EP 4
山積みの釣書と、結婚=人生の墓場理論
ドドドドドドドドッ……!!
早朝のポポロ・コーポ。
まだ太陽芋の畑に朝露が残る時間帯だというのに、アパートの玄関前には、帝国の紋章や各国の家紋をあしらった超高級馬車が次々と列をなして横付けされていた。
そして、屈強な配達員(騎士や使者)たちが、巨大な麻袋や木箱を抱えて、ポポロ・コーポの小さな郵便受けへ……入り切るはずもなく、玄関の土間に直接ドサドサと荷物を積み上げている。
「……おい、クラウス。なんだこのゴミの山は」
「ゴミではない! リアン、言葉を慎みたまえ!」
朝食の仕込み(アジの干物を焼く作業)を終えてエプロン姿で出てきた俺は、玄関を埋め尽くす紙の山を見て眉間を揉みほぐした。
クラウスは、積み上げられた高級な羊皮紙の束を震える手で持ち上げ、その表面に押された封蝋を確認して青ざめている。
「これを見ろ! 帝都の筆頭名代であるアルマンド侯爵家からの親書だ! さらにこっちは東部軍務卿のバルトロメ伯爵家! おい、こっちの箱なんて、シーラン国の有力貴族からだぞ! お前、これらが一体何なのか分かっているのか!?」
「あぁ? 高級な紙の無駄遣いだろ」
俺が無造作に一通の封筒を引きちぎり、中身を取り出すと、そこには強烈な香水の匂いと共に、美麗な魔導写真と、金箔で彩られた長々しい自己紹介文が添えられていた。
『若き英雄にして偉大なるリアン・クライン公爵閣下へ。我が愛娘、セシリアは今年で十五歳を迎え、魔法の教養と刺繍の腕前は帝国随一と……』
「……いわゆる『釣書(見合い写真)』だな」
「そうだ! お前が十六歳を迎え、帝国の公爵位を授かったというニュースは、すでに大陸中を駆け巡っている! アナステシア世界において、十六歳といえば立派な成人であり、結婚適齢期だ。ましてや、お前は広大な領地(保留中だが)と特権を持つ、超絶優良物件の若き独身貴族なのだぞ!」
クラウスが、顔を真っ赤にして力説する。
彼の言う通り、この世界では十代半ばでの結婚や婚約はごく当たり前のことだ。特に貴族社会において、婚姻とは最大の政治カードであり、家同士の『合併(M&A)』を意味する。
昨日、村の外で各国の軍隊や使節団が物理的な『陣取り合戦』を繰り広げていたが、この大量の釣書は、それと同じ熱量を持った『貴族令嬢たちによる、公爵夫人というポストを巡る椅子取りゲーム』の始まりであった。
「なるほどな。俺と結婚してポポロ村の特権(免税と交付金)にタダ乗りしつつ、あわよくば帝国の権力中枢に食い込もうって魂胆か。どこの家も、ビジネス(寄生)に必死だな」
「だから言い方! 彼女たちは純粋に、お前の英雄としての武勇に惹かれているのかもしれないだろう!」
「純粋だと?」
俺は、鼻で笑い飛ばし、手に持っていたアルマンド侯爵令嬢の釣書を、ビリッと真っ二つに破り捨てた。
「なっ……!? き、貴様、何をする! 相手は帝国の大貴族だぞ!」
クラウスが悲鳴を上げて破れた羊皮紙を拾い集めようとするが、俺は構わず、次々と封筒を開けては中身を確認し、不要なチラシを捨てるような手つきで仕分けを始めた。
「いいか、クラウス。アナステシアじゃどうだか知らねぇがな、俺の持論を教えてやる。……『結婚なんてものは、人生の墓場だ』」
「は、墓場……!?」
俺は、ホワイトボード代わりに、玄関の壁に立てかけてあった黒板にチョークで文字を書き殴った。
「結婚のメリットとデメリットの損益分岐点を考えてみろ。特に俺みたいな公爵(資産家)の立場からすればな。結婚した瞬間、俺の資産と権力は『共有財産』として妻(およびその実家)に半分以上の権利を握られる。自由な時間は奪われ、義理の親戚という名の『永遠に金をせびりに来る不良債権』を抱え込むことになるんだぞ」
チョークがカツカツと鳴る。
「ましてや相手は、今まで水一杯すら自分で注いだことのないような貴族の令嬢たちだ。朝起きてメシを作り、掃除をし、家計簿をつけることすらできねぇ連中だろ。そんなのを公爵夫人として迎え入れたら、ただでさえ面倒な村の管理に加えて、『超高給取りのニート』を一生養い続ける羽目になる。……圧倒的コスト増、純利益は完全なマイナスだ。冗談じゃねぇ」
俺の完璧な財務分析(結婚観)を聞いて、クラウスは口をパクパクと開閉させて絶句した。
「お、お前……英雄でありながら、なんという夢のない、そして冷徹な……! 愛情や絆というものは計算式には入らないのか!」
「愛で腹が膨れるなら、俺はとっくに料理人を辞めてるよ」
俺は、床に山積みになった釣書(高級羊皮紙)の束をガサッと抱え上げた。
「ちょうどよかった。最近、コンロの焚き付け用の紙が切れてたんだ。この紙、油分が多くてよく燃えそうだし、裏面が白紙だから買い出しのメモ帳にもぴったりだ。ありがたく実用品として使わせてもらうぞ」
「ば、罰当たりな……! あとで送り主から苦情が来ても、私は知らないからな!」
クラウスが頭を抱えて蹲るのを尻目に、俺は釣書を束ねて麻紐で縛っていく。
どこの馬の骨とも知らねぇ貴族令嬢たちのお遊戯(見合い)に付き合って、俺の自由と資産を削られるなど絶対に御免だ。俺の結婚観は、前世で飲食店のオーナーに搾取され続けた経験から、完全に自己防衛(独身主義)に振り切っているのである。
だが。
俺が釣書を容赦なくメモ用紙扱いしているその光景を、食堂の扉の隙間から、ジッと観察している複数の視線があった。
「……ふふっ。さすがはリアン様。どこの骨とも知れない小娘どもの釣書なんて、見向きもしませんのね」
「当たり前よ。リアン君の隣(公爵夫人の座)は、この私が頂くんだから。ぽっと出の貴族令嬢なんかに、この極上のタダ飯ライフと権力を渡してなるものですか」
薄暗い食堂の中で、ボロボロの芋ジャージ姿のルチアナと、健康サンダルを履いたリーザが、獲物を狙うハイエナのような目で俺の後ろ姿を見つめていた。
さらにその奥では。
「……リアン君、結婚は人生の墓場って言ってましたね。それなら、私とリアン君が一緒のお墓(愛の巣)に入れば、ずっとずっと永遠に一緒ってことですよね……♡」
特注の安全靴をピカピカに磨き上げながら、瞳孔を開いてブツブツと呟いている獣人国の姫・キャルルの姿。
「純金のお城の設計図、早く大地の精霊さんに書いてもらわないと。リアン様との新居ですもの、気合を入れませんとね!」
大量の石ころを前に、天然の笑みを浮かべているエルフの巫女・ルナ。
「よしよしっ、カメラの画角は完璧ね。世紀のロイヤル婚約発表……絶対に同接一千万人いくわっ☆」
ドローンカメラのメンテナンスをしながら、ゲスい笑いを浮かべる天使・キュララ。
「あぁん、公爵のブラックカードがあれば、月人君の福岡ドーム公演、アリーナ席を全部買い占められるわぁ……!」
腰に湿布を貼りながら、ヨダレを垂らす魔王・ラスティア。
俺は、遠くの貴族令嬢たちからの求婚を蹴散らしたことで満足していた。
しかし、本当の脅威(地獄)は、海の向こうでも帝都でもなく、同じ屋根の下――ポポロ・コーポの内部で静かに、そして凶悪に育ちつつあったのだ。
公爵夫人という名の『特権』と『寄生先』を巡る、ロクな動機が一つもない同居人たちによる血みどろのアピール合戦。
俺の平穏なスローライフを脅かす最大の試練が、いよいよ翌日の朝食時から、暴力的に幕を開けることになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




