EP 33
借金契約と、寮母長の原価計算
「……アホか。お前ら、自分の言うとることがどんだけ狂っとるか分かっとるんか?」
ゴルドスマイル銀行・ポポロ村支店の窓口。
黄金の算盤を弾く手を止め、支店長のニャングルはキセルを咥えたまま、深いため息をついた。
「狂ってなんていませんわ! 私たちは『魔王討伐クラウドファンディング』に自己投資して、自由と一億円(金貨一万枚)を掴み取るんですの! だから、今すぐブレイブ会員の参加費、金貨十枚を融資してくださいませ!」
「そうよ! 仲間を三人紹介すれば実質タダになるんだから、絶対に損はしない完璧なビジネスモデルなのよ! 早く金貸しなさい!」
カウンターから身を乗り出し、血走った目でニャングルに詰め寄るのは、完全に【熱狂空間】の洗脳下にあるルチアナとリーザだ。
ニャングルは呆れ果てた目で二人を見下ろした。
「あのなぁ……『三人紹介すればタダ』『参加費のキックバック』……それ、金融業界じゃ一発でパクられる完全な『ポンジ・スキーム(ネズミ講)』やで。大体、魔王を倒す言うてもな、その魔王、さっきまでポポロ亭で追加のすき焼き肉食うとったやないか」
「あれは世を忍ぶ仮の姿ですわ! 私たちが圧倒的な資本と数のシナジーで、彼女の真の野望を打ち砕くんですの!」
「もういいから! ニャングルが貸してくれないなら、リリスのエンジェルすまーとふぉんを質に入れてでも他で借りるわよ!」
「あー、もう分かった、分かったから! 違法業者(ヤミ金)に行かれるよりマシや。その代わり、担保はお前らの『ポポロ亭での向こう一年間のタダ働き』やで。リアンの旦那の飯代と相殺や」
ニャングルが書類に判を押すと、二人はひったくるように金貨が入った革袋を受け取り、奇声を上げながら特設テントへと猛ダッシュで戻っていった。
(……まぁ、リアンの旦那が黙っとるわけないやろ。わいは高みの見物といかせてもらうで)
◆
「おめでとうございます! 今日からお二人は、夢を掴む『ブレイブ会員』です!」
特設テントの裏口。白スーツの円城寺の横で、ニッカポッカ姿の火原と、青スーツの鮫島がニヤニヤしながら『スターターキット』の箱をルチアナたちに手渡した。
「これが、私たちを成功に導くアイテム……!」
箱を開けたルチアナとリーザの目に、眩いばかりのアイテムが飛び込んできた。
白銀に輝く『伝説の聖剣』。
そして、羊皮紙に書かれた『マインドセット教本・自由への翼』と、黄金の文字で記された『神殺しのステータス鑑定書』だ。
「す、すごいですわルチアナ様! 鑑定書のステータスに『攻撃力+99999』と書いてありますの! これなら魔王なんて一撃ですわ!」
「やっぱり円城寺さんの言った通りね! 圧倒的な『資本』の力が、この最強装備を生み出したのよ!」
彼女たちは気づいていない。
その聖剣が、火原の【劣化コピー】で作られた「厚紙に銀ペンキを塗っただけのゴミ(原価一銅貨)」であり、鑑定書は鮫島の【ステータス偽装】による「48時間で消えるペテン(原価ゼロ)」であることに。
「では、今日からマインドを成功者に切り替えてください。まずは身近な友人三人を、この圧倒的なビジョンに『コミット』させるのです!」
「「はいっ! コミットします!!」」
円城寺の胡散臭いビジネス用語に、二人は軍隊のように敬礼し、意気揚々とポポロ・コーポへと帰還した。
◆
「ただいま戻りましたわーっ! 今日から私たちは、雇われ(ラットレース)を抜け出したエグゼクティブですの!」
バンッ!とポポロ・コーポの食堂のドアを蹴り開け、ルチアナとリーザが凱旋した。
厨房で夕飯の仕込み(大根の桂剥き)をしていたリアンは、二人の異常なテンションと、ルチアナが腰に提げている「銀色のペラペラな剣」を見て、スッと包丁を置いた。
「……なんだお前ら。また変な宗教にでも入ったのか」
「宗教じゃないわよ、リアン君。私たちは『アバロン・ドリーム・プロジェクト』のブレイブ会員になったの! 資本の力で魔王を倒して、一億円を手に入れるのよ!」
ルチアナが胸を張り、腰の聖剣(厚紙)をドヤ顔で見せつける。
「魔王を倒す? お前、一時間前までラスティアの隣ですき焼きの匂い嗅ぎながらもやし食ってたの忘れたのか」
「あれは仮の姿ですわ! 私たちには、この『攻撃力+99999』の聖剣がありますの!」
リーザが、自慢げに鮫島の偽装ステータス鑑定書をリアンの目の前に突き出した。
「攻撃力99999ねぇ……」
リアンは無表情のまま、ルチアナの腰にある『伝説の聖剣』の刃を指先で軽く弾いた。
パキィッ。
「あ」
「えっ」
乾いた音とともに、伝説の聖剣の刃は、リアンのデコピン一発でポッキリと真っ二つに折れ、床に虚しく転がった。断面からは、銀ペンキの下のチープな厚紙の層が丸見えになっている。
「…………」
「あ……ああ……私たちの、伝説の聖剣が……っ!」
「いい加減にしろ、ドアホ共」
リアンは、深い深いため息をつくと、厨房の奥からガラガラと『キャスター付きの大型ホワイトボード』を食堂の中央に引っ張り出してきた。そして、黒の魔導マーカーを手に取り、ものすごいスピードで図表と数字を書き殴り始めた。
「お前らのその腐った脳みそに、現実を叩き込んでやる。よく見ろ」
リアンがマーカーでボードを叩く。
そこには、完璧な『ピラミッド型の組織図』と、『損益分岐点グラフ』が描かれていた。
「お前らが払った参加費は金貨十枚(約10万円)。そして、この折れた厚紙の剣の原価は、高く見積もっても銅貨一枚(約100円)だ。マインドセット教本とかいう薄っぺらい紙切れを合わせても、原価率は『0.1%以下』。つまり、お前らが払った金の99.9%は、胴元の白スーツの野郎の懐に入る中抜き(利益)だ」
「ち、違いますわ! 仲間を三人紹介すれば、キックバックで参加費が――」
「そこが完全な破綻ロジック(ネズミ講)だと言ってんだよ!」
リアンは、ピラミッドの階層をマーカーで指し示した。
「お前らが三人勧誘する。その三人がまた三人勧誘する。3、9、27、81……と増えていくわけだ。いいか? この計算でいけば、たった『21世代目』で、必要な勧誘人数は百億人を超える。つまり、このアナステシア世界の大陸中の人間、獣人、エルフ、魔族を全員勧誘しても、途中で物理的にカモが尽きて、下層の連中が全員借金を背負って破滅するシステムなんだよ!」
リアンの前世で培った、冷徹なまでの経営・原価計算の論破。
しかし。
【熱狂空間】に脳を完全に破壊されている二人に、その真っ当なロジックは微塵も届いていなかった。
「……ふふっ。可哀想に」
ルチアナが、折れた聖剣を大事そうに抱き抱えながら、リアンに向かって哀れみの視線を向けた。
「リアン君……あなた、数字に囚われすぎて、一番大切な『マインド』が見えていないのね」
「そうですわ。原価がどうとか、人口がどうとか……そんな古いパラダイムに縛られているから、あなたはいつまでも食堂の雇われ寮母長から抜け出せないんですの」
「……は?」
リアンのこめかみに、特大の青筋が浮かんだ。
「この剣が物理的に厚紙だろうと関係ないの。大切なのは、成功者の『シナジー』と『コミットメント』が込められていることよ! 私たちの魂のバイブレーションが高まれば、厚紙だって魔王を斬り裂く光の剣になるんだから!」
「その通りですわ! リアン様は、夢を持てない可哀想な人ですの。私たちはもう、次のステージ(不労所得)へ向かいますわ!」
二人は腕を組み、勝ち誇ったようなドヤ顔でリアンに背を向けた。
「さぁリーザ! 私たちの圧倒的なビジョンをシェアするために、まずは村の連中を勧誘しに行くわよ! ターゲットは……そうね、お金を持ってそうなルナと、配信でバズりたがってるキュララあたりね!」
「完璧なマーケティング戦略ですわ! 行きましょう、ルチアナ社長!」
バタンッ!
熱狂に浮かされた二人は、折れた剣とペラペラの教本を握りしめ、新たなカモを探すために再びポポロ村へと飛び出していった。
「…………」
静まり返った食堂。
リアンは無言のまま、ホワイトボードの横にあったルナミス新聞を手に取った。
そして、それを極限まで硬く丸め、ガムテープでぐるぐると巻き、最強の『特製新聞紙ハリセン』を錬成する。
「……シナジーだ? コミットだ?」
リアンから立ち上る底冷えするような殺気に、厨房の裏でタマネギを剥いていた手伝いの農家のおばちゃんたちが、ヒィッと息を呑んで震え上がった。
「あの白スーツのペテン師……うちのポンコツの脳みそを完全に腐らせやがったな。……原価率0.1%の詐欺ビジネス、俺の包丁で根元から解体してやる」
ポポロ村の最恐寮母長が、静かにキレた。
理不尽な魔王と悪徳詐欺師が仕組んだ最低の茶番劇に、いよいよ「現実と暴力」の鉄槌が下されようとしていた。
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