EP 27
リアンの完璧な供述(アカデミー賞主演男優賞)
チュン、チュン、チュン……。
ポポロ村に、爽やかな朝を告げる小鳥のさえずりが響き渡る。
「……よし。涙の準備は完璧だな」
俺は、厨房の裏でこっそりと『すりおろした玉ねぎ』の汁を指につけ、自分の両目に擦り込んだ。
ジワァッ、と強制的に涙腺が刺激され、ボロボロと大粒の涙が溢れ出してくる。
「り、リアン様……すっごい悪人顔で泣いてますわ……」
「リアン君が、完璧な被害者を演じるための『仕込み』に入りました……!」
厨房の陰から、リーザとキャルルがドン引きした顔でこちらを覗き込んでいる。
「お前らも余計なことは喋るなよ。いいか、俺たちは『理不尽な暴力に怯える、可哀想な田舎の村人』だ。……さぁ、おまわりさん(帝国騎士)のお出ましだぞ」
俺は玉ねぎの匂いを消すために顔を軽く水で洗い、真っ赤に充血した涙目で、破壊の限りを尽くされたポポロ亭のフロアへと飛び出した。
「お、お待ちしておりましたぁぁっ! 駐在騎士様ぁぁっ!」
「これは……ひどい有様だな」
数名の部下を引き連れてポポロ亭に入ってきたのは、この地域を管轄する帝国の駐在騎士の隊長だった。
彼は、へし折られたテーブル、粉砕された椅子、そして床に散乱する高級なベルベットの外套とスラックスを見て、絶句していた。
「隊長! 容疑者を確保しました!」
そこへ、外を捜索していた若い騎士が、一人の男を両脇から抱え上げて店内に戻ってきた。
「離せぇ……っ! うぃ〜……俺の朝食はまだか……! 濃いめのコーヒーと、胃に優しいスープを持て……!」
「黙れこの変質者!!」
ガンッ!と後頭部を小突かれ、床に無様に放り出されたのは、特許査察官アーノルド(通称:A氏)だった。
彼はなんと、純白のシルク製ボクサーパンツ一丁という破廉恥な姿のまま、手錠をかけられていた。
高濃度のアルコール(イモッカ)による急性幻覚症状は抜けたものの、今は地獄のような二日酔いに襲われているらしく、顔面は青白く、目は虚ろに泳いでいる。
「……あ、あいつ。昨夜パンツ一丁で外に飛び出した後、隣の太陽芋の畑で『魔王の眷属め!』とか叫びながら、カカシ相手にプロレス技をキメてそのまま寝落ちしてやがったんですよ」
若い騎士が、心底汚いものを見るような目で報告した。
「帝都の特許庁から来たエリート官僚が、泥酔してパンツ一丁で器物破損だと……? 信じられん」
隊長は頭を抱え、そして、真っ赤な目で震えている俺(被害者)へと向き直った。
「ポポロ・コーポの社長殿。大変な被害だったな。……昨夜、一体何があったのか、詳しく聞かせてもらえるか?」
「はい……っ、はい……っ」
俺は、両手で自分の肩を抱きしめ、ガタガタと震える小芝居を打った。
そして、玉ねぎの汁で強制的に流した涙を拭いながら、か細く、怯えきった声で、完璧な供述(アカデミー賞主演男優賞)を開始した。
「はい、、はい、、何かよく分からないっすけど、Aさんは『俺は神に選ばれし勇者だ!』と急に言い始めて、、ズボンを下ろして、パンツ一丁で外に飛び出して、店を破壊し始めたんす……っ」
「神に選ばれし勇者、だと? 酔っ払いの妄言にしても酷すぎるな……」
隊長が眉間に深いシワを寄せる。
俺はさらに、嗚咽を漏らしながら言葉を続けた。
「俺、、怖くって、、そしたら、支払いはこれだって……金ピカの五円玉で、、『釣りは要らねー、とっておきな』って、意味不明な事を言い出して、、っ(ヒック)」
俺は震える手で、昨夜A氏が俺の顔面に投げつけてきた『穴の空いた謎の硬貨(五円玉)』を隊長に差し出した。
「な、なんだこの硬貨は……!?」
隊長と騎士たちが、その五円玉を見て息を呑んだ。
「金貨のように見えるが、材質は真鍮……いや、見たこともない金属だ。それに、中央に穴が空いており、表面には古代文字(※日本語の『五円』)のような気味が悪い刻印がされている……!」
「アナステシア大陸のどの国の通貨でもありませんね。……隊長、これは……」
若い騎士がゴクリと生唾を飲んだ。
「間違いない。重度のプレッシャーとアルコールにより、精神が完全に崩壊(発狂)し、幻覚の中で『自らの脳内にしか存在しない通貨』を錬成してしまったのだ。……もはや、まともな意思疎通ができる状態ではないな」
警察(騎士たち)の中で、A氏の【完全な狂人化】が、決定的な事実として認定された瞬間だった。
俺は下を向いて震えながら、内心で(よしっ、完璧な筋書き通りだ! 五円玉のディティールが最高の仕事をしたぜ!)とガッツポーズを決めていた。
「う、うぅ……。頭が痛い……。おい、平民ども。ここはどこだ? 私は……特許庁の……」
床に転がっていたA氏が、ようやく薄らぼんやりと意識を取り戻し、体を起こした。
「……ひ、ひぃぃぃっ! ゆ、勇者様が起きたぁぁっ! 助けてぇっ!!」
俺は、ここぞとばかりに大げさな悲鳴を上げ、隊長の背後に隠れた。
「おい、厨房番。なぜ私がこんな姿に……。おい、私の服をどこへやった! それにこの手枷は何だ! 私を誰だと思っている!」
A氏が、手錠をチャラチャラと鳴らしながら、パンツ一丁の姿で怒鳴り散らす。
その傲慢な態度が、騎士たちの逆鱗に完全に触れた。
「貴様ぁっ! 散々村人に迷惑をかけ、店を破壊し、あまつさえ意味不明な硬貨で無銭飲食を図ろうとした上に、まだそんな態度をとるか!!」
隊長が、A氏の胸ぐらを力任せに締め上げた。
「な……なにを言っている! 私は無銭飲食などしていない! そこの下民が、私の特許を奪おうと罠を……っ!」
「往生際が悪いぞ! 貴様のその狂態は、すでに『証拠』として残っているんだ!」
隊長が合図をすると、上空に待機していたキュララの超小型ドローンから、空中に立体映像が投影された。
そこには、昨夜のA氏が『見えない敵』と戦いながら、自ら進んでズボンを脱ぎ捨て、パンツ一丁でテーブルに回し蹴りを決めている姿が、残酷なまでの4K高画質で映し出されていた。
『喰らえ! 聖剣エクス・スラッシュ!!』
『魔物め! ポポロ亭ごと浄化してやるゥゥッ!!』
『釣りは要らねー! とっておきな!!』
高音質で再生される、自分自身の狂気に満ちた叫び声。
「あ……ぁ……? そ、それは、私……? いや、違う! 私はそんな記憶は……っ!」
A氏は、空中に映し出されたパンツ一丁の自分の姿を見て、ついに顔面から全ての血の気を失い、ガクガクと震え始めた。
度数40%のイモッカによるブラックアウト現象。彼には、昨夜の『勇者として覚醒した記憶』が一切残っていなかったのだ。
「もう言い逃れはできんぞ、アーノルド査察官。帝国の名誉を著しく傷つけた罪は重い。……貴様には、帝都の牢獄、ならびに精神病棟への強制送還を命ずる!」
「ち、違う! 私は罠にハメられたんだ! あのラーメンだ! あのラーメンがおかしかったんだぁぁぁっ!!」
「黙れ! ラーメンのせいにして罪を逃れようとするなど、言語道断! 連行しろ!!」
「いやだぁぁっ! 私の特許! 利益の九割がぁぁっ!!」
ドナドナドナ……。
パンツ一丁で泣き叫ぶ特許査察官は、屈強な騎士たちに両脇を抱えられ、護送用の馬車へと無様に引きずり込まれていった。
「……ポポロ・コーポの社長殿」
隊長が、深く頭を下げた。
「我が帝国の役人が、多大なるご迷惑をおかけした。店の修理代は全額、帝国側(奴の給料)から支払わせよう。……それに、あの男が難癖をつけていた『特許』の件だが、私が本部に責任を持って『問題なし』と報告しておく」
「あ、ありがとうございますぅ……っ。帝国騎士の皆様のおかげで、村の平和は守られました……っ」
俺は、何度も何度も頭を下げ、馬車が見えなくなるまで涙ながらに見送った。
そして――馬車の姿が完全に消え、騎士たちも引き上げていった直後。
俺の顔から、オドオドとした『被害者の顔』がスゥッと消え去り、代わりに冷酷でドス黒い、悪徳経営者の笑みが浮かび上がった。
「……フッ。完全勝利だ。これで特許は俺たちのもの。奴は社会的に抹殺。おまけに店の改装費まで帝国持ちで下りてくる」
「り、リアン様……あなたって人は、本当に……っ!」
厨房から出てきた嫁たちが、その完璧すぎる二面性にドン引きしながらも、呆れたような笑いをこぼした。
合法的な劇薬と、緻密な計算(と五円玉)。
俺の仕掛けた極上のブラック接客は、こうして一人のクズ貴族の人生を完膚なきまでに破壊し、ポポロ・コーポに莫大な利益をもたらす『特許防衛戦』の完全なる勝利で幕を閉じたのである。
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