EP 22
情報商材屋とポンコツ神、運命の出会い
「お金……お肉……月人君のアクスタ……」
「チーズインハンバーグ……スパチャ……不労所得……」
ポポロ村ののどかなメインストリート。
農家のおばちゃんたちが行き交い、特産品の『太陽芋』や『月見大根』が並ぶ平和な市場の真ん中を、完全に生気を失った二人のジャージ女が亡霊のように彷徨っていた。
天界のトップである世界神ルチアナと、シーラン国の王女にして地下アイドル人魚のリーザである。
二人の目は、路地裏で食べ物を探す野良犬よりも血走っていた。
「あぁもう! ラスティアの奴、腹立つわね! どうせまた裏で何か汚いマネして稼いでるのよ! 私だって神様なんだから、札束のお風呂に入って月人君のDVDを全巻大人買いしたいのにぃ!」
「そうですわルチアナ様! 汗水垂らして働くなんて時代遅れですの! 私たちに必要なのは、寝ていても勝手にお金が湧いてくるシステム……すなわち『不労所得』ですわーっ!」
パンの耳とゆで卵(時々もやし)で形成された悲しきポンコツ二人が、叶うはずもない一攫千金の夢を語り合いながらヨロヨロと歩いていた、その時である。
「――おや? そこのお美しいお姉さん方。もしかして、『お金の悩み』を抱えていらっしゃいませんか?」
不意に、ひどく胡散臭い、それでいてやたらと自信に満ちた声がかけられた。
「へっ?」
二人が振り返ると、そこには異世界ファンタジーの農村には絶対に似つかわしくない、テカテカと不自然な光沢を放つ青いスーツを着た男が立っていた。
髪はポマードでギトギトに固めたオールバック。腕にはやたらとデカい金メッキの時計をひけらかし、薄ら笑いを浮かべている。
そしてその後ろには、汚れたニッカポッカにタンクトップ姿で、耳に安タバコを挟んだガテン系の中年男が、ボストンバッグを提げて立っていた。
犯罪組織『ナンバーズ』の末端にして、最悪の詐欺師タッグ――元情報商材屋の鮫島と、元土木作業員の火原である。
「誰よ、あんたたち?」
ルチアナが怪訝そうに眉をひそめる。
鮫島は、わざとらしく胸に手を当て、爽やかな(つもりらしい)ビジネススマイルを浮かべた。
「怪しい者ではありません。私は『サメジマ・アドベンチャー・サロン』の代表、鮫島と申します。こちらは弊社エグゼクティブ・クリエイターの火原です」
「おう」
火原がガムを噛みながら顎をしゃくる。
鮫島は、獲物を見定めたヘビのような目で、二人のヨレヨレの芋ジャージと、飢餓感に満ちた瞳を値踏みしていた。
(……間違いない。身なりは底辺、目は強欲。典型的な『情弱』だ。こいつらなら、いくらでも毟り取れる……!)
「お見受けしたところ、お二人は日々の生活費や推し活……いえ、高尚な趣味の資金繰りに苦労されているご様子。……単刀直入に伺いましょう。まだ、ダンジョンでゴブリンを狩って消耗しているんですか?」
「えっ?」
鮫島は、ビシッと大げさな身振りで指を鳴らした。
「時代は『魔力資産運用』です! 労働という名のラットレースから抜け出し、何もしなくても金貨が舞い込む圧倒的な『シナジー』と『コミットメント』! お二人は先ほど、こう仰っていましたね? 『不労所得』が欲しい、と」
『不労所得』。
その魅惑の四文字を聞いた瞬間、ルチアナとリーザの肩がビクゥッ!と跳ね上がった。
「ふ、不労所得……ッ!」
「知ってるの!? あなた、その方法を知ってるの!?」
完全に食いついた二人を見て、鮫島は心の中でガッツポーズをキメた。
(チョロい! チョロすぎるぜ異世界の住人は!)
「もちろんです。実は私ども、古代エルフの遺跡から『ある途方もないアーティファクト』を発掘いたしまして。本日は特別に、意識の高いお二人にだけ、その恩恵をシェアさせていただこうかと」
鮫島が合図をすると、火原がボストンバッグの中から、恭しく『一つの壺』を取り出した。
「こ、これは……?」
それは、どう見てもその辺の雑貨屋で銅貨三枚で売っていそうな、薄汚れた安物の素焼きの壺だった。
実際、火原のユニークスキル【劣化複製】で作られたそれは、指ではじいただけで粉々に砕け散るほどの粗悪品である。
「ただの壺に見えますか? ふふふ……ではお姉さん、ご自身の『鑑定スキル』や魔法で、この壺のステータスを覗いてみてください」
鮫島は自信満々に言った。
なぜなら、彼には対象のステータス表記のテキストだけを自由に書き換えるユニークスキル【ステータス偽装】があるからだ。すでにこのゴミ壺には、最強のデコレーションが施されている。
「え? なによ勿体ぶって……じゃあ、ちょっと賢者君アプリで見てみるわよ」
ルチアナがエンジェルすまーとふぉんを取り出し、カメラアプリで壺をスキャンした。
ピピッ、と電子音が鳴り、画面に壺の詳細なステータス情報が浮かび上がる。
そのテキストを見た瞬間、ルチアナの目が、これ以上ないほどに見開かれた。
「なっ……ななななななっ!?」
『名称:【SSR】大宇宙金運の神聖壺』
『属性:神話級アーティファクト』
『効果:部屋に置くだけで所有者の金運チャクラを世界樹のマナと同期させ、毎月金貨100枚相当の財を自動生成する。富のドロップ率+9999%』
「エスエスアールぅぅぅぅっ!?」
ルチアナが悲鳴のような声を上げた。
「富のドロップ率+9999%!? 毎月金貨100枚の自動生成!? 嘘でしょ、これ本物の神話級アイテムじゃない!! なんでこんなものがポポロ村の道端に!?」
「見せてくださいませルチアナ様! ――ひゃああああっ!? ほ、本当ですわ! ステータス表記が黄金に輝いておりますの!!」
神と人魚が、完全に壺(ただの粗悪なコピー品)の虜になっていた。
鮫島の【ステータス偽装】は「表記だけを変える」という致命的な欠陥スキルだが、目の前の二人のように「権威ある文字情報」を疑わずに盲信する情弱にとっては、これ以上ない必殺の罠なのだ。
「お分かりいただけましたか?」
鮫島は、青いスーツの襟を正し、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「この壺を部屋に置くだけで、お二人の人生は『勝ち組』です。毎日ステーキを食べ、欲しかったグッズも買い放題。まさに究極のウィンウィンの関係を築ける至高のアイテム!」
「か、買う! 買うわ! ぜったい買う!」
ルチアナが鼻息を荒くして身を乗り出す。
「で、おいくらなの!? どうせ金貨一万枚とかするんでしょ!」
「ふふっ、通常であれば金貨一万枚のところですが……本日はお二人の『未来への自己投資』を応援するため、特別価格! なんと金貨『五百枚』でご提供いたします!」
「「ご、五百枚……ッ!」」
二人の顔がサァァッと青ざめた。
いくら破格とはいえ、今の二人の全財産を合わせても、銀貨数枚とパンの耳しかないのだ。
「だ、ダメですわルチアナ様……私たち、そんな大金持っておりませんの……」
「くそぉぉっ! 目の前に月人君のVIP席がぶら下がっているのに……!」
絶望して膝から崩れ落ちる二人に、鮫島は悪魔の囁きを落とした。
「ご安心ください。そんな熱意あるお二人のために、弊社では独自の『夢のサポート・ローン』をご用意しております」
「ローン?」
鮫島は、懐から一枚の羊皮紙と羽ペンを取り出した。
「ええ。初期費用はゼロ! 壺は今日この場でお持ち帰りいただけます。お支払いは、壺が生み出す『不労所得』からゆっくり返済していただければ結構です。金利は安心の『トイチ』システムを採用しております!」
「トイチ? なによそれ」
「十日で一割、という、業界でも大人気の非常に分かりやすいシンプルなプランですよ。複利計算の魔法で、あっという間に完済できます! さぁ、ここにサインを!」
十日で一割の利息――すなわち、現代日本において完全なる『違法・超高金利の闇金』である。
しかし、神界から降りてきたばかりで金融リテラシーがゼロのルチアナと、世間知らずの人魚姫リーザが、複利の恐ろしさを知るはずもなかった。
「初期費用ゼロ!?」
「壺が勝手にお金を生み出すなら、利息なんて余裕で払えますわね!」
完全に脳内がお花畑になった二人は、一切の躊躇なく、鮫島の差し出した悪魔の契約書にサラサラとサインを書き込んでしまった。
「……はい、確かに契約成立です。おめでとうございます! これでお二人は、真の『自由』を手に入れました!」
鮫島は契約書を素早く懐にしまい込み、火原がニヤニヤしながら粗悪品のゴミ壺をルチアナに手渡した。
「おっと、神話級のアイテムだ。落とさねぇように大事に両手で持てよ、ねーちゃん」
「わ、分かってるわよ! リーザ、早く帰って神棚に飾るわよ! 崇めるのよ!」
「はいですわーっ! これで明日はトリプル・チーズイン・ハンバーグですわーっ!」
二人は、重たい壺(本当はただの土器)をまるで赤子のように大事に抱え、満面の笑みでポポロ・コーポへと猛ダッシュで帰っていった。
その後ろ姿を見送った後。
詐欺師コンビは、顔を見合わせて下劣な笑い声を上げた。
「ギャハハハハ! 見たか火原さん! あのバカ女ども、借金のトイチ契約書にノータイムでサインしやがったぜ!」
「へっ、チョロいもんだな。俺が作った原価・銅貨一粒のゴミ壺が、金貨五百枚(+トイチの利息)の借用書に化けやがった」
鮫島は、青スーツのポケットに入れた契約書をポンポンと叩いた。
「俺の偽装は48時間で切れますからね。クレームをつけられる前に、さっさと次のカモを探して、隣町へトンズラかましましょうや」
「おうよ。今夜はキャバクラで豪遊できそうだな」
悪徳詐欺師たちは、自分たちの完璧なビジネスモデル(詐欺)の成功に酔いしれていた。
自分たちが手を出した相手が、曲がりなりにも世界を管理する神と、厄介極まりない貧乏神スキルを持つ人魚であること。
そして何より――彼女たちの背後に、あの『最恐の寮母長』が控えていることなど、彼らは知る由もなかったのである。




