EP 18
嫁の実家(国家権力)フル稼働と、架空先物デリバティブの罠
ドンガン・コングロマリットが誇る、完全武装の私設傭兵団五百名。
彼らはポポロ村へ続く主要街道をバリケードで封鎖し、剣と魔法で商人たちを追い返し、下劣な笑い声を上げていた。
「ギャハハッ! 総裁の命令通り、あの生意気な公爵の村は一匹のネズミも通さねぇぜ!」
「塩も油もねぇド田舎の村なんて、三日もすりゃ泣いて降伏してくるさ」
彼らが焚き火を囲み、安いエールを飲んで勝利を確信していた、まさにその時である。
ズズズズズズズズッ……!!
大地が、局地的な大地震のように激しく鳴動し始めた。
傭兵たちが慌てて立ち上がると、街道の彼方から、もうもうと土煙を上げて爆走してくる【鋼鉄の壁】が見えた。
「な、なんだあれは!?」
「ルナミス帝国の討伐軍か!?」
「――退けェェッ!! 貴様らごとき三流のゴロツキが、我が愛しき娘の朝食の邪魔をするなど、万死に値するわァァッ!!」
怒号と共に先頭を駆け抜けてきたのは、黄金の巨大獅子に跨ったレオンハート獣人王国の大将軍・ガルムであった。
その後ろには、全身を魔鋼鉄の鎧で覆った獣人国の『王族直属・重装甲騎兵団』一千騎が、槍を構えて雪崩れ込んでくる。
「じゅ、獣人国の正規軍!? なんでこんなところにぃぃっ!?」
「ヒィィッ! 助け……っ!」
他国の領土での私兵による不法な封鎖など、国家の正規軍(重戦車)の前では紙クズ同然である。
獣人騎兵団の圧倒的な蹂躙(轢き逃げ)により、ドンガンの傭兵団は文字通り一瞬にして物理的に粉砕され、街道の封鎖はものの数分で解除された。
時を同じくして、ポポロ村の上空。
「リアン様ーっ! 祖国からの空輸便(お中元)、到着しましたわーっ!」
水着姿のリーザが空を指差して歓声を上げる。
見上げれば、シーラン国の国章を掲げた数十頭の『飛竜』の編隊が、村の広場へ次々と巨大なコンテナを投下していた。
ドスゥゥゥンッ!!
箱が割れ、中から溢れ出したのは、純白に輝く最高級の『海神の岩塩』と『天日塩』の山である。
シーラン国が誇る海洋交易網と王家直属の飛竜部隊をフル活用し、ドンガンの買い占めルートを完全にバイパスして、国家予算レベルの調味料をポポロ村へ直接空輸(密輸)したのだ。
「お父様(国王)に、『リアン様の美味しいご飯が食べられなくなったら、私一生実家に帰ってパンの耳かじりますわよ!』って手紙を出したら、国庫を開放して即日送ってくれましたの!」
リーザがドヤ顔でピースサインを決める。
「よし、よくやったお前ら。これで物理的な兵糧攻めは完全に無力化されたな」
ポポロ亭の厨房で、投下された極上の岩塩の結晶を舐めながら、俺はニヤリと笑った。
ドンガン・コングロマリットは、俺を『ただの田舎の公爵』だと見くびっていた。だが、俺の背後(嫁たちの実家)には、国家権力という名の強大な軍事力とロジスティクスが控えているのだ。
一介の商業カルテルが、国家のインフラ(娘のワガママ)に勝てるわけがない。
「……せやけど、リアンの旦那。これで勝ったわけやないで」
黄金の算盤を弾きながら、ゴルドスマイル銀行のニャングルが厳しい顔で口を挟んだ。
「ドンガンは、依然として大陸中の市場の塩を買い占めとる。奴らは莫大な資金(借入金)を使って相場を通常の二百倍まで釣り上げ、今もまだ買いを入れ続けとるんや。このままじゃ、ポポロ村は助かっても、大陸中の一般市民が塩不足で干上がる。……ドンガンは、そのヘイトを『ポポロ特区のせいだ』と扇動する気やで」
「なるほど。力で勝てないなら、相場操縦と情報戦で俺たちを社会的に抹殺する腹積もりか。……どこまでも腐ったカエル親父だ」
俺は、ホワイトボードの前に立ち、黒の魔導マーカーを手に取った。
「ニャングル。連中は塩を買い占めるために、相当な『レバレッジ(借金)』をかけてるはずだな?」
「せやな。自社の資金だけやなく、各国の闇金融からも相当な額の資金を引っ張って、強引に市場の塩を吸い上げとるはずや」
「なら、話は早い。相場の世界じゃ、過剰なレバレッジは自らの首を絞めるロープになる。……奴らの買い占めた塩を、一瞬にして【負債の山】に変える罠を仕掛けるぞ」
俺の悪魔的な笑みに、ニャングルがゴクリと息を飲んだ。
「ルナ。ちょっと来い」
「はいですわー! 大地の精霊さんと一緒に、お歌を歌ってましたの!」
俺は、庭に転がっていたただの石ころ(ソフトボール大)を拾い上げ、天然テロリストのルナ・シンフォニアの前に差し出した。
「お前、この石ころを『純金』に変えられるのは知ってるが……同じように、この石を『塩』に変えることはできるか?」
「塩ですの? もちろんですわ! 大地の成分を少し書き換えるだけですから、純金よりずっと簡単ですわよ!」
ルナが石ころを両手で包み込み、ふんわりと微笑む。
パァァァァッ……と淡い緑色の光が漏れ、彼女が開いた手のひらには、純白のサラサラとした『塩の結晶』が乗っていた。
俺はそれを指につけ、舐めてみる。
「……完璧だ。完全に良質な塩の味だ。だが、純金と同じで……」
「はいっ! 大地の精霊さんの魔法ですから、三日経つと元の石ころに戻ってしまいますの!」
ルナが悪びれもせずに放ったその『魔法の仕様』。
それこそが、俺の求めていた最強の金融兵器であった。
「……ひぃっ! り、リアンの旦那、まさか……!」
ニャングルが、俺の意図に気づいて顔面を蒼白にさせた。
「そうだ。ニャングル、ゴルド商会の全ネットワークを使って、大陸中の市場に『ポポロ村が独自開発した新型の塩が、市場の十分の一の価格で大量に放出される』という情報を流せ」
俺はホワイトボードに、急激に下落する相場のグラフを書き殴った。
「ルナに村中の石ころを数千トン規模の『偽装塩(三日で石に戻る塩)』に変えさせ、リーザの飛竜部隊で大陸中の主要都市に一斉に投下する。……市場に安価な塩が大量に出回れば、価格は一気に暴落する」
「で、でも旦那! ドンガンはそれを黙って見とるはずがないで! 奴らは自分たちの独占価格を維持するために、その安売りの塩(偽装塩)すらも、借金を重ねて全力で買い占めに走るはずや!」
「そこが狙い(チェックメイト)だ」
俺は、マーカーをドンッ!とホワイトボードに叩きつけた。
「連中は、相場を維持するために、限界までレバレッジをかけて俺たちの放出した『偽装塩』を買い漁る。倉庫は塩でパンパンになり、帳簿上の含み益は膨れ上がるだろう。……だが、三日後だ」
俺の冷酷な言葉に、ニャングルがガタガタと震え出した。
「三日後、ドンガンの倉庫に山積みになった数万トンの塩は……全て、ただの『石ころ』に戻る。連中の手元に残るのは、無価値な石ころの山と、闇金融から借り入れた天文学的な額の【借金(債務)】だけだ」
「あ、あくま……悪魔の錬金術や……っ! 相場操縦に対する、完全なるカウンター・インサイダー(物理)……っ!」
架空の価値を市場に流し込み、敵に借金をしてまで買わせ、タイムリミットと共にその価値をゼロにする。
アナステシア世界の魔法と、現代の先物取引の狂気が融合した、血も涙もない経済トラップである。
「よし、作戦開始だ! ルナ、村中の石ころをかき集めて塩に変えろ! キャルルとルチアナは石の運搬! リーザは飛竜部隊で空輸の指揮を取れ!」
「「「了解ですわ(よ)ーっ!!」」」
ヒロインたちが、楽しそうに(えげつない経済テロの)準備に走り出す。
俺は、厨房の窓から遠くの空を見上げ、深く息を吐き出した。
料理人の仕込み(塩と油)を邪魔し、市場を荒らし、挙句の果てに俺の嫁たちに不味いフェイク食材を食わせようとした外道カルテル。
ヤクザまがいの脅迫には、それ以上の理不尽で応えるのがポポロ・コーポレーションの流儀だ。
「さぁ、ドン・ガメル。てめぇの引いた破滅のシナリオ(借金地獄)、三日後に骨の髄まで味わわせてやるよ」
ポポロ村の総力を挙げた、前代未聞の【架空塩ダンプ作戦】。
巨大カルテルの崩壊へのカウントダウンが、静かに、そして確実な足音を立てて始まりを告げた。




