EP 8
最悪のクリア報酬と、封印されし少年の目覚め
合成死蟲将軍機が鉄屑と化し、静寂が戻った【境界の牢獄】。
俺はキッドを空中に縛り付けていた極太の魔導鎖に『氷結包丁』を振るい、次々と戒めを断ち切っていった。
ガシャン、と重たい音を立てて最後の鎖が崩れ落ちる。
支えを失ったキッドの体が、力なく石の床へと崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か。とりあえずポーションでも……」
俺が手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
『パラパパッパパーン!♪』
突如として、ダンジョンの空間に似つかわしくない、ひどく安っぽいファンファーレが鳴り響いた。
そして牢獄の中央、将軍機の残骸があった場所に、神々しい光を放つ巨大な宝箱がポンッ!と出現したのだ。
「おおっ!?」
「これは……ダンジョンクリアの報酬箱か!」
クラウスが目を輝かせ、リーザが「お宝ですわーーっ!!」とヨダレを垂らしながら猛ダッシュする。
「待てリーザ! トラップの可能性もある、俺が開ける!」
俺はリーザの襟首を掴んで後方に投げ飛ばし、慎重に宝箱の前に立った。
天魔窟の最深部、神と魔王が施した封印エリアのクリア報酬だ。伝説の魔剣か、エリクサーか、はたまた超古代の魔導具か。
俺は僅かな期待を胸に、宝箱の蓋をガバッと開け放った。
宝箱の中には、神々しい光の粒子に包まれた『一枚の紙切れ』が入っていた。
「……紙?」
俺は怪訝に思いながら、その紙切れを手に取る。
そこには、見覚えのある下手くそな丸文字で、こう書かれていた。
『天魔窟・特設ダンジョンクリアおめでとう!
特別報酬:女神ルチアナへの肩叩き券(1回分)♡
※有効期限は発行から三日以内。交通費は自己負担でよろしく!』
「…………」
「…………」
宝箱を覗き込んでいたクラウスとリーザが、無言で顔を見合わせた。
「ぶち殺すぞ、あの芋ジャージババアァァァァァァッ!!!」
俺は手にした紙切れを思い切り地面に叩きつけ、安全靴で何度も踏み躙った。
あのクソ女神! 自分が肩こり解消したいだけのふざけた紙切れを、こんな最深部の宝箱に仕込みやがって! これだから神界の公務員は信用ならねぇんだ!
「り、リアン、落ち着け! きっとこれは何かの暗号で……いや、無理があるな」
「私の……私の苦労して貯めた運気が、こんなゴミ屑に……っ!」
俺が青筋を立てて肩叩き券をズタズタに引き裂き、リーザが絶望して地面を叩いていると、ふいに背後からキャルルの声が響いた。
「み、見て! リアン君、キッド君が……立ってる!」
キャルルの切羽詰まった声に、俺は苛立ちを収めて振り返った。
「……あ?」
床に倒れ伏していたはずのキッドが、ふらり、ふらりと立ち上がっていた。
しかし、その様子が明らかにおかしい。
少年の右半身からは漆黒の魔気が、左半身からは白銀の神気が、それぞれ暴風のように立ち昇り、牢獄の空気をびりびりと震わせている。
相反する二つの莫大なエネルギーが、キッドの体を中心にして混ざり合い、強烈なスパークを散らしていた。
「な、なんだこのプレッシャーは……!」
「さっきのキメラ将軍機より、ずっと強い魔力ですわ……!」
クラウスが顔を引きつらせ、ルナが一歩後ずさる。
キッドのオッドアイは、完全に虚無に染まっていた。
天使の母と魔族の父を持ち、両種族から「イレギュラー」として迫害され、両親を処刑された上に、たった一人でこの暗闇に何年も封印され続けた少年。
彼の心は、とうの昔に限界を迎えていたのだ。
「誰も……」
キッドの口から、血を吐くような、深い絶望の底から絞り出すような声が漏れた。
「誰も、誰も僕を傷つける……!」
光と闇の波動がさらに膨れ上がり、牢獄の壁に刻まれた古代文字が次々と砕け散っていく。
「天使も、魔族も……世界はこんなにも冷たくて、残酷だ。両親の優しかった笑顔を奪い、僕を暗闇に閉じ込めた! 誰も助けてくれなかった!」
キッドの背中で、純白の翼と漆黒の翼が大きく広がる。
その双眸から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「なら……こんな世界、僕が作り直してやる!! 善も悪も、光も闇も、すべてを消し去って、僕が終わらせてやるんだぁぁぁっ!!」
悲壮な決意と共に放たれた、悲劇のネフィリムによる宣戦布告。
神すら畏れるその絶望の波動を前に、俺は――。
ズタボロになった『女神ルチアナへの肩叩き券』をゴミ箱(四次元魔法ポーチ)に突っ込みながら、心底呆れた顔で呟いた。
「……いきなり何を言ってんだ? アイツ」
「リアン、気を抜くな! どうやら彼が、このダンジョンの『最終ボス』らしいな!」
クラウスが大盾を構え直し、臨戦態勢に入る。
「まさか、囚われの少年こそが真の脅威だったとは……。だが、彼がこの世界を破壊しようというのなら、私は騎士として全力で止めるのみ!」
クラウスの言葉に、仲間たちも次々と武器を構え始めた。
「負けませんわよ!」
リーザが芋ジャージの袖を捲り上げ、キッドを指差した。
「見ましたこと!? 彼の着ているあの服、ボロボロですけれど、布地は超一級品の『神代の魔導絹』ですわ! 高そうなお服、全部没収してフリマアプリで売り飛ばしてあげますの!」
「おおーっと! ここで真のラスボス登場だーっ!」
キュララが、空気など一切読まずにエンジェルすまーとふぉんを天高く掲げた。
「リスナーの皆! 最終ボス討伐配信始まるよ〜! 推しカメラ(キッド寄り)の要望があればスパチャでお願いねー!」
『キッド君かわいそう!』
『でも厨二病全開でカッコイイ!』
『リーザ、服だけじゃなくて靴も高そうだぞ!』
『リアン、肩叩き券ドンマイwww』
キュララの画面には、神々からの無責任なコメントが滝のように流れ続けている。
「……君たち、ふざけているのか……?」
キッドは、自分から放たれる絶望の波動を前にしても、まったく緊張感のない――どころか、服を身ぐるみ剥がそうとしたり、配信のネタにしたりしている俺たちを見て、完全に困惑していた。
悲劇の主人公として世界を滅ぼす覚悟を決めたのに、目の前の連中がただの強欲なアホばかりで、完全に肩透かしを食らったような顔だ。
「ふざけてねぇよ。こっちは肩叩き券を出されてガチギレしてんだ」
俺は氷結包丁を肩に担ぎ直し、首をボキボキと鳴らした。
「世界を作り直すだの、すべてを終わらせるだの、デカい口叩くのは勝手だがな。俺は今日の夕飯に、ケイブ・バイソンの極上ビーフシチューを作ると決めてるんだ」
俺はキッドを真っ直ぐに睨み据える。
「世界が滅んだら、俺のシチューを食う奴がいなくなるだろうが。ガタガタ抜かしてねぇで、さっさと目ぇ覚ませ、不良坊主!」
「……っ! ならば、その身で僕の絶望を知れ!!」
キッドが両手を虚空に翳した。
右手には、かつて世界を救った勇者の証――光の剣【ルクス】。
左手には、かつて世界を震撼させた魔王の証――闇の剣【ノワール】。
二振りの伝説の剣が顕現し、神気と魔気が空間を歪める。
「来るぞ! 総員、戦闘配置!」
俺の号令と共に、クラン『ホープ・クローバー』の面々が一斉に地を蹴った。
夕飯の時間を死守するための、光と闇の迷い子に対する、容赦のない強制補導が始まった。
読んでいただきありがとうございます。
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