EP 9
光と闇の聖魔竜王剣 VS 氷結の三徳包丁
「ふざけるな……僕の、僕の絶望を笑うなァァッ!!」
キッドの悲痛な叫びと共に、牢獄の空気がひび割れるような音を立てた。
少年の右手に握られた光の剣【ルクス】と、左手に握られた闇の剣【ノワール】。二つの相反するエネルギーが、彼の胸元で交差する。
光と闇。神気と魔気。
決して交わることのない二つの力が、ネフィリムという『禁忌の器』を通して極限まで圧縮され、融合していく。
「世界を分かつ理よ、我が絶望を以て一つと成れ! 顕現せよ――『聖魔竜王剣』ッ!!」
キッドの手元で眩い閃光と漆黒の闇が爆発し、次の瞬間、彼の手には身の丈ほどもある巨大な大剣が握られていた。
刀身は夜空のように黒く、しかしその輪郭は太陽のように白く輝いている。かつて勇者と魔王が振るった二振りの剣が一つになった、まさしく神話級の神魔兵装だ。
「消えろぉぉぉっ!! 『イクリプス・スラッシュ』!!」
キッドが聖魔竜王剣を大上段から振り下ろす。
放たれたのは、日食を思わせる黒銀の巨大な斬撃波。空間そのものを切断するかのような物理と魔法の複合破壊エネルギーが、俺たちを丸ごと飲み込もうと迫り来る。
「させんッ! 『ライトニング・スプラッシュ・バリア』!!」
クラウスがパーティの最前線に躍り出た。
アルヴィン家伝来のミスリル白銀大盾【アイギス・タワー】を大地に打ち据え、彼の出せる最大出力の雷闘気を展開する。
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
黒銀の斬撃が、雷光の結界に激突した。
これまでどんな魔獣の突進も、死蟲機のレーザーも防ぎきってきた絶対防壁。だが――。
「ぐっ、おおおおおおおおっ……!?」
クラウスの口から、苦悶の叫びが漏れた。
彼の足元にある黒曜石の床が、凄まじい圧力に耐えかねてメリメリと砕け散っていく。そして、あろうことか【アイギス・タワー】の表面に、ピキッ、ピキキキッ……と亀裂が走り始めたのだ。
「なっ……クラウス様の盾が、割れかけてますわ!?」
「くそっ、神と魔王の合体剣なんて聞いてないよー!? リスナーのみんな、遺言のスパチャよろしく!」
「耐えろクラウス! 私が世界樹の魔力で結界を補強しますわ!」
仲間たちが慌ててクラウスの背中を支え、魔力を注ぎ込む。
それでも、キッドの放つ『イクリプス・スラッシュ』の威力は底を知らず、結界が破られるのは時間の問題だった。
「……悪いな、クラウス。お前の綺麗な盾に傷をつけちまった」
俺は、限界を迎えつつある結界の中から、静かに一歩前へ出た。
「り、リアン!? 何をしている、前に出るな! この斬撃は危険すぎる!」
クラウスの制止を背中で聞き流し、俺は腰の四次元魔法ポーチから『三徳包丁』を引き抜く。
そして、刀身に絶対零度の氷魔法を励起させた。パキパキと音を立てて、刃渡り一メートルの【氷結ロングソード】が形成される。
「盾の出番は終わりだ。ここからは、俺の『奇道』の時間だ」
俺は氷結剣を逆手に構えると、クラウスの結界の僅かな隙間を抜け、黒銀の斬撃の嵐の中へ自ら飛び込んだ。
「なっ……! 死にたいのか!?」
キッドが驚愕に目を見開く。
聖魔竜王剣から放たれる斬撃の余波だけで、俺の防刃ジャージが切り裂かれ、皮膚に浅い傷が刻まれていく。
だが、そんなものは致命傷には程遠い。
俺は『都市ゲリラ教本』に記された最小限の歩法で、斬撃の『力の流れ』を見極めた。
どんな強大な魔法剣だろうと、人間が振るう以上、必ず「力点」と「作用点」が存在する。
「フッ!」
俺は正面から斬撃を弾き返すのではなく、氷結包丁の『峰』と『腹』を使い、黒銀の波動の側面に斜めから滑り込ませた。
パリィの要領で軌道をコンマ数ミリずらす。たったそれだけで、俺を両断するはずだった絶望の刃は、俺の頬のすぐ横をすり抜け、背後の壁を消し飛ばすにとどまった。
「嘘だ……! 僕の、聖魔竜王剣を……避けた!?」
「大振りすぎるんだよ、坊ちゃん。素振りばっかりやってたんだろうが、実戦じゃそんな素直な剣筋、当たるわけねぇだろ」
俺は一瞬でキッドの懐に潜り込んだ。
キッドは慌てて聖魔竜王剣を横薙ぎに振るおうとする。
だが、俺は剣を合わせない。
足元に転がっていた黒曜石の瓦礫を、つま先で思い切り蹴り上げた。
「しまっ――!?」
バキャッ!
瓦礫と土煙がキッドの顔面を直撃し、彼の視界を完全に奪う。
騎士道精神からすれば言語道断の『目潰し』だ。
「卑怯な……! 目がっ!」
キッドが目を擦ろうと剣の軌道を乱した瞬間、俺はさらに氷魔法を床に放った。
「ツルッといけ」
キッドの足元の床が瞬時に凍結し、完全なスケートリンクと化す。
踏み込もうとしたキッドの足が空を切り、彼は無様にすっ転んで仰向けに倒れ込んだ。
「ああっ!?」
すかさず俺は、倒れたキッドの手首めがけて、氷結包丁の『峰』を思い切り叩きつけた。
「ガァッ!」
手首の神経を強打されたキッドは、たまらず聖魔竜王剣から手を離してしまう。
ガランッ、と重たい音を立てて、伝説の神魔兵装が床に転がった。
俺はその刃の横に氷結包丁を突き立て、キッドの首元に冷たい刃を添えた。
「……勝負ありだ。はい、お終い」
静寂が訪れた。
キュララのスマホのシャッター音だけが、カシャカシャと無神経に響いている。
「な、なんで……」
床に倒れ伏し、喉元に包丁を突きつけられたキッドは、信じられないものを見るような目で俺を見上げていた。
「なぜだ! なぜ僕の絶望の剣が……勇者と魔王の力を束ねた聖魔竜王剣が、そんなただの『包丁』に負けるんだ! お前は、お前たちは一体何なんだ!」
悔しさと、理解不能な現実に対する混乱で、キッドの目から再びボロポロと涙がこぼれ落ちる。
俺はため息をつき、氷結包丁の魔力を解除して、ただの三徳包丁に戻した。
そして、それを腰の鞘に納めると、キッドを見下ろして頭をガシガシと掻いた。
「……絶望だけで飯が食えるかよ。お前の剣はな、綺麗すぎるんだよ。一人きりの暗い部屋で、ずっと見えない敵と戦う練習をしてたんだろうが。そういうのはな、『お遊戯』って言うんだ」
「お遊戯……僕の覚悟が、お遊戯だっていうのか……!」
「ああ。実戦ってもんはな、もっと泥臭くて、理不尽で、みっともないもんだ。目潰しだろうが金的だろうが、生き残った奴が明日も美味い飯を食える。ただそれだけだ」
俺はしゃがみ込み、キッドの頭にポンッと手を置いた。
「世界を滅ぼすとか、デカいこと言う前に、まずはちゃんと腹を空かせて、他人の作った飯を食え。そうすりゃ、少しは頭も冷えるだろうよ」
俺の言葉に、キッドは呆然と目を見張った。
彼の纏っていた禍々しい絶望の波動が、嘘のように霧散していく。
そこへ、背後からひょこひょことキャルルが近づいてきた。
「ふふっ、リアン君のお説教タイム終わり? じゃあ、次は私の番だね!」
キャルルは満面の笑みを浮かべ、キッドの横にしゃがみ込んだ。
「え……?」
「キッド君、ずっと痛かったよね。暗くて、寂しかったよね。でももう大丈夫。お姉ちゃんが、ぜーんぶ治してあげるからね!」
キャルルが両手をキッドの胸にかざす。
その瞬間、彼女の手から、月兎族の特異能力である『パーフェクト・ヒール』の莫大な癒しの光が溢れ出した。
「なっ……ちょ、待って! 何をして――うわあああああっ!?」
傷ついた肉体を強制的に超回復させ、ついでに精神的な疲労やトラウマまで強引にプラス思考へと書き換える、暴力的なまでの過剰回復。
絶望の底にいたキッドの脳内に、強制的に「健康!」と「ハッピー!」の信号が叩き込まれる。
「あ、あたたかい……。なんだこれ、温泉に入ってるみたいで、すごくぽかぽかして……って、違う! 僕は復讐を……僕は世界を――」
「はい、お口あーんして!」
キャルルが強引にキッドの口にポポロ村特産の『ハニーかぼちゃキャンディ』を放り込んだ。
「んぐっ!? ……あま、甘い……美味しい……」
口の中に広がる強烈な甘みと、全身を包む完璧な治癒魔法。
長年の孤独と絶望で張り詰めていたキッドの心の糸は、このあまりにもアットホーム(?)な暴挙を前に、プツンと音を立てて切れた。
「あ、あはは……もう、どうでもいいや……」
毒気を完全に抜かれたキッドは、キャンディを舐めながら虚ろな笑いを浮かべ、そのままパタリと気絶してしまった。
「うん、無事に寝かしつけ完了だよリアン君!」
「……お前、ある意味俺の氷結剣よりエグい手段使うよな。まあいい」
俺は倒れたキッドをひょいと肩に担ぎ上げた。
体重は羽のように軽い。こいつ、本当に長い間まともな飯を食ってなかったんだな。
「よし、これでダンジョン撤去作戦は完全終了だ! クラウス、盾をしまえ。リーザ、落ちてる聖魔竜王剣を回収しとけ。中古屋でいくらになるか後で査定する」
「お任せあれですわー! これは相当なプレミアがつきましてよ!」
「私の配信も大バズりだよ! 同接100万人突破!」
各々が好き勝手にはしゃぐ仲間たちを見回し、俺は満足げに頷いた。
「帰るぞ、お前ら。ポポロ・コーポの食堂で、待ちに待った夕飯の宴会だ!」
読んでいただきありがとうございます。
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