EP 6
最深部への扉と、交差する因縁
キャルルが『超電光流星脚』で物理的にブチ開けた大穴――かつての天魔窟の深層へと続くクレーターを、俺たちは慎重に下っていった。
「……急激に温度が下がったな。息が白いぞ」
俺が『四次元魔法ポーチ』からランタンを取り出し、魔力で明かりを灯すと、周囲の光景が暗闇から浮かび上がった。
先ほどの階層まで続いていた、キュルリンが作った「工事現場風」のコンクリート壁や鉄骨は、ここには一切存在しなかった。
代わりに現れたのは、途方もない年月を経た黒曜石のレンガと、壁面にびっしりと刻まれた神聖文字と暗黒文字の数々だ。
「空気が重いですわ……。さっきの階層とは比べ物にならないくらい、濃密な魔力と神気が混ざり合って、息が詰まりそうですわね」
「ルナミス学園の特別訓練場よりも強烈なプレッシャーだな。気を引き締めろ、全員」
リーザが芋ジャージの襟をかき合わせ、クラウスが大盾を構えながら周囲を油断なく見渡す。
歩を進めるごとに、足音だけが異常に高く反響する。ここはダンジョンというよりも、巨大な『墓所』か『牢獄』のような悍ましさがあった。
やがて、通路の最奥に行き当たった。
そこに立ち塞がっていたのは、見上げるほど巨大な『両開きの扉』だった。
「なんだ、こりゃ……」
思わず声が漏れる。
扉の右半分は、まるで天使の羽を固めたような純白の石材で作られており、黄金の神気が微かに明滅している。
対して左半分は、悪魔の鱗を思わせる漆黒の鉱石でできており、どすぐろい魔気が這うように漂っていた。
そして、その相反する二つの扉を封じるように、極太の『魔導鎖』が何重にも巻き付けられ、中央には巨大な南京錠のような封印機構が鎮座している。
『……おい、お前ら。まさかそこまで降りちまったのかよ』
不意に、ランタンの灯りしかない静寂の空間に、キュルリンの通信音声が響いた。
先ほどまでのキレ散らかした声や、泣き喚く声ではない。ひどく焦燥し、ガチで慌てふためいている切羽詰まった声だった。
「なんだ妖精。まだスピーカー生きてたのか。見ろよこの扉、お前の大好きな安全第一のカラーコーンも、トラ柄のテープも貼ってないぜ。完全にお前の施工の管轄外だろ」
『当たり前だ! そこは私が作った空間じゃねぇ!』
キュルリンは悲鳴に近い声を上げた。
『私はただ、ポポロ村の地下にあった【天魔窟】の残骸の、地盤が一番安定してる場所を基礎にして上にダンジョンを増築しただけだ! その扉の奥は、マジでヤバいんだよ!』
「ヤバいって、何がだ?」
『【境界の牢獄】だよ! そこは昔、神界と魔界の上層部が共同で「世界を滅ぼしかねないイレギュラー」を封じ込めた絶対禁忌のエリアだ! 扉の封印を開けたらどうなるか、私にもわかんねぇんだよ! 頼むから引き返してくれ!』
「へぇ。神と魔王が直々に封印したイレギュラーねぇ……」
俺は腕を組み、巨大な扉を見上げた。
確かに、この扉から漏れ出すプレッシャーは尋常ではない。並の冒険者なら、この扉の前に立っただけで発狂して逃げ出すレベルだ。
事勿れ主義の俺からすれば、キュルリンの言う通り「見なかったことにして引き返す」のが一番賢い選択だろう。今日の夕飯のシチュー作りが待っているのだから。
だが――。
「……ん?」
俺は扉に一歩近づき、純白と漆黒の狭間、重厚な魔導鎖にそっと手を触れた。
『リアン君?』
キャルルが不思議そうに首を傾げる。
冷たい金属の感触。
しかし、その奥から、微弱だが確かな『波動』が伝わってきたのだ。
それは殺気でも、狂気でもない。
(……SOS……?)
規則的で、しかしひどく弱々しい魔力の明滅。
まるで、真っ暗な部屋の中で膝を抱え、誰かが来るのを何年も何年も待ち続けているような、孤独で飢えた子供の『泣き声』のように感じたのだ。
前世で料理人だった俺は、腹を空かせている奴や、助けを求めている奴の声を無視するのが、どうにも性分に合わないらしい。
合理主義だ、悪知恵だとうそぶいてはいるが、結局のところ、俺の根っこにあるのは「目の前の手の届く範囲の奴には、美味い飯を食わせてやりたい」という小市民的なお節介なのだ。
「……クラウス」
「なんだ、リアン」
「この奥に、たぶん誰か『生きた奴』が閉じ込められてる。それも、相当長い間、腹を空かせて泣いてるような感じだ」
俺の言葉に、クラウスの碧眼がハッと見開かれた。
「何……? この忌まわしい封印の奥に、人が囚われているというのか?」
「人かどうかは分からん。だが、助けを求めてるのは確かだ。……どうする? お前が『危険すぎるから引き返そう』って言うなら、俺はそれに従うぜ」
俺が試すように言うと、クラウスはフッと誇り高く笑い、ミスリルの大盾を床にドンッと打ち鳴らした。
「愚問だな、リアン。助けを求める声が聞こえたのなら、相手が誰であれ手を差し伸べる。それが弱者を守る盾たる騎士の――アルヴィン家の『ノブリス・オブリージュ』だ! 私は一歩も引く気はないぞ!」
「上等だ」
クラウスの真っ直ぐすぎる答えに、俺はニヤリと笑った。
「あらあら、お腹を空かせているなら大変ですわね。私がお野菜と果物をたくさん出して差し上げますわ!」
「暗いところに閉じ込められてるなんて可哀想……。リアン君が開けるなら、私が後ろから援護するよ!」
「ちょ、ちょっと待って! 今カメラの画角調整するから! 『神々が隠蔽した禁忌の牢獄、開けてみた!』……よし、タイトル完璧! 絶対バズるよこれ!」
「もしVIPなファンでしたら、これまでのスパチャ(五円玉)の未払い分、きっちり請求してやりますわ!」
ルナ、キャルル、キュララ、リーザも、それぞれ全くブレない(ある意味狂った)理由で、扉の開封に全会一致で賛成した。
『お前ら正気か!? 相手は神と魔王が恐れたイレギュラーだぞ! 殺されても文句言えねぇぞ!』
「悪いな妖精。俺のクランは、一度決めたら止まらねぇ馬鹿ばっかりなんだよ」
俺はスピーカーに向かって言い放つと、四次元魔法ポーチから『冷却スプレー』のような魔導具を取り出した。
「神界と魔界の封印だか何だか知らねぇがな……『都市ゲリラ教本』第4章・障害物の突破。いかに強固な南京錠だろうが、金属である以上、絶対零度で凍らせて物理的衝撃を与えれば――」
俺は魔導鎖の巨大な錠前部分に、スプレーから高密度の冷却液をブチ撒けた。
パキパキパキッ!と音を立てて、鎖と錠前が極低温によって白く凍りついていく。金属の分子構造が完全に脆くなった瞬間を見計らい、俺は『氷結ロングソード』を逆手に構えた。
「砕け散るってことだ!」
ガキィィィィィンッ!!!
氷結剣の柄頭で錠前を全力で殴りつける。
神々の加護が施されていたはずの絶対封印は、熱収縮による金属疲労と物理的打撃に耐えきれず、あっけなく粉々に砕け散った。
バラバラと重たい鎖が床に崩れ落ちる。
『う、嘘だろ……神と魔王の封印を、物理でカチ割った……?』
スピーカーの向こうでキュルリンが絶句する中、重さ数トンはあろうかという白と黒の巨大な扉が、ギゴゴゴゴ……と重々しい音を立てて内側へと開いていった。
開かれた扉の奥から溢れ出したのは、冷たく淀んだ空気と、圧倒的な死の気配。
「構えろ!」
俺の号令で、クラウスが前に出て盾を構え、キュララがM4カービンをチャージし、キャルルがトンファーを構える。
だが、部屋の奥に待ち受けていたのは、巨大なドラゴンでも、悍ましい悪魔でもなかった。
薄暗い牢獄の中央。
何重もの魔導鎖で宙に磔にされるように拘束されていたのは――右半分が漆黒、左半分が白銀の髪を持つ、傷だらけの『美少年』だった。
少年の右背には悪魔の翼が、左背には天使の翼が生えている。
そのオッドアイの瞳が、虚ろな光を帯びてゆっくりと俺たちを見下ろした。
「……また、僕を殺しに来たの?」
掠れた、けれど酷く冷たい声。
神と魔族の禁忌の末裔。ネフィリムの少年、キッド・ジーニアスとの邂逅だった。
読んでいただきありがとうございます。
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