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EP 12

深夜の背徳チャーシューメンと、撃沈する夜這い部隊

草木も眠る丑三つ時。深夜二時のポポロ・コーポ。

昼間の大合同結婚式の狂騒はすっかり鳴りを潜め、建物全体が静寂に包まれていた。

だが、二階にある俺(リアン)の寝室の扉の前だけは、まるで特殊部隊のステルス作戦のような異様な緊張感に包まれていた。

カチャッ……カチャカチャッ……。

「……よし。五つの物理ロックのうち、三つ目まで解除しました……っ。愛の力(ピッキング技術)の前には、鍵なんてただの飾りですっ……!」

暗闇の中、獣人国の姫・キャルルが、ウサギ耳をピンと立てながら、ヘアピンと針金を使って俺の寝室の厳重な鍵を次々と開錠していた。彼女の息遣いは荒く、片手にはしっかりと『愛のペア手錠』が握られている。

「キャルルちゃん、ちょっと遅いですわよ。早く開けないと、私がこのお賽銭箱掃除機でドアノブごと物理的に消し飛ばしますわよ」

「シッ! 声が大きいですリーザちゃん! リアン君が起きちゃったらどうするんですか! そもそも『三六協定』なんて謎の法律で私たちを言いくるめようとしたリアン君が悪いんですから、既成事実を作った者勝ちですよ!」

キャルルの背後では、純白のネグリジェ(ただし腹の虫は鳴っている)姿のリーザが急かしている。

さらに上空では、キュララが暗視カメラ搭載の極小ドローンを飛ばし、「深夜の夜這いRTA(リアルタイムアタック)、現在順調に進んでおりまーすっ☆」と小声で実況配信を行っていた。

正攻法(労働基準法)で弾かれたなら、不法侵入(夜這い)で突破する。

それが、権力と欲望にまみれた六人のヒロインたちの出した結論であった。

「……フフッ。物理的な鍵を開けるなんて素人のやることね。魔王である私にかかれば、ドアの隙間から『影』と同化して侵入(ログイン)なんて朝飯前……」

ラスティアが、床に落ちた影の中にペラペラになって潜り込み、ドアの下の数ミリの隙間から這い入ろうとする。

「うぃ〜……私は換気扇のダクトから入ってやるわ〜……神様の軟体ボディを舐めんなぁ〜……」

ルチアナに至っては、酔っ払った勢いで天井の空調ダクトをゴソゴソと這い進んでいた。(ルナは横で「大地の精霊さん、合鍵を作ってくださいな」と石ころをこねている)。

深夜の不法侵入オールスターズ。

いくら俺が鉄壁の防犯対策を施していても、身体能力が規格外の彼女たちが本気になれば、突破されるのは時間の問題だった。

――だが。俺はただベッドで震えて眠っていたわけではない。

前世で数多のクレーム客や酔っぱらいを捌いてきた飲食店の店長(サバイバー)として、この程度の夜這い(強行突破)は完全に予測の範疇だった。

「……クンクン。あれ? なんだか、すごく……良い匂いがしませんか?」

不意に、キャルルがピッキングの手を止め、ウサギの鼻をヒクヒクと動かした。

ドアの隙間から、そしてルチアナが這い進んでいる空調ダクトから、ある『強烈な匂い』が漂ってきたのだ。

それは、濃厚な豚骨を何時間も煮込んだ、暴力的なまでに食欲をそそる獣肉の香り。

そこに、醤油の香ばしさと、ガツンと鼻腔を殴りつける『すりおろしニンニク』の匂い。

さらに、分厚い肉の脂が直火でジュージューと炙られている、抗いがたい焦げ目の匂いが混ざり合っていた。

「ぐきゅるるるるるるるっ……!!」

リーザの腹が、雷鳴のような轟音を立てた。

キャルルも、ダクトの中のルチアナも、影に潜っていたラスティアも、一瞬にして動きを止めた。

「な、なんですかこの匂い……っ! 私の中の野生が、手錠をかけるよりも先に『これを食え』って命令してきますっ……!」

「うぅっ……昼間にマグローザのお寿司をあんなに食べたのに……この強烈なニンニクと豚骨の匂いを嗅いだら、急にお腹が空いてきましたわ……っ!」

深夜二時。

人間(あるいは神や魔族)の満腹中枢と理性が最もバグる魔の時間帯。

そこに叩き込まれた、超高カロリーかつジャンクな匂いの正体。それは、前世の日本人が愛してやまない、そして絶対に深夜に食べてはいけない『背徳の深夜ラーメン』の香りであった。

「――お前ら、鍵穴を弄るのはやめろ。ドアが傷むだろ」

ガチャリ、と。

俺の寝室の扉ではなく、一階の厨房へと続く階段の下から声がした。

ヒロインたちがビクッとして振り返ると、そこには頭にタオルを巻き、ラーメン屋の親父のような前掛け姿の俺が立っていた。

「リ、リアン君!? なんで起きて……」

「お前らが三六協定(ルール)を無視して実力行使に出るのなんて、原価計算するまでもなくお見通しだ。だから、とっておきの『防衛設備』を用意しておいた」

俺はニヤリと笑い、厨房の奥を指差した。

「ポポロ亭特製・『深夜の背徳・極厚炙りチャーシュー豚骨ラーメン(ニンニク・背脂マシマシ)』だ。空調の風向き(魔導換気扇)を逆転させて、匂いを二階の廊下に直撃させてやったんだよ」

「「「ら、らーめん……っ!?」」」

ヒロインたちの足が、勝手に一階の厨房へと引き寄せられていく。

カウンターの上に並べられていたのは、六つの巨大なすり鉢状のどんぶりだった。

白濁した濃厚な豚骨スープの海。

その上には、自家製の極太ちぢれ麺が沈み、表面を覆い尽くすほどの白い背脂が雪のように浮いている。

中央には、魔牛ならぬ『魔豚(マトン)』のバラ肉を醤油ベースの秘伝タレでトロトロになるまで煮込み、仕上げにバーナーで香ばしく炙った、厚さ三センチはあろうかという巨大なチャーシューが三枚も鎮座。

さらに、山の如く盛られた青ネギと、大さじ三杯分のすりおろしニンニクが、凶悪な存在感を放っていた。

「……ゴクリ」

六人の喉が、同時に鳴った。

初夜のロマンチックなムードなど、ニンニクと背脂の暴力的な匂いの前に一瞬で消し飛んでいた。

「い、いや! 私はリアン君の部屋に行くんです! こんなカロリーの塊みたいな深夜食、食べたら間違いなく太り……っ!」

キャルルが必死に理性を保とうとするが、俺が「食わねぇなら捨てるぞ」とどんぶりに手をかけた瞬間、限界を迎えた。

「いただきますっ!!」

六人は一斉にカウンターに群がり、割り箸を割って貪るようにラーメンに食らいついた。

「ズルズルズルッ!! ふはぁっ! 濃厚な豚骨スープにニンニクのパンチが効いて、脳髄が溶けそうですわーっ!!」

「このチャーシュー……っ! 噛まなくても口の中で脂が甘く溶けて……麺に絡みついて……っ! 最高よぉぉっ!」

「うぃ〜……深夜のラーメンって、なんでこんなに背徳的で美味しいのよぉ〜……スープ完飲しちゃうわ〜……っ」

ズズズッ! ズルズルズルッ!!

深夜の厨房に、麺をすする下品で豪快な音が響き渡る。

彼女たちは、お互いを牽制するためのキャットファイトで無駄に体力と魔力を使っていたため、身体が強烈に炭水化物と塩分を欲していたのだ。

俺の計算通りである。

深夜のラーメン。それは単なる食事ではなく、強烈な血糖値スパイク(急上昇)を引き起こす『合法的な睡眠薬』だ。

ものの十分で、六つのどんぶりはスープの一滴まで完全に空っぽになった。

「ふぅぅ……っ。食った、食ったわ……」

「お腹が……はち切れそうですわ……」

限界突破のカロリーと炭水化物を摂取したヒロインたちの身体に、急激な変化が訪れる。

血流が胃腸に集中し、脳への血流が減少。さらに満腹感による強烈な副交感神経の優位状態(リラックス効果)が、彼女たちのまぶたを鉛のように重くしていく。

「あ、あれ……? 私、リアン君に手錠をかけに……きた、はずなのに……。なんだか、すごく、眠い……」

キャルルが、手錠を握りしめたまま、カウンターの椅子からズルズルと崩れ落ちる。

「だめ、ですわ……まぶたが……トリプル・チーズイン・ラーメン……むにゃ……」

リーザが床に転がり、お賽銭箱を抱き枕にして寝息を立て始める。

バタッ、バタバタッ。

ルチアナ、ルナ、キュララ、ラスティアも、次々とリビングの床やソファに倒れ込み、完全に幸せそうな顔で『食後の爆睡(フードコーマ)』へと突入していった。

「……ふっ、ちょろいもんだ」

俺は、床に転がる六人のトド……いや、妻たちを見下ろし、首のタオルで汗を拭った。

初夜の襲撃(キャットファイト)を物理的・魔法的な力で防ごうとすれば、アパートが破壊されるリスクがあった。

だが、この『深夜の背徳ラーメン・トラップ』にかかった原価は、安い豚骨とクズ肉、小麦粉を合わせて、六人分でもたったの【銅貨十枚(約千円)】程度だ。

たった千円の食費(防衛予算)で、嫁たちの暴走を完全に無力化し、アパートの損壊を防ぎ、俺の平穏な睡眠時間を確保した。

これ以上ないほど完璧な、費用対効果(コスパ)の勝利である。

「食後すぐに寝ると牛になるぞ。まぁ、明日は朝六時から芋掘りだからな。たっぷり脂質を蓄えておけ」

俺は、爆睡する六人に薄い毛布を適当に投げかけると、厨房の電気を消した。

かくして、ポポロ・コーポにおける『血みどろの新婚初夜』は、色気など欠片もない『ニンニクと豚骨の匂い』と『限界カロリーによる大爆睡』という、極めて平和的かつ計画的なオチを迎えたのである。

「さて、明日の朝飯の味噌汁の出汁でも取っておくか。……やれやれ、結婚(ブラック経営)も楽じゃねぇな」

俺は一人、静かな厨房で苦笑いをこぼしながら、昆布と煮干しの下準備に取り掛かるのだった。

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