EP 28
貧乏神の賽銭箱と、置き去りの魔法少女(変身中)
S級合成魔獣キメラが放つ、熱と瘴気の入り混じった咆哮がポポロ村の夜空を震わせた。
ライオンの剛腕が地面を抉り、ヤギの口から灼熱の炎が吹き上がり、巨大な毒蛇の尻尾が鞭のようにしなる。アバロン魔皇国の最深部から横流しされた本物の「災厄」を前に、詐欺師の火原と鮫島は泡を吹いて気絶寸前になっていた。
だが、そんな規格外のバケモノと相対するリアン・クラインは、手にした『氷結のロングソード(元・料理用包丁)』を肩に担ぎ、欠伸を噛み殺していた。
「クラウス。あいつの炎、盾で殺せるか?」
「容易いことだ。我が【アイギス・タワー】は、この程度の熱で揺らぎはしない」
金髪の騎士クラウスが、白銀の大盾を構えて一歩前へ出る。
阿吽の呼吸。数々の修羅場(主にポポロ・コーポの家賃滞納者とのバトル)を潜り抜けてきた二人が、キメラの首を落とすべく最短ルートの戦闘機動に入ろうとした、まさにその時だった。
「お待たせいたしましたわああああああっ!!」
突然、村の奥から猛烈な土煙を上げて、一人の少女が突撃してきた。
ボロボロの芋ジャージに、健康サンダル。その美しい人魚姫の顔面は、騙し取られた「不労所得」と「未来のチーズインハンバーグ」への未練によって、完全に夜叉のごとく歪んでいた。
「リーザ!? お前、なんでここに……」
リアンが驚くのも無理はない。彼女の全財産はパンの耳一枚であり、戦闘力など皆無に等しいからだ。
だが、今のリーザは違った。神話級のアーティファクト(ゴミ壺)を失った絶望と飢餓感が、彼女のユニークスキル【貧乏神】を限界突破させていたのである。
リーザは、背中に背負っていた木製の『お賽銭箱』を前面に構え、キメラに向かって血走った目で絶叫した。
「哀と!貧乏と!お腹ペコペコの苦しみ今晴らしますわああ!」
ブォォォォォォォォォォォンッ!!!
お賽銭箱の投入口から、ダイソンも真っ青の凄まじい吸引力(魔力)が渦を巻いて発生した。
それは、物理的な質量を吸い込む風ではない。対象の『能力値』『運気』『全財産』『ドロップアイテム』、そして『ステータスそのもの』を根こそぎ奪い去る、最悪の概念吸引装置【お賽銭型掃除機】であった。
「ギャオォォォォ……ッ!?」
キメラが、かつて感じたことのない未知の恐怖に後ずさる。
だが、遅い。お賽銭箱の底なしのブラックホールが、S級魔獣の全てを容赦なく吸い上げ始めた。
『対象のステータス【S級合成魔獣】を吸引しました』
『対象の【HP】および【MP】を99%没収しました』
『対象の隠し財産【魔力結晶(特大)】を差し押さえました』
シュルルルルル……ッ!
ものの数秒で、五メートルを超えていたキメラの巨体は、みるみるうちに縮んでいった。
筋骨隆々だったライオンの脚は小鹿のように震え、灼熱の炎を吐いていたヤギの顔はゲッソリと頬がこけ、凶悪な毒蛇の尻尾に至っては、ツチノコのように干からびてピクピクしている。
「……なんだあれ」
「哀れだな……もはや、S級の面影すら残っていないぞ」
リアンとクラウスが、ドン引きしながらその光景を見つめる。
貧乏神の恐るべきデバフによって、世界を脅かすはずだったキメラは、ただの「ひもじい合成動物」へと成り下がってしまったのだ。
「ふふふ……これぞ貧乏神の真骨頂! さぁ、トドメは……」
リーザが勝ち誇ったように笑った、その瞬間。
夜空から、何十台もの小型魔導ドローン(カメラ付き)が、けたたましいモーター音を鳴らしながら急降下してきた。
「来たコレ!撮れ高きたああ ホーリー・メイクアップ!!」
上空から舞い降りてきたのは、背中に純白の翼を生やした天使族のトップ配信者、キュララ・アルセルラだった。
彼女は空中でビシッとカメラ目線のポーズを決めると、自前のエンジェルすまーとふぉんを天に掲げた。
♪チャララ〜ン! キラキラキラ〜ン!
どこからともなく、壮大でポップな専用BGMが爆音で鳴り響き始めた。
キュララの周囲にピンク色の光の帯が巻き付き、普段のカジュアルな服が、フリフリの魔法少女風・聖騎士アーマーへと徐々に変身していく。
カメラドローンが彼女の周囲をぐるぐると飛び回り、完璧なアングルで『変身バンク』を撮影し始めた。
「光の天使が、ポポロ村の平和を守るため、今ここに舞い降りるっ☆ 闇の魔獣さん、覚悟してねっ! ……あっ、ちょっと待って、右のカメラさんもう少し引いて! 光のパーティクルのエフェクトが顔に被ってるから!」
キュララは空中でくるくると回りながら、ウインクをしたり、指でハートを作ったりと、撮れ高のための無駄なアクションを全力でこなしている。魔法少女の変身バンクというのは、得てして非常に時間がかかるものなのだ。
だが。
ポポロ村の頼れる護衛たち(実戦派)は、そんな悠長な余興に付き合ってくれるほど暇ではなかった。
「……リアン。あの天使は、空中で何をしているのだ?」
「さぁな。ただの尺稼ぎだろ。あんなの待ってたら、俺の作っておいた『もやし炒め』が完全に冷めちまう。さっさと終わらせるぞ、クラウス」
「承知した」
リアンとクラウスは、空中で輝くキュララを完全に無視して、ゲッソリと痩せ細ったキメラへと歩み寄った。
「ライトニング・プリズン!」
クラウスが白銀の大盾を地面に叩きつけると同時に、魔力によって具現化した幾筋もの雷の鎖が地走り、キメラの四肢をガッチリと拘束した。
「ギャンッ!?」
ただでさえリーザにステータスを吸い尽くされて虚弱体質になっていたキメラは、雷の麻痺効果によって完全に身動きが取れなくなる。
「よし、固定完了だ」
「サンキュー、クラウス。これで終わりだ」
リアンが、氷結のロングソードを上段に構え、地を蹴った。
前世の厨房で何万匹もの魚を捌き、肉の筋を断ち切ってきた、無駄の一切ない完璧な踏み込み。
「零度・横一閃斬り!!」
研ぎ澄まされた絶対零度の刃が、夜の空気を凍らせながら、水平に薙ぎ払われた。
抵抗すら許されない。氷の刃は、雷に縛られたキメラの胴体を、まるで豆腐を切るように極めて滑らかに一刀両断した。
ピキキキキキッ……!
斬断された瞬間、キメラの切り口から瞬時に氷結魔法が浸透し、全身が巨大な氷の彫像へと変わる。
そして次の瞬間、パァァァンッ!という甲高い音とともに、キメラは無数の氷の塵となって夜風に消え去った。
「ふぅ。こんなもんか。……おいリーザ、お前が吸い取ったそいつのドロップアイテム、後で村の金庫に入れとけよ。勝手に着服したら夕飯抜きだからな」
「は、はいですわっ! (ちぃっ、バレてましたのね!)」
リアンが包丁についた霜を払い落とし、クラウスが盾を背負い直す。
圧倒的な連携による、わずか数秒の瞬殺劇であった。
その頃、上空では――。
「……ふぅっ! 聖なる光で、あなたのハートも撃ち抜いちゃうぞっ☆ キュララ・アルセルラ、ただいま見参っ! さぁ、覚悟しなさ……」
約一分半に及ぶ壮大な変身バンクを終え、ようやくM4カービンを構えてキメ台詞を放ったキュララ。
しかし、彼女がドヤ顔でカメラのレンズ越しに見下ろした地上には、すでに魔獣の姿は跡形もなく、ただ氷の粉がキラキラと舞っているだけであった。
リアンに至っては、すでに帰り支度をして背を向けている。
「え?」
キュララは、空中でM4カービンを持ったまま、呆然と固まった。
ドローンカメラのレンズが、彼女の虚無の表情を無慈悲にクローズアップする。
「……あ、あれ? 魔獣さんは? 私の、メインの戦闘シーンは?」
「あぁ? もう終わったぞ。お前が空でピカピカ光って遊んでる間に、クラウスと二人で片付けた」
リアンが振り返りもせずに答える。
「お、終わった……?」
キュララの頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。
彼女は、視聴者たちが「え? 終わったの?」「変身中に討伐される魔法少女www」「撮れ高ゼロで草」と、コメント欄を爆速で草まみれにしているのを、エンジェルすまーとふぉんの画面で確認してしまったのだ。
「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
キュララは、空中で地団駄を踏むように足をバタバタさせながら、涙目で地上に向かって絶叫した。
「変身終わる迄戦闘終わらせちゃ駄目なんだからああ! それ、暗黙の了解でしょおおおおおっ!?」
「知るか。実戦に待ったはねぇんだよ」
ポポロ村の冷徹なる寮母長は、魔法少女のメタ的なお約束など一蹴し、夕飯の冷めた食堂へとそそくさと帰っていくのだった。
残されたのは、M4カービンを抱えて泣き叫ぶ配信者と、すべてのステータスを奪われて白目を剥く詐欺師二人組だけである。
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