EP 9
前代未聞の共同経営婚! 寮母長の超法規的就業規則
キュッ、キュキュッ、ターンッ!
静まり返ったポポロ村の公会堂に、魔導マーカーがホワイトボードを叩く乾いた音が響き渡る。
会議室の中央では、大陸最高権力者である各国の首脳陣(マルクス皇帝、ガルム将軍、フィン宰相、ルーベンス)が、まるで説教を受ける新入社員のようにパイプ椅子に縮こまり、その前で俺が流れるような手つきで図表を書き殴っていた。
「いいか、よく見ろ。現在の状況をビジネスモデルで例えるとこうだ」
俺は、ホワイトボードに描いた『ポポロ村』という円を指差した。
「俺という『超優良物件(特権付き公爵)』を巡って、お前ら四ヶ国が敵対的買収(政略結婚)を仕掛けている。だが、どこか一国が俺と『独占契約(一夫一妻)』を結んだ瞬間、ハブられた他国がブチギレて経済封鎖や武力行使に踏み切る。……いわゆる独占禁止法違反による、大陸規模の市場崩壊(世界大戦)だ」
首脳陣が、青ざめた顔でコクリと頷く。
彼らは自分たちの持ち込んだ「姫君という名の外交カード」が、実は国を滅ぼしかねない不良債権(地雷)であったことに気づき、完全に俺のロジックの前に屈服していた。
「ならば、解決策は一つしかねぇ」
俺はマーカーを置き、首脳陣、そして壁際で「早く私と結婚証書にサインを!」「手錠の鍵は捨てましたわ!」と騒いでいる厄介者たちを冷徹に見渡した。
「一社独占がダメなら、全社で『株式の持ち合い』をすればいい。――ポポロ村をルナミス帝国の領地から切り離し、『超法規的・共同主権特区』とする。そして俺は、ここにいる六人全員と、同時に婚姻届(契約)を結ぶ」
「「「…………は?」」」
会議室にいた全員の思考が、完全に停止した。
数秒の空白の後、マルクス皇帝がワナワナと震えながら立ち上がる。
「ぜ、全員と同時だと!? ば、馬鹿な! 帝国の法でも、一夫多妻は特例中の特例……いや、そもそも各国の王族や神族、魔族までを同時に妻に迎えるなど、前代未聞の暴挙……!」
「暴挙じゃねぇ。完璧な『パワーバランスの固定』だ」
俺は、冷たく言い放った。
「帝国、獣人国、シーラン国、エルフ、天界、魔界。全ての勢力の代表が『リアン公爵の妻』という同等のポストに就く。これにより、どの国もポポロ村に対して優越権を持てず、同時に他国への牽制となる。俺という存在が、大陸全ての勢力を繋ぐ『絶対に攻撃できない緩衝地帯(完全中立地帯)』になるってことだ」
「……あ、悪魔的だ……っ」
フィン宰相が、サメの顔を引き攣らせて呻いた。
「確かにそれなら……どこも抜け駆けできない以上、戦争は起きない。ポポロ村という存在が、大陸の平和を強制的に維持する『楔』になる……!」
ルーベンスも、胃薬を握りしめたまま何度も頷いている。
「アバロン魔皇国としても、魔王様が共同経営者(妻)の一人として収まるなら、面目は立ちます……! これ以上の摩擦を避けられるなら、乗らない手はありません!」
首脳陣の間に、「これしかない」という合意の空気が形成されていく。
一方、ヒロインたちはといえば。
「やったぁぁっ! リアン君のお嫁さんですっ! 順番待ちでも、私が絶対一番愛されてみせますからねっ♡」
「純金のウェディングドレスを用意しませんと!」
「フフッ……まぁ、法的に養ってもらえるなら、共同生活でも妥協してあげますわ!」
「同接一千万人! 六股ロイヤル婚とか最強のバズりコンテンツねっ☆」
彼女たちは「全員と結婚」という異常事態に文句を言うどころか、「結婚できる(寄生できる)」という事実だけで狂喜乱舞し、ハイタッチを交わしていた。
互いに牽制し合いながらも、とりあえず自分のポスト(公爵夫人)が確約されたことで、完全に油断しきっている。
「……よし。双方が合意したな」
俺は、ニヤリと黒い笑みを浮かべた。
ここからが、俺の真のターン(罠)である。
「お前らが俺の妻になるのは構わねぇ。だが、結婚ってのは『共同経営』だ。このポポロ特区の共同経営者になる以上、俺が定めた『定款』には絶対に従ってもらうぞ」
俺は、懐から分厚い羊皮紙の束を取り出し、六人の前にバサッと投げ捨てた。
表紙には、デカデカとこう書かれている。
『ポポロ・コーポレーション 共同経営者(妻)向け・超法規的就業規則 兼 婚姻契約書』
「……しゅうぎょう、きそく?」
ルチアナが、首を傾げて羊皮紙を手に取った。
「そうだ。俺の嫁になるなら、ここに書かれている条件を完全遵守することが絶対条件だ。破った奴は即刻『離婚(契約解除)』。異議は一切認めねぇ」
俺は、ホワイトボードをひっくり返し、そこに書かれていた地獄の条項を読み上げ始めた。
「第一条【完全独立採算制】。
リアン公爵の個人資産および特区の交付金は、全て村のインフラ維持と食材の仕入れに充てる。よって、妻への『小遣い』『養育費』『推し活費』『酒代』の支給は一切行わない。各人の生活費は、自らの労働で稼ぐこと」
「……はぁ!?」
リーザとラスティアの悲鳴がハモった。
「第二条【強制労働の義務】。
妻たる者、ポポロ・コーポの家賃(月額金貨一枚)および食費を毎月納めること。そのために、毎朝午前六時に起床し、太陽芋の畑仕事、ガーリッ君の収穫、あるいは近隣ダンジョンでの素材集めを義務付ける。なお、家事(風呂掃除、皿洗い、ゴミ出し)は当番制とする」
「朝六時!? は、畑仕事ぉ!?」
キャルルのウサギ耳がショックでへし折れた。
「第三条【贅沢の禁止と罰則】。
就業規則に違反した場合、あるいは俺の平穏な朝飯の時間を邪魔した場合。罰則として向こう一ヶ月間の食事を『もやし炒め定食(塩味)』のみとする。また、手錠などの物理的拘束具の持ち込み、偽金の錬成、許可なき生配信は、発見次第即時『離婚』とする」
「「「…………え?」」」
六人の顔から、パァッと血の気が引いた。
彼女たちが夢見ていた『公爵夫人としての甘い生活』『不労所得』『権力による豪遊』。
その全てが、ただの一枚の契約書によって木端微塵に粉砕されたのである。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよリアン!!」
ルチアナが、羊皮紙をバンバンと叩いて抗議した。
「これ、結婚っていうかただの『住み込みの超ブラック農業バイト』じゃないのよ! 私たち、各国の姫とか神様とか魔王なのよ!? なんで公爵の嫁が、朝六時から畑で泥まみれにならなきゃいけないのよ!」
「当たり前だろ」
俺は、冷徹な目でルチアナを見下ろした。
「俺は最初から言ったはずだぞ。『結婚は人生の墓場(負債)』だと。だが、俺がその墓場(会社)の管理責任者(社長)になるなら話は別だ。……食いたきゃ稼げ。愛を語るなら、まずは皿を洗え。俺の資産に寄生しようとする不良債権(お前ら)を、タダで養ってやるほど俺は甘くねぇんだよ」
悪魔のロジック。
完全なる社畜生産システムの完成である。
「嫌ならサインしなくていいぞ。今すぐ自分の国に帰って、別の男に寄生しろ。ただし、サインしない奴は、今後一生俺の作るメシ(特上寿司やチーズインハンバーグ)は食わせねぇし、ポポロ亭の出入りも禁止だ」
「「「ぐっ……!!」」」
その一言が、彼女たちの急所を完璧に抉った。
各国の首脳陣がハラハラと見守る中、ヒロインたちはギリギリと歯を食いしばり、究極の選択を迫られていた。
プライドを守って国に帰り、一生パンの耳と無味乾燥な宮廷料理を食べるか。
過酷な農業バイト(結婚)を受け入れ、リアンの作る極上の料理と騒がしい日常を手に入れるか。
「……くっ、屈辱ですわ……! でも、もやし生活よりは……マシ……ッ!」
リーザが、血の涙を流しながら、震える手で羽ペンを握り、契約書にサインした。
「リアン君の……リアン君の手作りご飯のためなら……早起きも、我慢します……っ!」
キャルルも、安全靴を脱ぎ捨てて涙ながらにサインする。
ルナ、キュララ、ルチアナ、ラスティアも、次々と絶望の表情を浮かべながら、その『超法規的就業規則(ブラック婚姻届)』に名を連ねていった。
「……ふふっ。よし、契約成立だ」
俺は、六人分のサインが揃った羊皮紙を束ね、満足げに頷いた。
これで、国際戦争の危機は完全に回避された。
と同時に、俺は自分の資産を一切削ることなく、大陸最強クラスの戦闘力を持つ六人の『無料労働力(農業スタッフ兼ボディガード)』を合法的に手に入れたのだ。
権力も寄生も許さない。俺の平穏なスローライフとアパート経営は、完璧な形で守り抜かれたのである。
「あ、あの……リアン公爵殿……」
マルクス皇帝が、俺のあまりの冷血非道(有能)な経営手腕にドン引きしながら、おずおずと声をかけてきた。
「見事な……見事な手腕であった。これで帝国の、いや大陸の平和は守られた。……だが、その、君は本当にそれで良いのか? 一度に六人の妻を……しかもあのような規則で縛り付けて……」
「問題ありませんよ、陛下」
俺は、公会堂の窓から見えるポポロ村の青空を見上げながら、フッと笑った。
「結婚が人生の墓場だとしても……俺がその墓場(ブラック企業)の支配人なら、いくらでも黒字化(楽しく)してやりますよ」
かくして、国家権力と欲望が入り乱れたドロドロの政略結婚騒動は、寮母長の圧倒的な『ロジックと原価計算』の前に完全決着を見た。
全てが終わった後には、ただ一つ。前代未聞の『大合同結婚式(という名のタダ飯大宴会)』だけが残されているのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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