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EP 24

 横暴なるA氏の無銭飲食と、キレる嫁たち

「おいコラ! いつまで待たせる気だ! 勇者の末裔であるこの私が『視察』してやると言っているのだぞ! さっさと一番高い酒と、一番高い肉を持ってこい!!」

特許査察官アーノルド(通称:A氏)の怒鳴り声が、ポポロ亭のフロアに響き渡った。

昼下がりのポポロ亭は、最悪の空気に包まれていた。

A氏と数名の護衛騎士たちは、店の中央にある最も広いVIPテーブルを陣取り、周りの席で食事をしていた常連の商人や村人たちを「平民の臭いが移る」「目障りだ」という理由で力ずくで追い出したのだ。

「フンッ。どいつもこいつも薄汚い身なりをしおって。こんな田舎村に特許の審査に来てやっただけでもありがたいと思え」

A氏は足をテーブルに投げ出し、爪を弄りながら鼻を鳴らした。

厨房では、その横暴な振る舞いに対して、花嫁(従業員)たちの怒りが沸点に達していた。

「……あ、あのクソモヤシ野郎ぉぉっ! 私の顔なじみのお客さんたちを追い出した上に、まだ一銭も払ってませんのよ!? あの肉、ドンガンから仕入れた最高級の飛竜肉ですのに……っ!」

リーザが、真っ赤に熱したお賽銭箱掃除機のノズルを震わせながら、厨房のドアの隙間からA氏を睨みつけている。

「リアン君……ダメです。私の正義の心(ウサギの耳)が、あの害虫を今すぐ駆除しろと囁いています……!」

キャルルが、チャキッ、チャキッ……と両手に構えた『愛のペア手錠』を鳴らし、暗殺者のような虚無の瞳で呟く。

「大地の精霊さん、あのおっさんの座ってる椅子の脚を、今すぐ純度百パーセントの爆薬(ニトログリセリン)に錬成してくださいなーっ!」

ルナが、両手を合わせて物騒な祈りを捧げ始めた。

「待て待て待てぇぇっ!!」

俺(リアン・クライン)は、今にもフロアに飛び出して特許査察官の命を物理的に刈り取ろうとするポンコツ嫁たちを、両手で必死に押さえ込んだ。

「落ち着け不良債権ども! 何度も言ってるだろ、あいつは特許庁の役人だ! ここで手を出したら『公務執行妨害』と『傷害罪』でポポロ亭は一発で営業停止だ! ワンカップ・ラーメンの特許も永遠に下りなくなる!」

「でもぉ! あいつ、さっきから私の作った唐揚げを『衣が硬い』って床に捨てたんですよぉぉっ!? 食い物の恨みは海より深いんですのーっ!!」

リーザが涙目で暴れる。

「あんなヒョロガリが『勇者の末裔』とか名乗ってるのもマジで腹立つわ……。私の腹の傷(トラウマ)が疼くのよ……っ! 今すぐ魔王の雷(デス・サンダー)で黒焦げにしてやる……っ!」

黒エプロン姿のラスティア(現役魔王)も、指先にバチバチと黒い雷を纏わせて臨戦態勢だ。

「お前ら、経営者の俺の言うことが聞けねぇのか!」

俺は特製ハリセンで、リーザとラスティアの頭をスパーン!と叩いた。

「いいか、よく聞け。経営において最も愚かなことは、感情に任せて『屋号(ブランド)』に傷をつけることだ。あんな原価ゼロの不良債権(クズ)のせいで、俺たちが築き上げてきたポポロ・コーポの利益を失うのはコスパが悪すぎる」

俺は、怒りで肩で息をする嫁たちをぐるりと見回し、そして、氷点下の冷酷な笑みを浮かべた。

「……相手が役人の権力を笠に着て『お客様』として振る舞うなら、俺たちも『商人』として完璧な接客(おもてなし)をしてやればいい。……あいつの手足を一本も折らず、血の一滴も流させず、合法的に、社会的に一番みじめな形で自滅させてやる」

俺の底知れぬドス黒いオーラを感じ取ったのか、嫁たちはゴクリと生唾を飲み込んで静かになった。

◆

夜の帳が下りる頃。

ポポロ亭のフロアには、散々な有様が広がっていた。

「オイ! 酒だ、酒! こんな安物のワインじゃ、勇者の血が沸き立たんぞ!」

「ガハハッ! さすがアーノルド様! この村の飯は下品ですが、酒だけは進みますな!」

A氏と護衛の騎士たちは、テーブルの上に空になった酒瓶を何本も転がし、完全に出来上がっていた。

彼らは俺が提供した極上の肉料理を「味が濃すぎる」「焼き加減が田舎臭い」と散々文句を言いながらも、結局は皿を舐めるように平らげていた。

「ヒック……。おい、そこの厨房番!」

顔を真っ赤にしたA氏が、空のワイングラスを振り回しながら俺を呼びつけた。

「はいはい、なんでしょうか、偉大なる特許査察官様?」

俺は、接客業用の完璧なスマイル(営業スマイル)を顔に貼り付けてテーブルに歩み寄った。

「……ふんっ。色々と食ってやったが、どれもこれも特許には値せん。私の名義に書き換えるという提案、どうやらまだ迷っているようだな?」

A氏はニヤニヤと下劣な笑みを浮かべ、俺を見下ろした。

「だが、私も慈悲深い男だ。明日の朝まで待ってやる。……その前にだ、小腹が空いた。昼間に食った、あの下品な『ワンカップ・ラーメン』とやらを一つ持ってこい。あれなら、酒の締めに食ってやれんこともない」

「……かしこまりました。ただいま、極上の『熱々』をご用意いたします」

俺は深々と一礼し、踵を返して厨房へと戻った。

「リアン様……あのクズ、またラーメンをタダ食いする気ですわよ……っ!」

厨房で待機していたリーザが、歯軋りをして悔しがっている。

だが、俺はもう止めることはなかった。

「……ちょうどいい。酒が入って、味覚も判断能力も鈍ってる。最高のタイミングだ」

俺は、厨房の奥の厳重な魔導ロックがかかった金庫を開けた。

そこから取り出したのは、ガラス瓶に入った無色透明な液体――。

数日前に蒸留したばかりの、アルコール度数40%オーバーの劇薬スピリッツ『芋酒イモッカ』の原酒である。

「り、リアン君……? それ、女神様を一撃で昏睡させた、危険なお酒ですよね……?」

キャルルが、俺の手に握られた瓶を見て顔を引き攣らせた。

「ああ。あいつは『ワンカップ・ラーメンに熱湯を注いで持ってこい』とは言わなかった。『ワンカップ・ラーメンを持て』と命令したんだ」

俺は、魔導コンロの火をつけ、大きなヤカンを火にかけた。

そして、イモッカの原酒の入ったガラス瓶のコルクを抜き、中身の無色透明な液体を……ドボドボドボッ!と、水の一滴も混ぜずにヤカンの中へ全量注ぎ込んだ。

「なっ……!?」

「り、リアン様!? お酒を沸騰させたら、アルコールが飛んでしまいますのよ!?」

ルナが驚いて声を上げる。

「普通ならな。だが、お前ら、昼間にワンカップ・ラーメンを食った時、蓋を開けた瞬間に何を思った?」

俺は、ヤカンの中でふつふつと沸き立ち始めた透明な液体(イモッカ)を見つめながら言った。

「え? ……あ、すごく分厚い豚骨の『油膜』がスープに張ってましたわ」

リーザが答える。

「正解だ。豚骨の濃厚な油膜と、紙コップの密閉された蓋。それが、沸騰したイモッカのアルコールの揮発を完全に防ぐ【蓋】になる」

俺は、新品のワンカップ・ラーメンの紙蓋をペリッと半分だけ剥がした。

「それに、あのニンニクと豚骨の暴力的なジャンク臭なら、イモッカのアルコールの匂いなんて完全にマスキング(相殺)される。あいつは、ただの『熱湯で作ったラーメン』だと思い込んで、度数40%の熱々スピリッツを、スープとして胃袋に直接流し込むことになる」

「……っ!!」

厨房にいた花嫁たち全員が、その『悪魔のレシピ』の凶悪さに息を飲んだ。

「相手は特許庁の役人だ。俺が無理やり飲ませたわけじゃない。あいつが『作れ』と命令し、あいつが『自分の意志』で食うんだ。俺たちは言われた通り、極上の接客(ラーメンの提供)をしただけ……」

ピーーーーーッ!!

ヤカンが、沸騰を知らせる甲高い音を立てた。

俺は火を止め、ヤカンを傾け、沸騰した度数40%のイモッカを、ワンカップ・ラーメンの乾燥麺の上に並々と注ぎ込んだ。

ピタリ、と紙蓋を閉め、砂時計を置く。

「……さぁ、特許査察官様。ポポロ亭が誇る、合法かつ致死量の『極上のおもてなし』だ。三分間、きっちり待たせてもらうぜ」

俺の顔に浮かんだ冷酷な笑みは、かつてブラック企業の社員たちを震え上がらせた、本物の『悪徳経営者』のそれであった。

読んでいただきありがとうございます。

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