EP 32
白スーツのカリスマと、熱狂の魔王討伐セミナー
『皆さん! 毎日毎日、泥水すすってダンジョンに潜って、ゴブリンを狩って銀貨数枚の稼ぎ。……そんな雇われ冒険者で、本当にご自身の人生、満足ですかァ!?』
拡声の魔導具を通じて響き渡る、やたらと滑舌の良い、そして自信に満ち溢れた男の声。
すき焼きの匂いと魔王ラスティアの不労所得自慢に発狂し、ポポロ・コーポを飛び出したルチアナとリーザは、村の広場に設営された巨大な特設テントの前でピタリと足を止めた。
テントの入り口には、極彩色のノボリが何本も立てられている。
そこには、金欠の二人の脳天を直接殴りつけるような、あまりにも甘美で暴力的なキャッチコピーが踊っていた。
【完全保証! リスクはたったの金貨10枚(約10万円)!】
【仲間を3人紹介すれば参加費実質タダ! 不労所得へのパスポート!】
【目指せ金貨1万枚(約1億円)! 究極の魔王討伐クラウドファンディング!】
「き、金貨……一万枚……ッ!?」
「参加費タダ……不労所得……一億円……ッ!!」
もやし炒め定食で胃袋を誤魔化してきた二人の飢餓感に、そのテキストは劇毒のように染み込んだ。
二人は顔を見合わせると、吸い寄せられるように、熱気に包まれたテントの中へと足を踏み入れた。
特設テントの内部は、異世界ファンタジーの農村とは完全に切り離された『異様な空間』だった。
薄暗い会場。ステージ上を照らす強烈な魔導スポットライト。そして、パイプ椅子にぎっしりと座り、ステージ上の人物を食い入るように見つめる数百人の貧乏冒険者たち。
ステージの中央でスポットライトを一身に浴びているのは、異界(地球)のビジネス街からそのまま抜け出してきたような男だった。
完璧にセットされたツーブロックの髪型。
生地から特注された純白のスーツに、ピンクのシルクネクタイ。胸ポケットには真紅のバラのチーフ。
片手には高級ワイングラス(中身はただのブドウジュース)を持ち、ニヤリと笑うたびに、不自然なほど真っ白なセラミックの歯がキラリと光る。
「自己紹介が遅れました。私は『アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP)』の代表最高経営責任者、円城寺明です」
円城寺がワイングラスを傾けると、会場から「オオォォォッ!」というどよめきが上がる。
「皆さんに質問です。なぜ、冒険者は常に命の危険に晒されながら、貧しいままなのか? 答えは簡単。皆さんが『個人の力』で戦っているからです。……ビジネスも討伐も、本質は同じ。一人で無理なら、圧倒的な『資本』と『数』のシナジーを生み出せばいい!」
円城寺は、背後の巨大な黒板(ホワイトボードの代わり)をビシッと指差した。
「我々ADPは、全大陸の有志から少額の資金を募る『クラウドファンディング型討伐ギルド』です! ターゲットはただ一人。あのアバロン魔皇国のトップ……魔王ラスティア!!」
「「「うおおおおぉぉぉぉっ!!」」」
観客の冒険者たちが拳を突き上げる。
本来なら、「魔王を討伐する」などという言葉を聞けば、正気を疑うのが普通だ。相手は次元を切り裂く魔王剣を振るい、ブラックホールを操る規格外のバケモノである。レベル十や二十の冒険者が何万人集まろうが、指パッチン一つで消し炭にされる。
ましてや、ルチアナとリーザは、その魔王ラスティア本人が、つい先ほどまで隣の席で「すき焼きの追加肉」を注文していたのを直接見ているのだ。
普通に考えれば、「あいつを素人の集団で倒せるわけがない」と気づくはずだった。
――だが、円城寺はただの胡散臭い詐欺師ではない。
彼は、前世の日本で数十億円規模のマルチ商法グループを率い、数多の人間を破滅に追い込んだカリスマトップリーダーであり、この世界で極悪なユニークスキルを開花させた男なのだ。
「皆さん……今の自分のままでいいんですか? 今、ここで一歩を踏み出さなければ、一生負け犬のままですよ!」
円城寺が両手を広げた瞬間。
彼の全身から、目に見えない金色の微粒子――ユニークスキル【熱狂空間】が、会場全体に向かって放射された。
それは、円城寺の言葉を聞いた者の『批判的思考力』を強制的に麻痺させ、集団心理による異常な高揚感と根拠のない全能感を植え付ける、極めてタチの悪い精神干渉スキルであった。
「あ……ああ……っ」
スキルを浴びた瞬間、ルチアナとリーザの脳内に残っていた、わずかばかりの「常識」や「警戒心」が、春の雪のようにドロドロと溶け落ちていった。
(魔王ラスティアを倒す? できないわけないわ……! だって、私にはこの円城寺さんっていう、圧倒的な成功者がついてるんだもの!)
ルチアナの瞳孔が開き、呼吸が荒くなる。
(金貨一万枚……! 一億円! 仲間を三人紹介すれば、私の参加費はタダになって、永遠に権利収入が入ってくる……! 完璧なビジネスモデルですわ!)
リーザも、両手を握りしめ、お賽銭箱型掃除機をガタガタと震わせている。
「参加費用は、たったの金貨十枚! この『ブレイブ会員』のパッケージを購入すれば、伝説の聖剣と、神殺しのステータス鑑定書が授与されます! もちろん、お友達を三人紹介してくだされば、あなたは『シルバー会員』に昇格し、参加費は実質無料できます!」
円城寺は、ワイングラスを天に掲げ、白く輝く歯を見せつけて絶叫した。
「夢を掴む覚悟はありますか!? リスクを取らないことこそが、最大の人生のリスクです! 今すぐ決断し、行動する者だけが、一億円の自由と栄光を手に入れられるのです!!」
『熱狂空間』の魔力が最高潮に達する。
貧乏冒険者たちの脳は完全に破壊され、「借金してでも今すぐ参加しなければ、人生の敗北者になる」という強迫観念と、「俺たちなら魔王だって倒せる!」という無敵の錯覚に支配された。
「「「うおおおおおおおおっ!! やるぅぅぅっ!!」」」
会場の数百人が一斉に立ち上がり、狂ったように拍手喝采を送る。
その熱狂の渦の最前列で、誰よりも高く飛び上がり、誰よりも真っ赤に目を血走らせてスタンディングオベーションをしている二人の女がいた。
「素晴らしいわ! 完璧なロジックよ! 私、参加する! 絶対に魔王をぶっ飛ばして、一億円で月人君のDVDを布教用に一万枚買うわぁぁぁっ!!」
「天才ですわ円城寺社長! ついていきますわーっ! これで一生、トリプル・チーズイン・ハンバーグが食べ放題ですのぉぉぉっ!!」
ルチアナとリーザは、完全にネズミ講の洗脳に落ちていた。
いや、彼女たちの果てしない強欲が、円城寺のスキルと悪魔的なシナジーを引き起こし、自ら進んで鴨鍋のネギになろうとしていたのだ。
「フフッ……素晴らしい決断です。未来の成功者たちよ。では、お申し込みはあちらの受付テントへどうぞ」
円城寺は、ステージ上から熱狂する底辺の群れを見下ろし、極上のワイン(ぶどうジュース)を喉に流し込んだ。
(チョロい。異世界の土人どもは、本当にチョロすぎる。たった十万の参加費で、魔王が倒せるわけねぇだろ。集まった金は全部、俺とラスティア様で山分けして、適当に城の前で吹き飛ばされて終わりだ)
彼らは知らなかった。
この後、熱狂に浮かされた神と人魚が、借金を背負ってアパートに帰還した直後。
彼女たちを待ち受けているのが、一切の精神干渉を受け付けず、原価計算と財務諸表を完璧に理解する『最恐の寮母長』による、徹底的な冷水(論破)の洗礼であることを。
読んでいただきありがとうございます。
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