EP 15
偽装キャビアの原価計算と、プロレス&デバフの解体ショー
パカァッ……。
グランド・オーシャンホテルの豪奢なフロントロビー。
爬虫類の獣人である総支配人ザドルの合図と共に、銀のクロッシュ(蓋)が開け放たれた。
「おおおおおっ!!」
背後で、ヒロインたちが歓声を上げる。
クリスタルガラスの器に山と盛られた、黒真珠のように黒光りする『海神キャビア』。
そして、大理石のプレートに美しく並べられた、見事な霜降りの赤身肉――シーラン国近海でしか獲れない最高級巨大魚『極上マグローザ』の刺身である。
「素晴らしい……! まさに海の宝石箱ですわ!」
リーザがヨダレを垂らしながら身を乗り出す。
「さぁ、リアン公爵閣下。そして美しき奥様方。これぞ、一泊金貨一万枚の価値を証明する、当ホテルが誇る至高のウェルカム・ディナーでございます。どうぞ、ご賞味を……クククッ」
ザドルが、自信満々のいやらしい笑みを浮かべて勧めてきた。
「……ほう」
俺は、割り箸を手に取り、まずは『海神キャビア』を数粒つまみ上げた。
そして、鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、光にかざして色合いを確認する。最後に一粒だけ口に入れ、舌の上で転がし、ゆっくりと噛み潰した。
続いて、『極上マグローザ』の刺身にも箸を伸ばす。醤油をつけず、そのまま一切れ口に運んだ。
ザドルが「どうです? ほっぺたが落ちるでしょう?」と勝ち誇った顔をしている。
後ろでは、ルチアナやキャルルたちが「リアン君! 早く私たちにも食べさせて!」と皿を持って待機していた。
だが。
俺は、口の中のものをペッと紙ナプキンに吐き出し、氷点下の視線でザドルを睨み据えた。
「…………てめぇ。俺(料理人)の舌と目を、本気で誤魔化せると思ってんのか?」
「え?」
ザドルの顔から、余裕の笑みがスッと消えた。
「リアン様? どうしましたの?」
リーザが不思議そうに首を傾げる。俺は、持っていた割り箸を、ザドルの顔面すれすれのカウンターにバンッ!と叩きつけた。
「いいか、お前ら。こいつらは食うな。こんなもん、ただの『生ゴミ(廃棄物)』だ」
「な、なななっ、生ゴミとはなんだ! 当ホテルの最高級食材に向かって!」
ザドルが慌てて声を荒らげるが、俺のロジック(解体ショー)はすでに始まっていた。
「黙れ、三流詐欺師」
俺は、クリスタルガラスの器に入った『海神キャビア』を指差した。
「本物の海神キャビアなら、口の中で弾けた瞬間に芳醇な磯の香りと濃厚な旨味が広がるはずだ。だが、こいつは膜が異様に硬く、中身はただの泥臭い油だ。……こいつの正体は、近所の沼で獲れた『泥ナマズの卵』を、イカスミと安物の化学調味料で黒く着色しただけの【完全な偽装品】だろ。原価は百グラムでせいぜい銅貨五枚(約五百円)ってところだな」
「なっ……!?」
ザドルの黄色い瞳孔が、驚愕で縦に細く収縮した。
「さらに、こっちの『極上マグローザ』だ」
俺は、見事な霜降りに見える刺身を箸で持ち上げ、光に透かした。
「一見すると脂が乗っているように見えるが、不自然な白筋が入っている。それに、噛んだ瞬間に繊維がボロボロと崩れたぞ。……これはマグローザなんかじゃない。全く別の安い赤身魚の『尻尾のクズ肉(端材)』をかき集め、魔導結着剤(魔法の接着剤)で固めて、そこに強引に『植物性の安物油脂』を注射して人工的な霜降りを作った【成型肉】だ」
「あ、あわわわっ……!」
ザドルが一歩後ずさる。
「しかも、保存状態が最悪だ。冷凍庫の奥で何ヶ月も放置されて水分が飛んだ『冷凍焼け』をごまかすために、表面に大量のアミノ酸液(旨味成分)を塗りたくってやがる。こんな廃棄寸前のクズ肉、原価は十切れで銅貨十枚(約千円)以下だ!」
俺の完璧な原価計算と食品偽装の看破。
一泊一億円という法外な宿泊費を正当化するための「幻のディナー」の正体は、原価わずか数十円〜数百円の、不衛生極まりないフェイク食材の寄せ集めであった。
しん、と。
豪華なフロントロビーに、恐ろしいほどの静寂が落ちた。
「ひぃっ……! そ、それは……」
ザドルが冷や汗をダラダラと流しながら言い訳を探すが、もはや手遅れだった。
「……リアン、君」
背後から、地響きのような低い声が聞こえた。
振り返ると、そこには顔に真っ黒な影を落とし、全身から怒りのオーラを噴出させている六人の花嫁たちの姿があった。
「あのトカゲ野郎……私たちに、そんな『生ゴミ』を食わせようとしたってわけ……?」
ルチアナが、ピキピキと額に青筋を立てながら、ジョッキを握りつぶした。
「私の……私の故郷の誇りであるマグローザを! そんなゲテモノ偽装肉で汚すなんて……万死に値しますわぁぁぁっ!!」
リーザの目が完全に血走り、背中のお賽銭箱型掃除機のノズルが、怒りの出力で赤熱し始めている。
「一泊一億円も吹っ掛けておいて、出してきたのが銅貨十枚のクズ肉……? 月人君のチケット代を何だと思ってるのよぉぉぉっ!!(関係ない)」
ラスティアが、漆黒の魔力を両手に収束させる。
「あ、あわわわっ! 警備兵! 警備兵ィィィッ!! こいつらをつまみ出せェェッ!」
ザドルが悲鳴を上げてフロントの奥へ逃げ込もうとする。エントランスに立っていた屈強な獣人の用心棒たちが、一斉に武器を抜いて襲いかかってきた。
だが、空腹と期待を裏切られ、食の恨みで完全に『暴徒化』した彼女たちを止められる者など、この世に存在しない。
「食い物の恨みは恐ろしいのよぉぉぉっ!!」
ルチアナが、襲いかかってきた体重二百キロ超の熊の獣人の足をガシッと掴むと、そのまま独楽のように回転し始めた。
プロレスの必殺技、『ジャイアントスイング』である。
「うおおおおぉぉぉぉっ!?」
「どけぇ! ストライクゥゥッ!!」
ルチアナの手から放たれた熊の獣人が、人間ボーリングの球となって他の用心棒たちを次々となぎ倒し、フロントの分厚い大理石のカウンターごと粉砕した。
「ギャアアアアッ!?」
崩れ落ちたカウンターの瓦礫の中から、ザドルが尻餅をついて這い出してくる。
そこへ、リーザが満面の笑み(目は笑っていない)で立ちはだかった。
「一泊一億円ですって? なら、その【不当利益】、全額没収(お支払い)させていただきますわーっ!!」
ブォォォォォォォォォンッ!!
お賽銭箱型掃除機の最大出力(ダイソン超えの概念吸引)。
フロントの奥にあったホテルの隠し金庫の扉がすっ飛び、中から大量の金貨、宝石、そして裏帳簿の束が、竜巻のように吸い込まれていく。
「ああっ! 私の……いや、ドンガン・コングロマリットの売上金があぁぁっ!」
ザドルが涙と鼻水を流しながら絶叫する。
「はいはーい皆様っ! 緊急生配信でーすっ☆ 見てください、これが一泊一億円の『グランド・オーシャン』が提供する偽装キャビアとクズ肉の正体ですよーっ! 証拠の裏帳簿もバッチリ押さえましたーっ☆」
上空では、キュララがドローンを乱舞させ、着色料の溶け出した偽キャビアのアップと、悪徳ホテル崩壊の様子を全世界のゴッドチューブへと高画質で告発生配信していた。
『うわ、泥ナマズの卵かよオエッ』
『接着剤で固めた刺身とかヤバすぎww』
『ドンガン系列のホテル、全部キャンセルしよっと』
『ルチアナ様、今日も物理で大暴れで草』
コメント欄は、悪徳リゾートの炎上祭りで空前の盛り上がりを見せている。
「や、やめろぉぉっ! ホテルが! 私の城がぁぁっ!」
ザドルは、瓦礫の山となったフロントで、頭を抱えてのたうち回った。
ものの数分で、エメラルド・コーストを牛耳っていた超高級ホテル(ぼったくり宿)は、物理的にも社会的にも完全な廃墟へと成り下がってしまったのである。
「……ふぅ。いい運動になったわ。リアン君、お腹空いたー」
砂浜から這い出してきたキャルルが、ボロボロになったザドルの上を踏んづけながら俺に駆け寄ってくる。
俺は、すっかり瓦礫の山と化したホテルの惨状を眺め、深く息を吐き出した。
過剰防衛のような気もするが、食い物を粗末にし、客を騙すような外道にはこれくらいのお仕置き(デバフ)が妥当だろう。
「お、覚えてろよ……っ」
瓦礫の下敷きになりながら、ザドルが血走った目で俺を睨みつけてきた。
「ただの田舎の公爵ごときが……我ら『ドンガン・コングロマリット』に逆らって、タダで済むと思うなよ……。総裁が……この海ごと、貴様らを地獄へ……ガクッ」
ザドルは捨て台詞を吐き終えると、白目を剥いて完全に気絶した。
「……ドンガン・コングロマリット、ね」
俺は、崩れたカウンターの上に残っていた偽装マグローザの皿を、ゴミ箱へと放り投げた。
ただのリゾートのぼったくり業者だと思っていたが、どうやら向こうは最初から俺(ポポロ特区の資産)をターゲットにして、罠を張っていたらしい。
「リアン様。ホテルが潰れちゃいましたけど、今日の宿はどうしますの?」
リーザが、お賽銭箱をパンパンに膨らませながら首を傾げる。
「決まってんだろ。この廃墟(元ホテル)をポポロ・コーポの保養所として接収する。掃除とベッドメイクはお前らでやれよ」
俺は、遥か海の向こう――ドンガンの本拠地があるであろう大陸の中央へ向けて、冷酷な経営者の目を向けた。
「売られた喧嘩は、一括で買ってやる。あの巨大カルテル……市場から完全退場(倒産)させてやるよ」
俺の『前世のブラック経営・原価計算ロジック』の次なる標的が決まった瞬間だった。
だが、その宣戦布告の直後。
「ぐきゅるるるるるるるっ……!!」
俺の背後で、六人のヒロインたちの腹の虫が大合唱を始めた。
「リアン……かっこいいのは分かったから、早く本物の海鮮バーベキュー作ってぇぇっ! 餓死するぅぅっ!」
「分かりましたわ! 私が海に潜って、本物の極上マグローザを素手で捕まえてきますのーっ!!」
「あ、こら! 勝手に海に出るな! まずはホテルの清掃が先だ!」
ドンガンとの経済大戦争の火蓋が切られたというのに、俺の日常(ブラック寮母長業務)の優先順位は、いつだって『厄介な嫁たちの胃袋を満たすこと』に縛られている。
青い海と白い砂浜に、俺の怒号とヒロインたちの騒がしい笑い声が吸い込まれていく。社員旅行という名のドタバタは、まだ始まったばかりであった。




