EP 11
魔王城の謁見と、現地民たちの理屈
アバロン魔皇国、魔王城。
大陸全土にその名を轟かせる魔族の最高拠点であり、圧倒的な魔力と豪奢な装飾で彩られた大広間には、通常であれば恐怖と威厳に満ちた静寂が支配しているはずだった。
だが、現在の玉座の間の空気は、お世辞にも威厳があるとは言い難い。
「あぁ〜ん、もうっ! 月人君の新しいアクリルスタンド、福岡限定バージョンとかズルくない!? 通販対応してないの!? ちょっとルチアナに連絡して密輸させなきゃ……」
豪奢な玉座にだらしなく寄りかかり、地球のアイドル『朝倉月人』のファンクラブ限定法被を羽織ってスマートフォン(ルチアナから横流しされた代物)をいじっているのは、この国を統べる絶対強者――魔王ラスティア(永遠の17歳・自称)である。
その惨状を前にして、玉座の階段の下に控えていた魔皇国の穏健派貴公子・ルーベンスは、こめかみを押さえて深いため息をついた。
(……我が国のトップは、今日も最高に頭が痛いな)
皮肉屋で現実主義者の彼にとって、この魔王のフリーダムすぎる振る舞いは日常茶飯事とはいえ、胃の粘膜をゴリゴリと削られる原因だった。
だが、今日ばかりは溜め息で終わらせるわけにはいかない。ルーベンスは姿勢を正し、意を決して口を開いた。
「ラスティア様。オタ活の最中に恐縮ですが、極めて重要なご報告があります」
「ん〜? なぁにルーベンス。今、月人君のファンクラブの先行チケット抽選で忙しいんだけど。またどこかの国境で小競り合い? それともルナミス帝国が新しい魔導兵器でも作ったの?」
スマホから目を離さないまま適当に相槌を打つ魔王に、ルーベンスは声を一段低くして告げた。
「……例のネフィリムの小僧。キッド・ジーニアスが、天魔窟の封印を破られ、リアン達の手に渡りました」
ピタッ、と。
ラスティアのスマホを繰る指が止まった。
「え?」
ラスティアは顔を上げ、法被の襟を少しだけ直して首を傾げた。
「キッドって……あぁ、貴方達が両親を処刑したっていう、あの光と闇のハーフの子? 封印解かれちゃったの? ウケる」
「ウケる場合ではありません。封印を破ったのは、あのポポロ・コーポの連中です。現在、キッドはポポロ村に滞在しているとの情報が入っております」
ルーベンスの深刻な報告に対し、ラスティアは「ふぁ〜あ」と欠伸を一つして、手元のグラスに入ったジュースをストローで啜った。
「いやー、現地民の感情って怖いわね〜。魔族と天使族が恋に落ちたからって、両親を処刑して子供を暗闇に封印するとか、ドロドロしすぎじゃない? 私は何もしてないし、命じたわけでもないから、そっちのケツ拭きはよろしくね♡」
完全に他人事、いや、文字通り「上位存在からの高みの見物」を決め込む魔王の態度に、ルーベンスの胃痛がさらに加速する。
そもそも、ラスティアは女神ルチアナによって『作られた概念(魔王)』だ。
魔族と人間と獣人が争うことで世界のバランスを保ち、ゴッドチューブのPVを稼ぐというシステムのために配置された存在。だからこそ、彼女は魔族や天使族といった土着の種族を『現地民』と呼び、彼らの宗教観や血の掟などには一切興味がないのだ。
だが、この世界で生まれ育ったルーベンスたちにとって、ネフィリムの存在は「PVが稼げそうな面白いイベント」で済まされる問題ではなかった。
「ラスティア様。キッドの両親を処刑し、彼を封印したことは、魔皇国の保守派……そして天界セレスティアの保守派も含めた総意です」
ルーベンスは、嗜好品のポポロシガーを取り出したい衝動をグッと堪え、言葉を紡いだ。
「証拠として、ネフィリムのキッドは光の剣ルクスと闇の剣ノワールを融合させた『聖魔竜王剣』を自在に操ります。あれは、勇者にも魔王にもなれる究極の力。もしあのような規格外の者が成長し、わらわらと産まれ、増殖でもしてみなさい。世界のパワーバランスは完全に崩壊し、それこそ世界の終わりです」
ルーベンスの言葉には、確かな危機感が籠もっていた。
長きにわたる種族間の均衡。それを一己の武力で覆しかねないイレギュラー。それを排除するのは、国家を運営する者としての冷徹な『正理』である。
しかし、その必死の説得を聞いたラスティアは、ジト目でルーベンスを見下ろすと、鼻で笑った。
「……そう。世界の終わりが怖いから、無抵抗な両親を殺して、罪のない子供を暗闇に閉じ込めるのね」
「ッ……それは……」
「やーねぇ、現地民の考える事は野蛮で。自分たちの理解できないものが出たら、とりあえず臭い物に蓋をして殺す。少しは月人君の『Love & Peace』の精神を学んだらどうかしら?」
小馬鹿にしたような、そして絶対強者特有の傲慢な哀れみを含んだラスティアの煽り。
魔皇国を支える大貴族として、そして日々の激務に追われる中間管理職として。
プツン、と。ルーベンスの中で、何かが切れる音がした。
「……国庫を横領して、日本の福岡でオタ活している貴女に言われたくありません」
「ブハッ!?」
氷のように冷たいルーベンスの正論のカウンターが、ラスティアの心臓(と横領の罪悪感)を正確にブチ抜いた。
ラスティアは飲んでいたジュースを盛大に吹き出し、むせ返る。
「ご、ゴホッ! ちょ、ルーベンス!? 今それ関係ないでしょ! 痛いところ突かないでよ!」
「大いに関係あります。貴女が遠征費用とグッズ代で軍事予算を溶かしているせいで、我々保守派は常にギリギリの台所事情で国家の防衛を担っているのです。野蛮だと言うなら、ご自身のポケットマネーでネフィリムを養ってはいかがですか?」
「うぐぅっ……! 痛い、痛い痛い! 胃が痛い! 正論の暴力反対!」
耳を塞いで玉座でジタバタと暴れる永遠の17歳(自称)を冷ややかな目で見下ろし、ルーベンスは再び深いため息をついた。
「……とにかく、キッドをあのまま野放しにはしておけません。ポポロ村には、リアン・クラインを筆頭とする得体の知れない連中がいます」
あの村には、ルーベンスお気に入りのルナミス競馬場中継施設や、美味しい油っこい焼き飯を出す店がある。正直に言えば、あんな場所に軍隊を向かわせたくはない。あそこの村長や自警団長の凶悪さは、ルーベンスも身をもって知っているからだ。
だが、聖魔竜王剣を操るネフィリムがリアンの庇護下に入ったとなれば、事態は一変する。
「天界セレスティアの天使軍にも既に打診を行っております。……我々アバロン魔皇国は、天使族と一時的な『合同討伐軍』を結成し、ポポロ村へ進軍します」
ルーベンスが宣言すると、ラスティアはスマホの画面を拭きながら、やれやれと肩をすくめた。
「はぁ〜あ。勝手にすれば? 私は行かないからね。どうせリアン君のことだから、討伐軍が行ったところで、なんか適当な手料理で丸め込まれるのがオチだと思うけど」
「……我々を、あの男と一緒にしないでいただきたい。大義はこちらにあるのです」
ルーベンスは踵を返し、玉座の間を後にした。
足取りは重い。天使族との合同作戦など、調整だけで胃に穴が開きそうな案件だ。おまけに相手はあのポポロ村の住人たち。
(……帰りに、ポポロシガーを吸いながらイモッカを煽らなければ、やってられんな)
こうして、魔族と天使族による前代未聞の『合同討伐軍』が、平和な(?)ポポロ村へ向けて編成されることとなったのである。
その討伐対象が、現在ジャージ姿でゴミ出しの分別をさせられているとは、ルーベンスは知る由もなかった。




