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EP 30

 終わりの寿司宴会と、魔王の不労所得

シュッ、トントントン……。

ポポロ・コーポの食堂に、小気味良い包丁の音が響き渡る。

「はいお待ち。近海で獲れたマグローザの赤身、サーモン、それから自家製出汁巻き玉子の握りだ」

俺は、氷魔法でキンキンに冷やした特製の石板(まな板代わり)の上で、手際よく寿司を握っては、カウンター越しに大皿へと並べていく。

新鮮な魚介と、ポポロ村特産の『米麦草』を少し硬めに炊き上げ、赤酢を効かせたシャリ。前世で培ったフレンチの技術と、異世界の魔法(鮮度保持)が融合した、リアン・クライン特製の『魔導握り寿司』である。

「うおおおっ! なんやこれ、口の中でとろけるで! リアンの旦那、エエ腕しとるわ!」

「美味しいです! これならいくらでも食べられちゃいますね!」

「うむ、魚の生食という文化は最初は戸惑ったが……このシャリの酸味と魚の脂の調和、見事としか言いようがない」

カウンター席では、仕事を終えたニャングル、村長のキャルル、そして騎士のクラウスが、次々と寿司を口に運んでは歓喜の声を上げていた。

詐欺師コンビを物理で粉砕し、村の平和(と財源)を守り抜いた彼らのための、盛大な慰労宴会である。

しかし。

その華やかな宴の輪から外れ、食堂の隅っこのテーブル席で、どんよりとした暗黒のオーラを放ちながらちまちまと食事をしている二つの影があった。

「……うぅっ、カッパ巻き、シャキシャキして美味しいですわ……パンの耳より、ずっと美味しいですの……」

「涙で……涙で塩分が足されて、ちょうどいい味付けになってるわね……ひぐっ」

ボロボロの芋ジャージ姿のまま、頭に巨大なタンコブを作り、頬に『安全靴の靴底の跡』をくっきりと残しているルチアナとリーザであった。

彼女たちの前にあるのは、キュウリとシャリと海苔だけで構成された、究極の低コスト寿司『カッパ巻き』の山である。

詐欺師に騙されてゴミ壺を買わされ、トイチの借金を背負い、最後は火事場泥棒を企てて村長(キャルル)のシャイニング・ウィザードを顔面に食らうという、自業自得のフルコースを味わった二人の末路だった。

(なお、鮫島の借用書自体はニャングルがゴルド商会の権限で『無効(紙クズ)』にしてくれたため、借金地獄だけは免れている)

「なんで……なんでこんなことになっちゃったのよぉ……」

ルチアナが、カッパ巻きをかじりながら恨めしそうに食堂を見渡す。

「私の……月人君のVIPチケット……不労所得……」

「私の、トリプル・チーズイン・ハンバーグ……毎月金貨100枚の夢……っ」

二人が絶望のどん底でカッパ巻きの咀嚼音を響かせている、そのすぐ隣のVIP席(上座)。

そこには、この世の全ての富と贅沢を独占しているかのような、圧倒的なセレブオーラを放つ女性が座っていた。

「ん〜〜っ♡ このマグローザの大トロ、最高ね! 舌の上に乗せた瞬間、上質な脂が雪のように溶けていくわ……! リアン君、大トロの炙りと、生ウニの軍艦巻きを三貫ずつ追加でお願いするわね!」

「へいへい。毎度あり」

アバロン魔皇国のトップにして、永遠の17歳(自称)。魔王ラスティアである。

彼女は、金箔が乗った最高級の大トロをパクパクと優雅に口に運び、グラスに注がれた高級シャンパン(エルフの涙)を美味そうに呷っている。そのテーブルの上には、食べ終えた高級寿司の皿が、すでにタワーのように積み上がっていた。

その理不尽なまでの格差を前に、ついにルチアナの堪忍袋の緒がブチッと音を立てて切れた。

「ちょ、ちょっとラスティア! あんた、さっきからどれだけ高いネタばっかり食べてんのよ!」

ルチアナが、顔面のタンコブを押さえながらテーブルをバンッ!と叩いて立ち上がる。

「大トロに生ウニ!? しかもシャンパンまで開けて! あんた、なんでそんなに金持ってんのよ! アバロンの軍事予算は先週の月人君の遠征費で使い果たしたって、ルーベンスが胃薬飲みながら泣いてたはずでしょ!」

ルチアナの悲痛な叫びに、食堂の空気が一瞬だけピリッとした。

だが、ラスティアはシャンパングラスをクルクルと回しながら、妖艶に、そして底意地悪く微笑んだ。

「あら、ルチアナ。昼間も言ったじゃない。本当に『たまたま』よ、た・ま・た・ま♡」

ラスティアは、グラスの縁を指でなぞりながら、ルチアナとリーザを見下ろした。

「あなたたち、壺なんか買って『不労所得』を夢見てたみたいだけど……甘いわね。本物の不労所得っていうのは、詐欺師(ヒハラたち)がチマチマ稼ぐような小銭のことじゃないのよ」

「……は?」

ルチアナが怪訝そうな顔をする。

「いい? 世の中にはね、需要と供給っていうシステムがあるの」

ラスティアは、大トロの炙りを箸でつまみながら、クスクスと笑った。

「例えば……アバロンの最深部の倉庫でホコリを被っていた、危険すぎて廃棄予定だった『型落ちの魔獣カプセル(S級キメラ)』。これを、闇ルートで欲しがっている犯罪組織(ナンバーズのスリー)に、こっそり横流ししてあげる。……たったそれだけで、国庫を通さない莫大な『裏金』が、私の個人口座にドンッ!と振り込まれるわけ」

「……えっ?」

ルチアナとリーザの動きが、完全にフリーズした。

リアンも、寿司を握る手をピタリと止めた。

「そ、それって……」

リーザが、震える声で尋ねる。

「ええ、そうよ♡」

ラスティアは、悪びれる様子もなく、満面の笑みでウインクをキメた。

「あなたたちを騙した火原とかいう詐欺師が、最後にヤケクソで投げた魔獣カプセル。あれの卸元(ディーラー)、私なのよ」

「「な、なんだってぇぇぇぇぇっ!?」」

ルチアナとリーザの絶叫が、ポポロ・コーポの食堂に響き渡った。

「ちょっと待ちなさいよ! じゃあ、今回の騒動の元凶って……!」

「あら、人聞きの悪いこと言わないで。私はただ、不用品をリサイクル業者に売っただけ。それをどう使うかは、買った側(詐欺師)の自己責任でしょ? おかげで、スリーからは金貨数千枚もの代金が支払われたし……」

ラスティアは、頬に手を当ててうっとりとした表情を浮かべた。

「あの詐欺師たちのおかげで、私、月人君の冬の五大ドームツアー、全部アリーナ最前列のVIP席で全通できちゃうわぁ♡ ホテルももちろん最高級スイートよ♡ あ〜ん、推し活って本当にお金がかかるけど、こういう『不労所得』があるから辞められないわよねぇ!」

「ぎぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

ルチアナが、ハンカチをギリギリと噛み千切らんばかりに悔しがる。

自分たちは詐欺師に全財産を巻き上げられかけ、ボコボコにされ、借金地獄の恐怖に怯え、最後は村長にシャイニング・ウィザードを食らってカッパ巻きをすするハメになったというのに。

全ての元凶である魔王は、手を汚すこともなく、安全な場所で不労所得(裏金)を荒稼ぎし、大トロを食べて推し活の計画を立てているのだ。

「ズルい! ズルいわラスティア! 私にもその売上を寄越しなさいよ! 神様への献上金として!」

「お断りよ。これは私のビジネスセンスがもたらした正当な報酬だもの。あなたたちは、そこで大人しくカッパ巻きでも食べてなさいな。ふふっ、美味しい? カッパ巻き」

「あばばばばばばっ!!」

ルチアナとリーザが、悔しさと理不尽さのあまり、泡を吹いて卒倒しそうになる。

圧倒的な資本主義(悪の魔王)の前に、底辺の神とアイドルは手も足も出ない。これが、アナステシア世界の無慈悲なヒエラルキーであった。

「……おい、魔王」

その時、カウンターの中で出刃包丁を持ったリアンが、低くドスを効かせた声で呼んだ。

「あら、なぁにリアン君?」

ラスティアが余裕の笑みで振り返る。

「お前が裏で何を横流しして稼ごうが、俺の知ったこっちゃねぇ。だがな……」

リアンは、ドンッ!と分厚い木製の伝票バインダーをラスティアの目の前に叩きつけた。

「うちの村にS級魔獣なんて面倒なモンを持ち込ませた『迷惑料』は、きっちりこの寿司代に乗せさせてもらったぞ。今日の宴会の飲食代、全部お前の奢り(ツケ)だからな」

伝票には、ニャングルが弾き出した村のインフラ修繕費(キメラの火炎で焦げた駐車場の舗装代など)を含めた、目ん玉が飛び出るような金額がゼロの羅列を連ねていた。

「えっ……? ち、ちょっとリアン君! これ、いくらなんでも高すぎない!?」

ラスティアの顔から、余裕の笑みがスッと消え去った。

「払えねぇとは言わせねぇぞ。あんた、さっき『金貨数千枚の臨時収入があった』って、自分で高らかに自白したばっかりだからな。……払えないなら、うちの裏庭でガーリッ君の収穫を百年間やってもらうことになるが」

背後に控えるクラウス、マンミア、そしてキャルルが、一斉に武器を構えてラスティアを包囲する。

ポポロ村において、寮母長(リアン)へのツケの滞納は、即ち『死』または『マグローザ漁船行き』を意味するのだ。

「うぅぅっ……わ、分かったわよぉ! 払えばいいんでしょ払えば! ……あぁん、私のスイートルーム代がぁぁっ!」

今度はラスティアが血の涙を流しながら、エンジェルすまーとふぉんを取り出してQRコード決済で渋々支払いを済ませる番だった。

「ギャハハハハ! ざまぁみなさいラスティア! 悪銭身に付かずよ!」

「奢りなら遠慮はいりませんわーっ! リアン様、私にも大トロを三十貫お願いしますのーっ!」

さっきまで絶望していたルチアナとリーザが、一瞬で手のひらを返してハイエナのように寿司に群がり始める。

「てめぇらはさっき火事場泥棒しようとした罰だ、カッパ巻きとガリだけ食ってろ!」

「「理不尽ですわぁぁぁぁっ!!」」

リアンの容赦ない鉄拳が、再び二人の頭上に炸裂した。

夜のポポロ・コーポに、バカな神と魔王の悲鳴と、住人たちの笑い声が響き渡る。

詐欺師の暗躍も、S級魔獣の脅威も、結局はこの村の『圧倒的な日常』と『美味い飯』の前に呑み込まれ、消化されていくのだ。

俺は、騒がしい食堂の惨状を眺めながら、残ったシャリで自分用のネギトロ巻きを作り、美味そうに頬張った。

今日もうちのアパート(村)は、平和である。

読んでいただきありがとうございます。

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