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EP 19

 逆買収(M&A)完了! 巨大カルテルの完全子会社化とドナドナ

大陸の中央にそびえ立つ、ドンガン・コングロマリットの巨大な総裁室。

最高級の革張りソファに深く腰を沈めたヒキガエルの獣人、ドン・ガメルは、片手に葉巻、もう片手にワイングラスを持ち、醜悪な笑い声を上げていた。

「ゲハハハッ! 愚かな、実に愚かな若造だ! あのポポロ村の公爵め、どこから手に入れたのか知らんが、自暴自棄になって大量の塩を市場にダンピング(不当廉売)しおったわ!」

ガメルの目の前には、数台の巨大な魔導スクリーンが並び、大陸中の市場相場がリアルタイムで表示されている。

二日前、ポポロ村からの刺客(飛竜部隊)によって、市場の相場を破壊するほどの安価な塩が大量にばら撒かれた。

普通なら、塩の独占価格は崩壊し、ドンガンは大損害を被るはずだった。

しかし、ガメルは即座に動いた。

「市場に出回ったポポロ村の安売り塩を、全て買い占めろ!」と号令をかけ、自社の資金だけでなく、各国の闇金融から天文学的な額の借金(レバレッジ)をしてまで、その塩を倉庫にタワーのように積み上げたのだ。

「クククッ……一時的な資金繰りは火の車だが、これで市場の塩は再び我がドンガンが完全独占した! あとは価格を十倍、いや百倍に釣り上げてゆっくりと売り捌けば、借金など一瞬でチャラになる! ポポロ特区の命運もここまでだ!」

ガメルが勝利の美酒を煽ろうとした、まさに運命の三日目の正午。

バンッ!!

総裁室の重厚な扉が吹き飛び、血相を変えたトカゲの部下(元エメラルド・コースト支配人のザドル)が転がり込んできた。

「そ、総裁ェェェッ!! 大変です! た、たった今、各地の倉庫長から信じられない報告が……っ!」

「騒々しいぞザドル。どうした、塩の保管庫でネズミでも出たか?」

「ね、ネズミどころではありません! 倉庫に山積みになっていた数十万トンの塩が……ポポロ村から買い叩いた塩が、全て……ただの『石ころ』に変わってしまったんですぅぅっ!!」

「…………は?」

ガメルの持っていたワイングラスが、手から滑り落ちてガシャァン!と砕け散った。

「い、石ころだと!? 貴様、何を寝ぼけたことを……」

「本当なんです! 魔法による偽装だったんです! 我々が闇金から借金をしてまで買い占めた数百億の資産(塩)が、たった今、文字通り【価値ゼロの石ころ】の山に……っ!」

その報告と同時に、総裁室の魔導スクリーンが次々と赤く点滅し始めた。

『緊急事態! 担保資産の消失を確認!』

『各国の金融ギルドから、一斉に貸し剥がし(マージンコール)が発生!』

『ドンガン・コングロマリットの株価が大暴落! 売り注文が殺到しています!』

「なっ……ば、馬鹿な! こんな馬鹿なことがあってたまるか! 私の……私の資産が! 帝国をも牛耳るはずのドンガンの富が……!」

ガメルは頭を抱え、絶望のあまり泡を吹いて倒れそうになった。

数百億の資産がゼロになっただけではない。その資産を買うためにした『借金』だけが、そっくりそのまま残っているのだ。

資産ゼロ、負債は数百億。完全なる『債務超過(倒産)』である。

ピローン。

阿鼻叫喚の総裁室の中央で、ガメルのデスクに置かれた通信用魔水晶が、軽快な着信音を鳴らした。

震える手でザドルが通信を繋ぐと、そこに立体映像(ホログラム)として現れたのは……エプロン姿で片手にトングを持った、リアン・クラインであった。

『よう、カエル親父。石ころのコレクションは楽しんでるか?』

「き、貴様ァァァッ! リアン・クライン! 貴様、初めからこれを狙って……!」

ガメルが血走った目でホログラムに飛びかかろうとする。

『当たり前だろ。お前が限界までレバレッジをかけて買い占めるのを待ってたんだよ。……で、今の気分はどうだ? 負債総額は国家予算クラス。自社株は紙屑同然のストップ安。闇金からは追われる身……。もう首を吊るしかない絶望的な状況だろ?』

リアンは、悪魔のように冷酷な笑みを浮かべた。

『だが、心優しい俺が、その紙屑になったお前らの会社の株を、底値で買い取ってやったぜ。ゴルドスマイル銀行の資金と、ポポロ特区の交付金をフル稼働させてな』

「なっ……!?」

『たった今、市場に投げ売りされたドンガン・コングロマリットの株式の【51%】を、ポポロ・コーポレーションが取得した。……敵対的逆買収(M&A)完了だ。今日からてめぇらのカルテルは、俺たちポポロ・コーポの完全子会社だ』

ガメルの脳天に、雷が落ちたような衝撃が走った。

兵糧攻めを仕掛けたつもりが、気がつけば自分の会社ごと相手に飲み込まれていたのだ。圧倒的な暴力(魔法)と金融知識が融合した、理不尽極まりないカウンター攻撃。

「ま、待ってくれ! リアン公爵殿! 私が……私が悪かった! だから、この借金も親会社としてなんとか……!」

『バカ言ってんじゃねぇぞ』

リアンの声が、絶対零度の吹雪のように冷え込んだ。

『俺はドンガンの流通網(インフラ)を買っただけで、てめぇら無能な旧経営陣の作った負債を肩代わりする義理はねぇ。……総裁ドン・ガメル、ならびに旧役員共。てめぇらは全員、本日付けで【懲戒解雇】だ』

「な、なんだとぉぉっ!? そんな殺生な! クビにされたら、この天文学的な借金をどうやって返せば……!」

『安心しろ。お前らの再就職先(返済プラン)は、ちゃんと手配してある』

ホログラムのリアンが指を鳴らすと、総裁室の扉の向こうから、ドカドカと重い足音が響いてきた。

「お邪魔するでェ、旧経営陣の皆様方ァ」

黄金の算盤をチャキッと鳴らしながら入ってきたのは、ゴルドスマイル銀行のニャングルだ。

その後ろには、真っ黒なスーツとサングラスで完全武装した、筋骨隆々の獣人やサメ顔の水棲獣人たち(取り立て屋)が、巨大な麻の網(簀巻き用)と荒縄を手に、凶悪な笑みを浮かべて並んでいる。

「ひ、ヒィィッ!?」

「ニャ、ニャングル支店長! 話し合いで……」

「話し合いの時間は終わったんや。お前らには、ワイらが抱えとる不良債権(借金)を、体でキッチリ払ってもらうで」

ニャングルが冷酷に顎をしゃくる。

「連れて行け! 行き先はシーラン国沖合、地獄の【マグローザ遠洋漁船】や! こいつらの借金なら、時給銅貨一枚で休まず働かせて……ざっと三百年はタコ部屋行きやな!」

「「「ギャアアアアアァァァァッ!! 助けてェェェェッ!!」」」

黒服の取り立て屋たちが、ガメルやザドルたちに一斉に飛びかかり、あっという間に荒縄で簀巻きにした。

かつて大陸の裏社会を牛耳った巨大カルテルのトップたちは、こうして芋虫のような姿になり、二度と陸に戻れない絶海のブラック漁船へと『ドナドナ』されていったのである。

『……ふぅ。これで害虫駆除(リストラ)は完了だな』

通信水晶のホログラム越しに、リアンが満足げに頷く。

『ニャングル、ドンガンの流通網(サプライチェーン)を使って、市場の塩と油の流通を正常化しろ。それから、ポポロ特区への食材の直通ルートを最優先で構築するんだ』

「了解や、新社長(リアンの旦那)! これで大陸の物流は、事実上ワイらポポロ・コーポが掌握したも同然やで!」

巨大な悪徳カルテルの崩壊。

それは同時に、ポポロ・コーポレーションがただのアパート管理会社から、大陸の物流を支配する【超多国籍企業】へとクラスチェンジした瞬間であった。

『さて、と。流通も確保できたことだし……お前ら、バーベキューの準備だ!』

ホログラムの向こう側――エメラルド・コーストの美しい砂浜で、リアンの号令と共に、水着姿の花嫁たちが「わぁぁぁい! お肉! 海鮮!!」と歓声を上げるのが見えた。

一兆円規模の企業買収を成し遂げた直後だというのに、リアンの頭の中にある優先順位は、相変わらず『厄介な嫁たちの胃袋を満たすこと』が最上位であった。

通信水晶の光が静かに途絶え、残されたのは、悪徳経営者たちの絶叫が消え去った平和な静寂だけであった。

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