EP 6
帝国お見合い大舞踏会と、蹴散らされる貴族令嬢たち
シャンデリアの眩い光が、大理石の床に反射して目を焼く。
ルナミス皇宮、最大規模を誇る『白亜の大舞踏会場』。そこは今夜、帝国が威信をかけて主催した、ある一人の男のための狂宴の舞台となっていた。
「リアン公爵閣下! ぜひ、私と次の曲を!」
「いいえ、私よ! 閣下、私の実家である侯爵家が持つ南部の交易網は、必ずや閣下の領地経営の大きな助けとなるはずですわ!」
「閣下! 私が手作りしたこのマカロンをぜひ……!」
「あー……うん、後で食う。並んでる順に名刺(釣書)だけ置いといてくれ」
着慣れない窮屈な純白の夜会服(特注の最高級シルク製)に身を包んだ俺は、引きつった営業スマイルを顔に貼り付けたまま、群がる貴族令嬢たちを適当にあしらっていた。
皇帝マルクスが仕組んだ『リアン公爵・お見合い大舞踏会』である。
釣書を焚き付けにして燃やした翌日、俺は帝国の近衛兵たちによってポポロ・コーポから強制連行され、この地獄のような見本市会場へと放り込まれたのだ。
周囲を取り囲むのは、帝国の有力貴族がこぞって送り込んできた、十代半ばから二十代前半の美しき令嬢たち。誰もが最高級のドレスに身を包み、宝石をジャラジャラと輝かせ、甘い香水を漂わせている。
普通のアナステシア世界の男なら、鼻の下を伸ばして有頂天になるところだろう。
だが、俺の脳内にインストールされた冷徹な原価計算ロジックは、彼女たちの笑顔の裏にある『圧倒的な負債』を正確に弾き出していた。
(この女が着てるドレス、一着で金貨百枚は下らねぇな。首のネックレスも特注品だ。……つまり、こいつを妻に迎えたら、毎年このレベルの『美容・被服費』を俺の口座から要求されるってことだ。しかも、さっきから「刺繍が得意」だの「ピアノが弾ける」だのアピールしてくるが、「魚が三枚におろせるか」「風呂掃除ができるか」って聞いたら全員ドン引きしやがった。……完全な超絶燃費の悪いニート(不良債権)じゃねぇか!)
誰がこんな金食い虫どもを養うか。俺の資産と平穏な朝飯の時間は、俺だけのものだ。
俺は、隙を見て会場の隅にあるケータリングコーナー(唯一の癒やし)へ逃げ込もうとタイミングを図っていた。
しかし、令嬢たちの『公爵夫人』というポストへの執念は凄まじかった。
一人の特に派手なドレスを着た公爵家の令嬢が、強引に俺の腕に自分の腕を絡ませ、豊満な胸を押し付けてきたのだ。
「リアン閣下。私と結ばれれば、帝国の中枢は完全に私たちのものになりますわ。さぁ、他の小娘どもは放っておいて、私とバルコニーへ……」
令嬢が艶然と微笑み、俺の耳元で甘い声を出した、まさにその瞬間だった。
「――あらあら。随分と馴れ馴れしいメス豚が湧いているようですねぇ?」
背後から、絶対零度よりも冷たく、そして地獄の底よりも重苦しい『声』が響いた。
令嬢がビクッと肩を震わせて振り返る。
そこに立っていたのは、特注の安全靴を履き、純白のドレス(ポポロ・コーポのシーツを改造したもの)を身に纏った獣人国の姫、キャルルだった。
彼女は、俺の腕に抱きついている令嬢の背後に音もなく忍び寄り、その可憐なウサギ耳をピンと立てたまま、ニッコリと笑っていた。
「私のリアン君の腕に、勝手に触らないでもらえますか? 今すぐ離れないと、その綺麗な足の膝蓋骨(お皿)を、この安全靴で粉微塵に粉砕して、二度とワルツが踊れない体にしてあげますよ? ふふっ♡」
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
ヤンデレ獣人の本気の殺気(物理的牽制)を浴びた令嬢は、悲鳴を上げて俺の腕を放し、腰を抜かして後ずさった。
「な、なんだお前たちは! 招待客ではないな! 警備兵!」
他の令嬢たちが叫ぶが、遅かった。
バタンッ!!
舞踏会場の巨大な扉が蹴り開けられ、ポポロ村の厄介者たちが、それぞれの戦闘態勢で堂々と乱入してきたのである。
「リアン様の隣(ATM)は私が予約済みですわーっ!!」
リーザが、お賽銭箱型掃除機のスイッチを最大出力でオンにした。
ブォォォォォォォォォンッ!!
ダイソンも真っ青の概念吸引力が、令嬢たちを強襲する。物理的なダメージはないが、彼女たちが身につけていた『親の権力で買った高級な宝石』や『マウント用の金貨入りのバッグ』だけが、スッポーン!と次々に吸い込まれていく。
「ああっ! 私のダイヤのネックレスが!」
「きゃああっ! 私の家宝のティアラがぁっ!」
「ふははははっ! 全ては公爵夫人たる私の養育費(トリプル・チーズイン・ハンバーグ代)となりますのーっ!!」
リーザが高笑いしながら、令嬢たちの資産を情け容赦なく剥ぎ取っていく。
「ちょっと、あんたたち! 私の福岡遠征費(リアン君)に群がらないでよね!」
続いて、魔王ラスティアが不機嫌そうに指パッチンを鳴らした。
『グラビティ・フォール(極小)』。
局地的な重力魔法が、令嬢たちのドレスの裾だけにピンポイントで発動する。
「きゃっ!?」
「ああっ!?」
逃げ惑う令嬢たちは、突然鉛のように重くなった自分のドレスの裾を踏んづけ、次々と大理石の床に美しく、そして無様に転倒していく。
そこへ、ジョッキ片手に完全に出来上がったルチアナが、千鳥足で絡みに行った。
「うぃ〜……あんたたちぃ〜、リアンの嫁になりたいならぁ、まずはこのテキーラ(度数90%)を一気飲みしてから出直しなさいよねぇ〜!」
「ひ、ヒィィッ! お酒臭いっ! こっちに来ないで!」
「なんだとぉ? 神様のお酌が受けられないってのか! そら、コブラツイストぉぉっ!」
「ギャアアアアッ! ドレスが、ドレスが破れるぅぅっ!」
泣き叫ぶ令嬢に、酔っ払った女神がプロレス技をかけるという地獄絵図。
「はーい皆様っ! 世紀のお見合い舞踏会、ただいま帝国の貴族令嬢たちが次々と蹴散らされていまーすっ☆ これが女のドロドロの戦いですよーっ! チャンネル登録よろしくねっ☆」
上空では、キュララがドローンを乱舞させ、令嬢たちの無様な姿(ノーメイク級の泣き顔)を全世界へ高画質で生中継し、社会的抹殺をアシストしている。
そして、トドメは。
「大地の精霊さん。リアン様のお祝いに、もっともっと会場をキラキラにしてさしあげて!」
ルナが両手を天に掲げた。
バァァァァァァンッ!!
天井から吊るされていた巨大なクリスタルシャンデリアが、一瞬にして『純度100%の純金(総重量数トン)』へと錬成された。
ミシミシッ……メキョッ!
「「「きゃああああああああぁぁぁぁっ!!?」」」
重みに耐えきれなくなった天井の金具が軋み、純金の塊が今にも落下してきそうな圧倒的な恐怖。
これにはたまらず、床に倒れていた令嬢たちも、プロレス技をかけられていた令嬢たちも、靴を脱ぎ捨てて半狂乱で舞踏会場から逃げ出していった。
「逃げろぉぉっ! ポポロ村の女たちは野蛮な化け物だぁぁっ!!」
「リアン公爵の周りにはヤバい女しかいないわぁぁっ!!」
ものの数分。
数百人はいたはずの美しき貴族令嬢たちは、ただの一人も残らず、涙目で会場から消え去っていた。
「……ふぅ。お掃除完了ですね、リアン君♡」
キャルルが、誰もいなくなった広大なホールで、安全靴についた埃を払いながら満面の笑みで振り返る。
ルチアナたちは「勝った! 私たちのリアン(財布)を守り抜いたわ!」とハイタッチをして喜んでいる。
「…………お前らなぁ」
俺は、静まり返った(そして物理的にボロボロになった)大舞踏会場のど真ん中で、ピクピクと痙攣するこめかみを押さえた。
確かに、燃費の悪い不良債権(令嬢)どもを追い払ってくれたことには感謝する。
だが、やり方というものがあるだろう。
「俺のお見合いがぶっ壊れたのは百歩譲っていい。だがな……」
俺は、シャンデリアの重みでひっくり返り、床に散乱した極上のキャビアや、最高級のローストポーク、美しく飾り付けられたオードブルの数々を指差した。
「せっかくのタダ飯を台無しにしやがって!! 食い物を粗末にする奴は、俺のハリセンの刑だ!! 歯を食いしばれぇぇっ!!」
「「「ええええええええっ!? 私たち、リアン君を助けたのにぃぃぃっ!?」」」
大理石のホールに、俺の怒号と特製ハリセンが空を切る音、そして六人のポンコツたちの悲鳴が木霊する。
バルコニーの陰でその惨状をこっそり見ていた皇帝マルクスは、「……あやつら、帝国の令嬢を力技で全滅させおった。なんという規格外の執念だ……」と、完全に顔を引き攣らせていた。
俺の平穏は守られた(?)。
だが、帝国の顔に泥を塗り、各国の王女たちが実力行使に出たことで、事態はもはや「ただのお見合い騒動」では済まされない、泥沼の『国際パワーバランス問題』へと発展していくのだった。
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