EP 25
最悪のカモ(天然テロリスト)と、偽りの純金
「あらあら……困りましたわ。ルナキン(ファミレス)でキャルルちゃんたちと女子会の約束をしていましたのに、また道に迷ってしまいましたわ」
ポポロ村の郊外、緑豊かな木漏れ日の差す街道。
世界樹の巫女にして次期女王候補たるエルフの少女、ルナ・シンフォニアは、立派な世界樹の杖を片手に、ぽつんと立ち止まっていた。
彼女の方向音痴は、もはや国宝級、いや災害級である。まっすぐ歩いているつもりでも、なぜか真逆の森の奥深くや、隣国の国境線まで到達してしまうという致命的なバグを抱えていた。
「風の精霊さんたちに道を聞いても、みなさん『こっちだよ〜』ってあちこち飛んでいってしまって……ふふっ、元気で可愛らしいですけれど、これではいつまで経ってもドリンクバーにたどり着けませんわね」
ふわりと微笑みながら、のんきに小鳥たちと戯れるルナ。
その姿は、どこからどう見ても『世間知らずで、警戒心ゼロの裕福なお嬢様』であった。
だからこそ――絶好の獲物を探していた悪徳詐欺師コンビのセンサーに、強烈に引っかかってしまったのだ。
「――お困りのようですな、お美しいエルフのお嬢さん」
ガサガサッ、と茂みをかき分けて現れたのは、テカテカの青スーツを着た胡散臭い男(鮫島)と、ボストンバッグを提げたニッカポッカの男(火原)だった。
「ひょっとして、道に迷われたのでは? 私どもは通りすがりの『サメジマ・古美術ディーラー』の者です。よろしければ、村の中心部までご案内いたしますよ」
「まぁ! 親切な殿方たちですのね。助かりますわ」
ルチアナやリーザならば「怪しい」と警戒するかもしれないが、ルナの辞書に『疑う』という文字はない。彼女は植物と精霊に愛されて育った、純度100%の善意の塊(天然)なのだ。
鮫島は、ルナの高級なシルクのドレスと、手にした杖から溢れ出る濃密な魔力を見て、確信した。
(間違いない。こいつは超ド級の金持ちだ。しかも、頭のネジが数本飛んでるタイプのお花畑……! ここで一気に巻き上げてやる!)
「ご案内する前に、少しだけお時間をいただけますか? 実は私ども、先ほど古代の遺跡から『とんでもない国宝』を発掘しましてね。芸術を解する高貴なお嬢様にだけ、特別にお見せしたいと思いまして」
鮫島がウィンクをして合図を送ると、火原がボストンバッグの中から、恭しく一本の『掛け軸』を取り出した。
「こいつはなぁ、ただの掛け軸じゃねぇぞ。千年前の天才絵師が描いた『昇り龍の図』だ」
火原がニヤニヤしながら広げた掛け軸には、確かに立派な龍の絵が描かれていた。
だが、もちろん本物ではない。
これは火原が、タローマートの骨董品コーナーにあったレプリカの掛け軸を、自身のユニークスキル【劣化複製】でコピーしただけの代物だ。
材質は本物の和紙ではなく、向こう側が透けて見えそうなほどペラペラの薄い粗悪な紙。少し強めに引っ張れば破れてしまうほどのゴミである。
「あら……。なんだか、紙がとっても薄くて、今にも破れてしまいそうですわね……?」
さすがのルナも、その物理的な粗悪さには首を傾げた。
「おっと、騙されちゃいけませんぜお嬢さん。それは『天女の羽衣』と同じ、極限まで薄く漉かれた幻の魔導和紙を使っている証拠です。さぁ、お嬢さんの鑑定魔法で、この掛け軸の真の姿を見てくださいよ」
鮫島が、すかさず自身のスキル【ステータス偽装】を掛け軸に上書きした。
ルナは「まぁ、そうなのですか?」と瞬きをして、自身の膨大なエルフの魔力で掛け軸をそっと鑑定してみる。
すると、彼女の視界に黄金に輝くステータス表記が浮かび上がった。
『名称:【UR】世界樹の神聖掛軸(昇龍)』
『属性:国宝級アーティファクト』
『効果:飾るだけで周囲の自然マナを浄化し、持ち主の魔力を永久に底上げする。市場価値・金貨一万枚相当』
「まぁっ! UR!? しかも国宝級ですの!?」
ルチアナたちと全く同じ反応で、ルナが両手を頬に当てて驚愕の声を上げた。
「お分かりいただけましたか。この掛け軸から放たれる圧倒的な『シナジー』と『癒やしのオーラ』を。これさえあれば、お嬢様の魔力はさらに磨かれ、輝かしい未来が約束されることでしょう」
鮫島が、ろくでもないビジネス用語を交えながらペラペラと畳み掛ける。
「素晴らしいですわ……! このような貴重な芸術品が、まだ世界に眠っていたなんて」
ルナは、完全にステータスのテキスト情報を信じ込んでいた。
純粋無垢な彼女は「ステータス画面が嘘をつく(偽装される)」などという、人間の悪辣な発想を微塵も持ち合わせていないのだ。
「これほどの国宝……私のような者が買い取らせていただいても、よろしいのでしょうか?」
「ええ、もちろん! お嬢様のように価値の分かる方にこそ持っていただきたい。本来なら金貨一万枚のところを、本日は特別に……金貨『千枚』でお譲りいたしますよ!」
鮫島は、ルチアナたちにふっかけた五百枚の倍の額を提示した。
(どうせこいつ、金なんて持ってないだろう。ローン契約書にサインさせて、一生しゃぶり尽くしてやる……!)
しかし、ルナの反応は鮫島の予想とは少し違っていた。
「金貨千枚……。ごめんなさい、私、今日はルナキンでドリンクバーを飲む分の小銭しか持ち合わせておりませんの」
「あー、やっぱり? いやいや、大丈夫ですよお嬢さん。そういう方のために、弊社では『夢のサポート・ローン(トイチ)』を――」
鮫島が懐から悪魔の契約書を取り出そうとした、その時だ。
「ですが、お二人はこれほどの国宝を手放さなければならないほど、生活にお困りなのですわね。……ええ、芸術を愛する者として、私にもパトロンとしての義務がありますわ。お金がないのなら、作ればよろしいのですから」
「……は?」
鮫島と火原が、間の抜けた声を出した。
ルナは、しゃがみ込むと、道端に落ちていた『手頃な大きさの石ころ』を十個ほど拾い集めた。
そして、それらを両手で包み込むように持ち、ふわりと目を閉じた。
「大地の精霊さん、少しだけ、その姿を変えて貸してくださいませ。――『黄金錬成』」
ルナの手のひらから、神々しい緑色の光が溢れ出した。
その光が収まった直後。
鮫島と火原は、自分たちの目を疑った。
「なっ……!?」
「う、嘘だろ……!?」
先ほどまでただの薄汚れた石ころだったものが、太陽の光を反射してギラギラと輝く、ズッシリと重い『純金の延べ棒』へと変貌していたのだ。
ルナの魔力は、石の分子構造を一時的に書き換え、完全な純金へと変成させてしまったのである。
「これで、金貨千枚以上の価値はありますわね。お釣りは結構ですので、お二人の今後の活動資金になさってくださいな」
ルナは、ニコニコと微笑みながら、十個の純金の延べ棒(総重量約十キロ)を火原のボストンバッグの中に無造作に放り込んだ。
ズシィィィン!! という圧倒的な重量感が、火原の腕にのしかかる。
「お、おい鮫島! これ……本物だぞ! 重さも輝きも、間違いなく純金だ!」
火原が震える手で延べ棒を一つ取り出し、ガチッと歯で噛んで確かめる。確かな金の感触。
「ほ、本当に……魔法で石を金に変えやがった……!」
鮫島も、泡を吹いて卒倒しそうなほどの衝撃を受けていた。
ステータス偽装のようなセコいテキスト改ざんではない。物理法則を無視した、正真正銘の『錬金術』を目の当たりにしたのだ。
「あの、掛け軸をいただいても?」
「あ、はいっ! どうぞどうぞ! 毎度ありぃぃっ!!」
火原は、慌ててペラペラの粗悪なコピー掛け軸をルナに押し付けた。
「やった……やったぞ火原さん! 金貨千枚どころじゃねぇ、この重量なら金貨数万枚の価値がある! 大富豪だ! 俺たちは一生遊んで暮らせる大富豪になったんだぁぁっ!」
「ギャハハハハ! 異世界サイコー! エルフのネーチャン、愛してるぜぇぇっ!」
二人は、重たいボストンバッグを抱きかかえ、狂ったように歓喜の雄叫びを上げながら、ポポロ村の郊外から隣町の歓楽街へと猛ダッシュで逃げ去っていった。
もはや、ルナを村の中心まで案内するという約束など、完全に頭から吹き飛んでいた。
「ふふっ、とっても喜んでいただけましたわ。芸術を支援するのは、心が温かくなりますわね」
ルナは、二人から押し付けられたペラペラの掛け軸を嬉しそうに抱きしめ、ニコニコと微笑んで彼らの背中を見送った。
だが、ルナの『黄金錬成』には、致命的で絶対的なルールが存在する。
彼女が石ころから作り出した純金は、あくまで『一時的な魔力のコーティング』に過ぎない。
その効果時間は、正確に『三日間』。
三日経過するか、あるいはルナの魔力圏内から一定距離以上離れると、魔力は霧散し、ただの道端の石ころに戻ってしまうのである。
「あっ、いけませんわ。また道に迷ってしまいます。風の精霊さん、今度こそルナキンへの道を教えてくださいな〜」
純度100%の善意と、桁外れの魔法力。
『悪徳詐欺師』のせこい知恵など及ぶべくもない、世界樹の巫女の『天然の錬金テロ』。
自分たちが抱え込んでいる純金の延べ棒が、時限式の『ただの石ころ』であることに気づかず、歓楽街のキャバクラへと向かって爆走する鮫島と火原。
彼らの人生における絶頂期は、あと数時間で無慈悲に、そして劇的に崩壊することを、まだ誰も知らない。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




