EP 21
もやし定食とヒレステーキ、そして魔王の黒い懐
ジュウゥゥゥゥゥゥッ!!
ポポロ・コーポの食堂に、中華鍋と高火力魔導コンロがぶつかり合う小気味良い音が響き渡っていた。
鍋の中で宙を舞っているのは、大量の『もやし』である。ポポロ村の地下水で栽培された無農薬のモヤシは太くてシャキシャキとしており、そこへ俺が刻んだニンニクと細切れのシープピッグ(豚羊)肉をほんの少しだけ加え、醤油草の絞り汁と胡麻油で一気に炒め上げる。
前世で三ツ星フレンチの副料理長まで務めた俺の腕にかかれば、原価・銅貨数枚の貧乏食材であっても、立派なメインディッシュに化ける。
仕上げにブラックペッパーを散らし、アツアツのうちに大皿へ盛り付けた。
「はいお待ち。リアン特製、もやしと豚肉の焦がし醤油炒め定食だ。ご飯は山盛りにしておいたぞ」
「「いただきます……」」
テーブル席で向かい合って座っている二人の住人――天界のトップである世界神・女神ルチアナと、シーラン国の王女にして地下アイドル人魚のリーザが、どんよりとした顔で箸を取った。
「……シャキシャキですわ。お米が進む、完璧な味付けですの。さすがはリアン様ですわね」
「ええ、本当よ。この焦がし醤油の香ばしさ……これだけでビールが三杯はイケるわ……」
二人はもやし炒めを口に運び、モグモグと咀嚼しながら、ポロポロと悔し涙をこぼした。
「でもね、リアン君……私、一応この世界を管理する神様なんだけど……なんで三日連続で『もやしメイン』の定食なのよぉぉっ!」
ルチアナが、お約束の芋ジャージ姿でテーブルに突っ伏して嘆く。
「文句を言うな。月末で懐が寂しいって泣きついてきたのはお前らだろうが。俺は出された予算(一食銅貨三枚)の中で、最大限のパフォーマンスを発揮してるだけだ」
俺はエプロンで手を拭きながら、冷たく言い放つ。
ルチアナは地球のアイドル『朝倉月人』の推し活とソシャゲのガチャでクレジットカードの限度額(100万円)を限界突破し、現在、天界の黒服レスラーからの取り立てに怯えながら極貧生活を送っている。
一方のリーザは、そもそも稼ぎがほぼゼロの地下アイドルであり、普段の主食はパンの耳と茹で卵だ。このもやし定食すら、彼女にとっては御馳走の部類に入るはずなのだ。
「うぅぅっ……お肉が食べたいですわ……もやしに混ざっているこの細切れの豚肉じゃなくて、分厚くて、ナイフを入れたら肉汁がジュワッて溢れ出すような、そういうお肉が……っ!」
リーザが、お賽銭箱型掃除機を抱きしめながら血の涙を流す。
その時だった。
――ジィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!
食堂の奥の席から、暴力的なまでの『肉の焼ける音』と、芳醇な赤身肉の香りが漂ってきた。
「ふふっ……ナイフがスッと入るわね。表面はカリッと香ばしく、中は完璧なロゼ色のミディアムレア……リアン君、貴方の火入れの技術は、アバロンの宮廷シェフよりもずっと優秀だわ」
優雅にナイフとフォークを操り、巨大なステーキを一口サイズに切り分けているのは、永遠の17歳(自称)にしてアバロン魔皇国のトップ――魔王ラスティアであった。
彼女の目の前に鎮座しているのは、俺が特別に仕入れた『A5ランク相当・魔牛の極厚ヒレステーキ(特製ガーリックソース)』である。
添えられているのは、濃厚なハニーかぼちゃのポタージュと、焼きたてのパン。まさに、貴族の晩餐会にふさわしいフルコース定食だった。
「「…………ッ!!」」
もやし炒めを齧っていたルチアナとリーザの目が、完全に血走った。
「ちょっと! ラスティア! なんであんただけ、そんなVIPメニュー食べてんのよ!」
ルチアナが、箸を握りしめたままバンッ!とテーブルを叩いて立ち上がる。
「あら、ルチアナ。こんにちは。もやし炒め、シャキシャキしてて美味しそうね。一口あげようか?」
ラスティアは、わざとらしくヒレ肉の一片をフォークに刺し、キラキラと輝く肉汁を見せつけながら微笑んだ。
「もやしじゃなくて、その肉を寄越しなさいよ! というか、おかしいじゃない! あんたも先週、月人君の福岡ドーム遠征でアリーナ最前列のVIPチケット買って、軍事予算を盛大に横領してルーベンスに激怒されてたはずでしょ!? なんでそんなに羽振りが良いのよ!」
ルチアナの追及に、ラスティアは「ん〜?」と首を傾げ、ポタージュを優雅に一口飲んだ。
「そう? 偶々(たまたま)よ、たまたま。ちょっとした臨時収入があったの」
ラスティアは、ふふっと上品に笑いながら、心の中で真っ黒な舌を出していた。
(臨時収入も何も……アバロンの軍事倉庫で埃を被っていた『型落ちの魔獣カプセル』を、人間の裏社会のブローカー(ナンバーズのスリー等)に横流ししたら、バカみたいに高値で売れたのよねぇ〜♡ おかげで月人君の冬のドームツアーの全通費用まで一気に稼げちゃったわ。やっぱり、オタ活の基本は不労所得よね!)
世界を裏から操る魔王らしく(ただし目的はアイドルの追っかけ)、悪徳ビジネスで裏金を荒稼ぎしているとは露知らず。
ルチアナとリーザは、ラスティアの放つ圧倒的な『セレブオーラ』と、ヒレステーキの破壊力抜群の匂いの前に、完全に自我を失いつつあった。
「り、臨時収入……不労所得……! 素晴らしい響きですわ……!」
リーザの瞳孔が開き、口から滝のようにヨダレが垂れている。
「私にも……私にもその臨時収入があれば、リアン様に『トリプル・チーズイン・ハンバーグ(特大)』を毎日注文できますのに……っ!」
「あんた、なんで金が入っても思考回路がファミレス止まりなのよ。私は天界の借金をチャラにして、月人君のアクスタを無限回収するわよ!」
ルチアナも完全に毒されていた。
二人は顔を見合わせると、同時にガタッ!と席を立ち上がった。
「行くわよリーザ! このポポロ村のどこかに、私たちを金持ちにしてくれる『美味しい話』が転がっているはずよ!」
「はいですわルチアナ様! もやし炒めからの脱却……哀と! 貧乏と! お腹ペコペコの苦しみを、今こそ晴らす時ですわーっ!」
二人は、食べかけのもやし定食を掻き込むと、そのまま嵐のようにポポロ・コーポの食堂を飛び出していった。
「……おい、食後のお茶も飲まねぇでどこ行くんだ、あいつら」
俺が洗い物をしながら呆れ顔で呟くと、ラスティアは最後の一切れのヒレ肉を口に運びながら、くすくすと笑った。
「さぁ? きっと、カモネギの群れにでも飛び込みに行ったんじゃないかしら。……リアン君、食後のポポロ・コーヒーをお願いできる? あと、デザートの特製プリンもね♡」
「へいへい。毎度あり、魔王様」
大金(裏金)を落としてくれる上客には、逆らわないのが商売の基本だ。
しかし、この時の俺はまだ知らなかった。
金と食欲に目が眩んだポンコツ女神と地下アイドルが、村に潜伏していた『最悪の悪徳詐欺師コンビ』とエンカウントし、ポポロ村全体を巻き込む、壮絶でくだらないドタバタ劇の引き金を引いてしまうということを。
読んでいただきありがとうございます。
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