EP 40
終わりの寿司握りパーティーと、もやし生活からの卒業
シュッ、トントントン……。
ポポロ・コーポの一階食堂(通称・ポポロ亭)に、小気味良い包丁の音が響き渡る。
「はいお待ち。シーラン国近海で獲れた超大型魚『マグローザ』の大トロ、サーモン、それから自家製出汁巻き玉子の握りだ」
氷魔法でキンキンに冷やした特製の石板(まな板代わり)の上で、俺は手際よく寿司を握り、カウンター越しに大皿へと並べていく。
新鮮な魚介の輝きと、ポポロ村特産の『米麦草』を少し硬めに炊き上げ、赤酢を効かせたシャリ。前世で培ったフレンチの技術(魚の熟成や隠し包丁の技法)と、異世界の魔法(鮮度保持)が融合した、リアン・クライン特製の『魔導握り寿司』である。
「うおおおおっ! これよ! これが食べたかったのよぉぉっ!」
「大トロの脂が……口の中で雪のように溶けていきますわーっ!!」
カウンターの最前列。ボロボロの芋ジャージ姿のルチアナとリーザが、涙と鼻水を撒き散らしながら大トロの握りを口に放り込み、歓喜の雄叫びを上げていた。
つい数時間前まで、三日連続の「もやし炒め定食」を塩と涙で味付けしてすすっていた底辺の二人が、ついに手にした至福の瞬間である。
(円城寺の借用書はニャングルが完全に無効化し、さらにリーザの掃除機で魔王から吸い上げた隠し財産の一部を村の防衛費として納めたことで、二人の借金地獄は完全にチャラになっていた)
「うぅっ、美味しい……っ! パンの耳じゃない、本物のお魚の味がしますの……っ!」
リーザが、サーモンを咀嚼しながらお賽銭箱型掃除機にすり寄って号泣する。
「本当に良かったわねリーザ! 私たち、ついにラットレース(極貧)から抜け出したのよ! さぁ、次は生ウニとイクラを頼むわリアン君!」
「へいへい。焦らなくてもシャリは山ほど用意してある。喉に詰まらせるなよ」
俺は、神と人魚のすさまじい食欲に呆れながらも、次々と寿司を握っていく。
その華やかな宴の輪の端っこで、一人、どんよりとした暗黒のオーラを放ちながらカウンターに突っ伏している影があった。
「……あいたたたっ。腰が、私のランバー・サポート(腰椎)がぁ……っ」
永遠の17歳(自称)たる魔王ラスティアである。
彼女の腰には分厚い湿布が貼られ、コルセットがガチガチに巻かれていた。ルチアナの容赦ない『テキサスクローバーホールド』によって、下半身の関節という関節を完全に破壊された名残である。
「うぅっ……痛い……。ねぇリアン君、私にもその大トロを頂戴。せめて美味しいものを食べて、この屈辱を癒やしたいわ……」
ラスティアが、震える手を伸ばして大トロの皿を掴もうとした、その瞬間。
パシィッ!
「あ痛っ!?」
ルチアナが、ラスティアの甲を割り箸で容赦なく叩き落とした。
「何すんのよルチアナ! 病人(怪我人)に対する労りってもんがないの!?」
「あんたみたいな悪徳魔王に食わせる大トロはないわよ! 私たちがもやし生活で苦しんでる時、横ですき焼き食べてドヤ顔してたの忘れたとは言わせないわ!」
ルチアナは、ラスティアの前に『カッパ巻き』と『ガリ』だけが乗った小皿をドンッと乱暴に置いた。
「あんたは今日の宴会、カッパ巻きオンリーよ! 水分でも摂ってなさい!」
「そうですわ! 私のお賽銭箱で全財産をスッカラカンにされたんですから、大人しくキュウリを齧っているのがお似合いですの!」
リーザも、ここぞとばかりにドヤ顔で煽り散らす。
「きぃぃぃぃっ! なによあんたたち! 確かに裏金は吸い取られたけど、私にはまだ月人君のVIPチケットの電子データがスマホに……」
ラスティアは言い返そうとエンジェルすまーとふぉんを取り出し、画面を開いた。
しかし、彼女の顔色が一瞬にして土気色に変わった。
「……えっ? う、嘘でしょ……?」
「どうしたんですの? 魔王様」
「チケットの電子データ……どころか、今まで課金して集めた月人君の限定デジタルフォトまで、全部データが消去(吸い取られて)されてるぅぅぅっ!?」
ラスティアが頭を抱えて絶叫する。リーザの【貧乏神】の吸引力は、物理的な財産だけでなく、デジタル資産(電子マネーやデータ)すらも容赦なく虚空へ消し去る極悪仕様なのだ。
「あ、あ、あああ……っ! 私の生き甲斐が! 幾ら課金したと思ってるのよぉぉっ!」
「ギャハハハハ! ざまぁみなさい! これが情弱から金を巻き上げた詐欺の胴元(黒幕)の末路よ!」
ルチアナが、マグローザの大トロを見せつけるように食べながら、腹を抱えて爆笑した。
その騒がしいカウンターの背後で、食堂のテーブル席も大いに盛り上がっていた。
「はーい皆様! 見てくださーい! これがポポロ村名物、リアン君の特製お寿司でーすっ☆ 今日の『魔王討伐・裏金暴露配信』、同接二百万人突破しましたーっ! スパチャもウハウハでーすっ!」
カメラドローンを旋回させながら、トップ配信天使キュララが、イクラの軍艦巻きをカメラに向けてあざとくウインクを決めている。
彼女の配信のおかげで、ADPのネズミ講は完全に社会的に抹殺された。
「おおきに、キュララの嬢ちゃん。お陰でうち(ゴルド商会)の宣伝にもなったわ。……ちなみにリスナーの皆さーん、あの白スーツの詐欺師(円城寺)たちは、今頃シーラン国の沖合で、荒波に揉まれながらマグローザ漁船で元気に網を引いとる頃やで〜! 借金返済まであと四十年、頑張ってほしいもんやな!」
ゴルドスマイル銀行支店長のニャングルが、黄金の算盤とキセルを片手に、ドローンに向かってニヤリと笑いかけた。
マグローザ漁船――一度乗ったら借金を完済するまで絶対に降りられない、究極のブラック洋上労働。それが、情弱から金を巻き上げた男たちの最終的な『ざまぁ』の結末であった。
「ふふっ。皆様、本当に楽しそうですわね。私もお祝いに、もう一回『黄金錬成』で純金の延べ棒を作って差し上げましょうか?」
天然テロリストのルナ・シンフォニアが、ニコニコと微笑みながら道端で拾ってきた石ころを取り出す。
「やめろルナ! これ以上市場に偽金(三日で消える金)を流したら、ポポロ村の経済が完全に崩壊する! お前は大人しく玉子焼きでも食ってろ!」
俺は慌ててルナの手から石ころを奪い取り、自家製の出汁巻き玉子を口に突っ込んだ。
「んむっ……あちゅあちゅで、お出汁が効いててとっても美味しいですわ〜♡」
ルナが頬に手を当てて幸せそうに笑う。
「やれやれ。騒がしいことこの上ないが……この美味い飯と活気こそが、ポポロ村の真髄だな」
金髪の騎士クラウスが、分厚く切られたサーモンを醤油草に軽く浸して口に運びながら、満足げに頷いた。自警団長のマンミアも、隣で「婚活には美味しい料理のスキルが必須……メモメモ」と呟きながら、俺の包丁さばきを真剣に観察している。
「リアン君! 次は中トロ! 中トロ五貫お願い!」
「私には『暴露鯛』の炙りを頼みますわーっ!」
借金地獄から解放され、満面の笑みで寿司を要求してくるルチアナとリーザ。
その横で、「腰が……私の月人君グッズが……」と咽び泣きながらカッパ巻きをかじる魔王ラスティア。
前世の三ツ星フレンチの厨房では、決して見ることのできなかった光景だ。
神も、魔王も、配信者も、詐欺師も。どんな規格外の連中がやって来ようが、最後は『美味い飯』と『ロジック(原価計算)』が全てをねじ伏せる。
「ほらよ、中トロの炙りだ。食ったらお前ら、明日は早朝から畑で太陽芋の収穫の手伝いだからな。タダ飯はないと思え」
「ええーっ!? 神様をこき使う気!?」
「もやし生活に戻りてぇなら、いつでも言っていいぞ」
俺の言葉に、ルチアナとリーザは首をちぎれるほど横に振り、慌てて中トロに噛み付いた。
ポポロ・コーポの夜は更けていく。
くだらない詐欺ビジネスも、魔王城のプロレス興行も、全てはこの小さな村の騒がしい日常の胃袋の中へと消化されていった。
明日はどんな厄介事が降ってくるかは分からないが――まぁ、美味い飯さえ作れれば、大抵のことはなんとかなるだろう。俺は小さく笑いながら、新しいマグローザの柵に包丁を入れた。
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