EP 14
エメラルド・コースト上陸と、一泊金貨一万枚の請求書
ザザーッ……、ザザーッ……。
抜けるような青空の下、視界の果てまで続くエメラルドグリーンの海と、眩しいほどの白砂のビーチ。
シーラン国が大陸全土に誇る最高級の海洋リゾート、『エメラルド・コースト』。ポポロ村のむさ苦しい芋畑とは天地ほども違う、まさに地上の楽園である。
「皆様! ようこそ私の故郷、シーラン国の誇るスーパーリゾートへ! 存分にバカンス(有給休暇)を満喫してくださいませ!」
水色のフリルがついた可愛らしい水着(ただし背中にはお賽銭箱掃除機)に身を包んだリーザが、自慢げに胸を張って海を指差した。
その後ろでは、早速ヒロインたちが『経費で落ちる社員旅行』を全力でエンジョイし始めていた。
「はいはーいっ! エメラルド・コーストから水着生配信でーすっ☆ 今日の水着は過激なマイクロビキニ! スパチャよろしくねっ☆」
キュララがドローンに向かってあざといポーズを決め、
「うぃ〜……やっぱり真昼間から海辺で飲むトロピカル・カクテルは最高ね〜。リアン、つまみにイカ焼き持ってきてぇ」
ルチアナがパラソルの下で早くも出来上がっており、
「ああっ、紫外線! 紫外線が私の魔王肌を破壊するわ! リアン君、早く私に日焼け止めを塗りなさいよ!」
全身を黒いラッシュガードと巨大な日傘で完全防備したラスティアが騒いでいる。
「……お前らなぁ、あくまで『新食材買い付けの出張』の合間の休憩だからな。羽目を外しすぎるなよ」
俺は、アロハシャツの上にいつもの厨房用エプロンという、リゾート地には全く似つかわしくない格好でパラソルの下にパイプ椅子を広げた。
(ちなみにキャルルは「海の中でなら手錠をかけてもバレませんよね!」と襲いかかってきたため、現在砂浜に首まで埋められている)。
「さて、まずは宿のチェックイン(ベースキャンプの確保)からだな」
俺の視線の先には、ビーチの目の前にそびえ立つ超巨大なリゾートホテル『グランド・オーシャン』があった。
純白の外壁、クリスタルガラスの輝くエントランス、入り口に立つ屈強な獣人のドアマンたち。一見すれば、誰もが憧れる超一流のラグジュアリーホテルだ。
――だが。
俺の脳内にインストールされた『原価計算ロジック(料理人&経営者の目)』は、エントランスをくぐった瞬間から、このホテルの違和感を正確に検知していた。
(……壁の大理石、よく見りゃただの石膏に塗装しただけの安物だな。シャンデリアの魔石も輝度が低い型落ち品。さっきウェルカムドリンクで出されたトロピカルジュースも、果汁10%以下のシロップを水で薄めた原価銅貨一枚の代物だ。……外ヅラだけは立派だが、中身の設備投資を極限までケチってるな)
ニャングルが言っていた『ドンガン・コングロマリットによる悪徳買収』の噂は、どうやら本物のようだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ、ルナミス帝国の若き英雄にして……ポポロ・コーポ特区の総支配人、リアン公爵閣下」
フロントデスクの奥から、ヌルリとした足取りで一人の男が現れた。
高級なシルクのスーツを着こなしてはいるが、その顔は爬虫類の獣人であり、黄色い瞳の奥には値踏みするような下劣な光が宿っている。
「私がこのホテル『グランド・オーシャン』の総支配人、ザドルと申します。いやぁ、うらやましい! 六人もの美しき奥様(共同経営者)たちを引き連れてのハネムーンとは、男のロマンの極みですなぁ!」
ザドルはモミ手をしてヘコヘコと頭を下げながら、カウンターに一枚の羊皮紙(明細書)をスッと差し出した。
「閣下には、当ホテル最上階の『ロイヤル・オーシャン・スイート』をご用意いたしました。こちらが、今回のご宿泊の『事前決済』の請求書となります。サインと、お支払いをよろしくお願いいたします」
「事前決済ね。まぁ、経費で落ちるから別にいいが……」
俺は、無造作にその羊皮紙を受け取り、合計金額の欄に目を落とした。
そして。俺の思考は、その桁外れの数字を見て、数秒間完全にフリーズした。
「……おい。なんだこの数字は」
「はい? 何かご不明な点でも?」
ザドルが、爬虫類特有の長い舌で唇を舐め回しながらニヤリと笑う。
俺は、チョークで黒板を叩き割るような冷たい声で、その明細を読み上げた。
「一泊……『金貨一万枚(約一億円)』……だと?」
「「「はぁぁぁぁっ!?」」」
背後でくつろいでいた嫁たちが、一斉に素っ頓狂な悲鳴を上げてフロントに駆け寄ってきた。
「い、一億円!? 一泊で!? 月人君のドーム公演のVIP席が三千回は行けるじゃないのよ!」
ラスティアが目玉を飛び出させる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いくら最高級スイートでも、シーラン国の相場なら一泊金貨五十枚(約五十万円)が限界のはずですわ! どういう計算をすればそんなぼったくり価格になりますの!」
祖国の海を愛するリーザが、激怒してお賽銭箱掃除機を構える。
俺は、明細書の『内訳』を指差した。
「見ろ。宿泊費の基本料金が金貨五百枚。……そこから先が完全にイカれてる」
俺は、震える怒りを抑え込みながら、羅列されたふざけた追加料金を読み上げた。
・『一夫多妻プレミアム・チャージ(奥様六人分の追加手数料)』:金貨三千枚。
・『エメラルド・コースト景観保全税(窓から海を見る権利)』:金貨二千枚。
・『高濃度魔力・酸素吸入費(ホテル内で息をする権利)』:金貨二千枚。
・『ポポロ公爵特別警備費(ボディーガード代)』:金貨二千五百枚。
「……息をする権利で二千万円だと? お前ら、酸素を原価ゼロで仕入れて二千万円で売る気か? 錬金術師も真っ青の利益率だな」
「おやおや、人聞きの悪い」
ザドルは悪びれる様子もなく、両手を広げた。
「ここはただの宿ではございません。天下の『ドンガン・コングロマリット』が提供する、選ばれた富裕層のための絶対的な空間。公爵閣下ほどの身分であれば、この程度の『チップ(みかじめ料)』、ポンと出せるはずでしょう?」
ザドルの黄色い目が、明確な『脅し』の色を帯びる。
「もしお支払いを渋られるようでしたら……残念ながら、当リゾートの『治安』は保証しかねます。美しい奥様たちが、ビーチで質の悪いチンピラ(私設傭兵)に絡まれたり、最悪、お怪我をされるようなことがあっても……我々は一切の責任を負いませんので」
「……なるほどな」
俺は、カウンターに置かれた一泊一億円の請求書を、指先でトントンと叩いた。
俺から不当に金を巻き上げようとするだけでなく、俺の従業員(嫁たち)の安全をダシにして脅迫を仕掛けてきたわけだ。
前世で、ヤクザまがいの悪徳業者に幾度となく嫌がらせを受けてきた俺の、経営者としての『逆鱗』に、完全に火がついた。
「どうされました? 田舎の農村の公爵様には、少々荷が重い金額でしたかな? クククッ……」
ザドルが勝ち誇ったように嘲笑う。
俺は、スゥッと静かに息を吸い込み、氷のように冷たい笑顔を顔に貼り付けた。
「……いや。払えないわけじゃない。俺はポポロ特区の総支配人だ、一億円くらい経費でキャッシュで切ってやるよ」
「おっ! さすがはリアン公爵!」
「だがな。商取引ってのは『等価交換』だ。……お前らが一億円の価値を提供してくれるってんなら、喜んで払ってやる」
俺の言葉に、ザドルは「愚かなカモめ」とでも言いたげな笑みを深め、パチンと指を鳴らした。
「もちろんご用意しておりますとも! ご宿泊のお客様へのウェルカム・サービスとして、当ホテルが誇る最高級のディナーをご用意いたしました。……幻の『海神キャビア』と、極上『マグローザ』のフルコースでございます!」
奥の扉から、恭しく銀のクロッシュ(蓋)を被せられたワゴンが運ばれてくる。
「さぁ、この究極の美食を一口味わっていただければ、金貨一万枚など安いものだとご納得いただけるはずです! さぁ、どうぞ!」
ザドルが自信満々にクロッシュを開け放つ。
俺は、目の前に並べられた『最高級(自称)』の海産物をジッと見つめ……そして、腹の底から湧き上がる殺意(料理人としての怒り)を込めて、包丁を抜いた。
「……ふざけんな。てめぇら、俺の目(原価計算)を誤魔化せると思ってんのか?」
ぼったくりの請求書。脅迫。そして、極悪非道な『食品偽装』。
観光客を食い物にする悪徳リゾートに対する、ポポロ・コーポ総支配人の血も涙もない【解体ショー(ざまぁ)】が、いよいよ幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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