EP 26
キャバクラ豪遊と、石ころと、第6聖獣(リキ兄貴)の鉄拳
ポポロ村の隣町に位置する、ネオンサインがギラギラと輝く歓楽街。
その一角にある高級キャバクラ『夜の蝶・エルフの森亭』のVIPルームは、今夜、異様な熱気とシャンパンの泡に包まれていた。
「ギャハハハハ! 飲め飲めぇ! 今日は俺たちの奢りだ! 一番高いエルフの涙持ってこいやぁ!」
「シナジーとイノベーションに乾杯! さぁ、お姉さんたち、俺たちの圧倒的な財力に酔いしれてくださいよ!」
元土木作業員の火原と、元情報商材屋の鮫島。
ポポロ村郊外で、世界樹の巫女から「純金の延べ棒」を巻き上げた悪徳詐欺師コンビは、豪遊の限りを尽くしていた。
最高級の魔導シャンパンタワーを乱立させ、両脇に派手なドレスを着たキャストをはべらせて、札束ならぬ「純金」の威光でイキり散らしている。
「すごーい! 鮫島さぁん、火原さぁん、太っ腹ぁ〜♡」
「こんなに重たい純金、見たことないですぅ〜♡」
キャバ嬢たちが甲高い声で持ち上げると、二人の鼻は天狗のように伸び上がった。
「へっ、こんなの俺のビジネスセンスからすれば端金ですよ。次は帝都の一等地にタワーマンションでも買おうかと思いましてね」
「俺の錬金術(劣化コピー)さえありゃあ、天下取ったも同然だぜぇ!」
有頂天。絶頂。我が世の春。
底辺のゴロツキだった二人が、初めて味わう「圧倒的強者」の感覚に酔いしれていた。
……自分たちが抱え込んでいる純金が、ルナの魔力圏内から離れたことによって、すでに『限界時間』を迎えつつあることなど、微塵も気づかずに。
「――お客様。そろそろお時間ですが、ご延長なされますか?」
黒服のマネージャーが、うやうやしくVIPルームに現れ、バインダーに挟んだ伝票を差し出した。
「おう、もちろん延長だ! ……って、なんだこの金額?」
伝票を一瞥した鮫島が、少しだけ眉をひそめた。そこには、シャンパンタワーやVIP料金などを含め、しめて『金貨五十枚』という目玉が飛び出るような請求額が印字されていた。
「ちっ、ぼったくりが。まぁいい。俺たちにはこの『無限の資産』があるからな!」
鮫島は、足元に置いていたボストンバッグのジッパーを勢いよく開け、中に手をつっこんだ。
「ほらよ! 釣りはとっときな!」
鮫島がドヤ顔で伝票の上に叩きつけたもの。
それは――黄金の輝きを放つ純金の延べ棒、ではなかった。
ゴトッ。
テーブルに転がったのは、泥と苔がこびりついた、ただの薄汚い『石ころ』であった。
「「「…………は?」」」
VIPルームの時間が、ピタリと停止した。
キャバ嬢たちの笑顔が凍りつき、黒服マネージャーの目がスッと細められる。
「……お客様?」
「あ、あれ? おかしいな。ちょっと待ってくれよ火原さん、別の延べ棒を……」
鮫島は冷や汗を流しながら、ボストンバッグの中を漁った。
だが、触れるのはどれもザラザラとした粗末な石の感触ばかり。慌ててバッグを逆さにし、テーブルの上に中身をぶちまける。
ゴロゴロゴロゴロ……ッ。
出てきたのは、大小様々な『道端の石ころ』が十数個。
純金の延べ棒など、どこにもない。
ルナの『黄金錬成』は、彼女の魔力圏内から一定距離(隣町)まで離れたことで術式が霧散し、元の石ころに戻ってしまったのだ。
「う、嘘だろ……!? なんで!? さっきまで確かに純金だったじゃねぇか!」
火原が石ころを両手で掴み、ガチガチと歯で噛んで確かめるが、ただ泥の味がして歯が欠けそうになるだけだ。
「お客様……」
黒服マネージャーの声が、ドス黒い殺意を帯びて一段低くなった。
ドアの外から、筋骨隆々のオークや巨漢のバウンサー(用心棒)たちが、指の関節をポキポキと鳴らしながらVIPルームに雪崩れ込んでくる。
「当店の最高級シャンパンを散々開けておいて、お支払いは『道端の砂利』ですか。……舐めてんのか、コラァッ!!」
「ひぃぃぃっ!?」
「ち、違う! これは魔法で! さっきまで本物だったんだ!」
無銭飲食、しかも金貨五十枚規模の超高額詐欺。
キャバクラの用心棒たちが、怒号を上げながら二人に襲いかかった。
「ふざけんな! 捕まってたまるか!」
火原がパニックを起こし、テーブルの上にあった『石ころ』を、手当たり次第に用心棒たちに向けて全力で投げつけた。
「うおっ!?」
「野郎、石投げやがったぞ! 殺せ!」
VIPルームでの乱闘。
火原の投げた石の一つが、用心棒の顔面をかすめ、開け放たれたドアを抜け、フロアの奥の一般席の方へと放物線を描いて飛んでいった。
――ポチャン。
その石ころは。
フロアの片隅のボックス席で、一人静かに『イモッカ(芋ウォッカ)』のロックを傾けていた男のグラスへ、見事にダイブした。
水しぶき(安酒)が、男の着ていた金色の光沢ジャージの襟元を濡らす。
「…………あ?」
店内を包んでいた騒騒しいBGMが、まるで幻のように消え去った。
いや、消えたのではない。
その男から放たれた、次元すら凍りつかせる絶対的な『殺気(覇気)』によって、キャバクラ内のすべての音と空気が、恐怖で押し潰されたのだ。
「ひっ……!」
暴れていた用心棒たちも、火原も、鮫島も。
その場にいた全員が、息をすることすら忘れて、フロアの奥に座る男へ視線を向けた。
黄金に輝く、一切の乱れもない完璧なリーゼント。
背中に『第6聖獣 麒麟降臨』と刺繍されたド派手なジャージ。
足元には、なぜか便所サンダル。
神界の最高幹部すら震え上がる次元超越型聖獣。
『リキ兄貴』こと、陸奥騎麟であった。
リキ兄貴は、泥水と化したイモッカのグラスをゆっくりとテーブルに置いた。
そして、軍用マッチでショートホープに火をつけ、紫煙をふぅっと吐き出す。
「……おい。誰だ、俺の酒に『ションベン(泥)』入れたスットコドッコイは」
「あ、あ、あああ……」
鮫島と火原の股間から、生温かい液体が漏れ出した。
ルチアナやマンミアが放つ気迫とはレベルが違う。目の前にいるのは、逆鱗に触れれば一瞬で細胞ごと消し炭にされる、本物の『理不尽』だ。
「あ、アニキ! 違うんです! 今のは事故で……ッ!」
鮫島が、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、光の速さでスライディング土下座をキメる。火原も慌てて床に這いつくばった。
リキ兄貴は、便所サンダルを履いた足でゆっくりと立ち上がった。
次の瞬間――彼の姿がフッと空間から消滅した。
「え?」
火原が顔を上げた時、リキ兄貴はすでに彼らの『頭上の空間(次元の隙間)』に浮遊していた。
「言い訳は、地獄のエンマ様にでも言うんだな」
リキ兄貴の右足が、紫銀色の極大の雷光(聖雷)を纏って高く振り上げられる。
「次元跳躍・背後カカト落とし」
「「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!!?」」
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
落雷。いや、神の鉄槌。
キャバクラの天井とVIPルームの床が消し飛び、数億ボルトの電撃が火原と鮫島を直撃した。
無銭飲食の言い訳すら許されない、圧倒的かつ理不尽な暴力。
「あべべべべべべッ!!」
二人の悪徳詐欺師は、黒焦げの消し炭のような姿になりながら、キャバクラの壁をブチ破り、夜空の彼方へ星のように吹き飛ばされていった。
「……チッ。酒が不味くなっちまった。ねーちゃん、お勘定だ。壁の修理代も釣りにしとけ」
リキ兄貴は、震え上がって腰を抜かしているキャバ嬢の谷間に、本物の純金の延べ棒(ゴルド商会発行の正規インゴット)を無造作にねじ込むと、何事もなかったかのように店を出ていった。
一方、空の彼方へ吹き飛ばされた火原と鮫島。
彼らが放物線を描いて墜落していく先は、因縁の地――ポポロ村であった。
神と人魚を騙し、エルフの善意に踊らされ、第6聖獣の酒をこぼした彼らの最悪の厄日は、まだ終わっていなかったのである。
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