EP 16
大陸多国籍カルテル「ドンガン」の影と、宣戦布告
「おいルチアナ! 大理石の瓦礫はあっちの庭に積んどけ! リーザ、金庫から回収した金貨の計算が終わったら、窓ガラスのモップ掛けだ! 働かざる者食うべからずだぞ!」
「うぃ〜……なんで新婚旅行に来てまで、土方作業させられてんのよぉ……」
「ブツブツ言わないのルチアナ様! 終わったらリアン様の『本物の海鮮バーベキュー』が待ってますわ!」
物理的に半壊した超高級リゾートホテル(現・ポポロ・コーポ保養所)のエントランス。
俺は、厨房用エプロンに三角巾という完璧な清掃スタイルで、文句を垂れるヒロインたちにテキパキと指示を飛ばしていた。
悪徳支配人ザドルをデバフと物理で完全粉砕してから数時間後。俺たちは、瓦礫の山と化したホテルを自力で復旧させ、ベースキャンプとして機能させるための大掃除(強制労働)に追われていた。
「リアン君、焼け残った厨房から大量の『シーラン・クラム(巨大ハマグリ)』を見つけましたよ! これ、まだ生きてます!」
水着姿のキャルルが、バケツいっぱいの貝を抱えて満面の笑みで走ってくる。
「おっ、でかしたキャルル。それは偽装食材じゃない、本物の地物だ。よし、今夜はこいつを白ワインで蒸して、ガーリックバター醤油で焼き上げるぞ。あと濃厚なクラムチャウダーも作ってやる」
「「「わぁぁぁぁっ! 働きます! 私たち一生懸命働きますわーっ!!」」」
美味い飯(報酬)の提示により、六人のポンコツ従業員たちのモチベーションが一気に跳ね上がり、掃除のスピードが倍増する。
俺は満足げに頷き、バケツのハマグリの砂抜きに取り掛かろうとした。
「リアンの旦那ァ!! のんきに貝の砂抜きしとる場合ちゃうで!!」
そこへ、バンッ!と仮設ドアを開け放ち、ゴルドスマイル銀行支店長のニャングルが、顔面を蒼白にして飛び込んできた。彼の手には、リーザの掃除機が吸い込んだ『ホテルの裏帳簿』が握られている。
「どうした、ニャングル。そんなに慌てて。あのぼったくりホテルの利益、そんなにヤバかったか?」
「利益の額の話やない! この帳簿の金の流れ(資金洗浄ルート)を追ってみたんやが……このホテル、ただの悪徳業者のフロント企業やない。……バックにいるのは、正真正銘のバケモノやで!」
ニャングルは、黄金の算盤をガタガタと震わせながら、声を潜めた。
「大陸最大の地下金融および多国籍商業カルテル……『ドンガン・コングロマリット』や!」
「……ドンガン」
俺は、手を止めて眉をひそめた。先ほどザドルが気絶する間際に口走っていた名前だ。
「せや。帝国、獣人国、シーラン国……あらゆる国家の物流、資源、金融の六割を裏で牛耳る、超巨大な多国籍企業体や。国家の負債を買い取って国政に干渉するような、文字通りの『闇の支配者』やで。……そのドンガンが、なんでこんな田舎の公爵(旦那)に喧嘩を売ってきたか分かるか?」
「……ポポロ村か」
俺の経営ロジックが、即座に答えを導き出した。
「ご名答や。先日、マルクス皇帝がポポロ村を『超法規的・共同主権特区』に指定して、完全免税と巨額の交付金を与えたやろ。……ドンガンから見れば、あれは大陸のど真ん中に突如として出現した、究極の『タックス・ヘイブン(租税回避地)』なんや」
ニャングルは、額の汗を拭った。
「奴らの狙いは、旦那に法外な借金を背負わせるか、スキャンダルをでっち上げて、ポポロ村の主権(特区の権利)を丸ごと奪い取ることや。このぼったくりホテルは、そのための罠やったんやで! 今頃、奴らの本部に『作戦失敗と、リアン公爵の敵対行動』が伝わっとるはずや。……ドンガンを敵に回したら、いくら旦那でもただじゃ済まんで!」
ニャングルの悲鳴のような警告が響いた、まさにその瞬間だった。
『――クククッ。優秀なバンカー(銀行員)を飼っているようだな、若き公爵殿』
「!?」
瓦礫の山の中に転がっていた、ザドルの落とした通信用の大型魔水晶。
それが突如としてドス黒い光を放ち、空中に巨大な立体映像を投影した。
映し出されたのは、最高級のピンストライプのスーツをパンパンに着こなした、ヒキガエルの獣人だった。
十本の指全てにギラギラとした宝石の指輪を嵌め、葉巻をふかしているその男の背後には、金貨の山と無数の帳簿、そして重武装の私設傭兵団が控えている。
「はじめましてお目にかかる、リアン・クライン公爵。私がドンガン・コングロマリット総裁、ドン・ガメルだ。……我が社の末端ホテルを派手にやってくれたようだが、まぁ良い。無能なザドルなど、損金計上して切り捨てるまでのこと」
ガメルの野太い声が、ロビーに響き渡る。
ニャングルが「ひぃっ、総裁自ら……!」と身を縮ませた。
「単刀直入にビジネスの話をしよう。リアン公爵。貴様の所有する『ポポロ特区の全株式(主権)』を、我が社に譲渡したまえ。もちろん、悪いようにはせん。貴様には形だけの『公爵』という肩書と、毎月金貨千枚の役員報酬を約束してやろう」
「……事実上の、敵対的買収(M&A)の通告ってわけか」
俺は、腕を組んでホログラムのガメルを睨み返した。
「いかにも。貴様のような田舎の若造が、免税特区などという強大な利権を振り回すのは市場の混乱を招く。経済は、我々プロ(ドンガン)が管理してこそ美しいのだよ」
ガメルは、葉巻の煙をプゥーッと吐き出し、爬虫類特有の細い目で俺を見下ろした。
「サインするなら今だぞ。もしこの友好的な提案(TOB)を拒否すれば……我が社が持つ大陸中の流通網を使って、ポポロ村に対する【経済封鎖】を実行する。……我が社の力を持てば、貴様の村に一本のニンジン、一粒の塩すら届かないようにすることなど造作もないのだからな」
完全なる『兵糧攻め』の宣言。
軍隊を使った武力侵略ではない。物流と金融を完全にストップさせ、内部から飢えさせて降伏を迫る、巨大資本にしかできない最も冷酷で確実な侵略行為だ。
「さぁ、リアン公爵。サインか、飢えか。賢明な経営者ならば、どちらを選ぶべきか分かるな?」
ガメルの勝ち誇った声。
ニャングルが「旦那……ここは一旦引くべきや。物流を止められたら、ポポロ亭の営業も村の生活も完全に終わるで……!」と俺の袖を引く。
だが。
俺は、手元にあったハマグリの入ったバケツをドンッ!と床に置き、氷点下の笑顔でホログラムを見据えた。
「……断る」
「なに?」
ガメルの眉がピクリと動く。
「俺は、お前らみたいな『クズ肉と偽キャビアを客に食わせる三流の詐欺師』とは、一円の取引もする気はねぇんだよ。……俺の村を干上がらせるだと? やれるもんならやってみろ。てめぇらのチンケな流通網なんて、俺の厨房(ポポロ亭)には必要ねぇ」
「……若造が。経済の恐ろしさを知らぬようだな」
ガメルの声が、完全にドス黒い殺意に染まった。
「よかろう。貴様らは今日から、一切の物資を絶たれた陸の孤島で餓死するがいい! 塩も、油も、香辛料も、全て我が社が買い占めてやる! 後悔して泣きついてきても、もう遅いぞ!!」
ブツンッ。
通信水晶の光が途絶え、ホログラムが消滅した。
静まり返るロビー。
ニャングルが「あああっ! やってもうた! 大陸最強のカルテルに全面戦争を布告してもーたでぇっ!!」と頭を抱えて発狂している。
国家すらも恐れる巨大企業との経済大戦争。普通なら絶望に打ちひしがれる場面だ。
「……リアン君」
背後から、エプロン姿のキャルルやリーザ、ルチアナたちが集まってきた。
彼女たちの顔に、恐怖や焦りの色は全くない。ただ純粋に、俺の次の指示を待つ、腹を空かせたポンコツ従業員の顔があった。
「あのカエルのおじさん、塩と油を止めるって言ってましたけど……今日のクラムチャウダー、作れますの?」
リーザが、心配そうにお賽銭箱を抱きしめる。
ドンガンの経済封鎖よりも、今日の夕飯の献立の方が彼女たちにとってはよほど死活問題なのだ。
「……ふっ」
俺は、呆れを通り越して笑いを漏らした。
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる。……塩がなけりゃ海から作るし、油がなけりゃ魔獣から絞る。どんな悪条件でも極上のメシを作るのが、俺たち料理人の意地なんだよ」
俺は、袖をまくり上げ、厨房の包丁を手に取った。
「さぁ、掃除の続きだ! 終わったら、ドンガン・コングロマリットのバカ共に、ポポロ・コーポレーションの『本当の仕入れ(流通網)』の恐ろしさを骨の髄まで教えてやる!」
「「「おーっ!!」」」
ヒロインたちの能天気な歓声が、廃墟のホテルに響き渡る。
かくして、一人の料理人(公爵)と大陸を牛耳る超巨大カルテルによる、塩と油とプライドを賭けた前代未聞の【経済大戦争】の火蓋が、ついに切って落とされたのである。
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