EP 8
第1回リアン争奪サミットと、胃を痛める首脳陣
ポポロ村の中央に位置する、木造平屋建ての古ぼけた『村営公会堂』。
普段は農家のおっちゃんたちが集まって「今年の太陽芋の収穫量」や「カラス対策」について茶をすするだけの平和な集会所である。
だが今日、そのオンボロ公会堂の周囲は、大陸の歴史上類を見ないほどの異常な緊張感(殺気)に包まれていた。
建物の東西南北を、ルナミス帝国の近衛騎士団、レオンハート獣人王国の重装甲騎兵、シーラン国の水棲特殊部隊、そしてアバロン魔皇国の暗部エリートたちが、互いに武器に手をかけたままギロギロと睨み合いながら完全包囲しているのだ。
上空にはエルフの魔導飛行部隊まで旋回しており、公会堂の上だけ異様に天候が荒れている。
「……お茶が入ったぞ。まぁ、ポポロ村特産の安物の緑茶だがな」
そんな一触即発の地雷原のど真ん中(公会堂の会議室)。
俺はパイプ椅子を並べただけのチープな長机の中央に、プラスチックの湯呑みをコトリ、コトリと置いていった。
長机を囲むように座っているのは、アナステシア世界を動かす四人の最高権力者たちである。
一人目、ルナミス帝国皇帝・マルクス。
二人目、レオンハート獣人王国の大将軍・ガルム(ライオンの獣人)。
三人目、シーラン国の宰相・フィン(サメの獣人)。
四人目、アバロン魔皇国の宰相・ルーベンス(顔面蒼白で胃薬の瓶を握りしめている)。
本来なら、王宮の豪奢な円卓で数ヶ月の根回しを経てようやく実現するようなトップ会談が、なぜか田舎の公会堂のパイプ椅子で行われている。
しかも、議題は領土問題でも関税問題でもなく、『一人の十六歳の食堂の寮母長の結婚権をどこが独占するか』という、宇宙一くだらないテーマであった。
「……単刀直入に言おう」
重苦しい沈黙を破ったのは、獣人国の大将軍ガルムだった。彼は分厚い拳でパイプ机をドンッと叩いた。
「我が国のキャルル姫は、リアン公爵に多大なる愛情を抱いておる。我ら獣人は一度番と決めた相手には命を懸ける種族。帝国よ、このまま公爵を独占しようとすれば、獣人の誇りにかけて実力行使(戦争)も辞さない覚悟だぞ!」
「ふんっ! 野蛮な獣人が何を言うか!」
マルクス皇帝が、負けじと立ち上がって怒鳴り返す。
「リアンは我が帝国の公爵である! 帝国の貴族が他国の王族を正妻に迎えるなど、政治的バランスが崩壊するわ! リアンには帝国内の由緒正しき令嬢を宛てがうのが筋というもの!」
「お待ちいただきたい」
シーラン国の宰相フィンが、冷徹な目で口を挟む。
「経済の観点から見れば、海洋国家たる我がシーラン国とポポロ特区が結びつくのが最も合理的(シナジーが高い)です。リーザ王女殿下を正妻にお迎えいただければ、大陸の物流網は完璧なものとなる。……これを拒むなら、帝国への海産物と塩の輸出を全面ストップさせますが?」
「ま、待ってくれ! 我がアバロン魔皇国は、魔王ラスティア様が入り浸っているというだけで、別にリアン殿をどうこうしようという野心は……!」
ルーベンスが胃薬をボリボリと噛み砕きながら必死に弁明するが、もはや誰も聞いていない。
「我が姫こそが正妻に相応しい!」
「いや、経済的結びつきが最優先だ!」
「帝国への内政干渉は許さん!」
各国のトップたちが、顔を真っ赤にして怒号を飛ばし合う。
彼らは必死だ。俺という『特大の軍事・経済カード』を他国に取られれば、自国の国益が致命的なダメージを受けるからである。
彼らの頭の中では、「自国の姫(あるいは令嬢)とリアンの結婚=国家間の強固な同盟と繁栄」という、極めて真っ当な政治的青写真が描かれているのだろう。
だが。
俺は、冷めた緑茶をすすりながら、彼らの高尚な政治論争を鼻で笑っていた。
(……こいつら、自分の娘たちが、普段この村でどんな腐った欲望を垂れ流してるか、一ミリも理解してねぇな)
その俺の危惧は、次の瞬間に最悪の形で証明された。
ドッゴォォォォォォォォンッ!!!
「「「!?」」」
突如、公会堂の分厚い木製ドアが、外からの強烈な蹴り(シャイニング・ウィザード)によって蝶番ごと粉砕され、会議室のど真ん中へ吹っ飛んできた。
土煙の中から姿を現したのは、外の重武装の護衛たちを物理的になぎ倒して乱入してきた、ポポロ村の厄介者たちであった。
「お父様(ガルム将軍)! 勝手に私のリアン君を政治の道具にしないでください!」
特注の安全靴を履いたキャルルが、ウサギ耳を逆立てながら将軍に指を突きつけた。
「おお、キャルル姫! 案ずるな、今お前と公爵の栄えある同盟(結婚)を……」
「同盟とかどうでもいいんです! 私はただ、リアン君にこの『愛のペア手錠(物理)』をかけて、24時間トイレもお風呂もずっと一緒に監禁したいだけなんですから! 国とか関係ありません!」
「……は?」
ガルム将軍の顔が、国益を語る誇り高き武人から、娘のサイコパス発言に引く父親の顔へと一瞬で切り替わった。
「そうですわ宰相フィン! シーラン国の経済とか物流とか、そんなつまらないスケールの話をしないでくださいませ!」
次にしゃしゃり出てきたのは、芋ジャージ姿のリーザだ。
「リーザ殿下! 私は貴女様の公爵夫人としての輝かしい未来を……!」
「私の未来は『一生養ってもらうこと』ですわ! リアン様の公爵マネーがあれば、国庫に頼らずとも毎日トリプル・チーズイン・ハンバーグが食べ放題! これは私個人の完全なる不労所得(寄生)計画ですの! 海産物の輸出とか、知ったことじゃありませんわ!」
「……で、殿下……? 不労所得……?」
宰相フィンの冷徹なサメの顔が、絶望にピクピクと痙攣する。
「ちょっとルーベンス! あんたもアバロンの代表として来てるなら、もっと私のために働きなさいよ!」
魔王ラスティアが、朝倉月人のライブタオルを振り回しながらルーベンスの胸ぐらを掴んだ。
「ひぃぃっ! ラスティア様! 私はこれ以上、他国との摩擦を……!」
「摩擦なんかどうでもいいのよ! 私がリアン君と結婚すれば、公爵のブラックカードで月人君の福岡ドームを貸し切れるのよ! あんたも魔王の推し活のために、全力で帝国を脅迫してきなさい!」
「推し活のために、帝国と戦争をしろと……!?」
さらにそこへ、ルナが「大地の精霊さん、会議室の机を純金に変えてアピールですわ!」と物理法則を無視した錬金テロを仕掛け、キュララがドローンを飛ばして「各国のトップのガチ喧嘩、生配信中でーすっ☆」と煽りまくる。
ルチアナに至っては、どこから持ってきたのかビール瓶をラッパ飲みしながら「うぃ〜、リアン、さっさと結婚して私にツマミを作れ〜」と管を巻いている始末だ。
「…………」
会議室に、永遠とも思える地獄の静寂が落ちた。
国益。軍事同盟。経済特区。
各国の首脳陣が思い描いていた『高尚な政略結婚』のビジョンは、ヒロインたちのあまりにも赤裸々で、下劣で、狂気に満ちた『個人的な欲望(重愛、寄生、推し活、タダ飯)』の前に、木端微塵に打ち砕かれたのである。
「な、なんということだ……」
マルクス皇帝が、呆然と呟いた。
「余は……こんな化け物(欲望の権化)どもから帝国を守るために、リアンを公爵にして囲い込もうとしていたのか……?」
ガルム将軍は「キャルル姫……手錠で監禁は……犯罪では……」と膝から崩れ落ち、宰相フィンは「王女殿下が、ただのヒモ志願者だったなんて……シーラン国の威信が……」と白目を剥いている。
ルーベンスに至っては、胃薬の瓶のフタを口で引きちぎり、中身を水なしで一気飲みした直後、「私の胃壁が……もう限界です……」と泡を吹いて気絶してしまった。
「ほら見ろ」
俺は、パイプ椅子に深く座り直し、両手を組んで首脳陣を見渡した。
「お前らが『外交カード』だと思って切り札にしてた娘どもは、国益なんて一ミリも考えてねぇ、ただの燃費の悪い不良債権だ。こんな奴らの中から一人を選べって? お前らだって、自国の姫のこんな姿を見せられたら、政略結婚どころか即刻勘当したくなるだろ」
俺の冷徹な事実確認に、首脳陣は誰一人として反論できなかった。
彼らはもはや、自国の利益を主張する気力すら完全に失っていた。それどころか、「この娘たちのワガママを放置すれば、逆に自国の権威が失墜する」という恐ろしいリスクに直面してしまったのだ。
「り、リアン公爵殿……」
マルクス皇帝が、涙目で俺にすがりついてきた。ガルム将軍も、フィン宰相も、気絶から目を覚ましたルーベンスも、まるで救世主を見るような目で俺を見つめている。
「頼む……! 頼むから、君のその卓越した手腕で、この暴走娘どもをなんとかしてくれ! このままでは、戦争の前に各国の威信が崩壊してしまう!」
「そうだ! 君ならできる! いや、君にしかこの猛獣どもは手懐けられん!」
「我が国の王女の不祥事(ヒモ宣言)、どうか穏便に……っ!」
つい数分前まで「我が国が独占する!」と争っていた世界最高の権力者たちが、今や全員で手を組み、俺に『不良債権の処理』を丸投げしてきやがった。
「……はぁ。結局、尻拭いは俺の仕事かよ」
俺はパイプ椅子から立ち上がり、会議室の隅にあったホワイトボードを中央へと引きずり出した。
国家間のパワーバランスを崩さず、かつヒロインたちの暴走を完全に封じ込め、なおかつ俺の平穏なスローライフを守り抜く。
「いいだろう。戦争もブラック公爵業務も、ポンコツのヒモ生活も御免だ。俺から、全員が納得する唯一の解決策(ウルトラC)を提示してやる」
黒の魔導マーカーを手に取った俺の目に、経営者としての冷酷な光が宿る。
公爵夫人の座を巡る泥沼の争いに、いよいよ前代未聞の『超法規的就業規則』という名の終止符が打たれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




