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EP 29

火事場泥棒神と、村長のシャイニングウィザード

S級合成魔獣キメラが、リアンの『零度・横一閃斬り』によって無数の氷の塵となって夜空に消え去った直後。

空の彼方では、撮れ高(戦闘シーン)を完全に失った天使族のトップ配信者キュララが、エンジェルすまーとふぉんを片手に「私の変身バンクを返してぇぇぇっ!」と夜空に向かって絶叫し続けていた。

一方、地上では。

戦いが終わり、リアンとクラウスが「夕飯が冷める」と早々にポポロ・コーポへ引き上げた後の静まり返った空き地(クレーター)で、コソコソと這い回る二つの不審な影があった。

「……リーザ、そっちはどう? 何か高く売れそうな素材は落ちてない?」

「ルチアナ様! こちらにキメラの『猛毒蛇の牙』と、『魔力結晶(特大)』が氷漬けのまま転がっておりますわ! これ、裏マーケットに流せば相当な額になりますわよ!」

ボロボロの芋ジャージ姿のルチアナとリーザである。

二人は、自警団のマンミアたちが気絶した詐欺師(火原と鮫島)を麻縄で縛り上げている隙を突き、戦場に散らばったキメラのドロップアイテムを、麻袋の中に次々と放り込んでいた。

「しめしめ……! さっきリアン君は『村の金庫に入れとけ』って言ってたけど、あいつはもう帰ったし、証拠なんてどこにもないわ!」

ルチアナが、氷漬けになったライオンの爪を麻袋に押し込みながら、邪悪な笑みを浮かべる。

「その通りですわ! これをゴルドスマイル銀行に持ち込んで換金すれば、あの忌まわしい『トイチのローン』を全額一括返済して、借金地獄から抜け出せますの!」

「それだけじゃないわよリーザ。S級魔獣の素材なんだから、五百枚のローンを返してもまだお釣りがくるはずよ。そしたら……月人君の冬のドームツアー、全通できるっ……!」

「私は、ルナキンでトリプル・チーズイン・ハンバーグ(特大ライス付き)を、向こう一ヶ月毎日注文しますわーっ!」

神と人魚。本来であれば世界を導き、人々を救うべき高位の存在たちは、完全に金と食欲に目が眩んだ『火事場泥棒』へと成り下がっていた。

二人は、パンパンに膨れ上がった麻袋を二人で担ぎ上げ、足音を殺しながら村の中心部――ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店へと闇夜を駆け抜けていった。

◆

カチャッ……パチパチパチパチッ。

深夜のゴルドスマイル銀行・支店長室。

黄金の算盤を凄まじいスピードで弾きながら、猫耳族のニャングルは村の月次決算書と睨み合っていた。

「……あかんな。今月も自警団の弾薬費と、ルナの嬢ちゃんが暴走させたゴーレムの道路陥没修理費で、村の財政は火の車や。どこかでデカい臨時収入でも入らんもんか……」

ニャングルがキセルを吹かし、紫煙を吐き出しながらぼやいていた、その時だ。

バンッ!

「頼もう!!」

「換金をお願いしますわーっ!!」

勢いよく支店長室のドアが蹴り開けられ、泥と氷まみれの芋ジャージ女二人が、巨大な麻袋を担いで乱入してきた。

「なんやねんお前ら。非常識な時間やな。うちはもう営業終了して……」

「いいからこれを見なさい! S級合成魔獣キメラの極上素材の詰め合わせよ! 早急に査定して現金化してちょうだい!」

ルチアナが、麻袋をひっくり返してニャングルのデスクの上にドサァッ!と素材をぶちまけた。

大蛇の毒牙、ライオンの剛毛、そして鈍い輝きを放つ特大の魔力結晶。

「……ほう」

ニャングルの猫の目が、金貨の形にスッと細められた。

彼はキセルを灰皿に置き、片眼鏡(ルーペ)を取り出して、デスクの上の素材を素早く鑑定していく。

「……なるほど。確かにこいつは上物やな。アバロンの正規軍が使うような純度の高いキメラの素材や。……これなら全部まとめて、金貨千枚……いや、千五百枚は軽く下らん値がつくで」

「「き、金貨千五百枚ぃぃぃぃっ!?」」

ルチアナとリーザが、互いに抱き合って歓喜の悲鳴を上げた。

「やりましたわルチアナ様! これで借金を返しても金貨千枚の黒字ですわ!」

「やったわ! 福岡だけじゃなくて、札幌から沖縄まで全国制覇できるわよ! 早く! 早くその金貨をよこしなさいニャングル!」

二人がデスクから身を乗り出し、よだれを垂らしながら手を突き出す。

しかし、ニャングルは黄金の算盤をチャキッ、と弾き、冷たい声で言い放った。

「あんなぁ……。お前ら、何か勘違いしてへんか?」

「え?」

ニャングルは、片眼鏡を外して二人をジロリと睨みつけた。

「うちは銀行(ゴルド商会)や。正当な取引には応じるが……質屋とちゃうんやで」

「し、質屋とちゃうって……どういうことですの?」

リーザが嫌な予感に顔を引きつらせる。

「このS級魔獣、討伐したのはリアンの旦那とアルヴィン家のクラウス殿やろ。ポポロ村の自治基本法・第三条の規定によれば、『村の防衛戦において生じた魔獣のドロップアイテムおよび素材は、全て村の共有財産(公金)として国庫ならぬ村庫に納められる』ことになっとる」

ニャングルの言葉に、二人の顔からサーッと血の気が引いた。

「なっ……! ま、待ちなさいよ! 討伐したのはあいつらかもしれないけど、その素材を命懸けで拾い集めてここまで運んだのは私たちよ! 運搬費と手数料くらい……」

「その前に、お前らリアンから『村の金庫に入れとけ』って言われたんやろ? それを自分らの懐に入れようとする行為を、世間では何て言うか知っとるか?」

ニャングルは、冷酷な目で二人を射抜いた。

「『横領』ならびに『窃盗』や」

「ひぃっ!?」

「ゴルド商会は、盗品のマネーロンダリング(資金洗浄)には加担せん。この素材は、村の赤字を補填するために、ありがたく『村の公金』として全額没収させてもらうで。……なぁ、キャルル」

ニャングルが、支店長室の奥のソファに向かって声をかけた。

「えっ?」

ルチアナとリーザが振り返った先。

そこには、いつの間にか、特注の安全靴を履いた月兎族の少女――ポポロ村村長キャルル・ムーンハートが、静かに立ち上がっていた。

「……ふふふっ」

キャルルの可憐な唇から、氷のように冷たい笑みがこぼれた。

彼女は、村の慢性的な赤字と、自警団の弾薬費のやり繰りに日々頭を悩ませているのだ。そこへ降って湧いた「金貨千五百枚」の特大財源。それを、個人的な借金返済とオタ活のためにパクろうとした不届き者が目の前にいる。

「公金横領……それに、村の共有財産の窃盗。村長として、見過ごすわけにはいきませんね」

キャルルが、指の関節をポキポキと鳴らしながら、一歩、また一歩と二人に近づいてくる。

「ひぃぃぃっ! ま、待ってキャルルちゃん! 違うの、これはその……一時的に借りていただけというか!」

ルチアナが後ずさりしながら言い訳を口にする。

「そうですわ! 私たち、ただこの素材が本物かどうか、ニャングルさんに鑑定してもらいに来ただけで……!」

リーザもお賽銭箱を抱きしめながら震え上がる。

だが、キャルルの『心音探知』の能力の前では、どんな言い訳も通用しない。

「ドクン、ドクンって……お二人の心臓、すっごく焦って嘘をついてる音がしますよ?」

キャルルのウサギ耳がピクッと動き、その瞳にヤンデレ気質の暗い炎が灯った。

「悪い子には……お仕置き、ですねぇ♡」

「「ギャアアアアアアアッ!!」」

逃げようと背を向けた二人の背後へ、キャルルが踏み込んだ。

月兎族の圧倒的な脚力。100メートル5秒台のトップスピードが、瞬時にトップギアに入る。

「いきますよ!」

キャルルは、恐怖で腰が引けて半ば屈み込むような姿勢になっていたリーザの太ももを、特注の安全靴で『踏み台』にして天高く跳躍した。

「あべっ!?」

踏み台にされたリーザが悲鳴を上げて前傾姿勢に崩れ落ちる。

そして、空中に飛び上がったキャルルは、その勢いのまま、逃げようと振り返ったルチアナの顔面(首筋)に向かって、自らの膝を完璧な角度で叩き込んだ。

プロレスの歴史に燦然と輝く必殺の膝蹴り――『シャイニング・ウィザード』である。

ドッゴォォォォォォォォォンッ!!!

「ぐぼぉっ!?」

安全靴の重量と、月兎族の脚力、そして村長としての「怒り」が完璧に合わさった一撃。

ルチアナの顔面がひしゃげ、そのままの勢いで踏み台にされたリーザごと床に激突する。

「あうぅ……月人、くん……VIP、席……」

「私の、チーズイン……ハンバーグぅ……」

バタッ。

ルチアナとリーザは、白目を剥き、口から一筋の煙を吐き出しながら、ゴルドスマイル銀行の床に完全に沈黙(KO)した。

「ふぅ。一件落着ですね!」

キャルルは、倒れた二人の上でふわりと着地し、何事もなかったかのように可愛らしい笑顔を浮かべた。

「お見事やで、村長。これで村の赤字も一気に解消や」

ニャングルが、デスクの上の素材を嬉しそうに麻袋へ戻しながら言う。

「はい! これで自警団の弾薬も買えますし、ルナちゃんの壊した道路も直せます! ……あ、そういえば」

キャルルは、思い出したようにポンッと手を打った。

「リアン君が、今夜はポポロ・コーポで『お寿司』を握って宴会にするって言ってましたよ! 早く帰らないと、大トロがなくなっちゃいます!」

「なんやて!? リアンの旦那の握り寿司か! そら急がなアカンな!」

ニャングルは急いで金庫を閉め、キャルルと共に支店長室を飛び出していった。

床に転がったままの、神と人魚を無慈悲に放置して。

こうして、金と欲望にまみれた火事場泥棒の計画は、村長の完璧なプロレス技によって完全に粉砕され、素材は正しく「村の財源」として接収されたのであった。

全てが終わった後、ポポロ・コーポの食堂では、最後の『理不尽なオチ』が待ち受けている。

読んでいただきありがとうございます。

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