EP 10
終わりの宴と、回る魔導寿司! 絶望の迷い子、ポポロ・コーポへ入居す
(……ああ、そうか。僕は、死ぬんだな)
暗闇の中で、キッド・ジーニアスはぼんやりと意識を取り戻しかけていた。
両親を処刑され、誰にも愛されず、冷たい地下の牢獄に何年も封印され続けた。
世界を滅ぼそうと神魔の力を解放したが、どこからともなく現れたジャージ姿の男に『ただの包丁』であっさりと剣を弾き落とされ、ウサギ耳の少女に強引に甘い飴玉を口に突っ込まれた。
(処刑台だろうか。それとも、また別の暗い牢獄に繋がれるのかな……)
ゆっくりと、重い瞼を押し上げる。
きっとそこには、自分を見下ろす冷酷な処刑人たちが立っているはずだ。
キッドは覚悟を決め、光と闇の混ざったオッドアイを開いた。
「――はい、次! ピラダイの大トロ炙り、マヨ・ハーブ乗せ! リーザ、お前それ五皿目だぞ! 少しは他の奴にも回せ!」
「関係ありませんわ! レーンを流れるお寿司は早い者勝ち、すなわち弱肉強食! アイドルの世界と同じですのよ! あぐむっ、う、うめぇぇぇっ!!」
「…………え?」
キッドの目に飛び込んできたのは、処刑台でも暗い牢獄でもなかった。
煌々と暖かな魔導ランプに照らされた、どこか生活感の溢れる広い食堂。
そして目の前には、白木の板で作られた細長い『レーン』が設置されており、その上を色とりどりの小皿が、シャーッという音を立てて滑るように流れていた。
小皿の上に乗っているのは、ツヤツヤと輝くシャリ(米麦草)と、美しく切りつけられた魚介や肉の切り身――すなわち『寿司』である。
「な、なんだこれは……?」
「お、目が覚めたか。坊ちゃん」
レーンの内側――厨房スペースから声をかけてきたのは、自分を『包丁』で倒したあの男、リアン・クラインだった。
彼は防刃ジャージの上に真っ白なエプロンを身につけ、凄まじい手つきでシャリを握り、次々とレーンに小皿を流し込んでいる。
「ルナが木材で作った特設レーンに、俺の氷魔法で薄く氷のレールを張り、風魔法で皿を自動循環させている。名付けて『ポポロ・コーポ特製・魔導回転寿司システム』だ。どうだ、見事なもんだろ」
「見事なものって……僕を、殺すんじゃないの……?」
困惑するキッドをよそに、食堂の席ではクラン『ホープ・クローバー』の面々が大宴会を繰り広げていた。
「素晴らしいぞリアン! 自分の陣地(席)を守りながら、次々と補給物資(寿司)が前線へ流れてくる! まさに兵站と防衛を極めた、合理的かつ画期的な食事システムだ!」
アルヴィン侯爵家のクラウスが、大盾を傍らに置きながら、真面目な顔でマグロの赤身を頬張っている。
「リスナーのみんなー! 回るお寿司だよー! 超映えるっしょ!? スパチャくれたら、代わりに私がウニ食べてあげるね!」
キュララがスマホを片手に、いくらとウニの軍艦巻きをパクリと平らげる。
「キッド君、おはよう! よく眠れた?」
キャルルが隣の席からひょっこりと顔を出し、にっこりと微笑んだ。
「ほら、お腹空いてるでしょ? リアン君の作るご飯、すっごく美味しいんだから! はい、これあげる!」
キャルルがレーンから取って、キッドの目の前にコトンと置いたのは、バーナーで香ばしく炙られた肉の寿司だった。
「さっきのダンジョンで倒した『ケイブ・バイソン』の極上霜降り肉を炙って、特製の醤油草とニンニクダレを塗った肉寿司だ。遠慮しねぇで食え。タダで食わせてやるのは今日の歓迎会だけだからな」
リアンが腕を組みながら言う。
キッドは戸惑いながらも、目の前の小皿を見つめた。
炙られた脂の香ばしい匂いと、微かに香る酢の酸味が、長年飢えに苦しんでいたキッドの胃袋を強烈に刺激する。
「毒なんか……入ってないよね……」
恐る恐る手を伸ばし、指で肉寿司をつまむ。
そして、小さく口を開け、パクリとそれを頬張った。
「――っ!?」
瞬間、キッドの脳内に衝撃が走った。
舌の上で、バイソン肉の濃厚な脂が雪のように溶けていく。香ばしいニンニクの風味と、醤油草の深いコク。それが、絶妙な温度と酢の加減で握られた米麦草のシャリと見事に絡み合い、噛むほどに爆発的な旨味となって口いっぱいに広がる。
「あ……美味しい……」
ポロリ、と。
キッドのオッドアイから、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おい、どうした? ワサビが効きすぎたか?」
「ちが、う……。美味しくて……すごく、あったかくて……」
ボロボロと泣きながら、キッドは夢中で肉寿司を咀嚼した。
処刑されると思っていた。世界中から憎まれていると思っていた。
でも、目の前にいるこのお節介な連中は、自分を「世界を滅ぼすネフィリム」としてではなく、ただの「腹を空かせた子供」として扱い、こんなにも温かくて美味しいご飯を食べさせてくれている。
「……ううっ、ヒック……美味しいよぉ……!」
世界を憎んでいた孤独な復讐者の仮面がボロボロと崩れ落ち、年相応の少年の素顔が露わになる。
キッドは両手で顔を覆い、しゃくりあげながら泣きじゃくった。
「よしよし。いっぱい食べて、大きくなるんだよー」
キャルルが優しくキッドの頭を撫で、次々とレーンからお寿司を取って彼の前に積み上げていく。
「あら、新入りはよく泣きますのね。でも甘やかしませんわよ! その黄金のお皿(炙りサーモン)は私のものですわーーっ!!」
「リーザ、お前は本当にブレねぇな! 少しは空気を読め!」
俺がツッコミを入れながら、新しく握った『ピラダイの白身・岩塩とレモン添え』をレーンに流す。
食堂には、俺たちの笑い声と、皿がレーンを滑る音、そしてキッドの泣き声が混ざり合っていた。
世界を滅ぼすはずだった絶望の迷い子は、今や完全にポポロ・コーポの温かい日常(胃袋)に絡め取られていた。
◆
食後。
膨れたお腹をさすりながら、温かいお茶(陽薬茶)をすするキッドの前に、俺は数枚の書類をドンッと置いた。
「さて。腹も膨れて落ち着いたところでお知らせだ」
「えっ……? これ、なに……?」
「ポポロ・コーポの入居契約書と、家賃・食費の支払い誓約書だ。うちは男子寮の部屋が一つ空いてるからな。お前は今日からそこの住人だ」
俺の言葉に、キッドは目を丸くした。
「ぼ、僕がここに住んでいいの……!? でも、お金なんて持ってないし……」
「安心しろ。労働でキッチリ返してもらう。お前、光と闇の魔法が使えるんだろ? 朝は風呂場のお湯沸かし(光の熱)と、夜は生ゴミの消滅(闇の魔力)を担当してもらう。働きに応じて賄いもつけてやる」
俺が現実的すぎる(生活感に溢れすぎた)労働条件を突きつけると、キッドはポカンとした後、ふっと嬉しそうに吹き出した。
「ふふっ……あはははっ! うん、わかった。僕、一生懸命働くよ……寮母長さん!」
「誰が寮母長だ。俺はリアンだ」
「リアン……うん。ありがとう、リアン。僕を、見つけてくれて」
少年の憑き物が落ちたような無邪気な笑顔に、俺は少しだけ気恥ずかしくなり、そっぽを向いた。
「あ、そうだ。もう一つ大事な仕事があった」
俺はもう一枚、別の請求書をキッドに手渡した。
「これ、ダンジョンの最下層をぶっ壊した修繕費と、うちのクランの迷惑料を合算した請求書だ」
「え? これを僕が払うの……?」
「いや、お前が住んでた牢獄を作った『キュルリン』って名前の現場監督(妖精)がいるだろ。あいつ、絶対にまだ村のどっかのサウナで汗流してるはずだから、この請求書を叩きつけて取り立ててこい」
「ええっ!? そんなの僕にできるわけないよ!」
「やれ。俺のシチューの時間を邪魔した罪は重いんだ。取り立てるまで帰ってくるなよ」
「鬼! リアンの悪魔!」
キッドが慌てふためく中、キャルルやリーザたちがドッと笑い声を上げた。
神と魔族の禁忌として恐れられたネフィリムの少年は、こうして世界を滅ぼすのをやめ、ポポロ・コーポの下働き(と借金取り立て係)として新たな人生を歩み始めた。
相変わらず規格外の連中ばかりが集まるこのシェアハウスだが、まあ、賑やかなのは嫌いじゃない。
俺は空になった寿司桶を片付けながら、明日の朝食の献立に思いを巡らせるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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