EP 27
逃亡の果て、立ちはだかる婚活ケンタウロス
ヒュルルルルルルルルルルッ……!
ポポロ村の静かな夜空に、奇妙な風切り音が響き渡った。
満点の星空をバックに、二つの黒い影が放物線を描きながら急降下してくる。
ドッゴォォォォォォォンッ!!!
村の入り口、ルナキン(24時間ファミレス)の駐車場付近の空き地に、クレーターができるほどの凄まじい衝撃が走った。
土煙が舞い上がる中、クレーターの底でピクピクと痙攣しているのは、頭からつま先まで黒焦げになり、青スーツとニッカポッカがボロボロに引き裂かれた二人の男――鮫島と火原だった。
「あべぇ……っ、ぐぼぉ……っ」
「全身の骨が、砕け、た……次元が、歪んで……」
第6聖獣(リキ兄貴)の放った『次元跳躍・背後カカト落とし』。
本来であれば細胞一つ残さず消し炭になっているところだが、彼らが悪運強く生き延びたのは、鮫島のスーツのポケットに入っていた「ルナの偽金(石ころ)」がクッション代わりになったか、あるいはリキ兄貴が「キャバクラの壁の修理代」として絶妙に手加減(致死量ギリギリ)をしたからだろう。
「はぁ、はぁ……い、生きてるか鮫島ぁ……」
「ぜ、全身が痛ぇ……っ。なんだよあのリーゼントのバケモノ……っ。完全に殺しにきてたじゃねぇか……」
這うようにしてクレーターから這い出そうとする二人の目に、眩い光が突き刺さった。
「そこまでだ、悪党ども」
「え?」
サーチライトのような強烈な魔導ランプの光。
その向こう側に立っていたのは、攻防一体のパイルバンカー内蔵型大盾【アグニ】を構えた、凛々しいケンタウロス種の女性――ポポロ村自警団長、マンミアだった。
彼女の背後には、クロスボウや魔導ライフルで完全武装した自警団の団員たちが、逃げ道を塞ぐように包囲陣を敷いている。
「青スーツに、小汚いニッカポッカの男。……ゴルド商会のニャングル殿から手配書が回ってきていたが、まさか空から降ってくるとはね」
マンミアが、冷たい目で見下ろしながらカシャッ、とパイルバンカーの撃鉄を起こした。
「ひぃっ! け、ケンタウロス!?」
「なんで自警団が待ち構えてるんだよ!」
「とぼけるな。お前たち、今日の昼間、うちの村のポンコツ女二人に、法外な闇金契約でゴミ壺を売りつけただろう」
マンミアは、ギリッと奥歯を噛み締めた。
彼女の顔に、正義感とはまた別の、ドス黒い怒りが満ちていく。
「それにしても許せないのは……私より先に、あの二人に『ツバ(男)』を引っ掛けたことだ!」
「……は?」
鮫島と火原は、顔を見合わせた。
「ツバって……俺たちは壺を売りつけただけで……」
「同じことだ! 『甘い言葉で近づいて、将来の契約を結ばせる』なんて、実質的なプロポーズ(婚約)じゃないか! 私なんて25年間、クリスマスの夜に半額ケーキをホール食いするだけの人生なのに、なぜあの金欠ポンコツ神の方に先に男(詐欺師)が寄り付くんだぁぁっ!!」
ドンッ!
マンミアの蹄が地面を激しく叩き、凄まじい闘気が吹き荒れる。
完全に八つ当たりである。彼女の『25歳独身こじらせ理論』によれば、詐欺師からのアプローチすら「男性からの声かけ」としてカウントされており、自分を差し置いてルチアナたちがカモにされたことが許せなかったのだ。
「理不尽すぎるだろ! なんで婚活の嫉妬で殺されかけてんだ俺たち!」
火原が泣き叫ぶ。
「問答無用! お前らのその歪んだ性根、私のパイルバンカーで矯正してやる!」
「ひぃぃっ! ま、待ってくれ! 俺たちにはケツ持ちがいるんだ! 『ナンバーズ』のスリー様が黙っちゃいないぞ!」
鮫島は慌てて懐から魔導通信石を取り出し、震える手で緊急回線を繋いだ。
『……なんだ、鮫島。夜分遅くに』
通信石から、冷酷で知的な男の声――スリー(ギリルク)の声が響いた。
「ス、スリー様! 助けてください! ポポロ村の自警団に囲まれて、理不尽な婚活ケンタウロスに殺されそうなんです!」
『ポポロ村だと? 貴様ら、なぜそんな最悪の魔境に近づいた』
「いや、なんか美味そうなカモ(芋ジャージの女)がいたから、トイチのローン組ませて……」
『――バカか、貴様は』
スリーの声が、氷点下まで冷え込んだ。
『その女の名前はルチアナとリーザじゃないか? 先ほど、ゴルド商会の裏ルートから、お前らが結んだ借用書が「完全無効のブラックリスト」に登録されたと通達があったばかりだ。……よりによって、世界を管理する神と、貧乏神の人魚をカモにしたのか』
「か、神……? 人魚……?」
『お前らのポンコツな詐欺のおかげで、ナンバーズの裏口座の一つがゴルド商会に凍結された。……鮫島、火原。お前らはもう用済み(トカゲの尻尾)だ。せいぜいそこで、自警団のパイルバンカーのサビになるんだな』
プツッ。
無慈悲に通信が切断された。
「ス、スリー様ぁぁぁっ!?」
鮫島が通信石に向かって絶叫するが、もはや何の応答もない。
「交渉決裂ようだな。安心しろ、お前らの遺骨はタローマートの裏のゴミ捨て場に埋めてやる!」
マンミアが、分銅鎖【メビウス】を振り回しながら突進の構えを取る。
「くそっ、くそぉぉぉっ! こうなったらヤケクソだ!」
火原は、ボロボロになったボストンバッグの底から、隠し持っていた『最後の切り札』を取り出した。
それは、黒く禍々しいオーラを放つカプセル――アバロン魔皇国からスリー経由で密輸された、最悪の違法アイテム『魔獣カプセル』である。
「食らいやがれ! これで全員ミンチにしてやる!」
火原がカプセルを地面に叩きつけた。
パァァァンッ!! という破裂音と共に、ドス黒い瘴気が空き地を包み込む。
『グォォォォォォォォォォォッ!!!』
現れたのは、通常の魔獣とは次元が違う、おぞましい姿をした合成獣だった。
巨大なライオンの頭部と前脚、ヤギの胴体、そして背中からは猛毒の牙を持つ巨大な毒蛇が尻尾として生えている。体長は五メートルを超え、全身から放たれる熱気と魔力が、周囲の草木を瞬時に枯れさせていく。
「なっ……! あれは、アバロンのS級合成魔獣!? なぜあんなものがこんな村に!」
マンミアが驚愕し、自警団の団員たちが一斉に後ずさる。
それもそのはず。この魔獣カプセルは、魔王ラスティアが「推しのライブ遠征費用」を稼ぐために、軍の最深部の倉庫から横流しした極秘の軍事兵器なのだ。
「ギャハハハハ! 行けキメラ! そこの馬女どもを食い殺せ!」
火原が勝ち誇ったように叫ぶ。
しかし、安物(横流し品)のカプセルで召喚されたキメラは、召喚者の命令など聞く耳を持たない。
キメラのライオンの顔が火原をギロリと睨み、ヤギの口から灼熱の炎を吐き出した。
「ぎゃあああああっ!? なんで俺を狙うんだよぉぉっ!」
火原と鮫島は、自分たちが出したキメラに追い回され、再び泣き叫びながら逃げ惑う羽目になった。
「ええい、自警団! 陣形を組め! ここで村へ通すわけにはいかない!」
マンミアがアグニを構え、自警団を鼓舞する。
しかし、S級魔獣の圧倒的な暴力の前では、彼らの通常火器は時間稼ぎにしかならない。
キメラの毒蛇の尻尾が薙ぎ払われ、自警団の魔導防護フィールドがミシミシと悲鳴を上げた。
――その、絶望的な乱戦の最中。
「おいおい。村の入り口で、随分と派手な花火を打ち上げてるじゃねぇか」
冷たく、しかしどこまでも落ち着いた声が、戦場に響いた。
「「ッ!」」
キメラが、本能的な恐怖を感じたのか、動きをピタリと止めて振り返る。
そこには、白銀の大盾【アイギス・タワー】を背負った金髪の騎士・クラウスと、いつもの防刃ジャージ姿に身を包んだ、黒髪の少年が立っていた。
「リ、リアン殿! それにクラウス殿も!」
マンミアがパッと顔を輝かせる。
リアン・クラインは、逃げ惑って腰を抜かしている鮫島と火原を一瞥し、冷ややかに鼻で笑った。
「うちのアパートのポンコツ共にゴミを売りつけて、闇金契約結ばせたのはお前らか」
「ひぃっ……!」
リアンの纏う、底知れない殺気(寮母長の怒り)に、詐欺師二人は完全に心をへし折られた。
「グルルルルルルッ……!」
キメラが、新たな標的に向けて、ライオンの牙を剥き出しにして飛びかかろうとする。
「チッ、デカいだけの雑種が」
リアンは、腰に提げていた『いつもの料理用包丁』をゆっくりと引き抜いた。
「クラウス、少し冷えるぞ」
「承知した」
リアンが包丁に魔力を流し込んだ瞬間。
周囲の空気が急速に凍てつき、刃の表面にパキパキと霜が張り付いていく。
氷の魔力は包丁の刀身を覆い尽くし、一瞬にして、身の丈ほどもある巨大な『氷結のロングソード』へと変貌を遂げた。
「さてと。法外な利息の落とし前、きっちり身体で払ってもらうぞ」
氷結の刃が、月光を反射して青白く輝く。
神と人魚を騙した詐欺師たちと、彼らが召喚したS級魔獣の、真の地獄(お仕置き)が幕を開けようとしていた。
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