EP 18
消えた世界崩壊の危機(と剣)、およびタダの農民
「おい、キャルル! リーザ! ちょっとこっち来い!」
リアンの張り上げた声に、リビングで『梅太郎伝説』に白熱していた二人が、コントローラーを持ったままヒョコッと顔を出した。
「なーに、リアン君。餃子もう焼けるの?」
「まだだ。お前ら、餃子包むのサボってゲームしてただろ……まあいい」
リアンはフライパンから手を離し、ルーベンスとヴァルキュリア、そして緊張で固まっているキッドを指差した。
「こいつらがさっきから『聖魔竜王剣がー』『究極の神魔兵装がー』って大騒ぎしてて、話が全然前に進まねぇんだ。そういや、あの馬鹿デカい黒白の剣、ダンジョンから引き上げた後、今どこにやってあるか知ってるか?」
リアンのその質問に、ルーベンスとヴァルキュリアはハッと息を呑んだ。
(そうだ! まずはあの剣を押収し、封印しなければ! あの剣さえ無力化できれば、最悪ネフィリムの処遇については再考の余地がある!)
ルーベンスの脳裏に、かすかな希望の光が差す。
しかし、キャルルはウサギ耳をパタパタと揺らしながら、首を傾げた。
「え? 聖魔竜王剣? ……あれ、そう言えばどこ行ったっけ? リーザちゃんが持ってたよね?」
「ええ、もちろん覚えていますわよ!」
リーザが、ジャージの胸を張ってドヤ顔で答えた。
「あの剣、とんでもなく貴重な魔導金属の塊でしたからね。ダンジョンから持ち帰った後、すぐにゴルドスマイル銀行に持ち込んで、分解して質屋の裏ルートで売り捌こうとしましたの!」
「お前……世界を滅ぼす神魔兵装を、スクラップにして売ろうとしたのか……!?」
ヴァルキュリアが白目を剥きかける。だが、リーザの話はそこでは終わらなかった。
「でも、窓口で鑑定をお願いした瞬間、ニャングルさんが血相を変えて飛んできまして。『こんなもん市場に流したら、パワーバランスが崩れて通貨の価値がバグるわアホォォッ!!』って、私に全力のラリアットをかましてきたんですの。おかげで私は店外まで吹っ飛んで、剣を落としてしまいましたわ」
「で、その後どうなったんだよ」
リアンが呆れ顔で続きを促す。
「私が道端で気絶している間に、ちょうどポポロ村のルナキン(ファミレス)に遊びに来ていたルチアナ様が通りかかりまして……」
「ルチアナ様が!? な、ならば安心だ! 天界のトップたる女神様が、あの危険な剣を厳重に封印してくださったに違いない!」
ヴァルキュリアがパァァッ!と顔を輝かせ、ルーベンスもホッと胸を撫で下ろした。
やはり最後は神界のトップが動くのか。ならば話は早い。
しかし、キャルルが申し訳なさそうに、衝撃的な事実を口にした。
「ううん。ルチアナ様、道端に落ちてた聖魔竜王剣を拾って、すっごく悪い顔をしてたよ。『これ、神代のアーティファクトじゃん! コレクターのデュアダロスあたりに売りつければ超高値で売れる! よーし、これで月人君の福岡ドーム遠征のVIP席チケットと、ホテル代にするね♡』って言って、そのままルナミスの質屋の方へスキップして行っちゃった」
「…………」
「…………」
食堂に、恐ろしいほどの静寂が舞い降りた。
餃子を包む手が止まったフェンリルが「あーあ」とタバコの煙を吐き、スアイが「あの駄女神、またやりやがったな」とイモッカを煽る。
「…………はい?」
ルーベンスが、能面のようにつぶやいた。
「ルチアナ様が……神魔兵装を……推し活の遠征費用(ホテル代込み)として、質屋に……? いやいやいや! ははは、まさかそんな! 世界を滅ぼす剣ですよ!? 勇者と魔王の力が合わさった、究極のイレギュラーなんですよ!?」
「ええ。だからこそ、メチャクチャ良い値段がついたらしいですわ。ルチアナ様、後日『VIP席最高〜♡』ってエンジェルすまーとふぉんに写真アップしてましたもの」
リーザが無慈悲にトドメを刺した。
ルーベンスとヴァルキュリアの頭の中で、これまで自分たちが掲げてきた『神話的な大義名分』が、音を立ててガラガラと崩れ落ちていく。
「せ、聖魔竜王剣が……アイドルの、遠征費用……福岡ドームの……?」
ヴァルキュリアの瞳から、光が消えた。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ……! 我々は、何のために数万の軍勢を動かしたのだ! 保守派の元老院たちを、何と説得すればいい!? 『ネフィリムの剣は、女神様の推し活費用になりました』とでも報告しろというのかぁぁぁっ!?」
ルーベンスが両手で頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
彼の胃壁はもはや限界を通り越し、完全に機能不全に陥っていた。
「あー、なるほどな。事情はだいたい分かった」
絶望のどん底に突き落とされた二人を見下ろし、リアンが腕を組んでまとめた。
「つまり、お前らが一番恐れていた『世界を滅ぼす剣』は、もうこいつ(キッド)の手元にはねぇってことだ。俺たちがダンジョンでぶっ飛ばした時に、完全に所有権は離れたからな」
リアンは、泥だらけのジャージを着て、手には『ガーリッ君』の入ったカゴを提げているキッドを親指で指し示した。
「武器もねぇ。世界を滅ぼす気もねぇ。今こいつが持ってるのは、明日の朝早く起きて風呂の湯を沸かすっていう『仕事』と、これからみんなで包む『餃子』だけだ」
リアンは、冷たく、だがどこか可笑しそうに口角を上げた。
「……つまり、今のキッドは、ただの『未成年の農民』だ」
「未成年の……農民……」
ルーベンスが、うわ言のように繰り返す。
「大軍を率いて、立派な将校と天使長様が揃いも揃って……武器も持たない、ただの未成年の農家の下働きを、よってたかってイジメに来たってことだ。……へぇ、それがお前ら魔皇国と天界が掲げる『大義』ってやつか。随分と立派な正義があったもんだな」
「ッ……!!」
リアンの容赦のない煽り(正論の暴力)が、二人の指揮官のプライドを完全にへし折った。
大義などない。
世界を滅ぼす剣は、駄女神のオタ活費用に消えた。
残されたのは、泥だらけのジャージを着て、農作業のノルマをこなして夕飯を楽しみにしている、丸腰の少年だけ。
そんな少年を数万の軍勢で包囲し、引き渡せと迫っていた自分たちの姿は、滑稽を通り越して、ただの『たちの悪いチンピラ』でしかなかった。
「……うぅっ……」
不意に、ヴァルキュリアが膝から崩れ落ちた。
美しい純白の翼がしおれ、両手で顔を覆って、ポロポロと涙を流し始める。
「もう……もう嫌ですぅ……っ! ルチアナ様は好き勝手に予算を溶かすし、兵士たちは青汁でストライキを起こすし、ケンタウロスには婚活タックルされるし……挙句の果てに、ただの農家の少年をイジメる悪役扱いなんて……っ!」
「ヴァ、ヴァルキュリア殿……しっかりしてください……!」
「嫌です! 頑張って働いても、誰も褒めてくれないじゃないですか! 私だって……私だって、本当は戦争なんかしたくない! ルナキンで、特大の苺パフェが食べたいんですぅぅぅっ!!」
激務と緊縮財政、そして理不尽すぎるポポロ村の生態系に挟まれ、真面目すぎる天使長の心はついにポキッと音を立てて折れてしまった。
フローリングの床をバンバンと叩きながら、子供のように泣きじゃくるヴァルキュリア。
「おいおい、泣かせちまったじゃねぇかリアン。お前、女の扱いが雑だぞ」
フェンリルが呆れ顔で言う。
「俺のせいにするな。こいつのメンタルがギリギリだっただけだろ」
リアンはため息をつき、頭をガシガシと掻いた。
そして、泣き崩れるヴァルキュリアと、完全に虚無の表情で宙を見つめているルーベンスの前に、パンッ!と音を立てて『餃子の皮』と『餡の入ったボウル』を置いた。
「おい。軍のトップがいつまでもメソメソ泣いてんじゃねぇ。大義名分がなくなったんだ、お前らの負けだ。さっさと兵隊どもを国に引き上げさせろ」
「り、リアン・クライン……」
「その代わりと言っちゃなんだが……今夜は、うちの庭で餃子の宴会にする。お前らが包んだ餃子だ、最後まで責任持って食っていけ」
リアンは、泣き顔のヴァルキュリアを見下ろして、ニヤリと笑った。
「ルナキンのパフェには劣るかもしれねぇが、食後のデザートに『ハニーかぼちゃのタルト』も焼いてやる。……それで、手打ちにしてやるよ」
「……っ! ハニーかぼちゃの、タルト……!」
ヴァルキュリアの瞳に、パァァッ!と希望の光が宿った。
「た、食べます! 食べますから、私を置いていかないでください!」
「ルーベンス、お前もさっさと包め。終わらねぇと焼く作業に入れねぇんだよ」
「あ、あぁ……。分かった、包ませていただく……」
ルーベンスもまた、憑き物が落ちたような顔で、再び餃子のヒダ作りに没頭し始めた。
世界を滅ぼすネフィリムの討伐という、神話的な大義は消滅した。
代わりに残ったのは、魔皇国の貴族も、天界の天使長も、そして禁忌のネフィリムも一緒になって、夕飯の餃子を包むという、あまりにも平和で馬鹿馬鹿しい日常の風景だった。
「キッド、お前も突っ立ってないで手を洗ってこい! お前も包むんだよ!」
「う、うん! わかった、リアン!」
キッドの顔に、この日一番の明るい笑顔が弾けた。
世界崩壊の危機は、こうしてポポロ・コーポの食卓の中で、静かに、そして完全に去っていったのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




