EP 23
寮母長の新聞紙ハリセンと、暴かれたゴミステータス
ポポロ・コーポの一階、共有リビング。
そこには、新興宗教の集会所でも見られないような、極めて異様で、かつ非常に安上がりな儀式空間が展開されていた。
「おお……大宇宙金運の神聖壺様……! 私に月人君のVIPチケットと、直筆サイン入りアクスタと、ついでに博多ラーメン食べ歩きの旅費を授けたまえ……!」
「壺様……! トロトロに溶けたトリプル・チーズイン・ハンバーグと、ルナキンの高級メロンパフェと、お腹いっぱいの白米を……ッ!」
ちゃぶ台の中央に鎮座する、薄汚れた素焼きの壺。
その前に正座したルチアナとリーザは、目を血走らせながら一心不乱に拝み倒していた。
お香の代わりに、フェンリルが置いていったタバコの吸い殻の火種を燻らせ、奇妙な呪文(不労所得という単語の羅列)をぶつぶつと唱えている。
ガラッ。
「おーい、掃除するからそこ退け……って、お前ら何やってんだ?」
箒とちりとりを持ち、頭に三角巾を巻いた割烹着姿のリアン・クラインがリビングに入ってきて、怪訝そうな顔で立ち止まった。
「しーっ! 静かにしなさいリアン君! 今、富のチャクラを世界樹のマナと同期させているところなんだから!」
「そうですわ! 私たちの不労所得を邪魔しないでくださいませ!」
二人は振り返りもせず、壺に向かってパンパン!と柏手を打つ。
リアンはため息をつき、ちゃぶ台の前に歩み寄った。
「なんだこの小汚い壺は。またタローマートのガラクタ市で変なもん買ってきたのか?」
「ガラクタじゃないわよ! これはね、古代エルフの遺跡から発掘された『大宇宙金運の神聖壺』っていう神話級アーティファクトなんだから! 置いておくだけで毎月金貨100枚の不労所得が手に入るのよ!」
ルチアナがドヤ顔で言い放つ。
リアンは眉をひそめた。
「置いておくだけで毎月金貨100枚? ……お前ら、また怪しい詐欺師に引っかかったんじゃないだろうな」
「失礼ですわね! 疑うなら鑑定してみればいいですわ! ちゃんと『SSR』って金色の文字でステータスが出てましたもの!」
リーザが胸を張って反論する。
リアンは訝しげに目を細め、ちゃぶ台の上の壺を手に取った。
「どれ……」
リアンが壺を持ち上げ、前世の料理人としての「目利き」と、わずかな魔力を流して鑑定を行おうとした、その瞬間だった。
ピュゥゥゥン……。
間の抜けた電子音のような音が響き、壺の表面を覆っていた「謎の神々しい光」が、ふっと消滅した。
鮫島のユニークスキル【ステータス偽装】。
その効果時間は最大48時間である。鮫島がこの壺に偽装を施したのは、実は二日前の在庫品を作った時であり、まさに今、その偽装魔法のタイムリミットが完全に切れた瞬間だった。
「……ん?」
リアンの目の前で、壺のステータス情報がポロリと更新された。
『名称:ただの素焼きの土器』
『属性:ゴミ』
『効果:なし。※強度が極端に低いため取り扱い注意(耐久値1)』
「……おい、ルチアナ」
「ふふん、どう? SSRの輝きにひれ伏した? 私の富のオーラに平伏してもいいわよ?」
「ひれ伏すも何も……これ、どう見てもただのゴミだぞ」
「はぁ? 何言ってんのよ、ちゃんと大宇宙金運の――」
コンッ。
リアンが、壺の表面を指で軽くデコピンした。
その直後。
パァァァァァァァァァァァンッ!!!
火原の【劣化コピー】によって作られた、強度が厚紙以下の粗悪な土器は、リアンのデコピンの衝撃に耐えきれず、まるで爆弾が破裂したかのように粉々に砕け散った。
ちゃぶ台の上に、大量の土の破片と砂埃が舞い散る。
「「…………え?」」
ルチアナとリーザの時間が停止した。
神話級アーティファクト(毎月金貨100枚)が、デコピン一発で砂に還った。
「あ……あぁぁぁぁぁっ!? わ、私の不労所得がああああっ!!」
「壺様ぁぁぁっ! 私のチーズインハンバーグがああああっ!」
二人はちゃぶ台の上の砂(元・壺)をかき集めながら、絶望のあまり号泣し始めた。
「泣きたいのはこっちだ。掃除したばっかりのリビングに砂撒き散らしやがって」
リアンは冷ややかな目で二人を見下ろした。
「で? この耐久値1のゴミ壺、いくらで買わされたんだ?」
「ご、五百……」
「五百? 銅貨か?」
「金貨五百枚……(※日本円にして約500万円)」
ルチアナが蚊の鳴くような声で答える。
リアンのこめかみに、ピキッ、と青筋が浮かんだ。
「お前ら……金貨五百枚なんて大金、どこに持ってたんだよ。ルチアナのクレカはもう限度額パンパンだし、リーザの全財産なんてパンの耳一枚分くらいしかねぇだろ」
「そ、それが……親切なお兄さんたちが、『夢のサポート・ローン』を組んでくれて……」
「初期費用ゼロで、利息は『トイチ』って言ってましたわ……。壺がお金を生み出すから、複利の魔法ですぐ返せるって……」
「…………」
沈黙。
リアンは無言のまま、ちゃぶ台の横にあった『ルナミス新聞(日曜版)』を手に取った。そして、それを手際よく丸め、ガムテープでぐるぐると巻き、完璧な強度の『特製新聞紙ハリセン』を錬成した。
「……トイチだと?」
リアンの声が、地獄の底から響くような絶対零度の声色に変わった。
前世で社会の酸いも甘いも噛み分けてきたリアンにとって、その単語がどれほど破滅的な意味を持つか、痛いほど理解していたからだ。
「いいか、このドアホ共がぁぁぁっ!!」
スパーーーーーンッ!!
スパーーーーーンッ!!
「「あいたぁぁぁっ!!?」」
丸めた新聞紙ハリセンが、世界を管理する神の頭頂部と、人魚姫の脳天に容赦なく炸裂した。
「い、痛い! なにするのよリアン君! 神に向かって!」
「理不尽ですわ! なぜ叩かれるんですの!?」
「うるせぇ! お前らのその空っぽの脳みそに、金融リテラシーを叩き込んでやる!」
リアンは新聞紙ハリセンでちゃぶ台をバンバンと叩きながら、オカン全開の説教モードに突入した。
「トイチってのはな、『十日で一割』の利息がつくって意味だ! 金貨五百枚借りたら、十日後には利息だけで金貨五十枚! 二十日後には金貨百五枚! 一ヶ月で金貨約百六十五枚の利息が乗る計算になるんだよ! 複利の魔法じゃなくて、複利の地獄だろうが!!」
「えっ……?」
「い、一ヶ月で……百六十五枚……?」
二人の顔から、サァァッと血の気が引いた。
「年間利息に換算すれば、年利三千パーセントを軽く超える、完全な違法闇金だ! なにが未来への自己投資だ、バカかお前ら! 世の中に『置いておくだけで金が増える壺』なんてあるわけねぇだろ! もしそんな魔法のアイテムがあるなら、売ってる本人が自分で使ってるはずだろが!!」
リアンの正論のラッシュ(と新聞紙の物理攻撃)に、二人は「ひぐっ、うぅぅ……」と涙を流して震え上がった。
「なんで見ず知らずの胡散臭い青スーツの男の言葉を信じるんだ! お前ら、美味い話には必ず裏があるって、前にも痛い目見て学んだだろ! いい大人が揃いも揃って、どうして毎回テンプレみたいな詐欺に引っかかるんだよ!」
「だ、だってぇ……ステータスにSSRって書いてあったんだもん……!」
「そうですわ! 嘘をつくなんて思わなかったんですもの……!」
「ステータスなんて、偽装スキルや魔道具を使えばいくらでもいじれるんだよ! 自分の目と頭で考えろ! 大体、お前らのような底辺に回ってくる美味い話なんて、100%カモにするための撒き餌に決まってんだろ!」
スパーーーン! スパーーーン!
追撃のハリセンが炸裂し、二人はちゃぶ台に突っ伏して号泣した。
「うわぁぁぁん! ごめんなさぁぁい! 私が悪かったわぁぁっ!」
「借金地獄ですわーっ! マグローザ漁船に売られてしまいますわーっ!」
完全に心が折れて泣きじゃくる二人を見下ろし、リアンは大きくため息をついた。
まったく、どいつもこいつも世話が焼ける。
「……まぁ、騙されたお前らもバカだが」
リアンは新聞紙ハリセンを肩にポンポンと叩きながら、鋭い目を細めた。
「うちのポンコツ(居住者)を騙して、法外な闇金契約を押し付けた詐欺師のクソ野郎どもを、このまま野放しにしておくほど、俺は人が良くねぇんだよ」
前世の『都市ゲリラ教本』の知識が、リアンの脳内で臨戦態勢(戦闘モード)へのシフトを告げていた。
ポポロ村の住人を害する者は、それが神だろうが魔王だろうが、徹底的に排除する。それがこのアパートの寮母長としての務めだ。
「ルチアナ、リーザ。その胡散臭い男たちの特徴を教えろ。青スーツとニッカポッカだったな?」
「う、うん……。あと、金メッキの時計してて、ビジネス用語をやたら使ってたわ……」
「ボストンバッグに、同じような壺をいくつか入れてましたわ……」
「上等だ。まだ村から遠くへは逃げてないはずだ」
リアンはエプロンのポケットから魔導通信石を取り出し、自室にいるであろう頼れる相棒に連絡を入れた。
『……なんだ、リアン。昼前から』
「クラウス、大盾持ってこい。うちのバカ二人が詐欺に遭った。落とし前を入れに行くぞ」
『了解した。即座に向かおう』
騎士としての正義感に燃えるクラウスからの即答を得て、リアンは通信石を切った。
「お前らは、そこで正座して反省してろ。俺たちが金(借用書)を取り返してきてやる」
リアンは割烹着を脱ぎ捨て、いつもの防刃ジャージ姿になると、腰に『氷結包丁』をぶら下げて玄関へと向かった。
神と人魚を騙した悪徳詐欺師コンビ。
彼らの運命のタイムリミット(寿命)は、この瞬間から急速に削られ始めていたのである。
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