EP 39
第338話 幻の懸賞金一億円と、マグローザ漁船行き片道切符
「ひっ……ひぃぃぃぃぃっ……!」
アバロン魔王城のエントランス付近。
崩れ落ちた瓦礫の陰に隠れながら、純白のスーツを泥と冷や汗でドロドロにした男――円城寺明は、ガチガチと歯を鳴らしながら後ずさっていた。
彼の視線の先にある魔導スクリーンの映像(キュララの生配信)には、絶対に討伐不可能であるはずの魔王ラスティアが、芋ジャージの女神にテキサスクローバーホールドを極められ、涙と鼻水まみれでタップアウトしている姿が映し出されていた。
(終わった……俺の完璧なビジネスモデルが、完全に崩壊した……っ!)
円城寺のネズミ講(ADP)は、「絶対に勝てない魔王」という絶対的な前提があってこそ成立する詐欺だった。
魔王が参加者を追い返し、円城寺が「惜しかった! 次こそは!」と煽って再エントリーさせる。その無限ループで金を吸い上げるはずだったのだ。
まさか、借金と空腹で理性を失った神と人魚が、物理的なプロレス技で魔王を屈服させるなど、どのビジネス書にも書かれていなかった。
「に、逃げよう……。幸い、集めた参加費の残りは、まだドンガン地下帝国の裏口座に……」
円城寺がボストンバッグを抱え、這いつくばるようにして城の出口へ向かおうとした、その瞬間である。
ドンッ。
彼の目の前に、白銀の巨大な壁がそびえ立った。
いや、壁ではない。それは、逃げ道を完全に封鎖するように立ち塞がった騎士クラウスの愛盾【アイギス・タワー】であった。
「……どこへ行くつもりだ、詐欺師殿。貴様のステージは、まだ終わっていないだろう?」
「あ、あわわわっ……」
腰を抜かして尻餅をつく円城寺。
そのクラウスの背後から、氷結のロングソードを肩に担いだ黒髪の少年――リアン・クラインが、足音もなく歩み寄ってきた。
「よう、白スーツ」
リアンの声は、氷点下の吹雪よりも冷たかった。
円城寺は反射的に【熱狂空間】のスキルを発動しようとしたが、極限の恐怖で喉が引きつり、声すらまともに出ない。
「リアン、様……! お、お待ちください! これは誤解で……」
「誤解も何もねぇよ。お前の書いたこの『契約書』は、一切の偽造もない本物だろ?」
リアンは、ルチアナたちが持ち帰っていたADPのペラペラの契約書(ブレイブ会員規約)を、円城寺の目の前に突きつけた。
そこには、誇大広告を通り越した決定的な一文が、デカデカと記されている。
『魔王ラスティアを討伐した暁には、報酬として金貨一万枚(一億円)を即日キャッシュで支払うことを約束する』
リアンは、契約書の文字を指の腹でトントンと叩いた。
「おい。お前の目の前で、うちのアパートの住人が魔王を倒したぞ。プロレス技で完全タップアウト(降参)だ。文句のつけようがねぇ、圧倒的な勝利だな」
「えっ……?」
「契約通り、今すぐここで報酬の一億円(金貨一万枚)を払ってもらおうか。現金一括でな」
「…………は?」
円城寺の脳がフリーズした。
一億円。そんな大金、最初から払う気など微塵もない。そもそも、集めた参加費の三割は魔王の推し活費に消え、残りの大半も自分の豪遊と火原たちへの経費で消えかけているのだ。手元に一億円のキャッシュなどあるはずがない。
「ま、待ってください! あ、あれは討伐じゃありません! ただの暴力行為で……!」
「うるせぇ。タップしたんだから討伐完了だ」
リアンが、氷の刃を円城寺の首筋にピタリと当てた。チリッ、と冷気が皮膚を焼き、円城寺の喉仏が上下に動く。
「払えねぇとは言わせねぇぞ。お前、さっきのステージで『資本と数のシナジーで必ず一億円を掴める!』って、大勢のカモの前で豪語してたよな? 主催者のお前が、まさか報酬のプール金も用意せずに詐欺をやってたなんて言わねぇよな?」
完全なるロジックの罠。
払えば一億円の損失(そんな金はない)。払えなければ詐欺を自白したことになり、数千人の暴徒の餌食になる。
「あ……あ、あ、ありませぇぇんっ!!」
首筋に当てられた氷の刃の恐怖と、完全な論破を前に、ついに円城寺の心がへし折れた。
彼はボロボロと涙と鼻水を流しながら、土下座の姿勢で泥に頭を擦り付けた。
「ご、ごめんなさい! 報酬なんて最初から用意してません! 全部ウソです! 私がネズミ講で巻き上げた金は、ほとんどラスティア様への上納金と、自分の高級スーツ代に消えましたぁぁっ!!」
「……言質、取ったぞ」
リアンがニヤリと笑う。
その一部始終もまた、上空でホバリングするキュララのドローンによって、全世界にバッチリ生配信されていた。
『代表、ガチ泣きで詐欺を自白www』
『一億円』
『セミナー講師の末路』
『リアン君の追い込み、完全にヤクザのそれ』
コメント欄の熱狂を背に、リアンは氷結のロングソードをスッと引いた。
そして、冷徹な裁判官のように、最後の判決(宣告)を下す。
「金がねぇなら、身体で払うしかねぇな。――ギルティ(有罪)。お前らは全員、マグローザ漁船行きだ」
「えっ……マ、マグローザ……漁船?」
円城寺が、聞き慣れない単語に顔を上げる。
「おおきに、リアンの旦那。あとの『回収』は、わいらゴルド商会とシーラン国の借金取りに任せとき」
背後の暗がりから、黄金の算盤をチャキッと鳴らしながら、ゴルドスマイル銀行支店長のニャングルが現れた。
その後ろには、真っ黒なスーツとサングラスに身を包んだ、筋骨隆々のオークやサメ顔の水棲獣人たち(取り立て屋)が、巨大な麻の網を持って控えていた。
「借金地獄に落ちたアホ共を、遠洋の蟹工船やマグローザ(超大型凶暴魚)の漁船にドナドナして、命懸けで稼がせる。……それが、わいら金融業界の最終的な『債権回収スキーム』や。お前らみたいな悪徳詐欺師には、ピッタリの末路やろ?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」
ニャングルが顎をしゃくると、黒服の取り立て屋たちの一斉に円城寺に襲いかかった。
「や、やめろ! 私を誰だと……私はADPの最高経営責任者だぞぉぉっ!」
「うるせえ! おとなしく簀巻きになりやがれ!」
円城寺はあっという間に荒縄で簀巻き(すまき)にされ、マグローザ漁船への片道切符を強制的に握らされた。
そして、その横には――。
「あべべべべっ! 離せ! 俺はただのコピー職人だぞ!」
「明さぁん! 話が違うじゃないですか明さぁん!」
事前にマンミア率いる自警団に捕縛され、同じように簀巻きにされていた火原と鮫島の姿があった。彼らもまた、詐欺の共犯として連行されてきたのだ。
「お前ら三人が騙し取った参加費は、マグローザ漁船の過酷な労働(時給換算・銅貨一枚)で、何十年かかってもキッチリ全額返済してもらうで。ほな、海に向かって出航や!」
「「「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 助けてぇぇぇぇぇっ!!」」」
円城寺、鮫島、火原の三馬鹿詐欺師トリオの絶叫が、アバロンの荒野に虚しく響き渡る。
彼らは黒服たちに担ぎ上げられ、二度と帰ることのできない絶海(シーラン国の荒海)へと、ドナドナのように連れ去られていった。
彼らが振りまいた「不労所得の夢」は、皮肉にも「究極の肉体労働(ブラック漁船)」という形で、彼ら自身の身をもって清算されることになったのである。
「……ふぅ。これで、村の空気を汚すゴミの掃除は完了だな」
リアンは、小さくなっていく簀巻きの男たちを見送りながら、小さく息を吐いた。
「見事な采配だ、リアン。これで騙された民たちも、少しは目が覚めるだろう」
クラウスが、満足げに頷く。
「あぁ。まぁ、うちのアパートのポンコツ共が一番目が覚めてねぇかもしれねぇけどな」
リアンが城の中を振り返ると、そこにはテキサスクローバーホールドを解き、床に倒れ伏すラスティアの横で、「私の借金がチャラになりましたわーっ!」「これで寿司が食えるわーっ!」と狂喜乱舞しているルチアナとリーザの姿があった。
「ったく。……帰るぞ、クラウス。腹ペコの馬鹿共が待ってる。今夜は、ポポロ亭で特上の寿司握りパーティーだ」
リアンのその言葉に、クラウスの顔もパァッとほころんだ。
詐欺師の暗躍も、魔王のプロレス興行も、全ては終わった。後に残るのは、ポポロ村の騒がしくも温かい日常と、極上の美味い飯だけである。
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