EP 21
ポポロ特産『芋酒イモッカ(度数40%)』と、沈没する女神
大陸最大の多国籍カルテル、ドンガン・コングロマリット。
彼らを敵対的逆買収(M&A)で完全子会社化し、ポポロ・コーポレーションが名実ともに大陸の物流インフラを握ってから、数週間が経過した。
エメラルド・コーストでのドタバタな社員研修から帰還した俺は、今日も今日とて朝六時に起床し、厨房で包丁を握っていた。
「……よし、これで塩の供給ルートは完全に安定したな。油も他国から安く卸せるようになった」
ポポロ亭の厨房には、ドンガンの流通網をフル活用して大陸中から集められた極上の食材と調味料が山積みになっている。
だが、経営者たるもの、現状に甘んじていては会社の成長は止まる。強大な物流網を手に入れたならば、次にやるべきことはただ一つ。
『その流通網に乗せて世界中に売りさばくための、自社開発のキラーコンテンツ(特産品)を生み出すこと』だ。
「リアンの旦那ァ、ちょっと相談があるんやけど……」
厨房の裏口から、黄金の算盤を抱えたゴルドスマイル銀行のニャングルが、渋い顔をして顔を出した。
「どうしたニャングル。またどこかの国が関税でイチャモンでもつけてきたか?」
「いや、他国やない。ウチ(ポポロ村)の内部の問題や。……実はな、先月ルナちゃんが『大地の精霊さんにお願いして、太陽芋をいっぱい育ててもらったんですの!』とか言うて、畑の成長速度をバグらせよったんや」
「あいつ……また勝手に農地を錬成したのか」
「おかげで太陽芋が超・大豊作なんはええんやけど……あまりにも採れすぎて、村の巨大倉庫がパンパンなんや。このままだと、来月には半分以上が腐って『純損失』になるで。旦那、どうにかして消費できへんか?」
太陽芋。ポポロ村の特産品であり、サツマイモのように甘く、栄養価の高い優れた農作物だ。
だが、いくら美味いからといって、毎日芋ばかり食っていては飽きるし、生鮮食品である以上、長期保存には限度がある。
俺は腕を組み、原価計算と商品開発のロジックをフル回転させた。
「……腐る前に大量消費できて、長期間保存が効き、なおかつ高値で売れるもの、か」
芋を加工して付加価値をつける。干し芋や芋けんぴにするのも手だが、それだけでは大量消費には追いつかない。
となれば、人類の歴史上、最も効率的に余剰穀物を消費し、莫大な利益を生み出してきた『アレ』を作るしかない。
「ニャングル。急いで村の鍛冶屋に、俺が図面を描いた『蒸留器』を作らせろ」
「じょ、蒸留器?」
「そうだ。太陽芋を全部すり潰して発酵させ……『酒』を造る」
俺の目に、経営者としての冷酷な光が宿る。
「ただの芋焼酎じゃねぇ。限界まで蒸留を繰り返し、アルコール度数を極限まで高めたクリアなスピリッツ……いわゆる『ウォッカ』だ。名付けて、ポポロ特産【芋酒イモッカ】だ」
◆
数日後。
ポポロ亭の裏庭に設置された、複雑な銅製の管がうねる巨大な蒸留器。
その排出口から、ポタ……ポタ……と、無色透明な液体がガラス瓶の中に落ちていた。
「大地の精霊さん、お鍋の温度を一定に保ってくださいなー」
ルナが釜の底の火加減を魔法で微調整し、
「はいはーいっ! ドローンで冷却水の循環システム、バッチリ稼働してまーすっ☆」
キュララが上空から排熱を管理している。
彼女たちの無駄に高い魔力は、こういう繊細な工業作業には非常に役に立つ。
「……よし。蒸留三回目、完了だ」
俺は、ガラス瓶に溜まった透明な液体を小皿に取り、匂いを嗅いだ。
芋特有の泥臭さは完全に消え去り、アルコール特有のツンとした刺激臭も、特殊な炭を用いた濾過工程により極限まで抑え込まれている。
見た目は完全にただの『水』。
だが、その中身は、糖度と澱粉質が異常に高い太陽芋を限界まで濃縮・発酵・蒸留して作り上げた、アルコール度数【40%オーバー】の劇薬である。
「よし、原酒の完成だ。これを水で割って樽で寝かせりゃ、極上の……」
「クンクン……。なになに? なんだか、すごく美味しそうな匂いがするじゃないの〜」
バタンッ!と裏口のドアが開き、だらしない部屋着姿の女神・ルチアナが、鼻をヒクヒクさせながら裏庭に現れた。
彼女の目は、ガラス瓶の中の無色透明な液体に釘付けになっている。
「リアン、これ何? お水? いや……この奥底から湧き上がるような芳醇な香りは……お酒ね! 新しいお酒を作ったのね!」
「おい、勝手に触るな。これはまだ原酒だ。度数が高すぎる」
俺が制止するより早く、ルチアナは流れるような動作で厨房からマイ・ジョッキを持ち出し、蒸留されたばかりの『イモッカ』を並々と注ぎ込んだ。
「ちょっとルチアナ! それ、まだ水で割ってないぞ! アルコール度数40%を超えてるんだ! 神とはいえ、そんなもん一気飲みしたら……!」
「度数40%? ふんっ、神の肝臓をなめないでよね! 天界の神酒に比べたら、人間の作る酒なんてジュースみたいなもんよ! いただきまーす!」
ゴクッ、ゴクッ、ゴクゴクッ……!
ルチアナは、忠告を完全に無視し、ジョッキいっぱいのイモッカを麦茶でも飲むような勢いで煽った。
俺もルナもキュララも、ドン引きしてその様子を見守る。
「……ぷはぁっ!」
ルチアナは、空になったジョッキをテーブルにドンッと置き、口元を拭った。
「なんだ、全然大したことないじゃない。アルコールの嫌な匂いも全然しないし、喉越しもスッキリしてて、ほんとにお水みたいに飲めるわ〜。リアン、あんたお酒造りの才能はイマイチ……」
彼女がそう言って、鼻で笑おうとした。
だが、その直後。
「……あれ?」
ルチアナの顔面から、スゥッと血の気が引き、代わりに首から上が茹でダコのように真っ赤に染まった。
彼女の目はトロンと虚ろになり、焦点が合っていない。
「なんだか……急に、床が……床が斜めになってきたわ……。それに、頭の中で、小鳥がチュンチュン鳴いて……」
「お前、それ完全に急性アルコール中毒の初期症状だぞ」
度数40%のクリアな蒸留酒。
イモッカの真の恐ろしさは、そこにある。
雑味がなく、水のようにスルスルと飲めてしまうため、アルコールの強さを舌が感知できない。そして、胃に到達して数分後、吸収された大量のアルコールが一気に脳を直撃する【時限爆弾】なのだ。
「あはは……あははははっ! リアン、あんた顔が三つに分身してるわよ〜? あれ、世界が回る〜……天界の、パパとママが手を振ってる〜……」
「おい、ルチアナ!? しっかりしろ! お花畑が見えてるぞ!」
「うぃ〜……私は女神よ〜……世界を救う、偉大な女神……むにゃ……zzz」
ドサァッ!!
ものの三分。
酒豪を自称し、並の酒なら一晩で樽ごと飲み干す女神ルチアナが、白目を剥いて裏庭の芝生に崩れ落ちた。
大の字になって完全な昏睡状態(泥酔)に陥り、いびきをかき始めている。
「「「ル、ルチアナ様が一撃で沈んだーっ!?」」」
ルナとキュララが悲鳴を上げてルチアナに駆け寄る。
俺は、ジョッキに残っていたイモッカの滴を見つめ、ゴクリと息を飲んだ。
神の肝臓すら三分で機能停止させる、暴力的なまでのアルコール度数。そして、それを自覚させない恐るべき『飲みやすさ(マスキング効果)』。
「……こいつは、ただの酒じゃねぇ。一歩間違えれば、人を社会的に抹殺できる『兵器(劇薬)』だ」
俺は、イモッカの入ったガラス瓶を慎重に持ち上げ、厳重にコルクで蓋をした。
太陽芋の大量消費という目的は達成できそうだが、これをそのまま市場に流通させるのは危険すぎる。水で割って度数を下げるか、カクテルのベースとして売るのが妥当だろう。
「リアンの旦那、そのお酒、どうするんや? 樽に詰めてドンガンの流通網に乗せるか?」
様子を見に来たニャングルが、倒れているルチアナを見てビクビクしながら尋ねてくる。
「いや、この原酒のまま一般流通させるのはコンプライアンス(安全性)に問題がある。まずは『危険物』として、ポポロ亭の金庫で厳重に保管だ」
だが、この時、俺の脳裏にはある一つの『閃き』が生まれていた。
このアルコール臭を感じさせないクリアなスピリッツ。そして、飲んだ者を瞬時に思考停止に追い込む破壊力。
もし、これを『強烈な匂いと旨味を持つ何か』と掛け合わせたら、一体どうなるか。
対象にアルコールであることを一切悟られず、熱々で致死量の度数を胃袋に叩き込む、合法的な【罠】になるのではないか。
「……まぁ、そんな外道な使い方をする機会なんて、そうそうねぇだろうがな」
俺は、芝生でヨダレを垂らして爆睡する女神に毛布をかけながら、苦笑いをこぼした。
だが、その数日後。
この『イモッカ』が、ポポロ・コーポレーションの権利を脅かすある「招かれざる客」を社会的抹殺するための、最凶の切り札(兵器)となることを、俺はまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




