EP 35
魔王討伐ツアー出発! 絶望の最前線肉壁
アバロン魔皇国、最深部。
空は淀んだ紫色に染まり、大地からは濃密な魔瘴気が立ち上る絶望の荒野。その中央に、天を衝くほどの巨大な漆黒の城がそびえ立っていた。
城の周囲には高レベルの魔獣たちが闊歩し、上空には数匹の魔炎竜が旋回している。通常であれば、Sランク冒険者のフルパーティですら足を踏み入れることを躊躇う、大陸最悪の死地――魔王城である。
しかし今日、その魔王城の正門前に広がる荒野は、異様な熱気と歓声に包まれていた。
「いいですか皆さん! 目の前にあるのはただの城ではありません! あれは、皆さんの『一億円(金貨一万枚)』が眠る巨大な金庫です!」
城から数キロ離れた、絶対に魔王の攻撃が届かないであろう安全圏(最後尾)。
そこに急造された特設ステージの上で、純白のスーツを着た円城寺明が、魔導メガホンを片手に絶叫していた。
「恐怖というマインドブロックを外してください! 資本と数の『シナジー』が集結した今、我々ADPに不可能はありません! 歴史を変えるのは、いつだってリスクを取って『コミット』した者だけなのです!」
円城寺の放つ【熱狂空間】の魔力が、荒野を埋め尽くす約三千人の『ブレイブ会員(一般カモ)』たちの脳髄を激しく揺さぶる。
参加費十万円を支払い、火原製の『厚紙の聖剣』と鮫島製の『偽装ステータス鑑定書』を握りしめた底辺冒険者や一般市民たちは、完全に痛覚と恐怖を麻痺させられ、目をバキバキに血走らせていた。
「「「うおおおおおおっ! 魔王を倒すぞぉぉぉっ!!」」」
「「「一億円! 一億円! タワマン! 不労所得!!」」」
理性を失った三千人の怒号が、荒野を揺るがす。
その異様な熱狂の最前列。いつでも一番に突撃できるように、クラウチングスタートの構えを取っている二人の女がいた。
「見える! 私には見えるわリーザ! あの城の頂上に、月人君の等身大純金フィギュアが輝いているのが!」
「見えますわルチアナ様! 城の扉が、特大トリプル・チーズイン・ハンバーグに見えてきましたのーっ!」
ボロボロの芋ジャージ姿のまま、厚紙の聖剣を振りかざすルチアナとリーザである。
神と人魚としての高貴なプライドはすでに塵と化し、彼女たちの脳内は「一番乗りで魔王の首(と一億円)を獲る」という強欲だけで満たされていた。
そのすぐ真後ろでは、場違いなほど優雅な光景が広がっていた。
「あらあら、とっても賑やかなピクニックですわね。皆様、サンドイッチはいかがですか?」
世界樹の巫女、ルナ・シンフォニアである。
彼女は絶望の荒野のど真ん中に可愛らしいチェック柄のレジャーシートを広げ、エルフの魔力で生成した特製フルーツサンドとハーブティーを並べていた。彼女にとって、ここは世界平和のための楽しい遠足会場でしかないのだ。
そして、そのピクニックシートの横で、天界のトップ配信者キュララが、空中に数十台のカメラドローンを旋回させながら、エンジェルすまーとふぉんに向かって早口で実況を続けていた。
「はいはーい、全国のリスナーの皆さん、見えてますかっ☆ 今、私たちはアバロン魔皇国の魔王城前に来ていまーす! 画面奥に見えるのが本物の魔王城! そして目の前にいるのが、参加費十万を払って厚紙の剣を持たされた、哀れな養分の皆さんでーす!」
キュララの配信画面(コメント欄)は、すでに尋常ではない速度で滝のように流れていた。
『草』
『これ絶対死ぬやつwww』
『主催者めっちゃ後ろにいて草』
『あの剣、タローマートの段ボールじゃね?』
『ルチアナ様とリーザちゃん何やってんのwww』
「そうなんです! 私たちのルチアナ様も、完全にネズミ講の洗脳に落ちちゃってまーす! さてさて、この烏合の衆が魔王相手に何秒で全滅するのか! 皆さん、最後まで瞬き厳禁ですよっ☆」
キュララは、自分が安全な空中にいつでも退避できるように背中の翼を羽ばたかせながら、ゲスい笑顔でカメラにウインクをキメた。
圧倒的な絶望(魔王城)と、圧倒的な狂気(ネズミ講)。
その二つが正面衝突しようとする地獄絵図を、魔王城のバルコニーから見下ろしている者がいた。
「……あーあ。また来たわね、月イチ恒例の『集団肉壁ツアー』」
漆黒の玉座に深く腰掛け、ルナミス帝国特産の『コンソメパンチ味ポテトチップス』をパリパリと齧っているのは、永遠の17歳(自称)にしてアバロンの絶対的支配者、魔王ラスティアであった。
彼女は、はるか眼下に群がる数千のブレイブ会員たちを、まるで羽虫でも見るかのような退屈そうな目で見つめていた。傍らには、よく冷えたコーラがグラスに注がれている。
「えーっと、今日の参加者はざっと三千人ってところかしら。参加費が一人金貨十枚だから、総売上は金貨三万枚。で、事前の裏契約(密約)通り、円城寺のヤツから私の裏口座に30%のキックバックが入るから……」
ラスティアは、ポテチの塩がついた指をペロリと舐め、空中で暗算をした。
「うんっ、金貨九千枚(約九千万円)の不労所得ね! これだけあれば、月人君の次のシングルのCD、特典コンプリートのためにトラック一台分買ってもお釣りが来るわぁ♡」
魔王の頬が、だらしなく緩む。
この討伐ツアーは、円城寺とラスティアが結託した完全な『八百長プロレス興行』である。
参加者がどれだけ熱狂しようが、どれだけ厚紙の剣を振り回そうが、最初から勝敗は決まっているのだ。
「さてと。あの白スーツの詐欺師も、後方でいい感じに煽ってるみたいだし。そろそろ『魔王の絶望』を演出して、サクッと追い返してあげますか」
ラスティアは、コーラを一口飲んで喉を潤すと、玉座からゆっくりと立ち上がった。
そして、眼下の荒野に向かって、その圧倒的な魔王の覇気を一気に解放した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!
紫色の空が割れ、魔王城の周囲の空間そのものが歪み始める。
次元を切り裂く魔王剣すら抜くまでもない。彼女がただそこに立ち、魔力を練り上げるだけで、大気が震え、ブレイブ会員たちの足元に凄まじい重圧がのしかかった。
『さぁ! 行きなさい、未来の成功者たちよ!! 魔王の首を獲って、一億円をその手に掴むのです!!』
後方の安全地帯から、円城寺のメガホンが響き渡る。
「「「うおおおおおおおおっ!! 突撃ぃぃぃぃぃっ!!」」」
「チーズインハンバーグぅぅぅっ!!」
「VIP席ぃぃぃっ!!」
【熱狂空間】に背中を押された三千人の肉壁が、一斉に魔王城の正門へと雪崩れ込んでいく。
厚紙の剣が空を切り、偽装されたステータス画面が虚しく宙に浮かぶ。
キュララのドローンが、その狂気の突撃を特等席で生配信し続ける。
「ふふっ。相変わらず、バカばっかり」
ラスティアは、バルコニーの手すりに肘をつき、迫り来る三千人の波に向かって、気だるそうに右手を掲げた。
親指と中指をすり合わせる。
ただの一撃で、全員の心と骨を(殺さない程度に)へし折る、広域重力魔法『グラビティ・フォール』。
パチンッ。
魔王の指が鳴らされた瞬間、荒野の重力が狂い、絶望の茶番劇が幕を開けた。
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