EP 13
溜まりすぎた有給休暇と、全額経費のハネムーン出張
「……うっぷ。胃が……胃がもたれるわ……っ」
「むにゃ……口の中が、すっごくニンニク臭いです……私の可憐なウサギの吐息が……」
翌朝のポポロ・コーポのリビング。
朝日に照らされた床の上には、純白のウェディングドレスやネグリジェ姿のまま、腹をさすってウンウンと唸る六人の花嫁たちの姿があった。
昨夜の『背徳の深夜豚骨ラーメン(ニンニク背脂マシマシ)』の破壊力は凄まじかった。
限界突破のカロリーと強烈なニンニクの匂いは、彼女たちの満腹中枢を完全にバグらせ、強制的な爆睡へと叩き落としたのだ。
結果として、ロマンチックな新婚初夜のムードなど微塵も残らず、リビングにはオッサンばかりの徹夜明けの合宿所のような、重苦しい油とニンニクの空気が漂っていた。
「……はっ!? しまった!」
最初に我に返ったのは、よだれを拭いながら飛び起きた魔王ラスティアだった。
「初夜! 私たち、ラーメンに釣られてリアン君の部屋に行くのを完全に忘れてたじゃないのよ!!」
その叫びに、他の五人も次々と目を覚まし、自分たちが置かれた状況(完全なる初夜詐欺)を理解して青ざめた。
「や、やられましたわ! あの悪魔の料理人は、私たちの食欲を利用して、意図的にロマンスを破壊したんですの!」
「許さない……っ! せっかく『愛のペア手錠』をピカピカに磨いておいたのにぃぃっ!」
「お前ら、朝から騒々しいぞ。起きたなら顔を洗ってこい」
リビングの奥、厨房のカウンター越しに、俺は呆れ顔で声をかけた。
彼女たちの前にドンッ!と置いたのは、胃に優しい『大根おろしと卵の雑炊』と、口臭消し効果のある特製のハーブティーだ。
「……くっ、悔しいけど、この胃もたれに大根おろしが染み渡りますわ……」
「ズルズル……ああ、ハーブティーでニンニクの匂いがスッキリしていく……リアン君、やっぱり優しい……って、騙されませんよ!」
キャルルが雑炊を完食した瞬間、ハッと我に返ってテーブルをバンッ!と叩いた。
「リアン君! 労働基準法だの三六協定だの、難しい言葉で煙に巻きましたけど、私たちは昨日結婚したばかりの新婚夫婦なんですよ! 初夜をラーメンで誤魔化すなんて、絶対に許されません!」
「そうだそうだ! 私の同接二千万人の初夜ベッドイン配信(スパチャ乱舞)をどうしてくれるのよ!」
キュララもドローンを飛ばして抗議に加わる。
「文句なら労働基準監督署(俺)に言え。シフト表を出さなかったお前らの過失だ」
俺が冷たく切り捨てると、ルチアナが酔い覚ましの水をあおりながら、どんっ!と身を乗り出してきた。
「だったら、せめて『新婚旅行』に連れて行きなさいよ! 初夜がダメなら、南の島でバカンス! 青い海、白い砂浜、そしてトロピカルジュース! これなら文句ないでしょ!」
「そうですわ! 私たち、今日から毎日朝六時に起きて太陽芋を掘る【超法規的就業規則】にサインしましたけど、せめて最初くらいは新婚旅行という名の『有給休暇』を要求します!」
六人が一丸となって「ハネムーン! ハネムーン!」とシュプレヒコールを上げ始めた。
俺は、片手に持っていたおたまをクルクルと回し、深い、深いため息をついた。
「……お前らなぁ、経営の基本を全く理解してねぇな」
「へ?」
「ハネムーンだのバカンスだの、そんなものはただの『私的なレジャー』だ。交通費、宿泊費、飲食費、全てが俺の個人資産からの持ち出しになる。一円の利益も生まない完全な『純損失(赤字)』だぞ。共同経営者である俺が、そんな非生産的な浪費を承認するわけねぇだろ。却下だ」
ピシャリと言い放つ俺の言葉に、六人の顔が夜叉のように歪んだ。
キャルルが安全靴を履き始め、リーザがお賽銭箱掃除機のスイッチに手をかける。このままではポポロ亭の厨房が物理的に破壊される(暴動が起きる)のは火を見るより明らかだった。
だが、俺は経営者だ。
従業員の不満を抜きつつ、自分の利益に繋げるのが真のロジックである。
「――ただし」
俺は、暴動一秒前の彼女たちを手で制し、ホワイトボードを指差した。
「ポポロ・コーポの総支配人として、従業員の『福利厚生』と『社員研修』の必要性は理解している。……だから、今回の旅行の名目を【新食材の買い付けおよび、他国のサービス業を学ぶための社員研修(出張)】とするなら、話は別だ」
「えっ?」
「出張なら、交通費も宿泊費も全てポポロ特区の『経費』で落ちるからな。税金対策にもなる。行き先がたまたまリゾート地で、お前らが業務(買い付け)の合間に『有給休暇』を消化して海で泳ぐ分には、労働基準監督署(俺)も文句は言わん」
つまり。
「私的なハネムーンは自腹だから嫌だけど、経費で落とせる出張(ついでに遊ぶのは黙認)なら連れて行ってやる」という、完全な経営者目線のウルトラC(脱税スレスレの節税対策)である。
「「「け、経費でハネムーン……っ! 行きます! 絶対に行きますわーっ!!」」」
名目はどうあれ「リゾートに行ける」という事実を前に、六人のヒロインたちは手のひらを返して狂喜乱舞した。
「で、海産物の新食材を買い付けるなら、どこかいい心当たりはあるか?」
俺が尋ねると、リーザがふんぞり返って得意げに胸を張った。
「それなら、私の祖国であるシーラン国が誇る、大陸最大級の海洋リゾート『エメラルド・コースト』しかありませんわ! 抜けるような白い砂浜に、最高級の海神キャビアや極上マグローザが獲れる最高の海! 帝国の貴族たちもこぞって足を運ぶ、超一流のリゾート地ですのよ!」
「なるほど。極上マグローザの産地か。直ルートの仕入れ先を開拓するには悪くねぇな」
俺が頷いた、その時だった。
「――リアンの旦那、エメラルド・コーストに行くなら、ちぃとばかり気をつけた方がええで」
バンッ、と食堂の扉が開き、ゴルドスマイル銀行支店長のニャングルが、黄金の算盤を弾きながら渋い顔で入ってきた。
「なんだ、ニャングル。あの海に何かあるのか?」
「……最近、金融業界で妙な噂が流れとるんや。あのエメラルド・コースト一帯の土地やホテルが、大陸最大の地下金融カルテル『ドンガン・コングロマリット』のダミー会社に次々と買収されとるらしい」
「ドンガン、だと?」
「せや。元々はええリゾートやったんやが、ドンガンの資本が入ってからというもの、観光客から法外なチャージ料を取る『ぼったくり』や、粗悪な食材を高級品と偽装するような悪徳ビジネスが横行しとるって話や。旦那たちみたいな『羽振りの良さそうな新婚』が行けば、間違いなく骨の髄までしゃぶられるで」
ニャングルの警告に、リーザが「わ、私の祖国の美しい海で、そんな悪徳商法が……っ!」と顔を青ざめさせる。
普通なら「そんなヤバい場所には近づかないでおこう」となるのが常識だ。
だが。
俺の脳内の経営(戦闘)ロジックは、逆に最大出力で火花を散らし始めていた。
「……なるほどな。観光客を食い物にする外資系のぼったくりリゾートか」
俺は、口元に凶悪な笑みを浮かべた。
「上等じゃねぇか。もし俺たちに一円でも法外な請求を吹っ掛けてきたり、不味い偽装食材を食わせようとしたりするなら……その悪徳商会ごと、原価計算とコンプライアンス違反で徹底的に解体してやる」
「だ、旦那……顔が完全に、悪の巨大企業のそれになっとるで……」
ニャングルが引き攣った笑いを浮かべる。
「お前ら! さっさと水着と荷物をまとめろ! ポポロ・コーポ第1回社員研修(新婚旅行)の行き先は、シーラン国のエメラルド・コーストに決定だ!」
「「「おーっ!! バカンス! バカンス!!」」」
かくして、新婚特有の甘い空気など一ミリもない、経費削減と新食材開拓(そして悪徳リゾートの解体)を目的とした、血で血を洗うハネムーン出張の幕が切って落とされた。
ドンガン・コングロマリットという巨大資本は、この時まだ知る由もなかった。「一夫多妻の観光客」の中に、大陸最強の武力(物理)と、資本主義の悪魔が潜んでいることなど。
読んでいただきありがとうございます。
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