EP 31
もやしとすき焼き、魔王の笑えない小遣い稼ぎ
ジュウウウウウゥゥゥゥッ!!
ポポロ・コーポの一階、共有食堂(通称・ポポロ亭)。
厨房から響き渡る高火力魔導コンロの音と、鉄鍋で炒められる野菜の香ばしい匂いが、今日の昼下がりの平和(と貧困)を告げていた。
「はい、もやし炒め定食一丁。もやしはポポロ村の地下水で育った特大サイズ、味付けは塩コショウと少量の醤油草だ。ご飯は特別に大盛りにしておいたぞ」
ドンッ、と無造作にテーブルに置かれたのは、純白のどんぶり飯と、山のように盛られたもやし炒め。そして申し訳程度のワカメスープだった。
肉はない。完全なる原価率重視、金欠極まる月末のためのサバイバルメニューである。
「「いただきます……」」
テーブルに向かい合って座る二人の女性――天界の最高責任者である女神ルチアナと、シーラン国の王女にして地下アイドル人魚のリーザが、死んだ魚のような目で箸を取った。
「……シャキシャキね。リアン君の絶妙な火入れのおかげで、もやし特有の青臭さが完全に消えて、香ばしさが引き立ってるわ……」
「ええ……塩加減も絶妙で、お米が無限に進みますの……。さすがはリアン様の腕前ですわ……」
二人はもぐもぐと咀嚼しながら、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「でもね……違うのよ! 私が食べたいのはこんな植物の茎じゃないのよぉぉっ! 寿司! お寿司が食いたいわ〜〜っ!!」
ルチアナが、お決まりの芋ジャージ姿でテーブルに突っ伏して叫ぶ。
エンジェルすまーとふぉんで推しのアイドル『朝倉月人』のグッズを爆買いし、ガチャで爆死し続けた結果、彼女の今月の残金は完全にマイナスに突入していた。
「もやしぃ……もやしぃ……くやしぃ……っ」
リーザも、空になった財布を握りしめながら呻くように呟いた。
地下アイドルとしての稼ぎは皆無。普段からパンの耳とゆで卵で食いつないでいる彼女にとって、もやし炒めすらご馳走のはずなのだが、悲しいかな、人間の欲望には際限がない。
「文句を言うな。お前らが出せる予算(銅貨三枚)で作れる、限界ギリギリのメニューだ。嫌なら外の畑でガーリッ君の草むしりでもして稼いでこい」
俺はエプロンで手を拭きながら、冷たく言い放つ。
「うぅぅ……リアン君のケチ! 鬼! 悪魔! 私だって神様なのに、どうしてこんな底辺みたいな生活を……」
ルチアナが涙声で抗議しようとした、その時だった。
――グツグツグツグツ……ッ。
食堂の空気が、一変した。
焦がし醤油ともやしのチープな匂いを完全に上書きするように、暴力的なまでの『甘辛い匂い』が漂ってきたのだ。
最高級の魔牛の脂が溶け出す香り。
醤油草とハニーかぼちゃの蜜をブレンドした、極上の割り下が煮詰まる匂い。
「ふふっ……ちょうどいい煮え加減ね。やっぱりすき焼きは、お肉がほんのり桜色を残しているくらいが一番美味しいのよ」
ルチアナたちのすぐ隣のテーブル席。
そこには、永遠の17歳(自称)にしてアバロン魔皇国のトップ、魔王ラスティアが優雅に足を組み、一人用の高級鉄鍋をつついていた。
「なっ……」
ルチアナの箸が止まる。
ラスティアの鉄鍋の中では、美しい霜降りが描かれた『特選魔牛の極上ロース肉』が、ネギや豆腐、そしてマサカ茸などの高級食材と共にグツグツと煮込まれている。
ラスティアは、その極上肉を菜箸でそっと持ち上げると、黄金色に輝く『トライバードの特級卵』を溶いた小鉢にくぐらせた。
「ん〜〜っ♡ お口の中でお肉がとろけるわぁ! 卵の濃厚なコクと、割り下の甘みが絶妙なハーモニー! リアン君、この魔牛、とってもいい霜降りね。追加でお肉もう二皿お願いできるかしら?」
「へいへい。魔王様のツケで回しとくぜ」
俺はカウンターの奥から、あらかじめスライスしておいたA5ランク相当の魔牛肉の皿を差し出す。
その光景を目の当たりにしたルチアナとリーザの表情が、絶望から『純粋な殺意』へと変わった。
「ギギギ……ッ! ちょっと! ラスティア!」
ルチアナが、もやしを口の端にくっつけたまま、立ち上がってテーブルを叩いた。
「あんた何でそんな美味しい物を食べてんの!? 先週、月人君のドームツアーのVIP席を全通するために、アバロンの国庫を横領してルーベンスに激怒されてたばっかりでしょ! なんでそんなに金回りいいのよ!」
「あぁ……この匂い、暴力ですわ……くやしぃ……お腹が鳴りますのぉぉっ!」
リーザが、すき焼きの鍋から立ち上る湯気を必死に鼻から吸い込みながら、よだれを滝のように流す。
ラスティアは、溶き卵がたっぷり絡んだ二枚目の肉をパクリと平らげ、余裕の笑みで口元をナプキンで拭った。
「あら。文句があるならリアン君に言いなさいな。私は正規の料金(金貨)を払って、真っ当なサービスを受けているだけよ」
「だから! その金貨の出処を聞いてんのよ! あんた、また魔皇国の予算をちょろまかしたわね!?」
「失礼ね。国の予算には一切手をつけてないわよ。ルーベンスの監視が厳しくて、最近は軍事費も動かせないんだから」
ラスティアは、ふんわりとしたため息をつきながら、グラスに注がれた高級ワイン(エルフの涙)を一口傾けた。
「私のちょっとした『小遣い稼ぎ』が、思いのほか上手く行ってねぇ。おかげで月人君の冬の遠征費用も、グッズの無限回収の資金も、全部余裕で賄えちゃってるのよ。……悪いわね、ルチアナ。もやし炒め、シャキシャキして美味しそうじゃない♡」
「キイイイイイイイッ!!」
ルチアナが、ハンカチをギリギリと噛み千切らんばかりに悔しがる。
ラスティアの言葉に嘘はない。彼女は本当に、アバロンの国庫には手をつけていなかった。
(……ふふっ。まさか、私が裏ルートで『魔王討伐のクラウドファンディング』なんていうバカみたいな詐欺ビジネスの胴元と手を組んでるなんて、誰も思わないわよねぇ)
ラスティアは、心の中で真っ黒な笑い声を上げていた。
最近、大陸中で話題になっている『アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP)』。
参加費10万円を払えば、魔王討伐の暁に1億円が手に入るという、どう考えても胡散臭いネズミ講ビジネス。その主催者である白スーツの男(円城寺明)と、ラスティアは裏で完全に繋がっていたのだ。
『私が魔王城で適当に魔法を撃って、バカな参加者たちを追い返してあげる。その代わり、お前が集めた参加費の30%を、私の個人口座に振り込みなさい』
その極悪非道な密約により、ラスティアの懐には毎日、何もしなくても莫大なキックバック(不労所得)が転がり込んできているのである。
詐欺に引っかかった哀れな冒険者たちの血と涙の結晶が、目の前の霜降り肉と、アイドルへのスパチャに変換されているとは夢にも思わず、ルチアナとリーザはただただ経済格差の前に歯軋りをしていた。
「いいもん! 私だって、ちょっと本気出せば金貨の一万枚や二万枚、すぐに稼いでみせるんだから!」
「そうですわ! アイドルの底力、見せてやりますわーっ!」
二人は、残り少ないもやし炒めをヤケクソのように白飯と一緒にかき込むと、空になったどんぶりをテーブルに叩きつけた。
「ごちそうさまリアン君! ツケといて!」
「もやし代くらいその場で払えバカ!」
俺の怒声も虚しく、二人は嵐のようにポポロ・コーポの食堂を飛び出していった。
金と肉(すき焼き)の恨みで完全に冷静な判断力を失った神と人魚が、この後、ポポロ村の広場に設営された『白スーツの男の詐欺セミナー』へと吸い込まれていく運命にあることを、この時の俺はまだ知らなかった。
「……あいつら、絶対ろくなことにならねぇな」
俺が呆れて呟くと、ラスティアは「おかわり、しらたきと焼き豆腐も追加で♡」と、楽しそうに笑うのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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