EP 20
ルナキン大宴会と、新しい日常(メロンソーダ味)
ポポロ村の国道沿いに煌々と看板を輝かせる、24時間営業の魔導ファミレス『ルナミスキング』――通称・ルナキン。
普段から深夜になれば、神々や魔獣、ヤカラな冒険者たちが入り乱れるカオスな空間だが、今夜の貸し切りフロアの騒ぎは、間違いなくルナキン史上最高(最悪)の人口密度と熱気を帯びていた。
「ぷはぁぁぁぁっ……! 五臓六腑に染み渡る……っ!!」
フロアの隅のボックス席。
アバロン魔皇国のエリート貴公子・ルーベンスは、ネクタイを緩め、軍服のボタンをだらしなく外した姿で、巨大なジョッキになみなみと注がれた『イモッカ(芋ウォッカ)のソーダ割り』を豪快に煽っていた。
彼の目の前には、ルナキン名物『山盛りフライドポテト』と『若鶏の魔導スパイス唐揚げ』、そして『ガーリックペッパー鉄板焼き飯』という、貴族のフルコースとは対極に位置する、茶色くて油っこいジャンクフードの山が並んでいる。
「ルーベンス様……魔王城の晩餐会では、常にカロリーと栄養素を計算された食事をとられていたのに……」
「うるさいぞ副官! 今夜だけは言わせてもらう、フレンチのフルコースなんぞより、労働の後の油と塩とアルコールこそが至高なのだ! ああ、美味い! 胃薬なしで飯が食えるとは、何という幸せだ!」
農作業(村の柵修理)で泥だらけになった魔族の将校たちは、もはや大義も面子も投げ捨て、ジョッキを片手にポテトを貪っている。
一方、その向かいの席では、天界の天使長ヴァルキュリアが、信じられないものを見るような目でテーブルの中央を凝視していた。
「こ、これが……ずっと夢にまで見た……」
彼女の目の前に鎮座しているのは、ルナキン自慢のスイーツ『メガ盛りストロベリー・マウンテンパフェ』。
高さ30センチを超えるグラスに、たっぷりの生クリーム、バニラアイス、真っ赤な苺のソース、そして頂上にはサクサクのウエハースが突き刺さっている。
ヴァルキュリアは震える手で長いパフェスプーンを握りしめ、生クリームと苺をすくい上げ、そっと口に運んだ。
「――っ!!」
瞬間、彼女の背中の純白の翼が、バサァッ!と天高く広がった。
「あ、あまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
大粒の涙が、ヴァルキュリアの美しい頬を滝のように流れ落ちる。
「甘いです! 苦くないです! 泥みたいな味がしません! 口の中でフワフワと溶けて、苺の酸味がクリームの甘さを引き立てて……生きててよかった! 私、天使長を辞めずに頑張ってきて、本当によかったぁぁぁっ!」
毎日毎日、極限の緊縮財政の中で『高濃度青汁』と『レンガのように硬い黒パン』だけを貪ってきた彼女にとって、このパフェはまさに天界そのものだった。
スプーンを口に運ぶたびに「美味しい……美味しいですぅ……!」と号泣する天使長を見て、周囲の天使兵たちも「ヴァルキュリア様、よかったですね……!」と一緒に泣きながらハンバーグを頬張っている。
そんな涙と感動の異文化交流(?)が繰り広げられる中、俺たちクラン『ホープ・クローバー』のテーブルも、相変わらずの無法地帯と化していた。
「ふふふ……見なさい、これがドリンクバーの真髄! コーラにメロンソーダを3、オレンジジュースを2、そしてエスプレッソをひと回し! これこそが原価を最も回収できる『究極のコスパ・ポーション』ですわーっ!」
「馬鹿野郎、そんな毒液みたいな色のもんをドリンクバーで作るな!」
俺は、不気味に泡立つグラスを掲げて高笑いするリーザの頭に、スパーン!とチョップを入れた。
「痛っ! なにするんですのリアン様! アイドルの脳細胞が死滅したらどう責任取ってくださるの!?」
「ただでさえカンストしてる貧乏神の脳細胞がこれ以上減るか。大人しくウーロン茶でも飲んでろ」
俺が呆れていると、隣の席ではクラウスが『トリプル・チーズイン・ハンバーグ(特大ライス付き)』を優雅なナイフ捌きで切り分けていた。
「ふむ……リアンの手料理には及ばないが、ファミレスの大量生産の味というのも、また大衆の活気を感じられて悪くないな。……すまない店員! ライスのおかわりを!」
「クラウス、お前もう三杯目だぞ。どんだけ食うんだ」
「盾役は体が資本だからな。それに、今日はなぜかルーベンス殿の奢りだと聞いたのでね」
「あぁ。迷惑料の代わりに、アバロンの軍事予算のカードを切らせたからな」
遠くの席で、ニャングルに領収書を突きつけられているルーベンスがビクッと肩を揺らしたが、あえて無視する。
「あーあ、お肉ばっかり食べてると体に悪いですわよ? デザートには新鮮なフルーツが一番ですわね! 『ハッピー・フルーツ・ジェネレイト』!」
ルナが世界樹の杖を軽く振ると、ファミレスのテーブルの中心からニョキニョキと立派な『リンゴの木』が生え出し、たわわに実った真っ赤なリンゴがボトボトと皿の上に落ちてきた。
「ルナ! 店内で勝手に植林すんな! 鉢植えサイズにしとけっていつも言ってんだろ!」
俺が慌ててリンゴの木を引っこ抜いていると、キャルルがクスクスと笑いながら、フライドポテトを一本つまんで隣の席に差し出した。
「はい、キッド君! ポテト、ケチャップつける?」
「あ、うん。ありがとう、キャルル」
キッド・ジーニアス。
ほんの数時間前まで、天魔窟の最下層で絶望に呑まれ、世界を滅ぼそうとしていたネフィリムの少年は今、すっかり泥を落とし、俺のお下がりの清潔なパーカーを着て、ファミレスのソファ席にちょこんと座っていた。
彼の目の前には、鮮やかなエメラルドグリーンに輝く『メロンソーダ』が入ったグラスが置かれている。
「なんだそれ? 飲まねぇのか?」
俺が尋ねると、キッドはオッドアイをパチクリと瞬かせ、グラスの中の気泡を不思議そうに見つめた。
「だって、これ……シュワシュワしてて、緑色で……なんだか魔法の霊薬みたいなんだもん。飲んだら爆発したりしない……?」
暗闇の牢獄で何年も過ごしてきた彼にとって、ファミレスのドリンクバーのメロンソーダは、未知の魔法具のように見えているらしい。
「爆発しねぇよ。いいから騙されたと思って飲んでみろ」
俺が促すと、キッドはストローを恐る恐る口に含み、ズズッと一口吸い込んだ。
「――っ!?」
瞬間、キッドのオッドアイが見開かれ、背中の白と黒の翼がビクッと跳ねた。
「な、なにこれ……っ! 口の中でパチパチ弾けて……それに、すっごく甘くて、美味しい……!!」
「だろ? それが『炭酸』だ。まあ、毒にはならない程度にジャンクで体に悪いもんだが、たまに飲むと美味いんだよな」
俺が笑って言うと、キッドは両手でグラスを大事そうに抱え込み、ストローでちゅうちゅうとメロンソーダを飲み始めた。
その顔は、復讐に燃える悪魔でも、運命に翻弄されたイレギュラーでもない。ただの、甘い飲み物に喜ぶ十六歳の少年だった。
「……ねえ、リアン」
キッドが、メロンソーダを半分ほど飲んだところで、ふと顔を上げた。
「ん?」
「僕……お腹いっぱいだよ」
キッドは、騒がしいルナキンの店内をぐるりと見渡した。
油まみれになって笑う魔族の将校たち。パフェを食べて号泣する天使長。テーブルでリンゴの木を育てるエルフ。ポテトを奪い合う騎士とアイドル。
そこには、彼がずっと憎み続けていた『世界』の縮図があった。
けれど、誰も彼を恐れていない。誰も彼に石を投げない。
ただ、同じ場所で、同じご飯を食べて、バカみたいに騒いでいるだけだ。
「暗くて、寒くて……ずっと一人で、寂しかったのに」
キッドは、パーカーの袖で目元をゴシゴシと拭った。
「こんなに明るくて、うるさくて、温かい場所があったなんて……知らなかったよ」
「そうか。まあ、うちの連中といると、温かいっていうより『騒がしくて頭が痛い』の方が正解だけどな」
俺が苦笑すると、キッドは鼻をすすりながら、エヘヘと照れくさそうに笑った。
「明日も……朝早く起きて、お風呂のお湯、沸かすね」
「おう。熱すぎず、温すぎず、四〇度ジャストにな」
「うん! それから、畑の『ガーリッ君』の収穫も、泣かないで頑張るよ!」
「ああ。アイツの口臭に耐えられたら、お前も一人前のポポロ村民だ」
俺は立ち上がり、キッドの頭にポンッと手を置いた。
「しっかり働けよ、新入り。明日の昼飯は、お前の稼ぎに相応しい、とびっきり美味い『まかない』を作ってやるからな」
「――うんっ!!」
キッドの顔に、今日一番の、太陽のように眩しい笑顔が弾けた。
世界を滅ぼすはずだった神魔兵装は、駄女神の推し活費用となって遥か彼方へ消え去った。
大義を掲げて進軍した数万の軍隊は、農作業で汗を流した末にファミレスの宴会に溶け込んだ。
そして、絶望に呑まれていたネフィリムの少年は、ポポロ・コーポの下働きとして、新しい『日常』を手に入れた。
世界の危機なんて、所詮はそんなもんだ。
美味い飯と、笑い合えるバカな仲間が手の届く範囲にいれば、大抵の絶望はなんとかなる。
俺は、追加のフライドポテトを山のように運んでくる配膳ロボットを避けながら、騒がしくも愛おしい俺たちの日常の風景を、満足げに見つめるのだった。
(『ネフィリム討伐編』 完)
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