EP 23
招かれざる客。特許査察官アーノルド(通称:A氏)の来訪
「まいどあり! ワンカップ・ラーメン一箱、金貨一枚のお買い上げや! 次のお客さん、どうぞーっ!」
ポポロ村の中央に位置するポポロ亭は、朝から凄まじい熱気と喧騒に包まれていた。
ゴルドスマイル銀行のニャングルが黄金の算盤を弾き飛ばす勢いで会計を回し、店先には各国の商人たちの馬車が長蛇の列を作っている。
目当ては当然、俺が開発したお湯を注ぐだけの革命的携帯食『ワンカップ・ラーメン』だ。
長旅で冷え切り、乾パンで飢えを凌ぐしかなかった商人たちにとって、いつでもどこでも熱々でジャンクな豚骨ニンニクの旨味を味わえるこの商品は、まさに砂漠のオアシス(劇薬)であった。
「……よしよし。原価率を極限まで抑えた大量生産ラインも安定した。これでポポロ・コーポの今期の純利益は、前月比で五百パーセント増しは確実だな」
厨房の奥で帳簿をつけながら、俺は黒字で埋め尽くされた数字の羅列を見てニヤリと笑った。
ドンガンの流通網を完全に吸収したことで、材料の仕入れコストも格段に下がっている。あとは、帝都の特許庁に申請を出している『ワンカップ・ラーメン』と、度数40%の劇薬『芋酒イモッカ』の【専売特許】が正式に下りれば、他国での類似品の販売を差し止め、完全なる市場独占が完成する。
俺の経営計画は、完璧に機能していた。
――その、無作法な訪問者が現れるまでは。
バンッ!!
ポポロ亭の木製ドアが、ブーツの底で乱暴に蹴り開けられた。
「……おいおい、どこの田舎のバラック小屋かと思えば。豚の餌のような臭いを漂わせて、下賤な平民どもが群がっているな」
騒がしかった店内が、一瞬にして静まり返った。
入り口に立っていたのは、ポポロ村には似つかわしくない、過剰なまでに派手な金糸の刺繍が入ったベルベットの外套を羽織った、三十代半ばの男だった。
髪は脂ぎった金髪を無理やりオールバックに撫でつけ、鼻につく強烈な香水をプンプンと漂わせている。背後には、護衛らしき帝国の正規騎士を数名引き連れていた。
「……なんだ、あんた。営業中だぞ、ドアを壊す気か?」
俺が帳簿から顔を上げ、冷たい声で尋ねる。
男は、鼻を指でつまみながら、傲慢な足取りで店の中央へと進み出てきた。
「無礼者め。口を慎めよ、田舎の厨房番。私は帝都特許庁より派遣された、筆頭査察官アーノルド(通称:A氏)である」
A氏と名乗ったそのクズ貴族(見た目からして原価ゼロの不良債権)は、懐から仰々しい帝国の紋章が入った羊皮紙を取り出し、俺の目の前にビラビラと見せつけた。
「貴様らポポロ・コーポから申請のあった『ワンカップ・ラーメン』および『芋酒イモッカ』なるふざけた商品の、特許認可の最終審査に来てやったのだ。……さぁ、特許庁の偉大なる査察官であるこの私に、一番良いVIP席を用意し、最高のもてなしをしろ!」
「……特許査察官ね」
俺は、ピクピクと痙攣しそうになるこめかみを抑え、深くため息をついた。
なるほど。莫大な利益を生む特許申請の匂いを嗅ぎつけて、帝都から『おこぼれ(賄賂)』をせびりに来た典型的な悪徳官僚というわけだ。
「ルチアナ、そこの奥のテーブルを拭いてやれ」
「うぃ〜……なんで私がこんな香水臭いおっさんの接客を……」
不満げに台布巾を投げるルチアナ(女神)に案内され、A氏はドカッと椅子にふんぞり返った。
「さて。まずはその『ワンカップ・ラーメン』とやらを出してみろ。帝都の美食を知り尽くした私の舌で、特許に値する品かどうか、厳格に審査してやろうではないか。クククッ」
俺は無言で、熱湯を注いで三分待ったワンカップ・ラーメンをA氏の前にドンッと置いた。
立ち昇る、ニンニクと豚骨の暴力的なジャンク臭。
「……ふんっ。見た目からして下品な平民食だな。こんな泥水のようなスープ、貴族の胃袋に入れるのも躊躇われるが……まぁ、仕事だ。一口だけ味見してやろう」
A氏は眉間に皺を寄せながら、割り箸でちぢれ麺をつまみ上げ、気取った手つきで口に運んだ。
ズズッ……。
「…………っ!!?」
その瞬間、A氏の両目が限界まで見開かれた。
高級食材など一切使っていない、化学調味料と油の旨味の結晶。それが、日頃から薄味の気取った宮廷料理ばかり食べているA氏の味覚を、容赦なく物理で殴りつけたのだ。
「……おや? 一口だけじゃなかったのか?」
俺が冷笑を浮かべる。
「あ、あむっ! ズルルッ! ハフッ、ズズズズズズッ!!」
A氏はもはや言葉を発することなく、取り憑かれたように麺をすすり、熱々の豚骨スープを一滴残さず飲み干した。
額には滝のような汗が浮かび、目は完全にジャンクフードの引力にトランスしている。
「……ぷはぁっ!」
空になった紙コップを置き、A氏は荒い息を吐いた。
だが、次の瞬間、彼は咳払いをし、必死に『傲慢な貴族』の顔を取り繕った。
「……ふ、ふんっ! まったくもって下品な味だ! 塩分と油分が強すぎる! これでは帝都の洗練された貴族の口には到底合わん! 却下だ却下! こんなゴミに特許など下りるはずがなかろう!!」
「ほう。スープの一滴まで完飲しておいて、ゴミ扱いか」
「やかましい! 審査の基準を決めるのは私だ!」
A氏はテーブルをドンッと叩き、ニヤァッと下劣な笑みを浮かべた。
「だが……私も鬼ではない。この出来損ないの商品でも、売り出し方によっては多少の金にはなるかもしれん。そこで提案だ、ポポロ・コーポの社長よ」
A氏は、俺に向かって身を乗り出し、声を潜めた。
「この『ワンカップ・ラーメン』と『芋酒イモッカ』の特許申請者を、【私の名義】に変更しろ。帝都および大陸全土での販売権利と、利益の九割を私に譲渡するのだ。そうすれば、私の顔に免じて、特別に特許を通してやってもいいぞ?」
「……完全な利権の横取り(パクリ)じゃねぇか」
俺は、呆れを通り越して感心すら覚えた。ここまで清々しいほどの泥棒宣言は、前世のブラック企業でもなかなかお目にかかれない。
「横取りだと? 人聞きの悪いことを言うな!」
A氏はバンッ!と胸を張り、大仰なポーズを取った。
「私はただの査察官ではない! 我が血筋には、かつて世界を絶望に陥れた『魔王』を打ち倒した、伝説の【勇者の血】が流れているのだ! 偉大なる勇者の末裔であるこの私に、平民が己の発明品を献上するのは、当然の義務であろう!」
「勇者の、血……?」
その言葉が出た瞬間。
ポポロ亭の厨房で皿洗いをしていた黒エプロン姿の少女――現役の魔王であるラスティアの動きが、ピタリと止まった。
「……おい。今、なんて言った、あのおっさん」
ラスティアが、血走った目で俺を振り返る。
「自分が『魔王を倒した勇者の末裔』だってさ」
「……はぁぁっ!? ふざけんじゃないわよ!!」
ラスティアが、手元にあった濡れた皿をパリンッ!と粉砕した。
「勇者ってのはね、身長二メートル超えで、筋肉ムキムキで、髭面のむさ苦しいオッサンだったのよ! 私の腹に聖剣をぶち込んだあの筋肉ダルマの血が、なんでこんなヒョロガリの香水臭いモヤシ野郎に流れてんのよ! 魔王に対する名誉毀損よ! 今すぐあのモヤシの首を捻り切ってやるわ!!」
「私も手伝いますわ! あのモヤシ野郎、リアン様の料理をゴミ扱いした上、私たちの不労所得(特許利益)を横取りしようとするなんて! お賽銭箱掃除機で、全身の毛根という毛根を吸い尽くしてやりますの!!」
リーザも激怒し、掃除機のノズルを真っ赤に加熱させている。
「待て、お前ら。早まるな」
俺は、殺意の波動に目覚めた嫁たちを両手で制止した。
「あいつの首を物理的に飛ばすのは簡単だ。だが、相手は腐っても特許庁の役人だぞ。ここで傷害事件を起こせば、ポポロ亭は即座に『営業停止処分』を食らい、特許は永久に下りない。……それこそ、俺たちにとって最悪の『純損失(赤字)』だ」
「じゃあ、泣き寝入りしろって言うの!?」
ラスティアが牙を剥く。
「誰が泣き寝入りなんて言った」
俺は、厨房の奥に保管してある『ある劇薬』が入ったガラス瓶を見つめ、氷点下の笑みを浮かべた。
「俺たちは商人であり、料理人だ。客の手を汚さずに、合法的に……『極上のおもてなし』で、あのモヤシ野郎の人生ごと市場から退場させてやる」
一方、フロアのVIP席を占拠したA氏は、そんな俺の悪魔的な計画など露知らず、足をテーブルに乗せてふんぞり返っていた。
「おい! 今夜は私がこの店を借り切って『視察(無銭飲食)』してやる! さっさと、最高級の肉と酒を持て! 勇者の末裔を待たせるなよ!」
特許査察官アーノルド(通称:A氏)。
他人の発明を横取りし、傲慢の限りを尽くすこの男は、まだ知る由もなかった。
今夜、このポポロ亭で、前代未聞の【アルコール度数40%の合法トラップ】が彼を待ち受けているということを。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




