EP 10
ポポロ村大合同結婚式と、ま、楽しければ良いかの精神
抜けるような青空の下、辺境の農村であるポポロ村は、アナステシア世界の歴史上、類を見ないほどの異様な熱気と歓声に包まれていた。
村の広場には、ルナミス帝国の双頭竜の旗、レオンハート獣人王国の獅子の旗、シーラン国の波の紋章、さらには世界樹、天界、魔界を示すシンボルが、仲良く(あるいは互いを牽制するように)ぐるりと立ち並んでいる。
今日は、ポポロ・コーポ特区における『超法規的・共同主権体制』の発足日。
すなわち、俺ことリアン・クライン(十六歳・公爵兼寮母長)と、六人のポンコツヒロインたちによる『大合同結婚式』の当日である。
「誓いのキスとかいいから! さっさとその誓約書(雇用契約書)にサインしろ!」
「も、もう少しロマンチックにお願いしますわリアン様ぁっ!」
広場の中央に設けられた特設ステージ。
帝国の仕立て屋が徹夜で仕上げたという、最高級シルクのタキシードに身を包んだ俺は、冷や汗を流しながら震える神父から誓約書をひったくり、次々とヒロインたちに署名を迫っていた。
彼女たちの姿は、確かに息を呑むほど美しかった。
獣人国の伝統的な意匠を取り入れた豪奢なドレスに身を包み、ウサギ耳を震わせるキャルル。
シーラン国の国宝である『海神の真珠』をふんだんにあしらった純白のドレスを着たリーザ。
世界樹の加護を受けた、光り輝く緑と白の霊布を纏うルナ。
天界の最新トレンドを取り入れた、キラキラのアイドル風ウェディングドレスのキュララ。
神々しいはずなのに、すでに控え室でワインを空けて顔を赤くしている女神ルチアナ。
そして、漆黒と真紅のゴシック・ウェディングドレスを着こなしながら、ブーケの中に推し(朝倉月人)のアクリルスタンドを仕込んでいる魔王ラスティア。
大陸のパワーバランスを司る六つの勢力の頂点(あるいは厄介者)たちが、一人の少年の横に並び立つ。
本来なら世界がひれ伏すような神話的ロイヤルウェディングなのだが、俺にとってはただの『新規アルバイトの集団入社式』でしかない。
「よし、全員サインしたな! これでお前らは法的に俺の妻であり、ポポロ・コーポの住み込み従業員だ! 明日の朝六時から太陽芋の収穫があるから、遅刻するなよ!」
「「「えええええええっ!? 初夜の翌朝から泥まみれの肉体労働ぉぉっ!?」」」
ヒロインたちの悲鳴をBGMに、俺は窮屈なタキシードのジャケットを脱ぎ捨て、首の蝶ネクタイを緩めた。
そして、純白のシャツの上から、いつもの『使い込まれた厨房用エプロン』をバサッと身につけ、頭に手ぬぐいをキリッと巻く。
ここからが、俺の真の仕事(本番)だ。
「さぁ、堅苦しい儀式(茶番)は終わりだ! お前ら、食うぞ!! ポポロ亭特製・大合同結婚記念フルコースの開宴だぁっ!!」
ドンッ! ドドンッ!!
広場に並べられた数十メートルの長机に、俺が徹夜で仕込んだ極上の料理の数々が、クラウスや自警団の面々の手によって次々と運ばれていく。
「おおおおおっ!!」
「なんという豪華な……!」
参列者たち(各国の首脳陣や騎士たち)から、地鳴りのような歓声が上がった。
メインを飾るのは、シーラン国近海で水揚げされた超巨大魚『マグローザ』を丸ごと一匹使った、全長五メートルに及ぶ超巨大な舟盛り(刺身と特上握り寿司)である。
さらに、帝国産の最高級魔牛の塊肉を丸一日かけて低温調理し、肉汁を限界まで閉じ込めた極厚ローストビーフの山。獣人国から取り寄せた香辛料をふんだんに使った、スパイシーな魔鳥の丸焼き。エルフの森の希少な果実を使った、宝石のように輝くフルーツタルトのタワー。
前世の三ツ星フレンチの技術と、異世界の魔法(温度管理と鮮度保持)、そして最高級の食材が完璧なシナジー(相乗効果)を生み出した、俺の料理人人生の集大成とも言える大盤振る舞いだ。
「やったぁぁっ! 大トロ! 大トロの握りですわーっ!」
リーザが、ウェディングドレスの裾を振り乱しながら寿司の舟盛りにダイブする。
「ちょっとリーザちゃんズルいっ! 炙りサーモンは私がいだだくわよっ☆」
キュララがドローンを飛ばしながら、軍艦巻きを頬張る。
「はいはーい皆様っ! ご覧くださーい! これがポポロ村特区のロイヤル・ウェディング大宴会でーすっ! 同接一千万人突破! 祝儀代わりのスパチャが止まりませーんっ☆」
キュララの配信画面は、もはや処理落ち寸前の勢いで虹色のスーパーチャットが飛び交っていた。
「うぃ〜……リアン、最高……。公爵夫人の特権で、この帝国のヴィンテージワイン、樽ごと貰っていくわね〜。ゴクゴクゴク……ぷはぁっ!」
ルチアナは、神聖なヴェールをかなぐり捨てて、自分の背丈ほどもあるワイン樽に直接口をつけてラッパ飲みしている。
「ああっ、美味しいですわ〜♡ 大地の精霊さんも、お祝いにこのローストビーフを純金に変えて……」
「食い物を金属にするな! 歯が欠けるだろバカ!」
俺は、錬金テロをかまそうとしたルナの後頭部に、特製ハリセンをスパーン!と炸裂させた。
ふと横を見ると、漆黒のドレスを着た魔王ラスティアが、コソコソと背を向けて何か怪しい動きをしている。
「……おい。お前、何やってる」
「ひっ!?」
見れば、ラスティアの足元には巨大なタッパーがいくつも並べられており、彼女はそこに最高級のローストビーフとマグローザの中トロを限界まで詰め込んでいた。
「てめぇ、せっかくの料理をタッパーで持ち帰ろうとしてんじゃねぇ!」
「い、いいじゃない! これを明日の朝ご飯にして食費を浮かせれば、その分月人君のファンクラブ限定グッズ(三万円)に回せるんだから!」
「推し活の軍資金(食費)を俺の料理で浮かせようとすんな! 没収だ没収!!」
俺がおたまを振り回してラスティアを追い回していると、広場の隅にある『VIP席』から、しみじみとした声が聞こえてきた。
「……美味い。なんという美味なる酒と肉だ……」
「ああ。連日の胃の痛みが、嘘のように消えていく……」
そこでは、つい昨日まで「我が国が独占する!」と血走った目で怒号を飛ばし合っていた四人の最高権力者たち――マルクス皇帝、ガルム将軍、フィン宰相、ルーベンス――が、肩を組んで美味そうにジョッキをぶつけ合っていた。
「いやぁ、一時はどうなることかと思ったが……リアン公爵の手腕には恐れ入った。あの暴走娘どもを『共同経営の従業員(農業バイト)』として完全に手懐けるとは」
マルクス皇帝が、ローストビーフを頬張りながら感極まったように涙を拭う。
「全くだ。うちの姫があんな重度のヤンデレ(手錠持ち)だとは知らなかった……。リアン殿がいなければ、我が国の威信は崩壊していたかもしれん」
ガルム将軍も、遠い目をしながらアジのナメロウをつまんでいる。
彼らは完全に『厄介な娘を押し付けた舅同士の愚痴飲み会』のテンションになっており、国家間の緊張など微塵も残されていなかった。リアンという絶対的な緩衝地帯(楔)が生まれたことで、大陸のパワーバランスは、皮肉にもかつてないほど強固な平和を維持することになったのである。
「リアン君っ!」
「リアン様ぁっ!」
宴もたけなわ、西の空がオレンジ色に染まり始めた頃。
俺が厨房テントで次の仕込み(〆の鯛茶漬け)の準備をしていると、六人の花嫁たちが、酒とご馳走で顔を上気させながら俺の周りに群がってきた。
「私、リアン君のお嫁さんになれて本当に幸せです! これから毎日、トイレもお風呂もずっと一緒に……」
「手錠は外せって言ってんだろキャルル。物理的距離は保て」
「リアン様ぁ……一生、一生トリプル・チーズイン・ハンバーグを食べさせてくださいませぇ……!」
「ヒモになる気満々じゃねぇかリーザ。明日の芋掘りのノルマ達成しなかったら夕飯抜きだからな」
「私にも! 私にもお酒のオカワリと、特上のおつまみを要求するわ!」
「推し活の資金、前借りさせてくれないかしらぁ?」
「スパチャのお礼に、カメラに向かって愛のキスをお願いっ☆」
「黄金のお城の建築許可を……」
わあわあと騒ぎ立て、俺のエプロンを引っ張り、口々に自分の欲望を押し付けてくる厄介者たち。
重愛、寄生、酒乱、推し活、バズり命、天然テロリスト。
どいつもこいつも、前世の俺なら絶対に履歴書の段階でシュレッダーにかけている、超絶燃費の悪い不良債権だ。結婚なんて、間違いなく自由と資産を削り取られる『人生の墓場』に違いない。
だが。
俺は、彼女たちの騒がしい笑顔と、ポポロ村の広場に響き渡る人々の笑い声、そして美味そうに料理を食べる客たちの姿を眺めながら、ふと、前世の暗く冷たい厨房で一人倒れた日のことを思い出した。
あの頃の俺は、数字とロジックに縛られ、利益だけを追い求めて、心も体も擦り切れていた。
誰も俺の料理を笑って食べてはくれなかった。孤独なブラック労働の果ての、惨めな過労死。
それに比べて、今はどうだ。
確かに面倒くさい。死ぬほど騒がしいし、毎日ハリセンを振り回さなきゃならない。
でも、俺の作った飯を食って、「美味い」と腹を抱えて笑ってくれるバカどもが、こんなにもたくさんいる。
「……ふっ」
俺は、首に巻いた手ぬぐいを外し、エプロンの紐をギュッと結び直した。
そして、群がる六人の厄介な『妻(共同経営者)たち』に向かって、不敵な笑みを浮かべた。
「お前ら、うるせぇ! 要求があるなら、明日の畑仕事で俺より多く太陽芋を掘ってから言え! 怠け者にはもやし炒めすら食わせねぇからな!」
「「「えええええええっ!? そんなぁぁっ!」」」
文句を言いながらも、彼女たちの顔に悲壮感はない。むしろ、明日からの騒がしい日常を待ち望んでいるような、眩しい笑顔だった。
結婚は、人生の墓場かもしれない。
でも、俺がその墓場(会社)の支配人として、極上の飯を振る舞ってやれるなら。
「ま、楽しければ良いか」
俺の小さな呟きは、ポポロ村に響き渡る宴の喧騒の中に、ふわりと溶けて消えていった。
公爵にして、六人の問題児の夫にして、世界最強の寮母長。
リアン・クラインの『絶対に休めないスローライフ』は、これからも美味い匂いと共に続いていく。
【第17章・ポポロ村公爵誕生と、地獄の全方位求婚大戦編 完】
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