労しきった宰相の脳を容赦なく揺さぶった。
「最高だ……! 脂っこい肉を食った後に、このスッキリとした、しかしガツンと内臓を燃やすような強烈な酒……! 完璧なループ(永久機関)ではないかぁぁっ!」
ものの五分。
大盛りの『背徳のニンニク豚野郎丼』と、ジョッキ三杯の『イモッカ・ハイボール』は、宰相の胃袋へ完全に消え去った。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
オズワルド宰相は、顔を真っ赤にして放心状態になりながら、カウンターに突っ伏した。
その顔には、長年の激務から解放されたような、仏のように安らかな笑みが浮かんでいる。
「お粗末様でした。お会計は、銀貨三枚になります」
俺がそう告げると、宰相は懐から『白金貨』を取り出し、ドンッとカウンターに叩きつけた。
「釣りは要らん……っ! 素晴らしい、素晴らしいぞ屋台の主! これこそが、私のような国家の歯車(社畜)を救う、真の救済の食事だ!」
宰相は涙を流しながら俺の手を固く握りしめた。
「頼む、明日も……いや、毎晩ここへ来てくれ! 君の作るこの下品で暴力的な飯がなければ、私はもう明日の会議を乗り切れん体になってしまったぁっ!」
「……まいどあり。お客様が望むなら、いつでも極上の『薬』をご用意いたしますよ」
俺は、白金貨を懐にしまいながら、悪魔のようにドス黒い笑みを浮かべた。
「り、リアン君……。一国の宰相様を、完全に『ジャンクフード依存症』にしちゃいましたよ……」
キャルルがドン引きして震えている。
「ふん。これで帝国内務省のトップは、完全に俺たちポポロ・コーポの『お得意様』だ。行政区画の営業許可証だろうが、店舗の拡張だろうが、これで全てフリーパス(顔パス)で通る」
上品な味覚しか知らないエリートたちに、劇薬のようなジャンクフードを叩き込み、胃袋から支配する。
これが、前世のブラック企業で培った、俺流の『帝都攻略法(M&A)』である。
「さぁ、野郎ども。明日は豚肉を今日の三倍仕込め。帝都の社畜どもを、一人残らず豚野郎丼の虜にしてやるぜ」
深夜の帝都の路地裏に、屋台の赤提灯と、悪徳経営者の高笑いが不気味に響き渡っていた。
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